東方生還記録   作:エゾ末

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3話 蛇は出ないが鬼は出る

 

 風の強い日だった。

 日も落ち、人が皆寝静まる時間帯。

 戸が風に打たれ、何度も叩きつけられる音がしてなんとも煩い。

 

 

 ____眠れない。

 

 戸の鳴る音や隙間風が理由という訳ではない。

 その時は精神的に辛い事が立て続けで起き、眠ろうとしてもその度にその出来事が再起してしまうからだ。

 

 

 何故、自分にばかりこうも不幸を被らなければならないのか。

 ただ両親と仲良く生きていただけではないか。

 このままずっとこの生活が続けられれば良いのにと、願っていただけなのに。

 

 

 考えるだけでも胸が苦しくなり、目頭が熱くなるのを感じる。

 

 

 ……これで何度めか。

 何度区切りをつけようとしても、どうしても想像してしまう。

 もしあの時、自分が引き留めていれば。もしあの時___自分も一緒に行かなかったのだろうか。

 

 

 一度頭を冷やそう。

 このままでは夜が明けてしまう。

 そう考え、厚着をして戸を開けたその時____

 

 

「こんばんは。そして、さようなら」

 

 

()の意識は、ここで途切れた。

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 身体が重い。

 変な夢を見たからか気分は優れないが、身体は今までにないくらいすこぶる調子が良い気がする。

 久々に長い間寝たからだろうか。

 だというのに何故か重い。

 矛盾しているようだが、実際起きていることだから仕方がない。

 首は普通に動くので、見える範囲で辺りを見渡してみる。

 

 ここは…………洞窟? 

 薄暗いからよく分からないが奥の方が明るい光が照らされているし、風が反響音を鳴らしながらその光に向かっていっている。

 

 おれが寝ていた布団らしきものは獣の毛で出来ており、とても心地好い。

 この洞窟内の気温も少し肌寒いぐらいだからだろうか。ほら、寒い日に窓開けて炬燵で温もるととても気持ちいいのと似た感覚だ。

 

 まあ、そんなことは今はどうでも良い。とりあえず今は何故このような状況になっているのかについて、恐らく分かっているであろう怨霊に聞いてみるか。

 

 おーい、翠いるかー? 

 

 

 …………。

 

 

 まさか寝てるのか。

 翠がおれの中にいるときの妙な感覚はあるから、外に出ているということはないと思うが。

 ったく、折角宿主が起きたというのにこの駄目怨霊が。

 だが、ここで無理に起こすと後でとんでもない仕返しがくることは目に見えているので大人しくおれも眼を閉じることにする。

 

 ま、まだ身体も重いし無理に起きることもないか。

 まるで子供一人分乗っかってきているかのように重いからな。

 これは相当萃香のでこぴんが効いたのだろう。

 こんな不自然な重さは少し異常だけど。

 もしかしたらあまりの衝撃でおれの脳が馬鹿になってるかもしれないな。

 

 そうなって、くると、うん……まあいいいや。もう大分眠くなってきたし、次に起きたときに考えよう。

 

 

「ふあぁ……んあ? 生斗起きた?」

 

 

 そう言って毛布から顔を出す萃香。

 

 ……なんであんたこんなとこいんの。

 

 まさか萃香がおれを両手脚でがっちりとホールドして一緒に寝ているとは……どこのラブコメ主人公だよ。

 

 いや、ほんとはなんとなく分かってた。なんか腹辺りからすっごい酒臭い匂いが漂ってたし、なんか人の温もりもしてたし。

 くそ、悪い夢だと思ってもう一度寝ようとしたというのに最悪のタイミングで起きてきおった! 

 

 鬼がおれの胴体をがっちりとホールドしているということはつまり、いつでもおれの胴体の骨をへし折ることが出来るということだ。

 要は起きた段階で既に、おれはおれ自身を人質に取られていたってことだ。

 

 ん? 幼女に抱きつかれて羨ましいと思うやつは犯罪者予備軍だから注意しろよ。

 

 

「ああ、だけどまた眠くなったから寝る」

 

「そうかい、それじゃあ私ももう一眠りしようかね」

 

 

 再び顔を布団の中へ潜らせていく萃香。

 おい、まさかまたその状態で寝るつもりか____まあいいや。別に寝づらい訳ではないし。

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

~翌日~

 

 

「よし、それじゃあ出発しよう! 鬼の集落へ!」

 

「お腹痛いんで欠席していいですか」

 

「馬鹿野郎! 漏らしてでもついてきな!」

 

「ならせめて頭から降りろよ。てか女の子がそんなはしたないこと言っちゃいけません」

 

 

 萃香を肩車し(させられ)、おれの頭の上から付き出された指の指す方角へと脚を踏み出す。

 

 

『やけになつかれてますね。私が知らない間に餌付けでもしましたか?』

 

 

 知らないよ、もう。なんか寝ているときしかり今しかり、妙にべたべたくっついてくるし。

 

 

「そういえばさ、あんたって翠に取り憑かれてたんだね。正直驚いたよ」

 

「……えっ、萃香お前、なんで翠の事を知ってるんだ?」

 

 

 おれの意識がある限りでは翠と萃香は接触していない筈だ。だというのに萃香が翠の存在を知っているということは、おれが気絶していた間に二人は接触していたということなのか。

 

 

『その通りです。ちゃんと食べられそうになった熊口さんを庇ってあげたんですからね! 私の脚を無様になめてもいいんですよ』

 

 

「ちょっとね。私が生斗の身体拭いてあげようとしたら突然飛び出してきてね。私がやるって聞かなかったんだよ」

 

 

 んーっと、翠さん? 萃香との証言が違うんですが。

 

 

『嘘です! 萃香さんは嘘をついてます』

 

 

「萃香、それは嘘じゃないよな?」

 

「鬼は嘘は大嫌いだよ。次そんな馬鹿なこといったら太股で首へし折るからね」

 

 

 萃香の声のトーンが一気に下がった。萃香は本当に嘘が嫌いであることがこれだけでも十分に分かる。

 

 ということですが翠さん。弁明はありますか? 

 

 

『く、熊口さんみたいな汚ならしい身体、萃香さんには目に毒なので仕方なく私が引き受けてあげたまでですからね』

 

 

 この前まで出ることを躊躇ってたのにな。

 なんでそんな事で出てしまったのか。ほんとは熊さんの肉体美を独り占めしたかったんだろう、え? 

 

『それはほんとにないので安心してください』

 

 

 あら、本気の拒否反応きてしまったか。

 なら何なんだろうな。なんで翠は危険を冒してまで萃香の前に立ったのだろうか。

 おれの二の舞になるかもしれないというのに。

 ……もしかしてデレか。

 いつもはおれに対してツンしかみせてなかったのを遂にデレたか翠お前! 

 

 

「ねぇねぇ生斗。一日看病してあげたんだからさ、一つ私の言うこと聞いてよ」

 

 

 翠を問い詰めようとしているところに、萃香が髪を引っ張って横槍を入れる。

 

 

「今まさに聞いて大人しく鬼の集落とやらに向かってるだろ」

 

「それとは別にだよ。向かってるのは生斗との勝負で私が勝ったからでしょ」

 

 

 いつから勝負になったんだよ……

 元々腕試しで勝手に始めてきたことだというのにこの鬼幼女め。

 大人しく鬼の集落へ向かっているのもどうせ逃げても捕まると観念しているからだ。

 なんとか上手く逃げられる方法を模索しないといけない。

 鬼の群れなんて考えただけでも末恐ろしい。

 

 

 

「そういえば萃香、一つ鬼に関して気になったことがあるんだが」

 

「ん? なになに。私で答えられる範囲でなら答えるよ」

 

「鬼って種類とかあんの?」

 

 

 これは純粋な疑問だ。

 前に対峙した鬼と比べ、萃香は邪気がまったくといっていいほど感じられない。

 これはただ単に萃香が普通で、あの鬼達が異端なだけかもしれないし、鬼の種類によって違うのかもしれない。

 

 

「一杯いろんなのがいるよ。私みたいに普通の人間のような身体をしてるのもいれば牛みたいなやつや肌が赤青だったり違うやつもいるし」

 

「おれが以前会った奴らは肌が赤鬼とかだったな。そいつらはなんか、凄い禍々しい雰囲気があったんだ」

 

「あー、そりゃ悪鬼の類いじゃないの? 人間達は悪さする鬼のことを総じて悪鬼って呼ぶんだけど、私らの中じゃ鬼になった瞬間から邪悪な妖力を持ったやつらの事を悪鬼と呼んでる。そういうやつらは大抵ろくなのがいないけどね。私らのように純粋な気持ちで人間にちょっかいを出すのではなく、ただ人間を、いや生物を殺すことに執着してるやつが多いね」

 

 

 そういうことか。確かにおれが初めて会った鬼は、食事後も進んでおれらを殺しにかかってきた。

 

 

 

「まあ、ちょっかいを出してる私らも人間からは悪鬼と呼ばれてるんだけどね」

 

「そりゃあ鬼のちょっかいは人間からすれば度を遥かに越えてるからな。どうせ腕相撲とかで人の腕へし折ったりとかしてるだろ」

 

「人間は脆いからなぁ」

 

 

 してたんだなこのロリ鬼め。

 ちょっかい出さないであげろよ、いずれそれが厄災になって帰ってきても知らないからな。

 

 

「でも安心しなよ。私らの集落にゃ悪鬼はいないからさ。皆酒好きで良いやつらだよ。きっと生斗のこと気に入ると思う」

 

「鬼に気に入られるのはちょっと命の危機に瀕しそうで怖いんだけど」

 

「大丈夫、大丈夫。ちょっと腕試しに付き合わされるぐらいだよ」

 

「その腕試しで昨日ぼこぼこにされたんですが」

 

「私の方が重症だったんだよ?」

 

「一日で跡形もなく完治する傷を重症とは言いません」

 

 

 悪鬼はいない、か。

 月へ行こうとしたとき、邪魔してきたあいつのような奴らがうようよいるものだと恐怖したが、そういうことなら少しだけ安心した。

 

 

『へいへい、熊さんびびってる~』

 

 

 下手な煽り入れてくるな! 

 鬼を怖がらない奴なんて心臓に毛が生えてる奴ぐらいなんだぞ。

 

 

『熊口さん、貴方の心臓本体が見えないくらい毛が生えまくってますよ』

 

 

 えっ、うそ。

 除毛とかできますか? 

 

 

『ごめんなさい、汚いので触りたくありません』

 

 

「翠いわく、おれの心臓にはジャングル並みに毛が生えてるらしい」

 

「だろうね。鬼と対面してこんな冷静でいられる奴なんて私は生まれてこの方見たことないよ」

 

「んな馬鹿な」

 

 

 そんなこんなで、おれと萃香は肩車の状態のまま鬼の集落とやらへ進んでいくのであった。

 

 なんだろうか、妖怪とこう普通にお喋りするのは、何気に初めてかもしれない。

 これまで殺し合いの直前の軽口ぐらいしかしたことなかったからな。

 

 さて、鬼の集落行くという判断は吉とでるか凶とでるか。

 蛇はでないが鬼は十中八九でるだろう。

 

 ま、最悪まだ命はあることだし、ブーストかけまくって逃げてしまえばいいか。




言及はしてませんでしたが、最初に萃香と会った空き屋は地割れにより倒壊してます。

生還記録の中で一番立っているキャラ

  • 熊口生斗
  • ツクヨミ
  • 副総監
  • 天魔

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