東方生還記録   作:エゾ末

58 / 115
2話 火事場の鬼力

 

 

 見渡す限り樹木に囲まれた森林で、おれは絶望に打ち拉がれていた。

 

 周りには鬼の萃香が数十人と姿を現し、おれの進路を塞いでいたのだ。

 

 

「死なない程度にて。鬼と人の力比べ大会とかいう理解不能な催し物出させるっていうのならせめて使える程度に収めてくれよ」

 

「使えるかどうかは私が判断するよ。使えなければそうだねぇ、生斗あんた美味しそうだし食べてしまうのも悪くないかも」

 

 

 又も物騒なことを言ってくれる萃香。

 死なない程度にとならば少し怪我しないよう安全に負けようとしたが……

 下手な負け方をしても地獄、逃げても地獄、全力で戦わなければ結局のところ待つのは確実な死。

 

 

「そりゃそうか。鬼は人食いもするんだっけか」

 

「別に食べなくても生きてけるんだけどね。ただ、美味そうな食材が目の前にいるのにわざわざ我慢する必要もないでしょ」

 

「おれ美味くないよ。筋が硬くて食えたもんじゃない筈だ」

 

「それはあんたの決めることじゃないでしょ。それに硬くて食えたもんじゃないのは、人間の顎が貧弱すぎるだけ。私達からすれば咬みごたえのあるものかもしれない」

 

 

 軽口を叩いているうちにおれは霊力剣を生成し、構えをとる。

 正直言って疲れはあまりとれていない。身体は未だに重く、万全な体力とは程遠い状態である。

 これは、おれよ能力を使わなければ、秒殺されるのは必至だ。

 

 

「むっ、その光る剣……何故だろうか。その剣をまともに受けるなと私の勘がいってる」

 

「其処らのなまくら刀よりかはよっぽど斬れるからな。用心しないとスパッと腕斬り落とすぞ」

 

 

 側面から叩かれたら簡単に折れるけどな! 

 それでも霊力を大量に込めればあの大妖怪である幽香の腕すらも斬ることが出来る代物であることは確かである。

 鬼が斬れるかは知らんが。

 とりあえず、臨戦態勢に入らせてもらいますか。

 

 

「へえ、結構霊力あったんだね。そこらの雑魚ではなかったんだ」

 

「褒めていただきありがとう。もっと褒めても良いんだよ」

 

「ま、だからといって私には遠く及ばないけどね」

 

 

 分裂体? が霞がかり、一ヶ所に纏まると先程よりも遥かに増した妖力を有した萃香が姿を現す。

 

 

「この辺に漂らせていた私を全て戻した。これが本来の私の力だよ」

 

「人を絶望させてそんなに楽しいか」

 

 

『熊口さん頑張ってください! 骨は拾いませんけど』

 

 

 ありがとよ翠。やられそうになったら無理矢理お前を引きずりだして盾にしてやるから準備しとけよ。

 

 とにかく、そろそろ能力を使っておいた方がいい。戦いが始まっては使う余裕もないだろうからな。

 

 そう考えたおれは、六つある命のうち一つ命の寿命___残り五十年の半分、二十五年分を代償とした。

 

 

「おお、まだ私ほどではないけど、さらに霊力が増した。これはやりがいがありそうだね 」

 

「勝てる気は全くしないが、一矢ぐらい報いてやるよ」

 

「ふふ、やってみな人間如きが。私の前で無様に地に伏させてやろう!」

 

 

 

 

 

 

 

_____________________

 

 

 面白い人間を拾ったもんだ。

 この霊力、これまで出会った人間の中で随一だ。どうせ私を倒せるだけの力はないだろうが、最近のつまらない日常に良い刺激を与えてくれるだろう。

 

 

「いくよ!」

 

 

 愚直にも私は人間___生斗に向かって肉薄する。

 下手な駆け引き等の必要ない。

 さあ生斗、どう対処する? 

 横へ回避するか? それとも正面から受け止めるか? 

 

 

「ふん!」

 

「んむ”っ!?」

 

 

 私と生斗との距離が人一人分となった瞬間、とてつもない悪寒が私の全身に走った。

 その異常により一瞬反応が遅れてしまった私は、あえなく生斗の振り下ろした剣が私の肩から胴にかけて通り過ぎていった。

 

 

「へ、へへぇ。意外と鋭い剣筋してんだね」

 

「ああ、鬼にもおれの剣が通って正直安心してる」

 

 

 即座に大きく後退し、改めて斬られた箇所を確認する。

 傷はそんなに深くはないが…………治りが遅い。これぐらいの傷であれば数秒あれば完治するというのに。

 

 ____あの霊力で出来た剣か。

 そもそも霊力は妖怪特効の力だ。普通の生物には効かぬ技も、妖怪には大打撃となりうる。

 あの剣はその霊力で出来ている、いわば妖怪にとって天敵といっても過言ではないだろう。

 傷が治らないわけではない。少しいつもより治りが遅いという程度だ。

 それよりも特筆すべきは斬れ味、鬼の肌は常人より何十倍も斬れにくい。青銅の剣や、最近出回り始めていた鉄の剣ですら私らの肌を傷をつけることはできなかった。

 だというのにあの剣は肌どころか私の肉すらも斬り裂いて見せたのだ。

 

 それにあの剣速____これは想像していた以上に楽しくなりそうだ。

 

 

「はははは! こりゃ面白い! ごめんね、生斗、正直あんたをなめくさってた!」

 

「ずっとなめくさっててもいいのよ」

 

 

 戦いの最中といえど、伊吹瓢の酒が進む。

 こんなに良い気持ちなのに、酒を呑むなという方が可笑しい。

 

 

「さあ、続きをしようじゃないか!」

 

「変に興奮してるな。おれは気分が落ちていく一方だってのに」

 

「なんでさ。強いやつ同士で戦おうって時に気分を損なうなんて勿体無いにも程があるよ」

 

「それは鬼の尺度!」

 

 

 まったくもう、ノリが悪いな。

 まあいい、私は私で楽しませてもらおう。

 

 

 

 

 

 

 

______________________

 

 

 ーーー

 

 

 生斗が剣を構えると、萃香はニヤリと笑みを溢す。

 

 

「……!」

 

 

 そして無言のまま、又も萃香は直進的に生斗へ肉薄する。

 その速さは通った箇所に残像を残し、周りの樹木はあまりの衝撃により大きくしなるほどであった。

 常人にはまず目視することは叶わぬ速度ではあるが、眼を霊力で強化することによって生斗はなんとか目視することが出来る。

 

 しかし、見えるからといって身体がその動きについてこれるかどうかは話は別である。

 

 

「くっ!」

 

 

 身を捻り今いる場所から離れると、その元いた場所には既に萃香の拳が振り切られていた。

 少し間を置いて突風が巻き起こり、近場にいた生斗もろとも吹き飛ばしていく。

 

 

「(馬鹿力め! 普通殴った風圧だけで人が飛ぶかよ!?)」

 

 

 空中でくるっと一回転し体勢を立て直す生斗。

 だがその時にはもう萃香は目前にまで迫っていた。

 

 

「!!」

 

 

 袈裟斬りで応戦。しかし霊力剣が萃香の肩を掠める寸前、彼女自身が霞がかり、終いには霊力剣は標的を斬ること叶わず空のみを斬る結果となった。

 

 一瞬の出来事に僅かに硬直する生斗。

 しかし直ぐ様背後にくる気配を察知し、左手で生成した霊力剣を数発背後へと放つ。

 

 背後への気配は正しく、実体化した萃香が笑みを崩さぬまま霊力剣の側面を叩いて迎撃する。

 そこへ間髪入れず生斗は逆回転し、その回転を利用した渾身の踵落としを脳天に向けて炸裂させるが、既に霊力剣を対処し終えた萃香は難なく両手をクロスにして防御する。

 

 

「っっつぅ!?」

 

 

 遠心力を利用した踵落としは時として諸刃の剣だ。

 相手に避けられ、地面に叩きつけようものなら間違いなく骨にヒビ以上の怪我を負うこととなる。

 鬼の腕は地面とは比較にならぬほど硬い。

 霊力で強化していたとはいえ、痛みは甚大、思わず生斗も苦悶の表情を隠せず、もう片方の脚で萃香を蹴り飛ばしその場に着地する。

 

 

「(脚は……大丈夫だ、問題ない。あぶねぇ、霊力ブーストしてなかったら確実に折れてる自信があるぞ。てかあのタイミングで防ぐのかよ!)」

 

 

 改めて萃香の異様ぶりに嫌な汗をかく生斗。

 目の前の少女が、ただの可愛らしい幼女であったのが、今ではどの妖怪よりも恐ろしい化物へと変貌する。

 

 

「……これは、これまで遭ってきた鬼の中でも一番かもしれないな」

 

「ふっ、私をその辺の鬼と一緒にしないでくれよ。

 こんななりだけど、鬼の集落じゃ負け知らずの大姉貴なんだからね」

 

「姉、貴だと……!?」

 

「あっ、あんた絶対笑ったでしょ! 私を甘く見ると痛い目見るよ」

 

「絶賛今脚痛めてるんですが」

 

 

 ぷんぷんと怒る仕草はなんとも子供っぽいのだが、それで油断していては命取りとなる。

 生斗は一度深呼吸し、改めて霊力剣を構え戦闘体勢を取る。

 

 

「生斗、あんた強いよ。ここまで私が高揚したのは初めてかもしれない」

 

「そういえば一つ聞きたい事があるんだが。なんでそんなに人間と戦いたがるんだよ。殴りあいなら鬼同士でやった方が楽しいだろ」

 

「さあ、なんでだろうね。私も鬼になってからだけど、鬼同士じゃどうしても足りないんだよ。脆い人間だからこそ、弱々しい人間だからこそ、私らに立ち向かい一矢報いてくる人間が輝かしくて仕方がないんだよ」

 

 

 鬼の殆どは元は人間である。

 過去の何かしらの出来事で切っ掛けで鬼となり圧倒的な力を得る。

 だからこそ、昔に人間であったときの自分と比べて羨望があるのだろう。

 それについてなんとなく察した生斗は口を紡ぐ。

 

 

「無駄話が過ぎたね。いくよ」

 

 

 そしてまた戦闘が始まる。

 これで三度めとなる萃香の肉薄。だが次はただ直進してくるのではなく、数十体に分裂体を生成し四方八方から同時に生斗へと向かっていった。

 

 

「手数で勝負か…………すまないが、おれは別に剣術に特化した闘い方はしていない」

 

 

 そう自信満々に鼻息を荒らした生斗は背後に八つ程生成しておいた爆散霊弾をそれぞれくる方向へ放った。

 話の最中、生斗は抜け目なく準備を進めていたのだ。

 

 

「なにっ!!?」

 

「ははは! 驚いたか! 我が爆散霊弾の威力を!!」

 

 

 萃香の分裂体へと着弾した爆散霊弾は凄まじい爆発と共にそれぞれの分裂体をまとめて消し飛ばしていく。

 それにより霞が又も発生し、集結して出てきた萃香は多量の血を流し、身体からは煙が立っていた。

 

 いつもは直前に放ってしまい、巻き添えを食らっていた生斗だったのだが、今回は大分距離の空いた状態で放ったため無傷。その事に加え、もしかしたら分裂して攻撃を仕掛けてくるのではという予想が見事的中したことによりとてもご満悦な生斗。

 

 

「ぷはっ、まさかこんな切り札を持っていたなんてね。油断してたよ」

 

 

 口から煙を吐き出し、砂埃で汚れた服を叩いて落とす萃香。

 身体中に火傷痕等で血が多量に出ていたが、それも数秒のうちに止まり、今では傷も塞がり始めている。

 

 

「まあこれぐらいの傷なら直ぐに治るけど。そんな爆発する霊弾よりもあんたの持ってるその剣で斬られる方が治りにくいから厄介なんだよね」

 

「爆散霊弾よりも霊力剣の方が面倒と言われたの初めてなんだけど……」

 

 

 生斗はまさかの切り札があまり効果がなかったことに落胆する。

 

 

「(さあどうする。おれから攻めるか、それともまた受けで___いや!!)」

 

 

 なにかを思案した生斗は一度に大量の霊弾を生成する。

 今ある生斗の霊力の半分ほど生成された霊弾は大半が萃香へと向かっていき、少数が様々な箇所へまばらに飛んでいく。

 

 

「良い弾幕だね、だけどそれぐらいじゃ私は倒せないよ!」

 

 

 そう言い放つと萃香は掌から黒い渦のような物を生成する。

 するとみるみるうちに生斗の放った弾幕は引き寄せられていき、直線上に霊弾が並ぶ。

 

 

「ほら!」

 

 

 その直線上へとなった弾幕を、萃香の一筋の妖弾により消し飛ばされていく。

 その光景を目の当たりにした生斗は心の中ですら言葉を失っていた。

 

 

「これが能力の応用…………ってあれ、生斗は____あぶなっ!!」

 

「油断大敵という言葉知ってるか! 萃香のようなやつの事を言うんだぜ!」

 

 

 霊弾が消し飛ばされている最中、生斗は木々に身を隠し萃香の背後へ回り込んでいた。

 そこから不意討ちの袈裟斬りをしたが、直前のところで気配を察知した萃香に避けられる。

 だが、生斗もそのことは想定の範囲内であり、構わず二振り、三振りと霊力剣で追い詰めていく。

 

 

「(この間合いはおれの領域だ。この好機は逃してたまるか!)」

 

 

 先のように萃香に勢い付けられて来られたら反応が追い付かず後手に回る他ないため、ここに来て五分の状態の接近戦を逃すのは、霊力を半分溝に捨てるのと同義であった。

 

 

「ふん!」

 

「(効かねぇよ!)」

 

「ぐっ!」

 

 

 萃香が生斗を間合いから引き離すように正拳突きの風圧で吹き飛ばそうとしたが、その風圧を身を捻って回避する生斗、逆に正拳突きにより出来た隙をついて腹部を霊力剣で斬りつける。

 

 苦悶の表情を浮かべる萃香。

 だが痛みに悶える暇などない。

 低くしゃがみこみ、腕に取り付けた鎖で生斗の脚を絡めとろうとしたが、それを生斗は木々に跳躍することで回避、そのまま重力と共に萃香の脚へ霊力剣を突き刺す。

 

 

「調子に、乗るなぁ!」

 

 

 霞がかり、姿を隠す萃香。

 だが、これにも弱点があった。

 

 

「逃がすか!」

 

「なっ!? 何で____」

 

 

 霞には萃香の隠しきれない妖力がだだ漏れであったのだ。

 生斗はただ、霞が移動する場所へただ追跡したに過ぎない。

 

 

 萃香の口から血が吹き出す。

 霞がまた実体へと戻るタイミングを見計らい、萃香の腹部へ生斗は生成した霊力剣で突き刺したのだ。

その後生斗は大きく後退し、萃香の動きに警戒する。

 

 

「くくっ、ふふふ」

 

「はあ、はあ……」

 

 

 だが、尚も萃香は笑った。

 腹部へ突き刺さった霊力剣を見やる。

 脚に出来た風穴を見やる。

 切り裂かれた横腹を見やる。

 

 

 鬼として生きて、ここまで傷付いたことがあるだろうか。

 本気ではないとはいえ、この私が人間にここまで傷を負わせられた。

 

 

「ふふふ、合格だ。合格だよ生斗。痛いのに、こんなに痛いのに……なんでこんなに嬉しいんだろう、私」

 

 

 萃香は強い人間が好きだ。

 しかしこれまで己に傷一つ与えられる者は今日まで皆無であったのだ。

 それが今はどうだ。ここまで重度の傷を負った身体。回復もままならず、地面には多量の血溜まりが出来ている。

 

 

「試験は終わりだよ生斗」

 

「はあ、はあ……ほんとか。萃香____」

 

「だけど、やられてばかりじゃ気が済まないんでね。少しだけ本気でやらせて」

 

「____へっ?」

 

 

 これで終わりと内心喜んだのも束の間、萃香が本気宣言をしたことにより再度絶望の縁に立たされた気分になる生斗。

 

 

「眼を離さないでね、直ぐに終わっちゃうから」

 

 

 その小さな身体からは想像を逸する絶大な妖力が辺りを包み込み、生斗はあまりの力量差に息が詰まる。

 

 

「ふんっ!!!」

 

「!!?!」

 

 

 萃香がほぼノーモーションで地面を殴る。

 すると周りの平地が鈍い地鳴りとともに隆起していく。

 

 

「(ば、馬鹿げてる!? 馬鹿げてるだろその力!!)」

 

 

 勿論生斗のいた平地も例外なく地割れの被害により崩壊していく。

 

 ____まさに天変地異。

 

 それを萃香は拳一つで実現して見せたのだ。

 

 

「(飛ばなきゃ死ぬ!)」

 

 

 地割れにより避けた穴は底が見えぬほど深い。

 それに今尚隆起し続けている断層は鈍い振動により立つこともままならない状況。

 抜け出さなければいずれ地割れに巻き込まれて死ぬ。

 

 そう危惧した生斗は、なんとか巻き込まれぬよう空を飛ぼうとした____

 

 

 ____その時。

 

 

「さっきのお返しだよ」

 

 

 気付いたその時には既にでこぴんの構えをとった萃香が眼前にいた。

 

 

「……優しくしてね」

 

 

 全てを察した生斗は観念して額を差し出す。

 

 

 その瞬間、豪速球をミットでキャッチするような爽快な音とともに、生斗は遥か遠くへ吹き飛ばされたのだった。

生還記録の中で一番立っているキャラ

  • 熊口生斗
  • ツクヨミ
  • 副総監
  • 天魔

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。