東方生還記録   作:エゾ末

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二章最終回です。


二十六話 締まらない旅路

 

 

 神奈子達が洩矢の国に来て十年の年月が経とうとしていた。

 いや、『洩矢』はもう旧名か。

 諏訪子は大和の国の一柱と融合したという定で今も祭神として国に現存している。その兼ね合いもあってか、『洩矢神』から『守矢神』へと改名し、国も『守矢の国』となっていた。

 

 

「せいとせいと! わたしと腕相撲しよう!」

 

「おおいいぞ。生斗兄ちゃん強いから負けても泣くんじゃないぞ」

 

「せいとなんかに負けないもん!」

 

 

 神奈子も山の神として守矢の国へ受け入れらた。

 始めは攻め入ろうとした相手に民は中々心を開かなかったが、それも年に何度かある宴会での神奈子との対談や一緒に受け入れられた神奈子の軍勢らの布教活動により今では諏訪子と引きをとらない勢いで信仰が集まっている。

 

 

「おっ、おお?! 中々強いじゃないか。苗ちゃんは力強いなぁ」

 

「せいとが弱いんだよ! お母さんの方が何十倍も強かった! 」

 

 

 おれはというと、月の手掛かりを探す旅にも出ず、呑気に守矢の国に居座ってます。

 いや、ちゃんと神奈子とかにも聞いて情報収集とかしたよ? でも神奈子も全然分からないらしいし、大和の国にいる大神ならもしかしたら分かるかもしれないと言っていたが、一人間であるおれが謁見どころか、声すら届くことは許されないそうな。

 

 

「それじゃあ次はかなこ様に勝負してこよ!」

 

「転けないように気を付けてな」

 

「うん! また遊んでね!」

 

 

 神奈子ですら、毎回他の神経由で話をしていたみたいだし。

 神奈子の応援要請をしても結局めぼしい成果は得られず、今に至るわけで。

 別にここが結構居心地が良くている訳じゃないよ、ほんとだよ。

 畑仕事も霊力を纏ってやれば腰にはくるがそんなに苦ではないし、諏訪子や神奈子達と駄弁って一日を過ごしたり翠のご飯が予想以上に美味しかったり、ましては早恵ちゃんの娘である苗ちゃんが可愛くて仕方がなくてもな! 

 

 

「生斗、また顔面崩壊してるよ。ほんと苗にでれでれなんだから」

 

「諏訪子、何度だって言う。苗ちゃんは天使だ。可愛すぎる。苗ちゃんのためなら命を幾らでも捧げられる自信がある」

 

「なんで親でもないあんたが親馬鹿全開なんだい。私は生斗の将来が心配で仕方ないよ……折角嫁とらせようとしても断っちゃうし」

 

「いや、流石にな。いずれはこの国を出る予定だし、そもそも寿命が違いすぎる。先立たれるのが苦痛なのは諏訪子もわかるだろ。避けられる苦痛なら避けた方がいい」

 

 

 先程から何度か出ている『苗ちゃん』というのは、守矢神社の巫女である早恵ちゃんの娘である。

 そう、あの早恵ちゃんはもうこの十年間に娶っていたのだ。しかも相手というのがあの道義である。

 婚約の決め手となったのが「私のご飯をほんとに美味そうに食べてくれる」とのこと。

 そういえば道義は前にも早恵ちゃんの作った握り飯を美味い美味いと食べていた記憶があるし、お似合いかもしれない。あんな劇物を食べて体調崩さないのか心配になるが……特に苗ちゃん、間違えて喉につまらせなければ良いんだけど。

 

 

「……そういえばその事なんだけど、旅に出るのっていつにするの?」

 

「____んっ?」

 

 

 旅に出る日付……?

 

 

「 私らじゃ力になれなくて申し訳ないんだけどさ、ほら、月に行くための手立てを探す旅人だって前に言ってたじゃん」

 

 

 あー、そうだ。おれ、いつかは旅に出ようかとは考えていたが、その具体的に何処に行くかや日付を全くもって決めていなかった。

 

 

「私らは生斗が此処に居たいのなら幾らでも居てもらいたいけどさ。生斗自身のやるべきことがあるのなら、私らは止めないよ。そもそも止める権利がない」

 

「……ごめんな。変に気を使わせてしまってたとは」

 

「いや、気を使わせていたのは私らの方さ。生斗は気遣っていたんでしょ。前は少ししたら出るって言ってたのに大和の国がまた攻めてくるかもしれないと神奈子から聞いてから、急に残るとか言いだしてたしさ」

 

「そうだったな。そういえばあのとき、そういった理由で残ることにしたんだっけ」

 

 

 そうだ、神奈子がこの国に来た日にあった親睦を深めるための宴会で、そんなことを聞かされた覚えがある。

 それでおれは少しでも力になれればと此処に留まることを決めていたんだった。

 今じゃそのことも忘れて悠々と過ごしていた。

 

 

「大分遅くなっちゃったけど、私らのことは気にしなくてもいいよ。生斗は生斗のやらなきゃいけないことをして。こっちは私と神奈子が上手くやるからさ」

 

 

 諏訪子の表情からは、無理をしたような、ましては厄介者を追い払うような雰囲気は感じられず、ただ友人にはしたいことをしてほしいというような、そんな感じだった。

 

 諏訪子はおれが思ってたよりおれのことを考えていてくれていたんだな。

 

 月に行くという目的___永琳さん達との約束を果たすため、おれは旅にでなければならない。

 そのためにも、そろそろ本格的に旅先を考えていかなければならない。

 

 

「ありがとな諏訪子。まだ全然考えてないけど、旅の支度を進めていこうと思う」

 

「そんなに急がなくてもいいよ。私らだって寂しくなっちゃう訳だし」

 

「諏訪子は大丈夫だろ。蛙さえいればケロってしてそう」

 

「蛙と掛けた上に馬鹿にしたね。よし、あんたのぐらさんとやらを引っこ抜いてあげるよ」

 

「ふっ、諏訪子なんぞにこのおれのグラサンが取れるかな。おれとグラサンは一心同体、いわば運命共同体だ。おれのグラサンをとるということはつまり、おれの耳を引きちぎるということになる」

 

「つまりそういうことだよ」

 

「おっ!?!?」

 

 

 そう言ってじりじりと迫ってくる諏訪子。

 あかん、やばい、ちょっと待って____

 

 

「諏訪子さんや、やめて!? あっ、いっちゃいます! 生斗さんの両耳が今びきびきと嫌な音が、あ、あああ!! 」

 

 

 諏訪子を馬鹿にしてはいけない。良い教訓となりましたーー神を馬鹿にする自体が論外だけどな! 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 なんとか耳をもがれずに済んだおれは神奈子のいる母屋まで足を運んでいた。

 

 

「で、旅に出るからどの方角に行ったらいいか私に来たのかい」

 

「酒くさ! 神奈子お前昼間っから呑んでんのかよ」

 

「あんたも呑むかい?」

 

「是非とも一杯頂こう」

 

「あんたも大概じゃないかい。ほら酌してあげるよ____それで話は戻すけど、どの方角にいけば良いのかなんて決められないよ。私は方位神じゃないんだから」

 

「んっ、あんがと____そんなことはわかってる。ただ神奈子の直感を聞きたいだけだよ」

 

 

 前は威厳の塊のような神奈子も、今では民の農作業を肴に昼間っから酒を呑んでる酔っぱらいだ。元々瞑想と託つけて居眠りをしていたりと片鱗を見せたりもしていたが、ここ十年平穏な毎日を送っていたからか完全に平和ボケしてしまっている。

 

 

「そういうことなら西に行ってみな。今年の吉方位が西だからね」

 

「直感ではないんかい。おっ、この酒結構飲みやすいな」

 

「諏訪子が隠し持ってた一品だからね。ちょっくらくすねてきた」

 

「おい馬鹿この野郎。さては共犯にするために酒勧めてきたな」

 

 

 神奈子この駄神、いつの間にか崖っぷちにおれを引きずりこんできやがってた。

 なんとかして抜け出さないと不味いことになる。耳をもがれる程度じゃ済まない事態に陥ることはまず確定してしまう。

 だというのに、何故神奈子はこうも余裕そうなんだ。

 

 

「酒の出所も聞かずに呑むからさ。もし諏訪子にバレたら私は容赦なく生斗も巻き添えにするよ。なに、生斗も呑んだとなれば諏訪子もそんなには怒られないはずさね」

 

 

 あー、そういうことね。おれを巻き込めばそこまで怒られないと。

 神奈子にしては浅はかな考えだな。

 

 

「そのおれでさえちょっと馬鹿にしただけで耳もがれかけたんだけど」

 

「……ほんとに?」

 

 

 酒を呑もうとする手が止まり、火照っていた筈の顔が青冷める神奈子。

 おれは自分が言ったことの証明に赤くなった耳を神奈子に見せる。

 

 

「…………これは、第二次諏訪大戦が勃発するかもしれないね」

 

「いや、とりあえず謝っとけよ」

 

 

 その後あえなく諏訪子に見つかったが、なんとか拳骨一発で済んだそうな。

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

「やっと出るんですか。熊口さんがこの国を出るのを待ちわびましたよ」

 

「へいへい悪かったな、やっとおれもお前の顔を見なくて済むよ」

 

 

 日も暮れ、自分の家へ帰宅したおれは、既に翠により作られていた夕飯を頬張りながら、今日あった出来事を話していた。

 

 

「んっ? 何を言ってるんですか。私も勿論同行しますよ」

 

「はあ? 何言ってんだ。翠お前はここに残ってろよ。諏訪子や早恵ちゃんが心配するだろ」

 

 

 翠がおれの旅についてくる。

 ここ十年一緒に暮らしてきた仲ではあるが、これからの旅に同行させるとなると話は別だ。

 そもそもが目的が違う。

 おれは月へ行くという目的だが、翠は自分と親の仇を討つのが目的であったはずだ。確かに旅をしているという点では同じではあるが……

 

 

「諏訪子はお前が仇討ちすることは望んでないぞ」

 

「知っています。でも、諏訪子様は了承して下さりましたよ。もし熊口さんが良いと言うのであればついていって良いと」

 

「……諏訪子のやつ、いつの間にそんなことを。

 なら早恵ちゃんはどうするんだ、お前がいなくなったら寂しがるんじゃないか?」

 

「寂しいですけど、早恵ちゃんも分かってくれてます。だからこそ今日まで一日一日を大切に過ごしてきたんです」

 

 

 早恵ちゃんにも了承済みってか。

 それにしても、おれが翠と旅をする___か。

 復讐に加担することになるということだよな。

 相手は下衆で野蛮な大妖怪とはいえ、十年間衣食住を共にした相手にはあまりしてほしくない。

 

 

「それに熊口さん、一人じゃ諏訪子様も心配なさるでしょう。ちゃんとお目付け役としていてあげますので」

 

 

 とんでもなく上から目線で物を言ってきおるなこの怨霊。

 

 

「翠なんかの手を借りるなら蛙の手を借りる方がましだ。蛙ならいるだけで結構癒し効果があるんだぞ。たまにゲコッて鳴いて可愛いし」

 

「私も癒し効果あるじゃないですか。ほら、私の美貌を刮目してください」

 

「あっ、駄目だ。血管が浮き出てきた」

 

「なんで!?」

 

 

 いやまあ顔は確かに良いが、何分十年間見続けた顔だ。もはやどうとも思わなくなった。ていうか逆にこれまで言われ続けてきた毒舌が思い起こされて腹が立ってきた。

 

 

「とりあえず熊口さんに拒否権はありませんからね! 感謝してくださいね。毎日ご飯作ってくれる美少女がついてきてくれるんですから」

 

「ああもう好きにしろよ。でもおれはお前の復讐には関与しないからな! 

 あと翠、自分のことをあまり可愛い可愛いとか言わない方がいいぞ。いずれ敵を作るかもしれない」

 

 

 ほぼ押し切られた形となったが、翠がおれの旅に同行することとなった。

 まあ、一人旅で一番辛いのは孤独だからな。話し相手がいるだけでも心強いかもしれない。でも相手が翠じゃなぁ……

 

 

「何いやらしい目で見てるんですか」

 

「翠お前遂に目までおかしくなったか。この目はいやらしいではなくて、疎ましいが正しいんだぞ」

 

 

 なんやかんやで、一ヶ月後に旅に出ることが決まった。

 ほんとはもう少し遅くと考えていたが、妙に翠が急かすもんだから一ヶ月と中々に短い期間で出ることに。

 地図もなく、お互い目的がある手前一度旅に出たらそう簡単に帰ることは出来ない。

 下手すれば今生の別れかもしれないことは幾ら翠の脳でも分かるはずなのにな。

 

 だからまあ、残り限られた月日を、翠の言うように『一日一日を大事に過ごす』よう心掛けるとするかね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 __________________

 

 

 

 ~一ヶ月後~

 

 

 なんともまあ日が経つのは早いことで、あっという間に別れの日が来てしまった。

 

 今は日の出前、まだ辺りが薄暗くひんやりとした冷気に包まれた守矢の国の出入り口に、おれらは別れの挨拶を交わしていた。

 

 

「あんたらがいなくなると、ほんと寂しくなるねぇ」

 

「神奈子ならお酒があれば大丈夫だろ。でもまあ、たまには寄るからさ。その時は大いに歓迎してくれ」

 

「……あんた、最近私のことただの酒好きの姉さんかなんかだと思ってないかい?」

 

「あれ、違ったっけ?」

 

 

 このっ、と軽い肘打ちをされたが、特に神奈子は怒っている様子もなく、ただの軽口であることを理解しているようだった。

 

 見送りには諏訪子と神奈子、後早恵ちゃん家族とこの国で比較的仲の良かったおっさん達だった。

 

 

「生斗、剣術の指南、結局最後まで受けてもらえなかったな」

 

「おれが教えられることなんてないって。場数を踏んでりゃおれなんてすぐ越えられるって」

 

 

 道義はこの国に来てからおれに遭う度剣術指南の稽古を依頼を受けていた。

 だが、おれはめんどくさいのとそもそも感覚でしか剣を振らないおれなんかが教えたところで変になるだけだと判断し丁寧にお断りしていた。

 

 

『途中から居留守使ったり他人のふりして無理矢理断ってましたよね。熊口さん、丁寧とはなんでしたっけ?』

 

 

 だ、だって仕方ないじゃん。しつこかったんだもん。

 

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

「……早恵ちゃ____」

 

「おいぃ! 無視をするでない!!」

 

 

 ミシャグジさん。言うことあるならはっきり言ってくれ。十年経った今でも、あんたの姿は目に悪い。

 

 

「___達者でな。大和の件、反対はしたが礼を言う。結果論ではあるがお主のおかげで皆が助かった」

 

「それ、言うの大分遅くない?」

 

「貴様!」

 

「冗談冗談、ありがとな」

 

 

 プライドの塊であるミシャグジに礼を言われるとは、なんだか妙な気分ではあるな。

 

 

「熊口さん、どうかお元気で。この旅が無事成功なさるよう毎日諏訪子様に祈りますので」

 

「身重なんだから来なくても良かったのに___早恵ちゃんも身体には気を付けてな」

 

 

 早恵ちゃんのお腹には第二の命が育まれている。

 なのにこんな肌寒い中見送りにきてくれるとは。

 

 

『くっ、今この状況で外に出られないのが悔しいです。早恵ちゃんに宜しくとだけ伝えておいてください』

 

 

 それだけで良いのか? 

 

 

『一応昨日の段階で別れの挨拶は済ませてあるので』

 

 

「翠が宜しく伝えておいてくれだって」

 

「ありがとうございます。翠ちゃん、私と翠ちゃんは何年何十年、いや私が亡くなったとしてもいつまでも親友だよ」

 

 

『……!!!』

 

 

 んっ、翠お前泣いてる? 

 

 

『な、泣いてなんかいません! 勘違いしないでください! 幽霊は泣いたりしません!!』

 

 

「翠のやつ泣いて喜んでるぞ」

 

 

『やめてくださいお願いします!!』

 

 

 翠をからかうのもたまには良いもんだ。

 早恵ちゃんも目頭に大分涙が溜まっているようだが、決して泣かずに笑顔でいるのに。

 別れに涙はいらない、笑顔で見送るんだという意気込みが感じられる。

 

 

「ふあぁ……せいと、どこかに行っちゃうの?」

 

「苗ちゃん、これから生斗兄さん旅に出るからもう会えないんだよ。寂しいだろうけど我慢してくれ」

 

「うんわかった。生斗ばいばい!」

 

 

 あっ、駄目だ涙でそう。苗ちゃんあまりにも淡白すぎるんだけど……

 

 

「____生斗」

 

 

 なんとか泣かぬよう顔を空に向けていると、後ろから呼ぶ声が聞こえてくる。

 

 

「諏訪子か。随分と長い間世話になったな」

 

「礼を言うのは此方だよ。生斗なら未来永劫この国に居てほしいぐらいさ」

 

「なんて魅力的なことを言うんだ。良いのか、おれ本当にずっとここに居着いちゃうよ」

 

「目的があるのに何言ってんだい___まあ、私らは気長に待つからさ。辛くなったらいつでも帰っておいで。快く歓迎するよ」

 

「……ありがとう。そう言ってもらえるだけで大分楽になる。それにしても諏訪子お前、まるで母親のような事言ってくれるな」

 

「ふふ、諏訪子様はこの国の母親のような存在ですから」

 

 

 諏訪子の見た目で母親というワードに若干の違和感はあるが、その姿は十年間で十分なほど見てきた。

 赤子の出産には必ず立ち会い、悩みのある者にも親身になって相談にのり、この国に妖怪が侵入してこないよう細心の注意を払っていた。

 あのとき、諏訪子に対して国の皆が一丸となり擁護していたのにも納得できてしまうほどに。

 

 

「それじゃ、そろそろ行くわ。おれん家一応綺麗にしておいたから、誰でも好きに使ってくれ」

 

 

 グラサンを掛け、地面に置いていた荷物をからい皆に背を向ける。

 

 

「生斗!」

 

「んっ、なん___おっと!」

 

 

 皆に向けて手をふろうとしたとき、又もや諏訪子から呼び止められる。

 やけに声を荒げていたので何事かと振り向くとおれの胸に三枚のお札が飛んできた。

 

 

「それは御守りだよ。少しだけど私の呪いの力を使えるようになるから、もしどうしようもない敵が現れたら使って。きっと役に立つから」

 

「中々とんでもないもの渡してきたな」

 

 

 呪いの力って……あの神奈子ですら苦しめていたやつだよな。そんな恐ろしいものを渡してくるとは___だがありがたい。ここは妖怪が犇めく恐ろしい世界だ。奥の手が増えるだけでも大分生存率があがる。

 

 

「助かる。まあ有効活用させてもらうよ____それじゃあ今度こそ行くわ。皆元気でな」

 

「そっちこそ元気でね。そこら辺でくたばるんじゃないよ」

 

「そんなことにでもなったら私が呪い殺すからね」

 

 

 神奈子と諏訪子が揃いも揃って物騒なこと言ってくださる。

 もう少し気の利いたこと言ってくださいよ! 

 

 

「おう、無事に帰ってくるから楽しみにしておいてくれ。良い土産話一杯持ってくるからな」

 

 

 こうしておれと翠は、見えなくなるまで手を振り続けてくれた皆の見送り経て、遂に旅へと繰り出したのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

「そういえば翠、途中から全然喋らなくなったよな」

 

 

『……別に良いじゃないですか。挨拶は昨日のうちに済ませてありますし、特に喋る必要もないでしょう』

 

 

 翠の声___なんか妙に鼻声だな。

 

 

「もしかしてあれからずっと泣いてたのか。おっ? まさかあの翠さんがここまで大泣きされるとは。やっぱり乙女なんですね、翠さんも!」

 

 

『はっ倒しますよ。それに熊口さんだって泣いてるじゃないですか。グラサン掛けてるからばれないとでも思ってましたか? 男が泣くなんて女々しいですよ』

 

「馬鹿野郎、男女差別してるんじゃないぞ。男が泣いたっていいだろうが!」

 

 

 まさかバレていたとは。流石に中にいる翠には見破られていたようだ。

 

 

『さっき煽ってきたとき泣くのが乙女らしいとかほざいてた人が何を言ってんですか!』

 

 

「まあまあ、怒っても何も始まらないぞ。ほら、飯も一杯持ってきたんだ。一旦一休みして飯でも食おうじゃないか」

 

 

『吹っ掛けてきた上に私が外に出られないことを知ってて言っていますよね。許しません、熊口さんが寝ている間に諏訪子様のお札で呪い殺します』

 

 

「あっ、それ洒落にならないから止めて。ごめんって。ちょっとからかっただけだから」

 

 

『許しませんと言いましたよね』

 

 

 ああ駄目だ。翠ちゃん怒っちゃってる。ほんと沸点低いんだから。

 まあ、とりあえず飯でも食うか。朝から何も食わずずっと歩いていたからな。

 

 そう思案したおれは、木陰で腰を下ろし、食料の入った荷物に手を掛ける。

 旅の身支度は諏訪子のとこの巫女達にやってもらった。

 ほんとはおれがやるのが一番なのだが、諏訪子が気を利かせてやると名乗り出てくれたので、めんどくさいのが嫌いなおれはお言葉に甘えてやってもらったのだ。

 おかげで旅に出るまで家の掃除ぐらいだけで済んだので大いに助かった。

 

 

「巫女達の作ったものだから絶対に美味いぞ。女の子に作ってもらっただけでも美味く感じられるしな!」

 

 

『熊口さん気持ち悪いです』

 

 

「うるせえ! 翠にはわからないと思うが、男は皆女の子の手料理が大好物なんだよ!!」

 

 

 そう翠に悪態をつきつつ、おれは食料の入った荷物を開封する。

 その瞬間____

 

 

「うわっ臭っ!!?!」

 

 

 とてつもない悪臭が辺りを包む。

 あまりにも唐突な激臭におれは鼻をつまみ直ぐ様食料の入った荷物を締める。

 な、なんだこれは、一ヶ月放置した生ゴミの臭いがするんだけど!! 

 

 

「ま、まさかこれ____早恵ちゃんあの野郎か!!」

 

 

 

 荷物の開け口の隙間からちらっと見える緑色のヘドロ。間違いなく早恵ちゃんの仕業だ。

 

 なんでまた早恵ちゃんが食料担当になってんだよ!! 

 ていうか普通旅に出るんだから乾物とか長持ちするやつでしょ! 

 なんで荷物一杯に産業廃棄物詰め込んでんだ! 

 

『折角作ってくれた早恵ちゃんに失礼ですよ…………まあ、呪い殺すのは勘弁します。御愁傷様です』

 

 

「おれの食料がああぁぁ!!」

 

 

 どうしよう、ほんとどうしよう。とんでもなく帰りたいぞこれ。

 

 

 これはまたハードな旅になりそうな予感しかないんだけど……。

生還記録の中で一番立っているキャラ

  • 熊口生斗
  • ツクヨミ
  • 副総監
  • 天魔

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