東方生還記録   作:エゾ末

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二十四話 敗北の末

 

 

 漆黒の闇へ差し込む、一筋の光。

 その光は次第に広がり、決戦の舞台である平野を照らしていく。

 ____夜が明けた。

 抉れた大地は霜で湿り、その中心には二つの影が姿を現す。

 

 

「私の、勝ちだ!!」

 

 

 勝利の雄叫びをあげたのは___神奈子であった。

 身体中には数えきれない裂傷と痣で埋め尽くされ、片眼は腫れ上がり、片脚は黒ずみとなり使い物にならなくなっても、神奈子は倒れることはなかったのだ。

 

 

「「「諏訪子(様)!!」」」

 

「「「神奈子様!!」」」

 

 

 お互いの陣営に身を抱えられ、厚い看護を受ける両者。

 特に諏訪子は神力を枯渇してもなお闘い続けた。その身体にくる負担は想像を絶するものとなっているであろう。

 

 

「ご……め、ん、みん……な。まけ……ちゃった……」

 

 

 乾いた唇から謝罪の声が漏れると同時に意識を手放す諏訪子。

 その小さな身体には神奈子と同じく無数の切り傷や痣に覆われ、両手は無惨にも折れていた。

 

 

「諏訪子、本当によく頑張った。敗けたのは悔しいが、お前は限界を越えて皆のために頑張ったんだ。誰も文句をつけられる筈がない」

 

「諏訪子様お休みください! 後の事はこのミシャグジにお任せください! 必ずや諏訪子様を救ってみせましょうぞ!!」

 

 

 洩矢の陣営が励ましの声をあげるのを見て、諏訪子は改めて己が敗けたことをを実感し、己自身の実力不足に涙する。

 

 

「神奈子様、長きに渡る戦闘、御苦労様で____神奈子様!!」

 

 

 神奈子の陣営では、彼女に向けて皆が労いの言葉をかけていた。しかし、彼女はその言葉を無視し諏訪子の陣営へと押し進む。

 

 

「何ようでしょうか、大和の尖兵。我が御神は今はこのとおり、話すこともままなりませぬ。話があるのならこのミシャグジめが承るが」

 

「いや、あんたには用はない」

 

「なっ!?」

 

 

 早恵に抱えられる諏訪子まで視線を合わせ、折れた腕を動かさないよう両手で手に取る。

 

 

「洩矢の神____いや、諏訪子。あんたは私にとって最高の好敵手だったよ、ありがとう」

 

「神奈子……様?」

 

「あんたらを悪いようには決してしないよ。だから安心して眠りな」

 

「神奈子様! いったい何をお考えですか!!?」

 

 

 神奈子の発言に代表達は道義を除いて口を揃えて何を言ってるのかと怒りの声をあげる。

 

 

「それでは話が違うではありませぬか!」

 

「祟り神を倒し、神奈子様の力を洩矢の連中に見せつけ信仰を得るのではなかったのではないですか!」

 

 

 だが、神奈子はその言葉に微動だにしない。ただ、立っていた。

 代表らの声を聞かないのは何故なのか。

 その異変に気付いたのは道義だった。

 

 

「神奈子様、私めの肩へお捕まりください」

 

 

 神奈子の肩を道義が持った瞬間、彼に全体重がのしかかる。

 

 彼女は気を失っていたのだ。諏訪子への礼をしたその直後、立ったままの状態で。

 

 

「か、神奈子様……」

 

「神奈子様も体力の限界であったのだ。今この場で問い詰めるのはあまりにも酷であろう。まずは十分な休養をとっていただくのだ。訳を聞くのはその後でも遅くはない」

 

 

 己の着ていた羽織を神奈子の肩に被せ、他の者に神奈子を託す道義。

 

 

「我らの御神もこの状態だ。今後の話はまた後日、お互いの御神の体力が回復してからさせてもらう。それでよいか」

 

「ああ、それで問題はない」

 

 

 道義の提案にミシャグジが応答する。

 その答えを聞いた道義は頷くと、そのまま代表らを連れてこの場を去っていった。

 

 

「さあ、早く諏訪子様を駕籠の中へ。まずは身体を暖めさせるのだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

__________________

 

 

 

 諏訪子が敗けた。

 闘いは拮抗していたが、最初の軽率な判断がやはりその後の闘いに響いてしまっていたのだ。

 

 

「ほんと、わからないよなぁ」

 

 

 実力差ははっきり言って神奈子の方が上だった。

 だが、その差を諏訪子の気力でなんとか補ってはいたが、その気力を神奈子も持っていた。

 

 

『これから、諏訪子様はどうなるんでしょうか』

 

 

 これから、か。

 まず国の信仰対象を大和の連中の方に持っていかれるだろうな。

 諏訪子の存在はその時点ではまだ無くならないけど、いずれ忘れられて消えるかもしれない。

 

 

『何か手はないのでしょうか……』

 

 

 ない、というわけではない。

 本に記しておけば良い。この国には諏訪子という偉大な神がいたって。そうすれば消えるまではならないかもしれない。

 

 

『力が衰えたところを潰されるかもしれないじゃないですか……』

 

 

 そうネガティブなことばかり考えるなよ。敗けてしまったものは仕方ない。その後の事をどうましな形に持っていくのかを考えていかなきゃいけないんだぞ。

 

 

「あの、熊口さん?」

 

 

 おれと翠が心の中で話していると、後ろから早恵ちゃんから声をかけられる。

 

 

「ん、なんだ早恵ちゃん」

 

「大和の国の人質にされていたと諏訪子様に聞いていましたが、大丈夫でしたか? 何か酷いことでもされたんじゃ……」

 

「いや、全然大丈夫だったよ。食事も三食ちゃんと出てたし、安全も一応保障されてた」

 

 

 神奈子以外の奴らからは敵対的な視線を向けられていたけどな。道義なんかからはあのときの勝負以降、遠くからずっとストーキングされてたし。寝首でも掻かれるんじゃないかと内心ビクビクしていたのは秘密にしておこう。

 

 

「それなら良いんですが……なんだか諏訪子様、一騎討ちを了承する書状が届いてから見るからに様子がおかしくなってしまって。何故かと聞いても熊口さん達が人質になったとしか仰ってくれなかったんです。もしかしたら酷いことでもされてるんじゃないかって私も心配だったんですよ」

 

「そうか……なんか心配かけてしまってたみたいでごめんな」

 

 

 書状がきてから諏訪子の様子がおかしくなった、か。

 だからあのとき闘う前から殺気が凄かったのか。

 ……もしかしなくても神奈子が何かしら絡んでるよな。

 

 

「ところで、翠ちゃんは?」

 

「ああ、諏訪子が敗けたことに落胆して項垂れてる」

 

 

 ほら翠、早恵ちゃんが心配してるぞ。出てやれよ。

 

 

『ちょっと今は話す気力がしません……大丈夫だよとだけ伝えといてください』

 

 

「駄目だ、翠の奴今は一人にしてほしいらしい。一応大丈夫だと言ってる」

 

「そうですか。元気でないにしろ無事なら良かったです」

 

 

 そんな話をしつつ、洩矢の国まで歩を進める。

 

 諏訪子の状態は深刻だ。現代の医学でも匙を投げられるレベルかもしれない。

 しかしそこは神、信仰さえあれば瞬く間に回復する。

 今は人が少ないから回復は芳しくないが、国まで帰ればおそらく全快まではないにしろ歩けるぐらいには回復するだろう。

 

 

「あと少しですぞ諏訪子様! もうしばらくの我慢を!」

 

 

 ミシャグジ達が重症の諏訪子を勇気づけつつ駕籠を運ぶ。

 ミシャグジの言うとおり洩矢の国を覆う森林まで来た。

 あと少しで着く____そう皆が思ったその時、茂みから突如として人影が飛び出してきた。

 

 

「すわこさま!」

 

 

 皆が身構える中、現れたのは年端もいかない子供であった。

 その子供に続き、ぞろぞろと子供達が茂みから出てくる。

 

 

「すわこさま!! どうしたのそのけが?!」

 

「しんじゃうのすわこさま?」

 

「ばーか、すわこさまがしぬわけないだろ!」

 

 

 子供達は諏訪子のいる駕籠へ駆け寄る。

 

 

「おい、まさかお前達子供だけで森へ入ってたのか?」

 

「うん! すわこさまをおどろかせようとおもって!」

 

「馬鹿! 子供だけで森に入っちゃ駄目ってあれほど言ったでしょ!」

 

 

 早恵ちゃんが子供達を咎めるが、そんなことをお構いなしに駕籠の中の諏訪子に心配の声をあげる。

 

 

「ほうたいだらけだけどだいじょうぶなの?」

 

「すわこさましなない? しんじゃやだよ!」

 

「ああ、国へ帰ったらすぐに元気になるさ」

 

 

 心配に駆られて泣く子や服を掴んで涙を堪える子、果ては諏訪子に抱きつく子までいた。

 

 

 ___諏訪子のやつ、こんなに愛されてるんだな。祟り神として失格だよ、ほんと。

 

 そう心で微笑みつつ、おれは抱きつく子供を引き剥がした。

 

 

「ほら、そんなに群がってたら帰れないだろ? 諏訪子がこんな姿のままじゃ嫌だろ?」

 

「うるさいカス! おれにふれんな!」

 

「ちょうしにのんな!」

 

 

 引き剥がされた男の子は地面に下ろされた直後、おれの脛を蹴り距離をとる。それにつられて他の子供達もその男の子の方へ駆け寄っていき、おれへ罵声を浴びせてきた。

 

 

「すわこさまはめちゃくちゃつよいんだ!」

 

「ぼくたちがしんぱいしなくてもきっとだいじょうぶさ」

 

「すわこさまをよびすてにするぶれいものなんかにいわれてたまるか!」

 

 

 そう言って子供達は洩矢の国の方角へ去っていった。

 ……なんだったんだよ、一体。まるで嵐のように去っていったな____それより、

 

 

「……なあ、おれってやっぱり無礼者、なのかな?」

 

「「「『勿論』」」」

 

 

『子供に無礼だと叱られるなんて熊口さんの頭、幼児以下ですよね』

 

 

「神を呼び捨てにするなど言語道断、普通なら即切腹ものだ」

 

「実は私もちょっと気になってたんです。熊口さんって結構生き急いでるなあって」

 

 

 子供だけに留まらず他の皆にもボロクソに言われる始末。正直泣きそう。

 ていうか翠、悪口言うときだけ復活するなよ! お前はずっと片隅で勝手に落ち込んどけ! 

 

 こうして袖を濡らしながら帰路を辿る羽目になったわけだが、諏訪子がこの国の民に愛されていることが充分にわかった。

 諏訪子は絶対に消滅させたりはしない。

 

 

 __________________

 

 

 重い瞼を開き、視界に映る天井の染みを、朧気な意識の中呆然と見やる。

 

 

「___私は、敗けたんだ……」

 

 

 自然と目の端から涙が溢れる。

 友人を危険な目に遭わせ、民衆の意思に反して独りで戦った結果がこれだ。

 合わせる顔が何処にあろうか。

 

 

「起きたか」

 

 

 合わせる顔がないというのに、起きた側から生斗が隣に座っていた。

 泣いているところを見られまいと生斗とは反対側に寝返り、そのまま袖で涙を拭く。

 

 

「敗けたのが余程悔しかったんだな」

 

 

 泣いてるところも見られていた。穴があったら光の速度で入りたい。

 

 

「まあ、神も泣くことだってあるか。おれだって歳をとってるからか、最近なんとも涙もろくって。あっ、そういうときにおれのかけてるこれ、グラサンって言うんだけどこれおすすめなんだけどさ。泣いてるときに隠してくれるのは勿論、お洒落にも使えて紫外線も絶ってくれる優れものときた」

 

 

 泣いてるの隠そうとしてるのわかってる癖に突いてくるし、生斗の頭に掛けてる何かの宣伝をしてきた。

 生斗は一体何しにきたの? 

 

 

「……無駄話はこのくらいにして。皆外で諏訪子のこと心配してるぞ。元気であることを見せに行ってやったらどうだ?」

 

「____えっ?」

 

「諏訪子お前起きるタイミング良すぎるんだよな。

 さっきまで諏訪子様は大丈夫か! ってわんさか民衆がこの部屋に押し入ってきてな。 今早恵ちゃん達が外に追い出したばっかりなんだよ。

 おれは賑やかなのは好きだけど人混みは嫌いだから、見舞いがてらここに避難してきたまけら丁度諏訪子が起きてきたって訳」

 

「……」

 

 

 心配、か。

 ……それは心配はするだろうね。この国の祭神が敗けたんだ。今後の国の命運がどのようになるのか、皆不安がるのも無理はない。

 

 

「何皮肉めいた顔してんだよ。立てないんなら肩貸すぞ。諏訪子はまず皆に無事であることを報告しなきゃいけないんだからな」

 

「……立てるよ。皆をまずは安心させないとね」

 

 

 大和にこの国が支配されたとしても私は消えない。まあ、力は衰えるだろうが大和の……いや、 あの尖兵がなんとかしてくれるだろう。あいつが私を消そうと動いたら話は別だけど。

 

 

「おっと」

 

「ほら、やっぱりまだおぼつかないじゃないか。肩貸す___いや、身長的におんぶしてやろうか?」

 

「……」

 

 

 

 

 

 ___________________

 

 

「諏訪子様! 御無事でしたか!」

 

「幾日と眠れぬ日が続いたことか……!!」

 

「すわこさまー!」

 

 

 何ということだ。

 この人数、この国のほぼ全ての民がこの境内に集結している。

 

 

「ほんとにごめん。私が敗けたばかりに皆を不安にさせてしまって……

 でも大丈夫、私が皆を危険な目には_____」

 

 

 私はこの国の今後について話す気でいた。

 しかし、そんな私の言葉は大勢の民衆の声によって遮られた。

 

 

「そんな事は関係ありませぬ! 諏訪子様まだ身体の傷は誠に大丈夫なのですか?!」

 

「私めの薬であれば幾らでもお供えしますゆえ!」

 

 

「我らは諏訪子様が無事であればそれで良いのです!!」

 

 

 誰が言い放ったかわからない。だが、皆はその言葉に頷き、私を心底心配した眼差しで見やる。

 ……私は馬鹿だった。皆てっきりこの国の行く末が心配であると思っていた。

 だが、それは違い、皆もっと単純な___私の安否を、本気で心配していたのだ。

 でなければこんなにも早く傷が癒える訳がない。

 

 

「皆……」

 

「涙拭けよ。おれの肩に擦り付けても良いから。神は人に弱みを見せてはいけないってツクヨミ様が言ってた」

 

 

 おんぶしてくれていた生斗が私に耳打ちする。

 おんぶされてる時点で神の弱み云々の話ではないと思うが、言葉に甘えて生斗の肩に顔を埋め、涙を拭く。

 

 

「諏訪子様、無事で何よりです。ですがまだ完治とは程遠い状態、御体に障ります故、どうかお戻りを」

 

「そうだな。皆も諏訪子の元気な姿を見せれたことだし、じきにこの渋滞も治るだろ」

 

 

 ミシャグジに促され、私を乗せた生斗が本殿へと戻っていく。

 ミシャグジは何故おぶっているのかと怪訝げな表情で此方を見ているが、生斗はなに知らん顔だ。

 

 

「皆!!!」

 

 

 本殿へ入る間際、私は民衆の方へ振り向き、裏返りそうな勢いで声をあげる。

 

 

「私消えないから! これから他の神がこの国を治めようとも、皆が私を想い続けてくれる限り、私は決して消えたりしない! 

 だから____

 

 ______私を忘れないで!!」

 

 

 これがただの我が儘で、口にしたところで良い効果など得られることはない。

 神が己の存在を維持するために、懇願されるはずの民に懇願する。

 それだけでも汚名を着せられても文句は言えない。

 だが、私は今した発言に後悔していない。

 

 私はただ、本心から思ったのだ。

 

 大好きな皆に私という存在を忘れられたくない、と。

 

 

「そんなの、当たり前でしょう!」

 

「我らは生涯、いや後世まで諏訪子様の存在を忘れはしませぬ!!」

 

 

 民衆の暖かい言葉に又もや涙腺が刺激され、またも醜態を晒しそうになる。

 その姿を生斗がにやけながら見ていたので頭突きして前を向かせた。

 

 

 私は存在し続けたい。

 こんなにも生に執着を持ったのは初めてかもしれない。

まだまだ皆と一緒にいたい。ならばしなければならないことがある。

 

 神奈子には悪いが、会談の前に色々と仕込ませてもらうよ。

 

 

生還記録の中で一番立っているキャラ

  • 熊口生斗
  • ツクヨミ
  • 副総監
  • 天魔

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