東方生還記録   作:エゾ末

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二十一話 完膚なき理屈

 

 

 ふと目が覚めると木造の天井が視界に映った。

 ここはどこだ、と重い身体を起こし周りを見渡す。

 

 

「誰かに、運ばれたのか……?」

 

 

 六畳一間の部屋の中心におれが寝ていた布団、壁は四方とも障子となっている。

 服装もいつものドテラから白装束に変わっており、頭や腕には包帯が巻かれていた。

 

 

「まさか、見られたのか……おれの裸体!」

 

『誰も興味ないから大丈夫ですよ』

 

「おれが大丈夫じゃないの!」

 

 

 確りとこの状況を把握している者がいることが解り、安堵する。

 

 

『は~あ、折角一息ついたって時に起きてくるんですから。この人は』

 

「ん、一息ついたって何の事だ?」

 

 

 一息ついた……というのはおれと道義の戦いのことだろうか。

 いや、それではおれが起きてきたという発言に差異が生じる。翠の言い方的にあいつ自身が何かをした後と考えるのが妥当だろう。

 

 

『神奈子様との対談したんです。そして見事、諏訪子様との一騎討ちまで持ち込むことができました」

 

「はあぁぁあ!!!?!?」

 

 

 それっておれがしようとしてた……え、えぇ。

 

「ちょっと待ってくれ。理解ができない」

 

『理解してください。熊口さんの役目はもう終わったんですよ』

 

 

 おれが寝ていた間にこいつが本来の目的を達成させていた、という認識で良いのだろうか。

 いや、まあ元々諏訪子から翠は交渉のレクチャーを受けていた訳だし、おれも交渉が滞ったら翠にも助け船を出してもらう気ではいた。

 ただ、まさかおれの仲介を経ずして一人で交渉を成立させられていたことに驚いている。

 

 

「よ、よく言いくるめられたな」

 

『言いくるめる? あの御方は何もかもお見通しでしたよ。その上で私達の口車に乗ってきたんです』

 

 

 神奈子が何もかも、ね。神だって全てが全知全能という訳でもないというのに。

 まあ、旅の道中に翠から聞いた諏訪子の情報収集力を知ってしまっては、神奈子も此方の状勢を把握していてもあり得ない話ではない。

 

 

「んで、あっちの要求は何だったんだ」

 

 

 お互いの利害が一致しているとはいえ、此方はお願いをしている立場だ。

 その分相手の要求を受けなければならない義務がある。

 余程の能天気か無欲論者でない限り乗らない手はないだろう。

 

 

『私と熊口さんの素性と能力です』

 

「はっ?」

 

 

 国間での要求がおれと翠の素性?

 一体何のメリットがあるというのか。ていうかおれにはプライバシーの権利はないのか。ことごとく翠に踏みにじられてる気がする。

 

 

「おれとお前の素性と能力を明かして何になるんだよ」

 

『さあ。私もよくわかっていません。条件として提示された三つのうち二つがそれでしたから』

 

 

 あの神の事だ。なにか考えがあるに違いない。能力は洩矢の国の戦力分析の参考として考えられるが、一個人としておれと翠の素性は国間の中で重要な事ではない筈だ。

 そもそもおれ、余所者だし。

 一体何を考えているのか……

 

 

「んっ、ていうか条件が三つのうち二つ? もしかしてもう一つあるのか」

 

『はい、一騎討ちが終わるまで私達は捕虜となります』

 

「捕虜、か」

 

 

 おれらを人質にしてなにがしたいんだろうかね。

 ……ま、まさかおれらを盾に諏訪子に本気を出させないようにしようとか!

 

 

『それは私も聞きましたよ。ただ、違うみたいでした。しかもその逆とも____』

 

「独り言は済んだかい。洩矢の英雄さん」

 

「神奈子……さん」

 

 

 確かに端から見たら完全に独り言だな。翠はおれの中から話してる訳だし。

 おれと翠が話していると、障子を開けて神奈子が不躾に入ってきた。

 そのままおれの隣で胡座をかく。

 

 

「敬語はいらないよ。なんだかあんたに言われると虫唾が走る__それで、身体の調子は?」

 

「酷いな! ……まあ、お言葉に甘える。

 絶好調だよ。あんたの部下に殴られた箇所の痛みが今も癒えない」

 

「はは、そりゃ悪かったね。ま、それぐらいの軽口が叩けるのなら大丈夫だね」

 

 

 神奈子は笑うと、すぐさま立ち上がり部屋を立ち去ろうとする。

 

 

「あ、ちょっと! 何か用があって来たんじゃないのか?」

 

「いや、ただの様子見さね。ここの連中は血気盛んでね。こうして私が直々に見回ってないとあんたの寝首を掻こうと狙ってくるんだよ。まあ、あんたの能力ならその心配もないけどね」

 

 

 そう言ってまた笑うと、神奈子はそのまま出ていった。

 ……あ、いきなり来たもんだからなんで条件がおれと翠の素性と能力なのか聞き忘れた。

 

 

『どうせ私と同じで濁されるだけですよ』

 

 

 煩い! お前と一緒にするな! おれなら絶対聞き出せるから任せとけ!

 

 

 ____この後、聞き出せなかった上におちょくられて泣き目にあったのはまた別のお話し。

 

 

 

 

 

 

  ーーー

 

 

 神奈子のいる屋敷の前では不満を募らせる人々で溢れていた。

 

 

「洩矢の祟り神と一騎討ちをなさるとは真にございますか!?」

 

「お考え直しください! 今こそ我等の力を見せつける時ですぞ!!」

 

 

 人々は口を揃えて考え直すようにと糾弾の声をあげるが、神奈子はその声に耳を傾けずに瞑想をしていた。

 

 

「神奈子様」

 

「ん?」

 

 

 これまで瞑想中に誰かが来ることもなかったため若干油断していた神奈子は、涎を袖で拭きつつ声の主を中へ誘導する。

 

 

「どうしたんだい? 私の瞑想中に来るなんて」

 

「民衆の不満が募っております。どうかお考えを改めてください!」

 

 

 中へと入ってきたのは道義であった。入ると共に土下座し、神奈子の考えを改め直すように願う。

 

 

「神奈子様のお考えに背くような行為、断じて許されることではありません。この後屋敷前にいる民衆を含め腹を切る覚悟はできております。しかし、神奈子様が危険に晒されることのは我々として最も忌避すべきことなのです」

 

「己の命と引き換えとなってもかい?」

 

「無論です」

 

 

 神奈子の鋭い眼光に物怖じせず、真っ直ぐと向けられた眼差しを向ける道義。それを見て神奈子は諦めたように溜め息をつく。

 

 

「あんたね。私がただあんたらを護るために戦っているだけだと思ってるのかい?」

 

「……まさか、戦闘がしたいだけだと申されたいのですか」

 

「いや(それもあるけど)、これは戦略だよ」

 

「はい?」

 

 

 戦略と言い放つ神奈子を、道義は糾弾の声をあげようとした。がしかし、そんな無礼を働くことは出来ないため、寸での所で思いとどまる。

 

 

「道義、あんたの言いたいこともわかるよ。

 だけど違うんだよ。私が言っている戦略というのは、洩矢の国のことじゃないのさ」

 

「も、洩矢の国との戦いのことではない、のですか?」

 

「私が危惧しているのは大和の国さね」

 

「!!?」

 

 

 神奈子の発言に驚く道義。

 神奈子が危険視していたのは我が軍の本拠地である大和の国であるというのだ。驚くのも無理な話である。

 

 

「一度私は大和の国に牙を剥いた。大神によりその行為を赦されたとして、他全柱が総意な訳がない。現に戦果を横取りにくる軍以外の増援もないし、食料とかの支援物資も全く来ていないだろう?

 確かに私が戦ってきたから、物資や人材もまだ余裕がある。けどそもそもその事は大和の国には秘密にしている。いきなり補給がきたりとかはなくとも何かしら調査がくるはずさね。

 誰かが私らへの補給を断って弱らせようとしてるんだよ」

 

「そんな……」

 

 

 これまで背中には巨大な味方がついていると思っていた者が、実は背後から狙われている事実を知らされ、道義は落胆する。

 

 

「そ、それは真なのですか」

 

「どいつかは知らないけど、大神の目を欺き、かつ補給路を断たせることが出来る奴ってことは相当な大物だろうね」

 

「ぐうぅ」

 

 

 道義は俯き、歯を食い縛る。まさか我が軍が窮地に立たされていたという事実に、どうしようもない絶望を感じていた。

 

 

「だから私は大神に提案をした。次に進軍する国を私らの軍のみで占領したら、その国の占有権を私にくれとね。少し渋られたけど、大和の国の目的はあくまでこの地の統一。おかげで納税を少々割り増しにするってことで了解を得えたよ」

 

「まさか、以前◯◯の国を攻め落としたときに宣言した『次の戦でそろそろ休もうかね』と申されていたのは、大和の国が味方ではないことを察知された上での発言だったのですか!?」

 

 

 以前神奈子の言い放った発言の真意を漸く理解した道義。そして改めて神奈子を畏敬に感じる。

 己が今の事に尽力を尽くしているなか、神奈子はその遥か先を見て行動を起こしていたことに。

 

 

「別に公言したわけでもないのに、よくそんなこと覚えてるね。」

 

「私はてっきり、前線を退くだけだとばかりに……まさか、そこまで先のことを考えておられたなんて露ほども知らず……」

 

「まあ、隠していたのは悪かったよ。ただどいつが間者なのかもわからない状況でむやみやたらに言いふらしたら、それこそ最悪の結果になりかねないからね。仕方ないことだったんだよ」

 

 

 どんな状況でも己の手札を的確に把握し、それを最大限まで引き出し、最良の結果に持っていく。

 それは簡単なようでとても難しい。

 しかし神奈子はそれを難なく持っていくことが出来ていた。

 

 

「しかし、それと神奈子様と洩矢の神が一騎討ちする理由にはならぬのでは」

 

「これから統治しようって国の戦力を削ってどうすんだい。私らが争ってお互い疲弊しているところに暗幕している奴等が攻めてきたら、これまでの事が全て水の泡になるよ」

 

「そ、それとこれとは……」

 

「別じゃない。ここであんたらに疲弊されたら、もし大和の国が攻めてきたら誰が国を護るんだい?

 それこそ、私一人の力じゃどうしようもない。そのときこそあんたらの力が必要なんだよ」

 

「しかし!」

 

 

 神奈子の説得も中々道義は引き下がらない。否、引き下がるわけにはいかないのだ。己の信仰する神が危険に晒される事実を見逃すような真似はできないからだ。

 それが本柱の意向に背く事となっても。

 

 

「洩矢の神は、私の目の前で言ったのです! 国を明け渡すと!」

 

「その証拠はどこにあるんだい? そもそも、洩矢の神は『タダ』で明け渡すと言ったのかい? 私が受け取った書状にはこう書いてあるよ。『()()()()()()()、こんな辺鄙な国でよければいくらでも差し出す』とね」

 

「なっ!?」

 

 

 あのとき、諏訪子からとっていた言質。しかし、そこには言葉が足りていなかった。

 道義は歯噛みする。洩矢の神の思わせ振りな発言に。最初から国を明け渡すつもりなど無かったことに。

 己がいくらこの事を糾弾しようと、相手に知らん顔されればそれで終わり。あのときいたのは己以外、敵国の者しかいなかったのだから。

 

 

「なんということだ。思わせ振りにも程があるではないか……!! 」

 

「あんたが洩矢の神に何を言われたかは知らないけど、相手から願ってもない申し出をしてきてくれたんだ。それに乗る手はないだろう」

 

 

 道義が落胆している姿を横目に、神奈子は話を続ける。

 

 

「それに道義、そんなに落胆することはないよ」

 

「な、何故ですか……?」

 

「そもそもがタダで貰ったとして、そこにいる民衆からそう易々と信仰を得られはしないよ」

 

 

 はっ! と道義は気付く。

 もし己の国で神奈子と変わって他の神が統治したとして、その神へ信仰出来るはずもない。

 

 

「だけどね、考えてもみなよ。相手は祟り神、民衆の畏れを信仰に変えてるような奴さ」

 

「……と、言うと?」

 

 

 

 そして次の神奈子の発言は、道義、いや、神奈子を信仰する軍勢の全てが納得のいく回答であった。

 

 

 

「私が洩矢の神を、完膚なきまでに叩き潰せば、自然と民衆は私を信仰するってことさね」

生還記録の中で一番立っているキャラ

  • 熊口生斗
  • ツクヨミ
  • 副総監
  • 天魔

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