「んがっ!?!」
後頭部からの衝撃。完全に不意をつかれ、なす統べなく地面に倒れ伏す生斗。
「貴様!」
道義の怒号が部屋内に響き渡る。
それもそのはず。道義もまた生斗と同じで一騎討ちの意気で臨んでいたからだ。
「はあ、はあ、道義様。油断したのはこやつの落ち度です。この場の誰も、ましてや神奈子様もあなた様とこやつの一騎討ちをしろなどと申しておりませぬ」
倒れ伏した生斗の後ろに立っていたのは、先程生斗に投げられたゴリマッチョであった。
手には先程との槍とは違う棍棒をにぎられている。
「こやつは神奈子様を愚弄しました。我らが御神に舐めた態度をとった報いを受けさせなければ、ここの者達も納得しませぬ」
そう言ってゴリマッチョは道義の前に出る。まるで彼自身が道義に対して何かしらの不満があるかのように。
「舐めた態度とはなんだ。敬語を使わず、頭が高いだけでか? 信仰の仕方や有無はその者の自由なのだ。それによってその神に害を及ばさないのであれば許容すべきではないのか」
ゴリマッチョの言葉を受け、己の持論を持ち出す道義。それに対して周りは頷く者もいれば顔を険しくする者もおり、その状況からでもこの軍勢の中でも宗教の有り方で意見が割れていることが分かる。
「そうだとしても、国の中の規則は守るべきだ。仮にも信仰の自由を許容したとして、意図しないところでその神の逆鱗に触れたらどうするのです。その者だけでなく、国全体に被害が及ぶのですよ」
「確かにそれは分かる。それに関しては今後考えてゆかねばならん議題だ。
だが国のためにとはいえ、その者をどうするつもりだ。いや、分かるぞ。惨たらしい拷問をした後に息の根を止め、見せしめに洩矢に送りつける腹積もりなのだろう」
「な、何故そんなことが分かるのです」
「私が気付いていないと思っているのか。聞いたぞ、この前捕虜にしていた______」
生斗を放置した状態での口論が繰り広げられる。
そしてその場にいた神奈子以外誰も気付いていない状況に、彼女は呆れを感じていた。
「そ、それはあの捕虜には何の___」
「あんた達、いい加減その話をやめな。
そんな事はね。時間があるときに、重役を集めて、慎重に決めていくことなんだよ。敵を背後に立ち話で話すようなことではない」
呆れた神奈子は、ため息をしながら道義とゴリマッチョの口論に静止を命ずる。
「それにほら、あんたらが目を離している隙にあの男、動いてるよ」
神奈子の言葉に皆は驚き、すかさず生斗に目を向けた。
そしてそこには震えながらも立つ彼の姿があった。
「ふ、ふん、小鹿のように足が震えておるではないか」
「生斗……!」
傍から見て満身創痍、生斗自身も棍棒を杖代わりにしなければ立てないほど、脳内の衝撃は激しかった。
「あっったま痛てぇ」
左手で顔を何度もまさぐり、脳の回復を早めようとする。
「後ろからて……後ろからて。しかも後頭部! 普通に死ぬやつだろそれ」
俯いたまま愚痴を吐く生斗。
「だけど、おれにも落ち度があるから何にも言えないな」
『油断した熊口さんが十割悪いです』
顔だけを前へ向け、これから戦うべき敵陣を見やる。
前にいるだけでも七、八人程度。後ろも同等程度と考えると十六人ほどこの部屋に敵がいる状況。
頭へのダメージが残る生斗にとって酷な状況であることは明白であった。
「霊力使えりゃ、わけないんだけどさ」
杖代わりにしていた棍棒を構え、戦闘態勢に入る。足は震え、油断すればすぐさま意識を手放す。
「来いよ、お前ら相手には丁度良いハンデだ。全員まとめてぶっ飛ばしてやる」
「なんだと?」
だが、生斗は相手を挑発した。この弱った状況ならば油断から敵の手を緩めることも出来たはず。
それをしなかったのは、生斗の意図によるものか、それともただ単に不意討ちに腹を立てていたのか。それを知るのは本人と取り憑いた悪霊のみである。
「馬鹿かあいつ」
「己の状況をまるで理解できていないようだな」
格下の敵国に舐められたと感じた男衆は怒りを露にし、いかにも倒れそうな生斗の周りを囲んでいく。
「生斗無理をするな。私がこの場を収める。お主との勝負は傷が治ってからだ」
「道義、それはありがたい話だが、遠慮させてもらう。ちょっと約束があるんでね」
そう言って生斗は、腕組みをしながら微笑む神奈子を睨む。
「約束? 約束とは___」
「うりぁぁ!!」
道義の疑問は横から来た男の声にかきけされた。その輩は生斗を倒さんと肉薄していく。
「あいつに続け!」
それにつられてか、先程まで棒立ちしていた連中も次々に生斗へと向かっていった。
「お、おい待て! 私の話がまだ終わって……!!」
必死に呼び止めようとする道義。
しかし男衆は止まる気配を見せない。それを瞬時に察知した道義はやむを得ないと棍棒を構えようとしたとき______
「あががっ!?」
「ぐふっ!!」
____二人の男が道義の前に吹き飛んできた。
二人の男の通り道は波が引いたように割れ、吹き飛ばした本人が道義のの視界に映る。
「不思議だよな。長物を持ってると勝手に身体が動く」
「せ、生斗。まさかお主がやったのか……?」
道義の質問に目で答える生斗。
「長年剣振ってると自然と相手が嫌な立ち回り方や急所がわかって、おれが脳で指示する前には身体がとっくにそれを実行に移してしまっている」
「何を言っている!」
「何故二人の大男が吹き飛んだのだ!?」
周りが瞬時の出来事に状況を把握しきれていない中、道義はいち早く察知していた____
普段の隙だらけで能天気な気配から、数多の死線を掻い潜った歴戦の剣豪の気配に変わっていたことに。
「こやつをみておりましたが、なにもしておりませんでしたぞ! 勝手に近付いた男二人が吹き飛んでいきました!」
「勝手に人が吹き飛ぶわけがなかろう!!」
「(周りは生斗が棒を振るったことすら認知できてない。常人には目視できないほどの剣筋とは……しかも弱っている今の状況で) これでわかっただろう。お主らでは生斗は手に負えん。退け」
「何を言ってるのですか、道義様。こやつは何もしておらぬのですぞ。それで退けと言われても納得できませぬ」
「だから____」
「良いじゃないか道義。やらせてやっても」
止めようとする道義を制止させたのは、先程まで沈黙を貫いていた神奈子であった。
「ここにいるやつらは、給食担当の連中だけど、私らの兵であることは変わりない。それに対して洩矢の使者がどんな実力をみるのも悪くないんじゃないかい? あいつが私に失礼を働いたってのも一応本当だしね」
神奈子の言い分に出掛けた言葉を飲み込む道義。
神に無礼を働いた使者に対して、こちらもそれ相応に対応するのは当然。その際に
その意図を感じ取った道義は押し黙る他ない。
「(神奈子様は生斗の実力を知りたがっている。洩矢の民としてではなく、一個人としてだ。この人も本当に人が悪い)」
そもそも神の一声は鶴以上だ。どんなにおかしなことであろうが、それに従わなければならない。それが安寧に生きるための必須事項である。特に神の加護を受けている国では、神に少しでも気に障るようなことをすれば即刻打ち首になるような国もあるという。
「(それにしても……)」
「ほんとにあの使者、弱ってるのかい? そんなもの微塵も見せない立ち回りしてるけど」
四方八方からくる敵に対して、無駄のない動きで次々と倒していく生斗の姿をみて、神奈子の口端が吊れる。
「相手のあらゆる急所を寸分の狂いもなく突いているのです。殺傷能力の低い棍棒であれ、急所を突かれてはまず戦闘は不可能でしょう」
「ふーん、身体が勝手に動くってそういう意味かい。考えなくとも殴ればそこが急所に当たってるんだろうね」
二人の見る先には、次々と倒れ伏していく屈強な男衆。
十数人いたであろう男達が、残り四人と数を大幅に減らしていた。
「なんなんだこいつ! 頭を怪我しているのになんて動きをしているんだ!?」
「誰かこやつを止め____がぎゃっ??!」
生斗は一言も話さず、息も切らさず、そして無表情であった。
数の不利、ダメージの不利、戦力差の不利、あらゆる不利を乗り越えるため、生斗は極限まで戦うことに集中していた。
「があぁ!!?!」
最後の一人の顎に棍棒が触れようとした瞬間、神奈子と道義はこの場の者が全滅したことを悟った。
「……全員、やられたか」
「やるねぇ、あの使者。まだ二分程度しか経ってないのにもう片付けちゃってるよ」
食堂には十数名の倒れ伏す姿が散見されていた。
或いは痛みに耐えようと呻き声をあげる者、或いは意識を手放し失禁する者、或いは脳が揺られ目の焦点があわない者。
見れば誰もが一人の男に惨敗を喫したのだと考えられる有り様であった。
「はあ! はあ! はあ!」
周りを一蹴した直後、生斗は酷い息切れを起こした。それもそのはず、十数人を倒す最中、生斗が呼吸を殆どしていないのだから。
「倒すことに集中しすぎて呼吸を忘れてたのかね」
「人間の生命活動をするうえで欠かせないものを忘れるほどの集中力だったというのか……」
息切れを起こし、膝を地面につく生斗。しかしその目線の先には、神奈子と道義の二人を見据えていた。
「はあ! はあ! 来い_ごほっ! はあ、はあ!」
誰が見るに満身創痍の生斗だが、道義の前に棍棒を構える。
「はあ、はあ……そう、だろう? 神奈子さん」
「そこまで鬼ではないんだけどね。ま、元はといえばあんたがまいた種だ。責任もって全部回収して見せな。そしたら話ぐらいいくらでも聞いてあげる」
言質をとり、生斗は大きく深呼吸をする。
そしてもう一度構え直し、臨戦態勢をとった。
「生斗、お主が神奈子様と何かしら約束をしているのかはわかった。
だが、私はわざと負けるなどと甘ったれたことはせんぞ」
「どうぞ、ご自由に」
先程まで戦いを止めようとしていた道義はその考えを完全に消した。
何故なら、生斗から向けられた気によって全身が冷や汗をかいていたからだ。
大和の国でも五本の指に入るほどの実力者である彼でさえ、生斗から溢れる闘気に恐怖しているのだ。
そんな相手に手加減など出来る筈もない、ましてや戦いを止めさせようなどと論外にも等しい。
「いくぞ!」
道義は恐怖を振り払うように生斗へ肉薄する。
「(何故だ、何故汗が止まらない。嫌な予感がする。生斗に近付くなと脳が訴えてきているというのか!)」
その間、道義の心境は不安に駆られていた。
だが、それにより戦闘の中で隙を見せるほど道義は甘くはない。
「!!」
「ふん!」
攻撃可能範囲に入った瞬間、生斗は居合斬りを放った。
しかし道義は高く跳躍し回避、生斗の頭上をくるりと回転し着地する。
「はっ!」
「うぐっ」
背中合わせになってはいたが居合のモーションが解けきれていなかった生斗の方が圧倒的不利、道義は低い姿勢から生斗の両足を蹴り飛ばした。
その衝撃に一瞬宙に浮く生斗。程無くして肩から地面に激突し、一瞬の激痛に顔を歪める生斗。
その隙を狙い、道義は間髪いれずに棍棒を振り下ろしたが、風を切る音に反応した生斗は危機を察知し前へと転がり回避する。
「はあ、はあ……」
「よく避けたものだ__だが!」
体勢を立て直し、またも生斗へと肉薄をしていく道義。先程よりもさらに速いその走りは、もはや人智を逸していた。
だが、生斗はさらに速い敵をこれまでに巨万と見ている。人智を越えた速度など、生斗からすれば普通に走ってきているのと同義であった。
「はあ!」
「!!」
道義が横斬り、生斗が斬り上げ、道義が袈裟斬り、生斗が横斬りをする。
カンコンカンと棍棒同士がぶつかる音が辺りに鳴り響く。
だが、その音は次第に速く、大きくなり、やがて砂嵐のような不快音と化す。
辛うじて気を失わなかったものは己の未熟さを恥じていた。
二人の間には木屑が舞い、棍棒がかきみだした空気は風となり辺りを滑り抜ける。
「(なんて剣撃だ! この私が防ぐので手一杯になるとは)」
常人には互角に見えはするが、実際は圧倒的に生斗が押していた。手数の差ではない。道義の振ってくるであろう剣撃を予測し、それに対して有効な剣技を繰り出しているのだ。
集中にて研ぎ澄まされた観察眼が、相手のほんの僅かな予備動作を見極めることを可能にし、次にどんな技が出るのかを大体把握できるため、生斗の予測はほぼ十割当たっていた。
故に道義は後手に回る他ない。己の繰り出そうとした剣技の型を無理矢理にでも変えて防御に回らなければ、一撃で沈められると悟ったからだ。
「(壁がそこまできているだとっ!?)」
生斗は道義よりも体力はない。身長も低い。腕っぷしも非力、そしてイケメンでもない。
それでも尚生斗が押しているのは、圧倒的な場数、経験の差であった。
「はあ!!」
経験の差は絶大であった。
勝負を急いだ道義はなんとか突破口を開くべく、大振りで生斗の棍棒を弾いたのだが、それが間違いだということを道義本人は気付いていなかった____
____大振りこそが生斗の狙いであったのだ。
「!!?!」
腹部に走る衝撃。
道義は瞬時に己が蹴られた事を理解したが、その後の追撃のことまでは考えられる筈もなく、顔面に棍棒が直撃する。
「なに!?」
しかし道義は倒れない。
額から血を流しながらも道義は反撃をし、生斗の横腹を棍棒で叩きつける。
半ば勝負が決まったと考えていた生斗は思わぬ反撃に驚愕し、横腹を押さえながら後方へ下がった。
「ま、まさか私が、手を抜かれるとは、な」
頭を押さえ、襲いくる頭痛に耐えながら道義は己を卑下していた。
「有頂天になっていたようだ。大和の国でも、私の剣術に右に出る者はいなかった。それがこんな身近に、しかも手心を加えられるとは」
「手加減なんて全くしてないぞ」
「生斗が本気で殴っていれば私は気絶か、最悪死んでいた。反撃の猶予もなく」
道義の言い分はもっともであった。実際のところ、生斗は道義を殴る際に少しではあるが手を抜いている。
だが、生斗自身が無意識で力をセーブさせたため、そのことに気付いていない。
本気で殴ったと思い込んでいるのだ。
「剣術では私に勝機はない。だが、この勝負には勝たせてもらう。こう見えても負けず嫌いなんでな」
「こんなところで発揮してんじゃないよ」
お互い棍棒を構え、臨戦態勢に入る。
いつ相手が動くか、又は己が動くか。切羽詰まるこの緊張の中、生斗は焦っていた。
「(やべぇ、集中が切れた)」
集中により誤魔化していた疲労や傷が、今になって一気にのし掛かっていた。
気を抜けば瞬時に気を失うところを、なんとか気力で持ちこたえている。
そうまでしてでも倒れないのは、負けられない理由が生斗にはあるからだ。
「!!」
前とは違い、生斗が棍棒を下に構えながら肉薄する。
ただ真っ直ぐ先にいる敵を見据え、地を掛ける。
だが大勢を相手に生身で相手をしてきたその身体は、動くことを拒み、走る速度が思うように上がらない。
「行くぞ!」
道義も向かってくる生斗の方角へ地を掛ける。
お互い肉薄しあうことにより瞬く間に射程距離圏内に突入した。
「おらぁ!」「はああ!」
巨大な岩が落ちてきたかのような激突音。
棍棒同士がめり込み、そのまま鍔迫り合いとなる。
めきめき、めきめきと棍棒が悲鳴をあげる中、生斗は後ろへと引き鍔迫り合いの体勢を解く。
その合間に道義は鍔迫り合いにより込めていた力を利用し一回転、その勢いのまま生斗を斬りつける。
しかし攻撃を予測していた生斗は棍棒の刀身でそれを防御。
「なにっ! (まだくるか!?)」
だが、回転斬りは一度では止まらない。
二撃、三撃と続き、生斗の棍棒へダメージを蓄積させてゆく。
止まらぬ回転に対して嫌気が差した生斗は、四撃目を横に受け流した。
「ふん!」
「うぐっ!?」
横に受け流されたことに体勢を崩した道義だが、その勢いを殺すまいと、倒れる方向を変え、背中から生斗に突進。衝突した二人は共に宙を浮き、すぐさま地面に激突する。
「泥臭いねぇ。わたしゃこういうの大好きだよ」
「ほんと、貴女って戦闘好きなんですね。私、そういう人嫌いです」
二人を少し離れたところから傍観している神奈子に、いつの間にか生斗に取り憑いた悪霊、翠が隣に立っていた。
「おやおや、誰かと思えばあの使者に取り憑いていた怨霊じゃないかい。意外と可愛らしい顔してるねぇ」
「知ってたんですか」
「人にはそれぞれ霊力の気質があってね。それに他の異物が入ってたらそりぁ気付くさね。それもあんたほど恨みをもった怨霊なら尚更。まあ、さっき道義と戦い始める前に出ていってたようだけど」
隣に立たれていたことに驚きもせず、ましてや悪霊を傍にして臨戦態勢に入りもしない。そんな余裕な姿勢を見せる神奈子に対して若干の不満を抱きつつも、翠は二人の戦いの方に目を向ける。
「私が貴女を襲うとは思わないんですか? こんなに近くまで来てるんですよ」
「う~ん、殺気がないからね。普通の怨霊なら殺意ましまし、誰にでも呪い殺す勢いがあるんだけど、あんたにはそれがぜんっぜん感じられない。たったある人物を恨んでいて他は関係ないって感じだね」
「……大体当たりです」
会って間もない相手に自分の存在意義を見破られ複雑な気持ちになる翠。
そんな彼女を横目に神奈子は不敵に微笑んだ。
「ま、あんたのことも気になるけど今はあっちだね。
あんたはどっちが勝つと思う?」
「どうでしょう? 戦闘面では確かに熊口さんが道義さんに勝ってますが、それ以外の殆どが負けていて満身創痍気味。正直負けそうで私も焦ってます」
「現状からの考察じゃなくてさ。女の勘ってやつでだよ」
「はい?」
「戦場じゃ現状を把握し、それに適した判断をとらなきゃいけないのは事実さ。どんなに適した判断をしようと、戦にどちらが勝つかなんて誰にもわからない。ひょっとすれば適した判断を裏手に取られるかもしれないし、相手が奥の手を持っているかもしれない。
この戦いも一緒さね。あの使者が劣勢なのは事実だけど、それを覆すだけの何かを持っているのかもしれないじゃないか」
「はいはい、要は現状の観点から判断するんじゃつまらないから、ぱっとみて自分の直感で言ってみろって事ですよね」
「おっ、よく私の結論がそこにくることが分かったね」
結論を言う前に答えを当てられたことに驚く神奈子。まさか前置きの段階で言い当てられるとは本人も思ってなかったのだろう。
「貴女は無駄に小難しい事を並べ立てますが、結局は自分にとって面白いかそうでないかで物事を判断してますよね。熊口さんに提案したのだって同じ理由でしょう?」
「……聞いてたのかい」
「ええ。ですが、それだけで私が貴女の性格を見破った訳ではありませんよ。これも全部諏訪子様の綿密な下調べのおかげです」
「洩矢の神がねぇ。攻め落とした国には口止めしておいたんだけど……どこで情報が漏れたんだか」
情報が漏れていた事で納得をした神奈子に対して、翠は___
「毎度戦の度に民をおいて神同士の戦いにもっていくなんて。お人好しが過ぎるんじゃないんですか?」
「戦いが好きなだけさ」
道義が以前発言した神奈子が疲弊しているという事実。
にも関わらずこの付近にいる者達は怪我一つしていない万全な状態であった。
その光景を見て翠は諏訪子の下調べが確かなものであるのだと確信していたのだ。
「さっ、話がずれたね。この話は後から存分に出来る。
さっきの私の質問の回答を聞かせてもらおうか」
「女の勘でってやつですか。そうですね、勘でいうなら____あっ、熊口さんです」
「あっ?」
答える前の何かに気付いたような声をだした翠に対して疑問を感じた神奈子は、彼女の見る目線の先へと顔を向けた。
そこには____
「はあ、はあ、はあ」
「ほ、本当に凄いな、生斗」
地に膝をつき、肩を押さえ痛みに耐える道義と、もはや返事する余裕すらないほど呼吸の乱れた生斗が立っていた。
「あんた、この状況見て決めたでしょ」
「まさか」
神奈子と翠の話している間、道義の棍棒は折れていた。
それにより発生したリーチの差を悉くつかれ、現在に至る。
「私の剣撃を当てられたのは先程の不意打ちのみ。それに対して私は……真剣での戦いでなら十回は軽く死んでいるな」
小鹿のように足を震わせながらもなんとか立ち上がり、道義は再度折れた棍棒を構える。
「(まだやんのかよ!)はぁはぁはぁ」
お互い、ダメージの蓄積や疲労により体力は優に限界を超えていた。
それでも悲鳴をあげる身体を気力で動かし、二人は立ち合う。
「次で決まるね」
「二人とも今にも死にそうな顔してますね」
息が整う間などない。
二人はお互いの間合いへと肉薄していく。
「はああぁぁ!」
「あ"あ"あ"!!」
ほぼ同時に右から左、左から右へと逆袈裟斬りを放った。
剣筋が弧を描き、お互いの頭部へと向かっていく。
_____その最中、道義は笑った。
「(生斗、剣術は完敗だ。勝てる余地はない)」
「!!?」
「(だがな! 私は負けず嫌いなんでね!!)うぐあぁ!!」
道義の頭部へと到達する筈であった棍棒はある障害物に激突する。
______その正体とは、腕。
道義は左腕を捨て、右手のみでの攻撃に転じていたのだ。
真剣での戦いでは悪手中の悪手。己の剣の道を閉ざすことに等しい行為だ。
だが、今持っているものは棍棒であり腕を切り落とす力はない。
道義は大和の国の中でも屈指の剣士であった。そんな人物が悪手である腕での防御に賭けたということはつまり、剣士として敗けを認めたということ。
しかし、剣士として敗けを認めてなお、道義はこの勝負に勝利したかったのだ。
「私の勝ちだ!」
道義の棍棒が生斗を襲う。
折れてはいても生斗と道義の間合いは
______近い。
お互い至近距離であり、折れた棍棒でぎりぎり当てられる距離。
迫りくる敗北。己の棍棒を防御にまわそうにも近すぎてできない。そもそもそんな隙すらもない。
しかし、生斗は冷静であった。
それもそのはず、彼はこの絶望を乗り越える突破口を知っていたからだ。
「(……道義、お前馬鹿だろ)」
生斗の出した突破口とは______
______さらに接近する。
「なっ___んが!?」
只でさえ、至近距離であった二人はほぼ密接状態となる。
しかも生斗はただ接近しただけではない。接近と同時に道義の眉間に肘打ちをお見舞いしていた。
「(お前が最初から腕でガードする気ならなんで一瞬硬直した!)おぉぉ!!」
「ぐっ!!!!!」
肘で眉間を打ち、後退したところで防御が甘くなった懐に蹴りをいれる。
さらに後退し、前のめりになった道義。
そして遂に______
「(もし硬直せず殴っていればお前は勝っていただろうよ!)!!」
「っっっ!!?」
____生斗の棍棒が道義の意識を刈り取った。
「はあ! はあ! はあ!」
ゆっくりと膝から床に倒れていく道義。
よもや頭から落ちそうになるところを生斗が襟を掴んで制止させる。
「はあ! はあ! はあ! ……結局お前は、はあ! はあ! 剣士の道を捨てられなかったってことだ」
生斗はゆっくりと床に気絶した道義を置き、尻餅をつきながら仰向けに倒れた。
「確かに、防御に転じる前と防御した時に迷いがありましたね。それが決定的な隙を作ってしまったってことですね」
「まあまあ、これまで剣一本で生きてきたような奴さ。
それをいきなり裏切ろうってんだから背徳感やらで作ってしまうのも無理ないよ」
「結局あの最後の立合いは太刀筋の速かった熊口さんが勝ってたってことですか」
「勝負に絶対なんかないよ」
二人の戦いの終幕について語らいながら近付いてくる観戦者達。
「あれ?」
「……気絶してますね」
「寝てるんじゃない? あんなに激しい戦闘を繰り広げたんだ。疲れもどっときたはずさね」
「どっちも一緒ですよ」
生斗の元にきた軍神と怨霊は、彼がいつの間にか寝ていたことに気付き、やれやれといった表情となる。
「それにしても……はあ」
床に散らばった料理、呻き声やら嘔吐をする情けない男衆、壁や床に所々できた大きな穴、飛び散った血飛沫や汗。
少し見渡せば言い訳できない状況が広がっていた。
「こりゃあ完敗だね」
生還記録の中で一番立っているキャラ
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熊口生斗
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ツクヨミ
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副総監
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翠
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天魔