無駄に大きなしめ縄を背負い堂々と腕組みをして佇むその女性には神力があった。
一瞬、あまりのインパクトにタメ口になってしまったが、そのすぐ後に感じた圧倒的神力を目の当たりにし、自分の間違いに気付かされる。
「いんや、気にするほど重くはないよ」
親切にもこの神はおれの質問に答えてくれる。だが周りの目は冷たい。己の信仰する神にいきなりタメ口を放ってしまったんだ。無理はない。
「んで、あんたかい。洩矢の国の使者ってのは」
「そういうあんたは誰なんだ。人間じゃないよな」
神力、女、周りが土下座してるーー道義もいつの間にか。
それらだけでもこの神が誰なのかは一目瞭然だ。
「あんたが神奈子様か?」
「あ……」
「無礼者め! こいつを引っ捕らえろ!」
女性がなにかを言おうとする前に、部屋中に響き渡るほどの怒号が奥の方から聞こえる。
「この御方を何と心得る! 我らが御神、八坂神奈子様であるぞ! それを貴様、頭高く敬意も表さぬとは何事だ!!」
無駄にこの部屋広いうえ、皆土下座しているから誰がいってるのか分からないな。
ていうかこの光景なんか自分が偉くなったみたいで笑える。
「まさか食事中に現れるなんてね。一応礼儀作法の方は出来るんだけど、見事に出鼻を挫かれたね。急に現れるなんて反則だろ」
「まだ立て直す時間は……ないね」
だが、偉くなった気分に浸れるのはここまでのようだ。おれを抑え込もうと槍やら鍬やらを持った筋肉隆々の男達が迫ってきている。
「止めてくれたりは……」
「止める理由がないね。自分のケツは自分で拭きな」
「女性がそんな下品なことを言うもんじゃありませんよ」
神奈子さんも悪いお人だ。神奈子さんの鶴の一声で丸く収まるってのに。ま、この状況、態度でかい使者がいったいどんな奴なのかを測るにはもってこいだけどな。止める道理は確かにないだろう。
「生斗、これはここでいう社交辞令のようなものだ。相手が使者だろうがなんだろうが、相手になにかとケチつけてこういった洗礼を受けさせる。これの対応次第で神奈子様の謁見されるかが決まるぞ」
跪いた道義がこそこそ声で俺に耳打ちする。
いちゃもんもなにも己が信仰している神に対して失礼な態度とってしまっているおれからしたら妥当な対応だと思うんだよね。おれがいうのもなんだけど。
___それはまあさておき。
この状況の対応次第、ねぇ。
長物をもった複数人相手に此方は手ぶらで一人。普通なら簡単に捕まって追い出されてしまうだろうな。
『この場を霊力なしで乗り越えたら
「!!」
手っ取り早く土下座でその場を切り抜けようとした瞬間、テレパシーが脳内に響き渡る。
これは……翠じゃない!
「(まさか!)」
脳内に聞こえた声には聞き覚えがあった。つい先ほど会ったばかりの、凄まじい神力を纏った女性___八坂神奈子の声だ。
おれは近付く男衆達を無視し、声の主を見る。そこには薄気味悪く微笑んだ神奈子の姿が目に映った。
二人っきり、だと。
先程から考える暇が無かったが、神奈子は妖艶な若妻感が凄い。服越しでもわかるあの胸の質量、紫髪のセミロングにしめ縄の冠、そこに可愛らしい紅葉と銀杏の装飾品。極めつけには何もかもを見透かすような深紅の瞳。
そんな女性と二人きりの会談……! お兄さんドキドキが凄くて上手く話せる気がしないよ!!
『気持ち悪いです死んでください____ま、安心してください。そのときになったら私が話をします。とにかく熊口さんは目の前の状況を何とかしてください。負けたら熊口さんの性癖皆にばらします』
う、うるせぇ! 性癖なんて誰しもが持ってるもんだろ! でもちょっとそれをされると社会的に生きていける自信がないので止めてください!
『なら早くやっつけてください』
「言われなくても分かってる」
はぁ、会ってそんなに時間も経ってない女の子に性癖がバレるなんて。それだけでも精神的ショックは計り知れないんだからな。翠はちょっと男心を分かった方がいい。
ていうか、結局戦わなきゃいけないんですね。ほんと、ここの連中は血の気が多くて困る。
「はあ!」
まずは一人。おれの後ろから飛び付いてくる男性を転がって避ける。
くっ、ドテラに汚れがついてしまった。
「馬鹿が!」
転がった先にいた筋肉だるまの男はおれをおもいっきり蹴り飛ばすつもりのようだ。
だが馬鹿なのはお前の方だ。
「んがっ!?」
転がるといったが、正確には前転。何時でも立ち上がりは簡単だ。
例えば地面が頭についていようが、一緒についていた手の力をバネに筋肉だるまの顎にドロップキックをかますのは、霊力を纏っていなくともおれにとっては容易でならない。
「こいつ!」
「囲め囲め!」
お次には長物を持った四方向からの同時攻めか。後ろに目などついてないおれからしたらたまったもんじゃないな。
だが、おれには脳が震えてままならない筋肉だるまがいる。
「うおらぁ!!」
「ぐぇおっ!?」
ピヨッた筋肉だるまを背負い、前方にいたのっぽごと吹き飛ばす。
____残り三方向。
後ろからくる槍の突きーー殺す気かよ。
尻目をしていたおかげで軌道は読めた。
「なにっ!」
「もっと突きの練習をした方がいいぞ!」
横に少し交わし、腹を軽く掠める程度に留めることに成功。そのまま突撃してくるゴリマッチョの槍を掴み、一気に引き寄せる。
「なにを__ぐっ……!」
「お前! 仲間を盾に!」
引き寄せたゴリマッチョの襟を掴み力のまま思いっきり引き込み、左右から振り下ろされた棍棒の盾にする。
「!!」
「「ぐあぁっ!!?」」
仲間を攻撃したことにより一瞬怯んだ右側の細マッチョにゴリマッチョをおれの体重ごと押し、三人一緒に倒れる。
「こいつ……!」
三人の一番上にのし掛かったおれ。左側の美マッチョからすれば絶好のチャンスだろう。
「やれよ」
「うるせぇぇ!!」
しかし先程のこともあってか、おれへ攻撃するのを躊躇う美マッチョ。
戦闘において一瞬の迷いが命取りになるというのに。
「あがっ!?」
おれの挑発に触発され大振りに棍棒を振り下ろそうとした美マッチョだが、その前におれの右足が美マッチョの金的に直撃するのが早かったようだ。
「うおおおおぉぉぉおおお!!!」
「分かる。痛いよなこれ。あっ、武器もらうよ」
今美マッチョは想像を絶する痛みと戦っていることだろう。
まあ、そんな事を気にしてる暇はおれにはないが。
「やっと手に入れた。これでもうちょっとは戦いやすくなる」
やっぱり徒手よりこっちだな。徒手だと無駄に動かなきゃいけないし、長物の方が手っ取り早く相手を気絶させられる。
「神奈子様! こ、こいつ、阿呆面なのにとんでもなく強いです!!」
阿呆面とはなんだ阿呆面とは! これでも前は小隊の隊長だったんだぞ!
「ふ~ん、中々やるねぇ。地力もそこそこ」
「神奈子様、抑えてください。貴女が動けば軍が動く」
「そうかい? それじゃああんたが相手しな____道義」
___ん、道義?
「私が、ですか?」
「徒手ならここの連中全員でやればなんとかなるだろうと思ったけどさ。あれみなよ、腰が座ってる。あれじゃ多分無理だろう。でも大和の国でも五本の指に入るほどの実力者であるあんたなら」
へ、へぇ。道義さんって大和の国でも五本の指に入るぐらいお強いんですねぇ。
……ちょっと待てよ。こりゃ不味い事態だぞ。道義の剣筋は早恵ちゃんと戦っていたときにみたことがある。非常にわかりづらい動きと剣筋、戦ったらこの上なく厄介だろうなと危惧をしていた。それに加え道義は圧倒的な持久力の持ち主だ。普通に霊力で水増ししたおれよりもあるぐらいだ。霊力なしで挑めば長期戦は圧倒的に不利。早急にわかりづらい剣筋を潜り抜け道義を気絶に持ち込まなければならない。
_____きついなんてもんじゃないぞ。神奈子さんおれと話す気ないだろ、絶対。
「……承知しました」
「あの使者と仲が良いようだけど、手加減したらあんた、大和の国に帰ってもらうから」
「弁えております」
「え、えーと……まじすか?」
ほんとにやるの? ちょっと道義さん。何マッチョから棍棒受け取ってるんですか。今すぐそんな危ないものを置いて元の場所へお帰り。
『何一変して弱気になってんですか。さっきまでの威勢を見せてください』
おれは強きに味方し弱きを挫くタイプだからな。
『ははは、熊口さんってほんと屑ですよね!』
ははははは、翠ちゃんにだけは言われたくないなぁ!
「生斗、すまないが全力で行くぞ」
「道義様! こんな奴やっつけてやってください!」
「道義様だ! まさかこんな余興でお出ましになられるとは!!」
「神奈子様直々の指示らしいぞ」
いつの間にか周りにはギャラリーがごった返している。さぞかし人気があるのだろう、道義は。まあ、顔もいいし強いしこの人気具合には納得がいく____
______が、おれはそんな奴にほど負けたくない。アニメとかと王道パターンでいうと、おれが敵役であっちがハーレム系主人公。敗けを知らないちょいと羨ましくて大分腹立たしい奴の鼻っ柱をへし折ってやりたい。
まああれだ。ただ単にイケメンに嫉妬してるだけだ。
「……ふぅ、やるっきゃないんだな。神奈子さん、さっきの約束、忘れたなんて言わせないからな」
「ふふ、私は約束を破るのは大嫌いでね」
「? なんのことだ」
道義は疑問符を浮かべているが、神奈子はおれの言った事を理解している様子だ。
「来いよ道義。さっさとこんな茶番終わらせようや」
そう言って棍棒を道義に向ける。
道義もまた、中段の構えでそれに応答する。
「生斗、恨むなよ」
「道義は恨まねーよ。恨む相手が違うからな」
おれの返答を聞いた後、道義から油断が消えた。
流石は五本の指に入る男。佇まいが様になってる。
辺りはおれと道義の
______ん、一騎討ち?
「んがっ!?!」
後頭部から突如としてくる衝撃。
不意に来たそれはあまりに強く、おれが意識を手放すには十分過ぎるものであった。
生還記録の中で一番立っているキャラ
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熊口生斗
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ツクヨミ
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副総監
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翠
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天魔