東方生還記録   作:エゾ末

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今回はなんかちょっとディスり回になってしまいました。
それが苦手な方は見ないことをおすすめします。


十七話 過剰なストレス

 

 

 ______空が青い。

 

 

 

 

 全てを照らさんとする丸い球体、その光の妨げとなる白い気体は見渡す限り見当たらない。

 

 

 

 額に一滴の汗が流れる。

 

 しかしその水滴も一分もすれば冷気により乾燥し、己の体温を下げる要因と化す。

 

 

 

 あれから何時間のこと歩いた……?

 

 道義と朝まで素振りをして、軽く身体を拭いて諏訪子達と合流。腕に力が入らない状態で支給された荷物を背負い、そのまま道義と共に国を後にした。

 

 もちろんこの間に睡眠などない。明日に備えてしっかりと寝ていろ、と諏訪子から言われていたというのに。

 

 

 

『熊口さん顔が死んでいますよー。なんですか、このぐらいでバテちゃうんですか? えー、昨日の威勢は何だったんでしょうね。今から帰っておねんねでもしますか?』

 

 

 翠の煽りに殺意が沸く。

おれ一人でいいのに、こいつはおれの気づかぬ間にさも我が家のようにおれの中に入っていた。別についてこなくてもよかったのに。

 

 

「生斗、大丈夫なのか。死人のような顔をして」

 

 

 

 半分お前のせいだということ忘れるなよ道義この野郎。

 

 反論しようにも声に出すエネルギーが勿体無い。そもそも寝てないせいで頭が回らない。

 

 ただただ空腹と眠気による苛つきがおれの感情を支配している。

 

 

 

「そろそろ昼しよう。生斗も、徹夜で剣を振るったし疲れたであろう。山ももう二つ越えたし丁度いい」

 

 

「出来れば一つめ越えたときに休憩したかったんだけど……」

 

 

 

 

 

 ていうか道義のやつどうなってるんだ? 昨日は諏訪子の国についてすぐ早恵ちゃんと乱闘をして、おれの家ではほぼずっと剣を振っていた。

 

 なのに疲れている様子が一向に見受けられない。こいつのスタミナが単の化け物なのか、それともポーカーフェイスなのか。

 

 まあ、そんなことはどうでもいい。今は飯だ飯。これで少しでもエネルギー補給をしなければ____

 

 

 

 

「……なっ!?」

 

 

 

 

 荷物から取り出した笹の小包を開けると、そこには笹と同じ色をしたスライム状のなにかがおれの目に映った。

 

 

『早恵ちゃんがどうしても熊口さんに作りたいといったので。これで栄養をつけて使者の息の根を止めてください、だそうですよ』

 

 

 余計なお世話だよ! 大和に行く前に一回窒息死しとっけってかあの悪魔(早恵ちゃん)

 

 どうするんだよこれ……この前の雑炊(謎)の固まったver.だよ。

 

 この前注意したよね? なんでまたつくってくるんだ。学習しないのかあの子は!

 

 

『さあ、食べて楽になってください。一回亡くなれば疲れもとれるかもですよ』

 

 

 ふざけるな! 翠お前が食べろ! さっさと食べて成仏しろ!

 

 

「むっ、それはなんなのだ?」

 

「握り飯」

 

「嘘をつくな。そんな得体の知れない気色悪い塊が握り飯なわけあるか」

 

 

 ほら道義もこう言ってる。もうこれ食材の無駄使いとかの次元じゃないよ。

 

 逆にどうやったらこんなになるんだ。こんな古代に緑色のスライムを作り出すなんて一種の才能としか言いようがないぞ。

 

 ていうか米を握るだけでできる代物だろおにぎりって! なんなの、早恵ちゃんの手のひらに触れるとめちゃくちゃ臭いスライムができあがってしまうのか?

 

 

「……だが、なんだかそそられる匂いがするな」

 

「はっ? 」

 

 

 そそられる匂いって……そんなわけないだろ。この前だって生魚の腐った臭いが____うぷっ、更にキツイやつだ。一週間洗わずに履き続けた靴下のような臭いがする。

 

 

「お前、趣味悪いな」

 

「ああ、確かにそうかもしれない。こんな汚物を見て食べたいと思ってしまう自分がいるのだから」

 

「道義流石に落ち着け。一旦冷静になろう」

 

 

 

 

 

 流石に今の発言は聞き捨てならない。

 

 自ら汚物と明言しているにも関わらず食べたいなんて。道義は普段生ゴミでも食べてるんじゃないか? いや、それだとしてもだ____

 

 

「これ食べるぐらいなら、生ゴミ食べた方がましだ!!」

 

 

『このこと早恵ちゃん聞いたら泣きますよ』

 

 

 死ぬよりかは大分ましだろ。

 

 

「大丈夫だ。流石に塵より不味いという訳ではないだろう。なんならどうだ、私の握りと交換せんか?」

 

「おお、いいのか!?」

 

 

 道義の右手には普通の握り飯が入っているであろう笹包を握られており、おれの前に差し出されている。

 

 交換条件は誰もが食用だとは思わないであろう緑色のスライム。

 

 これ、悩む必要あるのか?

 

 

「……おい道義、自分の言ったことには責任もてよ。言ったからな、その握り飯とおれのこの汚物を交換していいって。おれは遠慮なくするぞ、いいのか」

 

 

『必死ですね、可哀想に』

 

 

 うるせぇ! お前にあのときの窒息した苦しみがわからないからそう言えるんだ!

 

 あの飲み込もうとしても突っかかり、吐き出そうとしてもベタついて上手く吐き出せず、気を失うまで地獄の苦しみを味わう。

 

 もはや拷問だ。拷問食品だよこれは。

 

 

「いいだろう。そら握り飯だ、受けとれ」

 

「ああ」

 

 

 遠慮なく差し出された握り飯の入った笹包を受け取り、代わりにスライムを道義に渡す。

 

 

「これが……くっ、なんとも言えぬ臭さ。本当にこれは食べられるのか?」

 

「一応忠告するが一気に全部飲み込もうとしたら窒息するから少量ずつ味わって食べるんだぞ。でなきゃ死ぬ」

 

「ごくっ……」

 

 

 ずるはなし、と言わんばかりの汚物だ。味を確かめず一気に食べようとすれば死、味を確かめても失神不可避、それも少量ずつなど拷問以外の何物でもない。

 

 こんなものを食べる気になるのだから道義は相当な変人だ。

 

 

『後でこのこと早恵ちゃんに言いますね』

 

 

 言ったら翠もこれ食べさせるからな。

 

 

『いえ、ちょっとそれは……』

 

 

「よし、では行くぞ!」

 

 

 決心したかのようにスライムの一部をつまみ、口の前まで持っていく。

 

 そもそも食べるのに決心するのも不思議な話だが、今回の場合はそうでもない。

 

 

「いけ道義! お前なら行ける! たぶん!」

 

 

 いつの間にか眠気による疲れも忘れ、道義vs早恵ちゃん特製握り飯との戦いに固唾を飲む。

 

 

 そしてついに、道義の口内へスライムが侵入し____

 

 

「…………!!!!?」

 

「大丈夫か! 吐け、今すぐ吐くんだ!」

 

 

 あまりの味の衝撃だからなのか、その場にしゃがみこみ、両手で口を覆う道義。

 

 ……まあ、予想はできてたけれども。そりゃ踞りたくなるよ。

 

 

「道義、食べ物を粗末にしたくない気持ちもわかる。だけどそれで死んでしまったら元も子もないんだ。もう楽になっていいんだ」

 

 踞って震える道義の背中をさすり、吐くよう促す。あれを食べただけでも勇者だよ、お前は。おれのときは作った本人がいて吐くにも吐けない状況だったから仕方のないことだけれども、今は劇物を作った張本人はここにいない。道の端にでも吐き出しておいても誰もわかりはしないだろうに。

 

 

「……」

 

 

 なのに吐き出す様子がない。

 

 見る限りでは窒息して苦しんではいない。もしかして、一摘まみとはいえ、あれを食べきったとでも言うのか……!

 

 そんなことを考えていると、ずっと震えていた道義の口から呻きのようなか細い声が聞こえてくる。

 

 

「うっ……う、……」

 

「どうした、苦しいの___」

 

「う……美味い!!」

 

「___はっ?」

 

 

『えっ?』

 

 

 美味い……? なんだか本来の感想とはかけ離れた発言を口にしたように聞こえたんだが。

 

 

「いやいや、いやいやいや、そんなわけないだろ。さてはあれか? ついでにおれにもどうだとか言って道連れにする気なんだろ? 魂胆が見え見えすぎだぞ」

 

「いや本当だ。こんな美味い物は初めて食べた。臭いに反してこの旨味、後味も癖っけが強いが濃いめが好きな私には丁度いい。本当に、どうやってこんな旨味を引き出しているのかが不思議でならない」

 

「確かにおれもただの握り飯がこんなになるのは不思議でならないけども」

 

 

『早恵ちゃんの料理が美味いなんて、舌ないんじゃないんじゃないですか?』

 

 

 先程までチクるとかほざいていた翠でさえ、こんな酷い言い草になるほど、道義の今言った発言は理解し難いものであった。

 

 この握り飯(失笑)が美味しいわけがない。

 

 あのときの雑炊ですら、絶望を感じさせるには充分過ぎるほどの不味さをかもちだしていたのだ。

 

 

「おれは信じないぞ。それが美味しくないという事実を身をもって知ってるんだからな」

 

 

 そう、おれはこのスライムを体感している。

 

 舌に絡み付く泥々な食感、嗅覚を麻痺らせる醜悪な生ゴミ以下の匂い。

 

 これだけでも充分に害悪なのに、喉に突っかかるあの不快感が相まって本当に最悪だ。

 

 道義が喉に突っかからなかったのは少量しか食べてないから無事だったようだが、その三倍程の量を喉に通らせようとすれば必ずおれの二の舞になる。

 

 

『熊口さんの心を読んで思いましたけど。あれは熊口さんが無理矢理かきこもうとしたからですよ。早恵ちゃんの料理はどんなにアレでもじっくり少しずつ食べるのが普通です。あんなの悪手中の悪手です』

 

 

 なっ!! 何故翠がそんなことを!?

 

 

『……経験者は語る、ですよ』

 

 

 ____!!! ……なるほど、そうか翠も……!

 

 初めて翠とわかり合えた気がする。

 

 

「そうだな、確かに独特で嫌いな者もいるかもしれない。ただ、私はこれを作ってくれた者に礼を言いたい。こんな美味なるものを私に教えてくれたことに」

 

 

 

 道義が礼を言おうとしてる相手が、昨日殺しにかかってきた巫女だとは考えもしてないんだろうな。

 

 

「と、とりあえずおれはお前からもらった握り飯をもらうからな。もうたべてるんだし返せとか言うなよ」

 

「勿論だ。逆にいいのか、私はもうこれを返す気はないぞ」

 

「食べるなり溝に捨てるなり好きにして」

 

 

 おれもいい加減胃の中に何か入れたい。ありがたく()()()()()()を頂くとしよう。

 

 

『あっ、そういえばそれ、諏訪子様がお作りになられてましたね。神が直々に握られた食物なんてそうそう食べられないんですから、味わって食べてくださいね』

 

 

 ほんとか! まさか諏訪子直々に握り飯を作ってたなんてな。

 

 これは期待が高まる。たかが握り飯でも神の手に触れた食物だ。何かしら効能があってもおかしくないだろう。たとえば、徹夜明けの疲れが吹き飛ぶとか!

 

 そんな期待を高めつつ、おれは笹を縛る紐を解いた。

 

 しかしそこには____

 

 

 

「なっ……!?」

 

「おっ、おう……」

 

 

 ___カミキリ虫やムカデのような虫等が、ところ狭しと詰まった握り飯があった。

 

 

「……」

 

「これは虫か、いや、これは私も食べたことがある。確か煮ると美味いぞ。私だけかもしれんが」

 

「す……」

 

「ん?」

 

「す……諏訪子もかよおおぉぉ!!!」

 

「うわっ!?」

 

 

 あそこの国料理下手なやつばかりじゃねぇか!!!

 

 

「いらないよこんなの!」

 

「いらないのか! なら私にくれたりは……」

 

「やるよほら!!」

 

「すまん! 恩に着る!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局、その日はなにも食べず一日を過ごした。

 

 おそらく、早恵ちゃんと諏訪子は悪気は無かったのだと思う。おれも寝不足と空腹がなければ、もしかしたらその意を汲み取って食べていたかもしれない。

 

 ちゃんと思いを込めて一所懸命作ってくれたものなのだ。本当はおれが文句やら愚痴を溢していい代物ではない。

 

 

 

 

 たださ、本当に申し訳ないんだけど……一時の間あいつらの顔みたくない。

 

 

 

 

生還記録の中で一番立っているキャラ

  • 熊口生斗
  • ツクヨミ
  • 副総監
  • 天魔

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