東方生還記録   作:エゾ末

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十一話 夢と現実

 

 大妖怪が近辺に出没したということで、国中大騒ぎとなった。

国の端に警戒網が張られ、いつ襲ってくるのかと皆が恐怖を感じつつ今日も畑を耕している。

 

 二人が大妖怪と遭遇して三日。私は母屋で治療を受けた生斗をぼーっと眺めていた。彼は今も、目覚めることもなく静かな寝息を立てている。

 

 

「……」

 

 

 早恵に聞いた話によると、人を消し飛ばす閃光が自分を包まれたと思ったら茂みにいたと言っていた。

 おそらく、生斗が助けたのだろう。その状況で早恵がなんとか出来るとは思えない。

 

 

「……早恵の命の恩人を殺させるわけにはいかない」

 

 

 私は散々生斗の事を疑っていた。今回の件も生斗が私の巫女と二人きりの場合、そしてそこで妖怪と出くわした場合の行動を知るために画策したものであった。

 結果、生斗は重症、意識不明の状態で今も生死をさ迷っている。

 

 もっと安全に探れた筈だったのだ。生斗の心を読める翠を使えば彼の真意や操作されていないかなども測ることが出来た。

 それにもし、生斗を同行させていなかったら。早恵は死んでいたかもしれない…私の指示で。

 

 これはもう、生斗に頭をあげられなくなるかもしれない。

 生斗が起きたら感謝と謝罪を言おう。

 これまで疑って悪かったと。大妖怪を退けてくれて、早恵を救ってくれてありがとうと。

 

 それに生斗には聞きたいことがある。それをはっきりしないと私の心の中にできたしこりが取り払われる気がしない。

 

 

「あれ、諏訪子様、此方にいらしたんですか?」

 

 

 戸を開けて入ってきて、私の隣に腰かける早恵。

 その手には水の入った樽に布を携えており、これから生斗の身体を拭くのだと判る。

 

 

「早恵もよくやるよ。生斗の世話をするのは何もあんたがやらなくてもいいのに」

 

「いえいえ、これは私がしたいからしてるだけです。それに熊口さんは命の恩人ですし」

 

「あれ、知ってたの?」

 

 

 てっきり運よく避けられたのだと解釈してるじゃないのかと思ってたんだけど。

 

 

「私はあの時、二度死んでます。相手の奇襲と閃光、そのどちらもこの人に助けられました。これでなにもしないのは私の気が済みません」

 

「まあ、無理には止めないけど」

 

 

 そういえば奇襲を受けたとも聞いた。その時にも生斗に助けられたということなのだろうか。

 ……それなら尚更生斗に頭が上がらなくなりそうだよ。

 

 

「それにしても____」

 

 

 神として人間に頭をあげられないのは如何なものかと頭を悩ませていると、早恵が口を開く。

 

 

「翠ちゃんは熊口さんの中に入って何をしてるんでしょうかね?」

 

「う~ん、私もわからないかな」

 

 

 そういえば翠のやつ、二日前から生斗の中に取り憑いてから音沙汰ない。

 私は取り憑くことに反対したが、翠いわく「熊口さんを起こしに行く」とのことらしい。

 一体何をしてるのだろうか。生斗の意識を取り戻すと言っていたから渋々承知したけど……

 

 だが、なにもしないこの状態から意識が回復に繋がる可能性は低い。実際命を繋ぎ止められているだけでも奇跡に近いのだから。

 これについては翠を信じるしかない。

 意識を取り戻してもらえば、栄養接種を充分に摂らせることができる。

 

 

「そうですか___あっ、諏訪子様。熊口さんの耳を診てもらえますか? 私じゃ何がなんだかわからないので」

 

「分かった…………うん、順調に治ってきてる。ちょっと耳掃除は必要そうだけど」

 

「分かりました、やっておきます」

 

「いやいや、それはミシャグジにやらせるよ」

 

 

 まあ、取り敢えずこの事は翠に任せて私達は私達にできることをしよう。

 それが最善な筈。また大妖怪がでるかもしれないから警戒もしなきゃいけないからつきっきりに看病するわけにもいかないしね。

 

 

「ミシャグジー! ちょっと来て~」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

______________________

 

 

 

 見渡す限り青空広がる快晴に、大海のように壮大な草原。心地の好い微風が草を靡かせ、自然の音色を奏でる。

 そんな草原に一本の巨木が生え、その根元にはオアシスといえる小さな湖が出来ていた。

 湖の水を飲む為に、はたまた羽休めをするために、多種多様な動物が巨木の根元へと集まっていた。

 そんな動物の楽園に一人のグラサンをかけた男が____

 

 

「永琳さ~ん! 一緒にお茶しましょう!」

 

「抱きつこうとしないでちょうだい」

 

「あぶひっ!?」

 

 

 抱擁をかわされ、平手打ちをお見舞いされていた。

 その平手打ちを食らった人物とは、言わずもなが生斗である。

 

 

「やっぱり永琳さんは厳しいなぁ!」

 

「生斗、君は相変わらずですね」

 

「ツクヨミ様、自分を曲げないってことは大切なことなんですよ」

 

 

 紅く染まった頬を擦りながら我を貫く大切さを語る生斗。

 今の面では積極的に変えるべき所なのだが、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「おっ、こんなところにうどんが!」

 

 

 地面から出てきたことを驚きもせずに、目の前に現れたうどんを嬉々として平らげ始める。

 

 

「うめぇ、うどんうめぇ」

 

「メェエェ」

 

 

 羊の鳴き声の如く感嘆すると、本当に羊が横で鳴き始めたため、謎の共鳴が静かな草原に響き渡った。

 

 

「ついて早々何訳のわからないもの見せてくれてんですか……」

 

「ん?」

 

 

 うどんを食べながら羊を撫でている後ろで、ある一人の少女の声が生斗の耳に入る。

 

 

「あれ、翠もここにいたのか。どうだ、一緒に草原でかけっこでもしないか?」

 

「走りません。ていうかなんて雑多な夢見てるんですか。もう少しちゃんとした夢見ましょうよ」

 

 

 翠の発言に首を傾げる生斗。

 

 

「夢? この空間がか?」

 

「はい、ここは熊口さんの妄想の世界です。私は貴方をここから連れ出すために態々ここまで来ました」

 

「夢の世界……妄想……」

 

 

 今のこの空間が自分の夢だと言われ、顎に手を置いて考えこむ生斗。これまでの矛盾点を考察するために頭を回転させる。

 そして理解する。こんなところに月に行ったツクヨミと永琳がいるわけがないこと、そもそもこんな場所に見覚えがないということを。

 

 

「(おう、かなりごちゃごちゃしてるな……あれ?)」

 

 

 小動物が自由気ままに遊び、小鳥の囀りが辺りに響き、ここにいる筈もない人物。

 それを改めて一望して生斗はあることを発見する。

 

 

「えっ、ちょっと待って。もしこれが夢でこの空間が妄想世界ならおれ、めちゃくちゃ純粋過ぎない?」

 

「壮大な夢を見られる程頭がよくないからじゃないんですか?」

 

 

 息をするように毒を吐く翠に対して若干眉間に皺を寄せつつ、生斗は改めてこの空間を見渡す。

 

 

「おれ、心綺麗なんだなぁ」

 

「早く行きましょう。私自身何日この空間を漂ったのか分からないんです。時間軸が現実と違ってたら結構危ないかもしれないんですよ?」

 

「例えば?」

 

 

 夢ということもあり、落胆を感じつつ生斗はここにいるデメリットを問う。

 生斗の中ではデメリットが非常事態でない場合、もう少しここに居座る魂胆が少々含まれている。

 

 

「栄養失調で死ぬ可能性がありますし、病にかかるかもしれないです。何より排泄の処理を他人に任せられるんですか?」

 

「……!! それは大変だ。前の二つもだけど最後のはほんと嫌なやつだ。おれの象徴さんが皆に露見されることになってしまう」

 

 

 焦るところが少しずれているいるが、ここに居座るデメリットが大変な事態になることを認知した生斗は焦り、一刻も早く起きなければと考えた。

 すると____

 

 

「うおっ!? なんだ!」

 

「ふぅ、やっとこの空間から出られますね」

 

 

 草原はみるみるうちに崩れ去り、真っ黒な空間へと変貌していき、その空間には生斗と翠を以外の全てが跡形もなくなってしまった。

 

 

「あ、ああ、永琳さんとツクヨミ様、うどんと羊ちゃんが……」

 

「妄想です」

 

 

 妄想世界があまりにも唐突に消え去ったことにより、先ほどまで創造していた登場人物を惜しむ生斗。

 

 

「それにしてもあの二人が熊口さんがいつも心の中で言っていた永琳さんとツクヨミ様なんですね」

 

「ああ、二人とも美男美女だろ?」

 

「あれも妄想なんじゃないんですか?」

 

「なわけないだろ! 実在する人物だ!」

 

 

 生斗の怒号を無視し、先程までの人を馬鹿にしたような顔と打って変わって翠は神妙な顔になる。

 そんな翠の急変に少し狼狽える生斗。

 

 

「な、なんだ急に神妙な顔になって」

 

「熊口さん、一度しか言わないのでしっかりと聞いてください」

 

 

 翠の雰囲気につられ、生斗も真面目な表情になる。

 一体、毒舌の翠からどんな言葉が放たれるのか。生斗の頭はそのことで頭が一杯になっていたーーその想像のどれもが毒舌になっているが。

 しかし、翠の言動はその想像とは真反対なものであった。

 

 

「早恵ちゃんを助けてもらい、本当に……本当にありがとうございました」

 

 

 そう言って深く頭を下げる翠。

 あまりの予想外の行動により、生斗は豆鉄砲を食らった鳩のような呆けた顔になるが、即座に何が起きたかを理解し、思わず顔がにやけた顔になる。

 

 

「えっ、え……今、なんて?」

 

「さっき言いましたよね。一度しか言わないと」

 

「お願い、もう一度言って。本当に? 本当に何ますって言った? 恥ずかしがらずに言ってごらん、ほら」

 

 

 翠の周りをぐるぐると回り、挑発するように発言の繰り返しを求める生斗。

 先程までの仕返しのつもりなのか、全く空気を読んでいない。

 

 

「え~っと確か『あ』からついてたような……あり? ありなんだっけ?」

 

「そ、そうですか。私の誠意を踏みにじりますか。そうですかそうですか。それなら此方にも手がありますよ」

 

 

 眉根をひくつかせ、拳に力を込める翠。

 直感で生斗は危険を察知する。

 

 

「な、何をそんな怒ってるんだ。ちょっとしたおふざけ……」

 

「ほんとは私の霊気で傷を緩和させてから意識を覚醒させようと思いましたがやめます。傷をそのままで起こさせます」

 

「はっ? ちょっとそれどういう意味だ?」

 

 

 生斗の疑問を無視し、翠は手を合わせて目を閉じる。

 

 

「それじゃあ熊口さん、おはようございます!」

 

「無視するな! ……ってうわ!?」

 

 

 突如として現れる閃光。暗闇を照らし、全てを呑み込まんと闇を吸い込む渦と化す。

 

 

「ねえなにこれ!? なんなのほんと! 教えて翠さ____」

 

 

 勿論例外なく生斗もその渦に為す術なく吸い込まれて行った。

 

 

 

 

「さて、役目は終えたし私もここから抜け出しますか」

 

 

 唯一渦に巻き込まれなかった翠は、渦が消えて暗闇に戻った世界を一望し、また歩みを始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

______________________

 

 

 

 光の渦に巻き込まれた筈のおれは今、混乱していた。

 

 

「おっ、起きたのか!」

 

 

 閃光に吸い込まれたと思ったら、目の前に男の象徴から膝枕をされていたのだ。

 

 

「おい、どうしたのだ。やはりまだ傷が痛むのか?」

 

 

 どんな罰ゲームなんだよこれ。なんで寝起きに、それも至近距離で野郎のイチ○ツ見なきゃいけないんだ。

 嫌がらせにも程があるだろ。なに、そんなにおれの事嫌いなの?

 

 

「……誰の仕業だ」

 

「は?」

 

「誰がお前にこれを指示したんだ」

 

「これとは……耳掃除の事か? これは諏訪子様からしろと命じられたが」

 

「よし、わかった。ちょっと仕返ししてくる」

 

「あっ! 待て!」

 

 

 諏訪子の奴、おれの寝起きを最悪にした報いを受けさせてやる。

 そう決意したおれは立ち上がろうと腕を動かそうとした、

 

 

「あいだぁぁっ!?」

 

 

 が、動かそうとした瞬間に身体全体に激痛が走り、上げかけた頭がイ○モツの膝に落ちる。

 

 

「まだお主の身体は回復しておらんのだ。というよりよく起きられたな。一生起きられない可能性だってありえたというのに」

 

「……まじか」

 

 

 そういえば身体中包帯に似た薄黄色い布で巻かれまくってるな……

 えっ、つまりはおれ、全然身体が治ってない重体で意識を覚醒させたということなの?

 ん~……あれ? なんでおれ、起きたんだっけ? 確か光に吸い込まれて____いや、なにか忘れている気がする。

 もっとなにか、光が現れた原因が……

 

 

「ん……わからん」

 

「何がだ?」

 

「いや、こっちの話」

 

 

 なんかもう考えるのだるくなってきた。身体が重体で動かないなら無理に動かす必要なんてないじゃないか。

 

 

「他の皆はどこ行ったかわかるか?」

 

「ああ、諏訪子様は国の見回りに。ここの住職の者の殆どもその付き添いでいない。いるのは私達ミシャグジぐらいだ」

 

「そうか……おれが意識を失って何日経った?」

 

「三日だな」

 

 

 三日……そんなに寝ていたのか。それにしては身体はベタついた感じはしないし、便意もしなければ服装もかわっている。

 ……三日となるともう手後れな気がしてくるな。

 

 

「じゃあおれ、もうちょっと寝るわ」

 

「寝るのか?」

 

「ああ、動けないんじゃ食べること以外何も出来ることないしな。あっ、それと膝枕止めて。精神的にキツいから」

 

「あ、ああ、わかった」

 

 

 起きたばかりで眠気は充分にある。寝ようと思えばいつでも寝られる状態だ。

 なに、諏訪子が戻ってきたら霊弾お見舞いしてやればいい話だ。気長に構えていればいい。

 あ、そういえばさっき起きる前の記憶、朧気だけどとても心地の好い夢を見ていた気がする。そう思うと夢の世界にいくのが楽しみになってきたなぁ。

 どんな感じだったっけな。確か羊を何かを食べながら____

 

 

「……」

 

「も、もう、寝たのか……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

______________________

 

 

 ~次の日~

 

 

「熊口さん……」

 

 

 生斗はその後起きることはなく、翠が出てきたときにはまた深い眠りへと落ちていた。

 

 

「昨日起きたらしいんだけどね。翠がなんかやったの?」

 

 

 翠が生斗から出てきたときに丁度いた諏訪子が欠伸をしながらそう応える。

 

 

「しましたよ。わざわざこの駄目人間の夢の世界をさ迷ってやっと起こしたんです。なのに……」

 

「あ~、また戻っちゃった感じ?」

 

「……はい」

 

 

 翠の応答に苦笑いする諏訪子。

 二日かけて起こしたのをまた無に返された翠は後悔と怒りが混ざりあって微妙な表情になる。

 

 

「やはり傷を緩和して起こせばよかったかもですね……」

 

「ん、そんなことできるの?」

 

「えっ? あ、まあ出来ますよ。私は熊口さんに取り憑いてるので霊力を同期させることが出来るんです。今熊口さんは霊力が枯渇気味なんで私の霊力で自然治癒力を上げさせればだいぶよくなりますよ」

 

「なんでそれを早くしなかったの……」

 

「この人の体力が持つか不安があったからです。精神体の熊口さんを見つけたときに大丈夫だとわかったんですが」

 

 

 ーー自然治癒を速めればその分体力を使う。霊力が枯渇し、身体もぼろぼろだということで翠も気を使ったのだろう。

 そう諏訪子は考察し、これ以上の質疑を止める。

 

 

「なら霊力を分けてあげて。私の神力だと質が違うから逆に身体が壊れるかもしれないし」

 

「はあ……わかりました。取り敢えず傷を緩和させます。そのかわり諏訪子様、熊口さんが起きたら腕の関節を極めると思うので止めないでくださいね」

 

 

 これまでほぼ休みなしで動いた疲れにより感謝の意を忘れた翠は少しぎらついた目をしていた。

 その姿を初めて見た諏訪子は、なにかを察したのか、

 

 

「ま、まあ、折らない程度にね」

 

 

 止めることはしなかった。

 おそらく、生斗はまた死にかけるだろう。少し可哀想に思えてくる。

 

 

 

生還記録の中で一番立っているキャラ

  • 熊口生斗
  • ツクヨミ
  • 副総監
  • 天魔

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