東方生還記録   作:エゾ末

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こんなに更新も話も長くする予定はありませんでした、少し後悔してます。
10000文字越えてますがゆっくりと見ていてってください!


十話 不穏な停戦

 

 地や木々を抉り、閃光が通った箇所

を全て吹き飛ばしたのを確認した後、妖怪は踵を返した。

 勿論、その通り道に早恵の姿はない。

 

 

「はあ……まだ苛々する」

 

 

 早恵の存在を消し去って尚、苛立ちが収まらないでいる花妖怪。

 額に青筋を残したまま花々の咲いた方へ歩き出す。

 

 

「この子達は無事ね」

 

 

 先の戦いにより花達の安否を危惧していた花妖怪は、ほぼ無傷に咲き誇る花々を見て胸を撫で下ろす。

 

 

「……」

 

 

 そして彼女はまた、身体を先程の向きに戻し、

 

 

「で、そこに隠れているのは誰かしら」

 

 

 早恵のいた横の茂みに向かってそう言い放った。

 その声源からは怒りは()()()混じっておらず、ただ純粋に誰なのかを不思議に感じている様子であった。

 

 

「あー、やっぱりばれてた?」

 

「!? ……へぇ」

 

 

 花妖怪の発言から数秒後、茂みからごそごそと出てきたのは、出会い頭に葬った筈の人間、熊口生斗であった。

 

 

「何故貴方が生きてるのかしら。手応えはあったから確実に捉えてたと思うのだけれど」

 

「うん、完全に決まってたよあれ。一回やられちゃったからちょっと気分落ち込んでる」

 

「やられた……?」

 

 

 生斗の妙な言い方に疑問符を浮かべる花妖怪。それもそのはず、彼女は生斗の能力を知らないのだから。

 

 ____『生を増やす程度の能力』。

 命を複数有することができ、それを使って膨大な力を得ることができる能力。

 この事を見破ることが出来るのは、目の前で殺るか、本人に直接聞くしかない。

 

 

「いや、それよりも……」

 

 

 花妖怪は生斗の隅々まで観察し、改めて自らの目を疑う。

 

 

「明らかにさっき遭ったときと霊気の量が違う……」

 

 

 十数メートル先にいる生斗に聞こえない程度で呟き、深紅の瞳を輝かせる花妖怪。

 大妖怪である彼女はその対象の人物を一目見ただけで大体の力量を測ることが出来る。

 そんな彼女から見て、今の生斗の霊力は前の2乗はあるのではないかと言うほど凄まじい霊力を有していた。

 実際、生斗を見つけられたのも隠しきれない霊力源が茂みから発生したから花妖怪は生斗を認知できたのだ。

 

 

「これは良い憂さ晴らしになりそうね」

 

「なんか今聞き捨てならない事言ったよね。聞こえてるよ、独り言のようだけどバッチリと熊さんの耳に届いてるよ!」

 

 

 花妖怪の発言に身構える生斗。尤も、戦闘ではなく逃げる体勢だが。

 

 

「ねえ、何で貴方が生きているのかは知らないけど____いいの?」

 

「いいの、って何が? それよりも憂さ晴らしについて詳しく教えて」

 

「貴方と同行していた女、今私に殺されたわよ」

 

 

 そう言って日傘を抉れた地面を軽く叩き微笑む。美女の微笑みであることは違いないのだが、生斗はそれを見て背筋が凍り付き、冷や汗が止まらなくなった。

 

 

「な、なに、仕方無いことなんじゃないかぁ。おれ戦うなって忠告したし? それを守らなかった早恵ちゃんが悪いわけで? 別にそれで大妖怪相手に仇を取ろうなんて馬鹿ではない私は考えないし?」

 

「ふぅん、とんだ屑ね」

 

 

 笑みを絶やさないまま毒を吐き、生斗の考えを切り捨てる花妖怪。

 その笑みはどの意味のものなのかは本人にしか解りえない。

 

 

「そんな屑には____」

 

 

 日傘を前に構え、脚に力を込める。

 なにが起こるのか、その大体の予想は生斗にも容易くできた。

 

 

「あっ、ちょっと待っ……」

 

「____お仕置きね!」

 

 

 生斗が制止を呼び掛けようとした瞬間___花妖怪はその場から消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ______________________

 

 

 

 閃光に飲み込まれたおれは、元いた場所か遠く離れた草原で目を覚ました。

 目覚める前にあの蝋燭の光景を見たということで容易に自分がここまで吹き飛ばされ、息絶えたことを理解することができた。

 

 はあ、たった数日で命を3()()も減らしてしまうなんて……このペースだとおれ、一年以内に死んでしまうんじゃないだろうか。

 

 

「ちっ! 男なら避けずに受けなさい!」

 

 

 茂みに隠れてたのにあっさりと見つかるし。

 やっぱりまだ霊力のコントロールが全然できていないってことか。

 それにしても前の時と違ってあまり身体に異常は感じないな。

 器が拡張されたのか、はたまた5個使ったときの痛みが異常なだけだったか。

 まあ、前者だろう。おれは日々成長し続ける超人だからな! ……というのは冗談で、前に5個分の霊力を無理矢理身体に留めようとした影響か、ただ単に神が気を利かせたかのどっちかだろう。それ以外に思い当たる節がない。

 

 

「当てられないからってキレるのはよくない! もうちょっとクールにいこう! だからその日傘を振り回すの止めて! さっきから通り過ぎる度に風と音が凄いから!!」

 

 

 さて、そろそろ意識を此方に向けよう。

 瞬く間におれの目の前まで肉薄してきた美女が先程から日傘を振り回してくるのを避けるのにも限界が見えてきた。

 

 

「ならさっさと当たりなさ……ぐっ!?」

 

 

 現在、おれの目は大妖怪の動きを簡単に捉え、反応出来るほどに冴えている。

 だから気付く事もある。日傘を振るときにできる隙を。

 その事に気付いたおれは妖怪が上から日傘を振り下ろしてくるのを横に回避し、そのまま腹部へ霊力の纏った拳で殴り付けた。

 防御が薄くなっていた腹部に訪れる殴打の衝撃、妖怪の身体はふわりと宙に浮き、数メートル先に着地し、腹部を押さえて踞った。

 

 

「ふっ、ふふ、効いたわ。やはり勝負はこうでなくちゃ」

 

「美女を傷つけるのは気が引けるけど、そんなこと言ってられる余裕は無いんでね」

 

 

 相手は大妖怪、見た目がどれ程美人でどストライクであったとしても手を抜くなんて悠長なことする気はない。ていうか出来ない。

 

 

「慌てるふりをして隙を窺ってたなんて、屑な上に狡いわね」

 

「いやいや、ほんとに慌ててたんですけどね? おれへの悪口のレパートリー増やそうとするのやめてくれない!?」

 

 

 時間の経過で痛みが和らいだのか、妖怪は腹部を押さえながらも立ち上がる。

 

 

「追撃の好機を見逃すのなんて余裕ね。後で痛い目見るわよ」

 

「ただ単に演技で痛がってると思って警戒してただけなんだけどな」

 

 

 余裕げな表情で痛がられても何かあるのではないかと警戒してしまうもんだ。

 まあ、爆散霊弾の一つでも放っておいても良かったかもしれない。

 

 

「それじゃあ、続きをしましょうか」

 

「……あのときの段階で逃げてもよかったな」

 

 

 おれの発言を聞き流し、日傘の先から数えきれない程の妖弾を放ってきた。

 

 

「一度にあんなに出せんのか……」

 

 

 目を覆いたくなるような眩い弾幕に思わず感嘆する。

 さて、これはどう対処しようか。

 いくら目で追え、それに身体がついていけたとしても、身体を通す隙間のないものを避ける事は出来ない。

 ここでの対処法は____迎撃だ。

 

 

「さあ行け爆散霊弾よ! あの弾幕を蹴散らしてこい!」

 

 

 通常より三倍近い大きさに生成した爆散霊弾を向かい来る妖弾の嵐に向かって放つ。

 ただでさえブーストをかけている状態での爆散霊弾だ。それにサイズも大きくして破壊力も数段に上がっている。

 いくら大妖怪の弾幕といえど蹴散らすに至る筈だ!

 

 

「そんなもので…………!!」

 

「あっ、まっ!?」

 

 

 そして妖弾がLサイズ爆散霊弾と接触した瞬間、霊弾の膜が剥がれ____

 

 

 

 

 

 

 

 

 __大妖怪とおれを巻き込んだ大爆発が発生した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ______________________

 

 

 

 

「げほっ、げほっ……うえぇ、口の中に砂が……」

 

 

 爆心地から少し離れた所で、おれはなんとか立ち上がり、服についた埃をはらう。

 あー、うん、ブースト舐めてた。大爆発から耐えられたのもあるが、爆散霊弾の威力がここまで凄いことになるなんてな。

 そういえば前もブーストありきで爆散霊弾着弾させたときも脚を使い物にならなくしてたな。

 砂煙で視界が悪くなっていたとしても判る大爆発による被害。

 地は深く抉れ半径数十メートルのクレーターを作り出し、木々は爆風により薙ぎ倒され、空にはちょっとした茸雲が上がっている。

 

 

「よく無傷でいられたな……」

 

 

 爆発する瞬間、あまりのエネルギー量に危険を察知したおれはなんとか霊力を身に纏ったことにより、口や服の中に砂が入ったこと以外はほぼ無傷。改めて霊力操作の修行をしていて良かったと実感する。

 

 

「でもこれなら大妖怪でも___」

 

「何独り言を言ってるのかしら?」

 

「うおっ!!」

 

 

 大妖怪が爆発に巻き込まれて戦闘不能なのではと微かな希望を抱いた矢先、後ろから声がして思わず前に飛び退く。

 

 

「はい、今ので一回死んでたわよ。貴方」

 

「なっ……」

 

 

 どうしてだ、何故おれの位置が分かる。それに今明らかにおれを見逃した。

 

 

「ふふ、貴方が疑問に思ってる事まるわかりよ」

 

「なんで今、殺らなかったんだ?」

 

「そうね、確かに今の爆発で花達が吹き飛ばされてたら躊躇なく殺してたわ。運良くかどうかは解らないけど全員無事っだったもの。

 これが見逃した一つの要因」

 

 

 花が吹き飛ばされなかったから? なんだよこの美女、妖艶なお姉さん系かと思いきや花を思いやるメルヘンチックなギャップも持ち合わせてんのかよ。凄いな、これで落ちない男はいないだろ。

 

 

「一つの要因? 他にもあるってことなのか?」

 

「それは勿論___」

 

 

 そう言って畳んでいた日傘を広げ、身体の大半を隠す妖怪。

 辺りは砂煙も失せ、視界には青空と荒れた森が広がる。

 

 

「主菜はじっくりと味あわなくちゃね」

 

「へ、へぇ、おれは一気に食べるタイプだから分からないや」

 

 

 おれはお肉かお魚ってか!

 食うのか、それとも戦闘の意味でか。どっちにしても戦闘は避けられないだろうけど。

 

 

「なあ、なん…………あれ」

 

 

 何故戦わなければならないのか質問しようとしたおれは、日傘の違和感に気付く。

 はみ出していた筈の頭や脚が、見えない……?

 

 

「うわっと!!」

 

「よく避けたわね」

 

 

 何かしらの危険を察知したおれは元いた場所から横に飛び退く。

 

 

「どんだけ後ろとるの好きなんだよあんた!」

 

 

 今の回避行動は当たっていたようで、おれが元いた場所には大妖怪の拳が空を切っていた。

 くそっ! 警戒していたのにどうやって彼処から移動……ってなんで日傘は空中に浮いたままなんだ!?

 

 

「追撃は警戒しないと駄目よ!」

 

「そ、そういうことか!」

 

 

 数メートル先に空中に浮いていた日傘が吸い込まれるように妖怪の手に来る。そして日傘があった場所には細長い蔦が垂直に立っており、そこに日傘が引っかけられていたということが判る。

 もしかしてこの妖怪、植物を操れるのか? いやでもあいつ木とかがんがん薙ぎ倒してるし……

 

 そんなことを考えている間に妖怪はおれの目の前まで接近してきている。

 

 

「……!」

 

「くっ!」

 

 

 接近する勢いのまま開いた日傘で突きをしてくる妖怪。それをなんとか霊力剣を生成していなす……が、剣で日傘の石突を接触した瞬間、そこには力が入っていないような感覚がし、そのまま霊力剣を振り上げて日傘を頭上に飛ばしてしまう。

 

 今の手応え___あの妖怪は日傘を持っていなかった!

 

 おれの予想は正しく、眼前には妖力を込めた妖怪の拳がおれの腹部へと向かってきている光景が映った。

 

 

「く、食らうか!」

 

 

 予想通りであったことにより、少し反応を早めることがおれはなんとか身体を捻って妖怪の殴打を避ける。

 しかし避けられた妖怪は避けられたことを気にする様子もなく、おれからの攻撃を警戒して殴打の勢いを活かして前へと転がり、脚で地面を蹴って方向転換、間髪いれずにおれへと向かってくる。

 

 

 

「受けてばかりじゃ勝てないわよ」

 

 

 至近距離からの妖弾が次々におれに向かって放たれる。

 それに気を削いでいては向かってくる妖怪がまた行方を眩ましてくるか分からない。

 どちらにも気にかけつつ対処、なんて事はおれの頭では到底出来ない。

 おれの目は二つしかない。しかもそれを別々に見る芸当なんかもない。

 

 

「あんたの壇上に上る気はないからな!」

 

 

 このペースは不味い。妖弾の一つが顔すれすれで通り過ぎるのを見て、おれは一旦この場を切り抜けることを考える。

 この時に有効な手段は____煙幕だ!

 

 爆散霊弾の試作段階でおれは粉が霧散するような霊弾を作っていた。

 これを大きめに生成すれば煙幕として利用できるかもしれない! 試したこと無いけど!

 

 そしておれは一か八か煙幕弾を生成し、

 

 

「くっ、またあの爆弾?」

 

「ある意味な!」

 

 

 おれの真下に着弾させた____

 

 

 

 

 

 

    ポスンッ

 

 

 

 

「えっ____ぎゃふっ!?」

 

 

 

 が、煙幕弾は着弾すると共に粉上のものが地面に霧散しただけで、目を欺くことは到底出来ない代物だった。

 

 

「……」

 

「……」

 

 

 その光景に身構えた妖怪と、呆けてしまいそのまま諸に顔面に妖弾が当たり二重に泣きたくなるおれの間で沈黙の時間が訪れる。

 

 

「貴方……ふざけてるの?」

 

「……」

 

 

 一か八かに賭けたおれが馬鹿だった。

 なんとか妖弾の方は霊力で防御したからほぼダメージはないーー相手も牽制のつもりで放ったものだったからだろう。

 この程度の威力なら霊力剣で切り捨てても良かったな……

 

 

「さて、続きやるか」

 

「誤魔化そうとしたわね。ま、いいけど」

 

 

 試したことないものを実戦で使うのは駄目だな。おれなら出来るんじゃないかとか思い上がってた。

 

 

「……!」

 

 

 ということでおれは霊力剣を構えたまま、妖怪に肉薄した。

 おれの得意分野は接近戦、特に霊力剣ならではの特殊な剣術だ。

 今は相手は素手、リーチの差でおれの方が有利だ。

 

 

「やっと貴方もやる気になったわね!」

 

 

 彼方はおれがやっと攻める意思を見せてご満悦の様子。

 不適な笑みを浮かべつつ、身体を此方に向けたまま後方へ跳躍する。

 何故喜んでいるのに逃げるような真似を____と思ったが、その疑問は一瞬のうちに解決された。

 

 

「得物同士の方が熱いわよね」

 

「くっ、まじか!」

 

 

 妖怪が跳躍した先には、おれが飛ばして木に引っ掛かっていた日傘があった。

 それを畳んで、迫りくるおれに向かってまたもや傘を突き立てて跳躍してくる。

 どうやらこのまま突っ込んでくるようだ。

 

 

「……!」

 

 

 が、そんな直線上の攻撃をまともに受けるわけもなく、おれは野球球サイズの爆散霊弾を生成し、突っ込んでくる妖怪に向けて放つ。

 今のおれならこのサイズの爆散霊弾でも素の状態のサイズと同じくらいの破壊力を持っている筈、おれにまで被害がくることはない。

 

 そして放たれた爆散霊弾と日傘の石突部分が接触したとき、妖怪を巻き込んでの爆発が空中で発生する。

 よし、これで____

 

 

「やれると思った?」

 

「!?」

 

 

 と、突っ込んでくる勢いを落とすこともなく、おれに向かってくる妖怪。

 その姿は先程とは違い、服は所々破け、そこから見える白い肌からは血が吹き出し、身体全体からは焦げた臭いと共に煙が立っていたーー何故か日傘は無傷だけど……

 普通勢いを落としてでも防ごうとする筈だ。なのに落とす様子もなくあの怪我……まさか防御を捨てて突貫してきているのか!?

 

 油断と驚愕、そして妖怪の特攻による哀れみにより、判断が遅れてしまったおれは避ける猶予を逃し、目の前まで妖怪の日傘が迫っていた。

 

 

「ぐっ、うっ! ___っ、!?」

 

「おかえし」

 

 なんとか霊力剣で防ごうとしたが、あまりの衝撃におれは後方へ吹き飛ばされ、体勢を崩してしまう。

 

 そこへ間髪入れずに日傘でおれの腹部を叩き付ける。

 

 あまりの衝撃に口からは声にならない悲鳴がし、血を吐き出す。

 吐血……ということは今ので内臓に多大な傷を与えてしまったということ。

 こんなの何回もうけ続けられるわけ____

 

 

「ぐっ、ああ!」

 

 

 そんな考察をしたり痛みにもだえたりする余裕もなく、次々に日傘による攻撃が繰り出されてくる。

 先程のただ振り回してくるだけでなく、鳩尾や脛、頭部等、急所や動きを止められるような箇所を執拗に狙ってくるので、霊力剣でなんとかいなして避ける。

 

 日傘と霊力剣が交わると火花が散り、金属同士がぶつかりあうような音が響き渡る。

 

 

「いいわ! いいわよ!」

 

「何がだよ!」

 

「こんな楽しい戦いは初めてよ!」

 

 

 なんだ、ただの戦闘狂なのね。分かってました。

 何度も何度も攻撃を受け流され、隙をついて切り傷を増やされ続けているのにこれまで以上に笑みを深くする妖怪。

 そこまで笑うと折角の顔が台無しだ。

 

 

「こんなに血を流したのも初めて!」

 

「……!」

 

「そういえば地に伏せてしまったのも初めてね!」

 

 

 血が吹き出し、おれの服まで赤く染められていく。

 今の斬り(叩き)合いはおれの方が圧倒的に有利、そもそも相手の動きは力任せで叩きつけてくるから受け流しやすいし、隙が多い。腹部の痛みで集中力が少し欠けていても対処できる。

 これが続けばいずれは妖怪も出血多量で戦闘不能になる筈____

 

 

「だからもっと楽しませなさい!」

 

「なっ!?」

 

 

 と思った矢先、今まで以上に妖力のこもった一撃が来たことにより、霊力剣は受け流すとともに硝子が割れたような音を立てて折れてしまった。

 この妖怪は、ほんと速攻でおれのフラグを回収してくるな……

 

 ま、折れても大丈夫なのが霊力剣の魅力の一つなんだけどな。

 

 剣を折ったことに優越感に浸る妖怪は受け流すものは何もないと考え、おれの頭蓋骨をかち割らんと日傘を振り下ろした。

 

 

「なんてな!」

 

「うぐっ!?」

 

 

 大振りだが、至近距離過ぎて避けきれないのを分かっていたのだろう。妖怪は油断していた。

 

 だからなのか____おれが攻撃をいなし、()()()()()()()()で綺麗に右腕を斬り落とした。

 

 ぼとっ、と地面に日傘とともに妖怪の右腕が落ちる。

 

 

「終わりだ。早く止血しがべぶフッ!?」

 

 

 妖怪の利き手を無くしたことにより、勝利を確信したのだろう。おれは油断していた。

 

 だからなのか____妖怪の左拳がおれの顔面を吹き飛ばす瞬間を傍観してしまっていた。

 

 あれ、これってデジャヴ?

 

 

「まだよ、まだ、足りない」

 

 

 そう途切れ途切れに聞こえてくる声とともに、後悔しまくりながらおれは意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ______________________

 

 

 

 7個目の蝋燭の灯火が消え去るのを確認し、急いで意識を覚醒したおれは、辺りの光景を見て目を疑った。

 

 来たときは緑溢れる森が、クレーターのバーゲンセールにより荒れ果て、これが自分でやったことなのかと後悔と罪悪感が込み上げてくる。

 

 

「あの茂みは____無事か……」

 

「あら、やっぱり生きてたのね」

 

「!?」

 

 

 背後から聞き覚えのある声がする。聞いた瞬間に悪寒が走ったし、たぶんあいつだ。

 

 

「首から頭が生えてきたときは驚いたわよ。貴方……もしかして植物妖怪?」

 

「人間だよ……ちょっと特殊な___あれ?」

 

 

 いつでも逃げられるように構えながら、声のする方へ振り向くと、案の定見たくない美女が佇んでいた。

 何故か斬り落とした腕で日傘を持っている。

 えっ、なんでくっついてんの? 確かおれの機転を利かせた霊力剣を操作して斬りつける攻撃でスパッた筈なのに……

 

 

「ああ、これ? くっつけたのよ。綺麗に切れてたから簡単に接合できたわ」

 

「おれもだけどあんたも大概だな……」

 

 

 くっつけたら治るとか普通あり得ないだろ。切れ目すら見えないぐらい綺麗に治ってるし。

 

 

「で、なんであんたは止めをささずにここへ…………うわっ!?」

 

 

 何故殺した筈のおれを置いてここに残っていたのか。食べるのならともかく、そのような素振りも食われた形跡もない。

 その事について問おうとするが、おれの顔面めがけて飛んでくる妖弾によって遮られ、転がって避けなければならい羽目になった。

 

 

「決まってるじゃない___続きよ。何故貴方が生きているのかは二の次、早くさっきの続きを始めようじゃないの」

 

「ちょっ、それは勘弁してほしいんだけど!?」

 

 

 死んだことによりブーストはリセットされている。つまり素の状態だ。絶賛狂気の笑みを浮かべながら迫ってくる大妖怪相手に勝てるわけがない____

 

 

「おっ……!!」

 

 

 と、思いきや、迫りくる妖怪の姿がはっきりと目視出来ていることにおれは驚愕とともに一筋の希望が見えた。

 一瞬、妖怪の接近を捉えることが出来なかった。

 その時、なんとかして捉えようとしたおれは反射的に目に霊力を集中させていた。

 その結果、良好、迫りくる妖怪の姿は残像を見せることもなくはっきりとみることができている。

 霊力で身体強化できることは知っているが、まさか目まで霊力で水増し出来るなんて知らなかった。

 これは使える!

 

 

「はっ、ほっ!」

 

 

 おれの射程距離内に入ってきた妖怪はおれの首を刈ろうと恐ろしく速い手刀をしてくる。

 目を強化したことにより動きを見切ることは出来るようになったが、それについていく身体が今のおれにはない。

 ということで無難な空中に逃げることを選択、後方に地面を蹴って空中へ飛び、そのまま爆散霊弾を4つほど生成し、妖怪の足元に向けて放つ。

 妖怪は跳躍して脚に当たるのを避けたが、地面に着弾すると同時に妖怪を巻きこんだ大爆発が起きた。

 今のおれではあいつの攻撃を受け流すことも、ましては受け止めることも出来ない。

 当たれば致命傷。かすっても只では済まない。ただ避け、避け、避け続け、勝つかあいつを諦めさせればいい。

 それが今おれにできる最善の方法だ。

 

 

「さっきより弱くなったんじゃない?」

 

 

 砂煙を押し退け、全てを飲み込まんとする極太の閃光が空中にいるおれに向かって放たれる。

 流石に距離もあり、地上から急激に膨れ上がる妖力を察知出来たので避ける事は容易だったが、光線が撃ち終わる頃には砂煙は全て吹き飛んでしまった。

 ほんと、あんな出鱈目な光線よく連発出来るよな……

 あれ一発でおれの霊力全部使いきりそうなんだけど。

 

 

「はは、威勢良いけどあんたの脚、ちゃんと怪我してるだろ」

 

 

 そう、地上から此方へ日傘を構えている妖怪の両脚は己の血によって赤黒く染まり、地面にはぽとぽとと血が滴っていた。

 見るからに痛そう……よく立っていられるな。

 

 

「前の貴方のだったら脚なんて軽く吹き飛んでたわよ」

 

 

 こんな怪我屁でもないと言わんばかりの余裕な表情。確かにブーストかけたおれなら吹き飛ばせてたかもな。ミスって自分も飛ばしかねないけど。

 

 

「さて、空に逃げた臆病者をはたき落とさないとね」

 

 

 そう言って妖怪は地面に日傘を刺す。

 なんだ、何をする気だ? 降参するのか? それなら大歓迎、ていうか無事で済むならおれから降参したい。 

 

 

「そ、そんなのありかよ……」

 

 

 地面に刺された日傘を中心に蔦のような植物が無数に生えてきて、そのまま新幹線並みの速さでおれに向かってきた。

 

 

「速すぎだろこれ!!?」

 

 

 目を強化して直進してくる植物を避けたが、少し先へ行ったところでまたUターンしておれに向かって突撃してくる。

 こんなの、アニメとかでしか見たことないんだけど……絶対体験しないだろうなぁと思ってその時は見てたけど、まさか自分がその時点でフラグを立てていたなんて。おれって恋愛以外のフラグ建築士第一級取れるかもしれない。

 

 

「こんなものじゃないわよ!」

 

 

 単体のホーミング植物なら絡ませれば勝ちなんじゃないかと、心の隅で考えていたが、やはりはあの大妖怪。私の淡い期待を綺麗に粉々にしてくださる。

 二、三回ほど避けた後、一本にまとまっていた植物達は枝分かれし、元の細長い蔦となって別々の方向からおれに向かって突撃してくる。

 もうなに、こんなの避けられるわけないじゃん……人の脳はそんなに万能じゃないんだよ。

 

 

「なんて言い訳だよね!!」

 

 

 四方八方から次々くる植物を紙一重でかわし続け、どうしても避けられないときは霊力剣を生成して斬り捨てる。

 流石に無理無理言って動かなかったら死ぬだけだから必死に抵抗するしかない。これ以上死ぬのは御免だし。

 

 

「ちょこまかと蝿のようね!」

 

 

 蝿で結構、それで避けられるのなら蝿にでもなってやる。

 

 

「(くそっ、数が多すぎて手が足りない! 爆散霊弾で根元を断つか!)」

 

 

 ここから妖怪の位置は結構あり、百メートルは優に越えている。それにこの蔦の猛攻、果たしてそれを掻い潜って爆散霊弾を着弾させることが出来るのだろうか。

 絶対に根元に着く前に何かしらの妨害を受ける。当てるのは至難の業だ。

 

 

「ぐっ……!」

 

 

 だが、このまま避け続けてもじり貧なのは確かだ。徐々に蔦がおれを捉え始めていて、このままでは新幹線並みの速さの蔦がおれの身体を貫くのは時間の問題だ。

 

 

「出し惜しみなんて出来ないよな!」

 

 

 意を決したおれは爆散霊弾を生成、間髪入れずに妖怪に向かって放つ。

 が、数十メートルを過ぎた所で蔦に接触し、あえなく爆発をする。

 大丈夫、これは想定内だ。

 

 

「もう一丁!」

 

 

 爆発によりその箇所は蔦の包囲網は手薄となる。おれはその箇所に向かってまた爆散霊弾を放つ。

 これを繰り返していれば何れは___

 

 

「なっ、まじかよ!?」

 

 

 なんてことを考えていると脚に何か掴まれたかの違和感がし、確認してみると、一本の蔦がおれに絡まってきていた。

 

 

「……ふふ、捕まえた」

 

 

 まさか、単調に蔦を突っ込ませていたのはこれを狙って……!

 

 

「たまには自分の攻撃でも食らいなさい!」

 

「うわあぁっ!?」

 

 妖怪の発言とともに蔦に振り回され、そのままある方向へと放り投げられてしまった。

 その方向とは今しがたおれが放った爆散霊弾の位置であり、みるみるうちにおれと爆散霊弾との差が縮まっていく。

 な、なんて超スピードで投げ飛ばしてんだよあの蔦!?

 いや、このままではまずい。爆散霊弾をもろに食らってしまう。

 

 どうする、あまりの速さに身体が言うこと聞かないから方向をずらすことも出来ない。

 霊弾を出そうにも生成した瞬間その場に置き去りとなって役に立たない。

 

 もうこれ、霊力で耐えるしか手立てない気がする。

 ……あっ、いやまだある。少しでも爆散霊弾の威力を減らせば____

 

 

「さあ、貴方はこの状況をどう打破するかしら」

 

 

 妖怪が何かを呟いていたが、おれはそんなこと気にすることもなく、爆散霊弾の威力を減らす方法____つまり、おれに当たる前に爆発させるという選択を決行した。

 

 

「あががっ!!?」

 

 

 目の前を爆音と爆風により耳から血が吹き出し、身体中が焼けるような感覚に陥る。

 流石はおれの必技、直撃でないというのにここまで威力がでるなんてな。おかげで鼓膜が破れた。

 なのに勢いは相殺されず未だに超スピードで落下していく。

 ちょっと待て、この落下地点は____

 

 

「今のでどうなったかしら。あいつ」

 

 

 未だ爆煙に包まれており、おれを目視出来ないでいる筈だ。

 これは…………好機!!

 

 

「(あたれえぇ!!)」

 

「えっ!!? はっぐ!!」

 

 

 勢いを殺さず、高速の鈍器と化したおれは落下地点である妖怪へと突進する。

 妖怪は失敗した。おれを捕まえたとき爆散霊弾ではなく蔦でおれを串刺しにしていれば勝負は決まっていた筈。

 結果、その判断ミスがおれに反撃するチャンスを与えてしまった。

 爆煙から突如としてくるおれに驚愕した妖怪は反応が遅れ、あえなくおれと激突して近場の木まで吹き飛ぶ。

 

 

「あっ、がふっ……」

 

 

 血反吐を吐き、地面に伏し、身体が言うことを聞かない。身体の節々が悲鳴をあげ、集中を途切らせたら瞬時に意識をもっていかれるだろう。

 

 

「まさか、こうなるなんて……私も馬鹿ね」

 

 

 声は口の動きと雑音の高低差で途切れ途切れだがなんとか聞き取れる。

 

 

「一日でこんなに再生を繰り返す羽目になるなんて、流石に私の体力も限界よ」

 

 

 脚の怪我を塞いでいくとともに膝を地に着く妖怪。

 なんだ、再生は妖力でしてたのではなかったのか。

 体力は妖力、霊力と依存していない。霊力を使うには体力が必要で、体力がなければどれだけ強大な霊力を持っていたとしても扱うことが出来ない。

 だからおれが訓練生の時、霊力の訓練だけでなく体力作りの訓練もあったのだ。

 ブーストをかけてる時のおれは霊力だけでなく身体的にも力が増してるから心配はないが、この妖怪は強大な妖力をふんだんに使い、再生まで体力を費やした。

 これで疲労が溜まらないわけがない。

 先程からの余裕はただのやせ我慢だったんだろうな。

 

 現に今の突撃により妖怪は木にもたれ掛かったまま息を荒くしている。

 

 

「あ、あんたも……無敵って訳では、ないん、だな」

 

「ふふ、どうかしらね」

 

 

 今、あいつはチート日傘も持っていない丸腰だ。それに割りと満身創痍。狙うのなら今だ。

 

 

「……これぐらいじゃ私は殺れないわよ」

 

 

 霊弾を飛ばし妖怪に着弾させるが、全然効果はない。

 くそっ、ここで爆散霊弾を放てたら……今の突進のせいで上手く霊力を練ることが出来ない。

 先程から簡単そうに爆散霊弾を連発させていたが、実は結構複雑に出来てるから万全の状態でないと上手く生成出来ずに目の前で爆発する恐れがある。

 そんなことが起きれば一貫の終わりだ。やる気はない。

 

 

「もう、終わりにしないか……? おれの、敗けで、いいから」

 

「……」

 

 

 おれの発言を無視し、木から離れおれに向かってくる妖怪。その歩幅は短く、ゆっくりと息を切らせながら歩いてくる。

 相手はまだやる気だということなのか……もうおれの身体、動かないんだけど。

 おれ、また死ぬのか……? 今ここでブーストかけたらどうなるのだろうか。この傷は残ったままなことは確かだろうけど。

 

 

「……いいわ、停戦にしましょう。敗けは認めさせないけど」

 

 

 なんて事を考えていると、妖怪の口から『ていせん』の一言が聞き取れた。

 良かった、終わるのか……こんなデスマッチ、おれは元からやる気は無かったんだ。やっと解放される。

 

 

「変な邪魔が入ってくるし……最後に名前を教えてくれない?

 私はそうね……幽香、とでも名乗っておこうかしら」

 

「ゆ、うか?」

 

 

 鼓膜が破れてるから途中途中聞き取れない部分があるが、確かにこの妖怪は自分の名前を『幽香』と言っていた。

 もしかしておれの名前を聞いてるのか?

 

 

「おれは、熊口生斗だ。」

 

 

 おれがそう言うと幽香は「そう」、と一言言って日傘の元まで歩いていく。

 

 

「それじゃあ生斗、また会いましょう。次会うときは決着が着くまで殺りあいましょうね」

 

 

 そう言って何処かへ去っていく幽香。なんか物騒な事を言っていた気がするが、今はどうでもいい。

 

 

「おわっ、た~……」

 

 

 もう身体は動かないからはっきりいって詰んでたんだよな。

 なんだったんだ、ほんとあいつ。妖艶な美女で花好きの戦闘狂の大妖怪。前二つだけ切り取っていれば完璧なのに……

 

 

「はあ……はあ…………」

 

 

 徐々に幽香の妖気が去っていくのが感じられる。

 それを感じるとともに眠気がおれを襲う。

 緊張が切れたからだろうな。少しでも気を抜けば死んでしまうような戦いだったしーー実際気を抜いて死んだし。

 

 

「うぐっ……ごふっ!」

 

 

 仰向けになり、少しでも楽な姿勢になろうとするとまた吐血し、地面だけでなく顔まで赤く染めてしまう。

 爆散霊弾と幽香に激突したときの反動の二つだけでこの有り様。やっぱ脆いな、おれ。もっと霊力を増やす修行しないとな。

 

 

「く、熊口さん……?」

 

 

 おれの倒れ伏す少し先の茂みから眠気を引きずったような雑音が耳に届く。

 この霊力の質は……早恵ちゃんか。あんなに大爆発やら何やらの騒音が響いてたのに今起きたんだな。

 

 まあいいか。とりあえず無事で良かった。命1つブーストして助けた甲斐があったもんだ。

 

 女の子に運んでもらうのは少し恥ずかしいが、帰路は早恵ちゃんに任せておれは寝させてもらおう。

 だってもう、睡魔がすぐ目の前まで、きてるんだか、ら____

 

 

「早恵!! それにせ……生斗!?」

 

 

 そして早恵ちゃんの他にもう一人の近付いてくる足音にも気付かずに、おれの意識は深いまどろみの中へと消えていった。

 




少し補足。
生斗くんの頭は命が尽きるとともに消滅しました。
新しい命の蝋燭に移ると、前まであった身体は消滅されるようになっています。なので生えてくるように見えたと幽香が言っていましたが、正確には身体が入れ替わっている過程で生えてくるように見えただけです。因みにその過程でサングラスも勝手に付いてきます。

生還記録の中で一番立っているキャラ

  • 熊口生斗
  • ツクヨミ
  • 副総監
  • 天魔

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