「熊口、さん……?」
眩ゆい一筋の光線が迸り、熊口さんを覆って尚光線は留まることを知らずに木々を飲み込んで行く。
「外したわね。貴女を狙ったつもりだったのだけれど」
その言葉と共に極太の光線が徐々に縮まっていく。その光線の発生源は、目の前にいる大妖怪だった。光線が出されていたであろう日除けの先端からは煙が立っている。
「……っ!!」
光線の通り路を確認すると、その行路は木々だけでなく地面までも抉られており、勿論横にいた熊口さんも消え去っていた。
「まあいいわ。貴女よりも面倒そうだったもの。運が良かったと捉えるべきかしら」
また、護れなかった。
力を手に入れた今なら、犠牲も出さずにやれると思っていた。
大妖怪の目の前で他の考え事をしていた熊口さんも悪いと思うが、それは今となっては言い訳。結果、熊口さんは死んでしまった。
「うっ……ぐぅ」
吐き気が込み上げてくる。あのときと同じだ。私は何も出来ず、翠ちゃんを失ってしまった。
そして今回も、熊口さんを失ってしまった。
付き合いは短いとはいえ、熊口さんは良い人だった。たぶん、あのとき勝手に身体が動いたのも熊口さんが助けてくれたのだと思う。
「なに、戦意喪失? そっちから宣戦布告してきたくせに情けない」
「宣戦、布告?」
「貴女がこの子達を殺すと言ったからよ。花妖怪である私としては看過できないこと、それも摘んでほしいと願う花なら別として、成長段階でまだつぼみの子達を摘むなんて頭がどうかしている」
まさか、この妖怪……
「まさか、花を摘もうとした
「……だけ?」
より一層妖力を高めた花妖怪。もはや底が見えない、この化け物。
「いいわ、貴女はすぐには殺さない。四肢を一本ずつ消して身動きとれない状態から絶望を味あわせてあげる」
「挑むところです……私こそ、貴女を全力で叩き潰したくてうずうずしてるんです」
熊口さんの仇として、そして妖怪の根絶やしの第一歩として、この花妖怪を叩いて見せる!
「貴女、人を苛つかせる天才ね」
「貴女は人ではない、ただの化け物です」
私の発言に舌打ちで返すと、花妖怪は此方へ肉薄してくる。
やはり速い、花妖怪がぶれて見える。
「……っ!」
突っ込んで対応するのは得策ではないと考えた私は、袖の中に隠し持っていた諏訪子様特製の結界の御札を地面に貼り付ける。
「!?」
突如として現れる淡い光を発した結界が私の周りを囲んでいく。
それと同時に花妖怪の拳が結界に接触し、辺りに地割れのような轟音を鳴らした。
「なんて威力何ですか……」
音からでも解る花妖怪の猛烈な殴打は、一撃で神の加護が付属した結界にヒビを入れる。
「殻に籠ってないで出てきなさい!」
二度目の殴打、さらにヒビの範囲を広げていく。
「お望み通りでてやりますよ!」
「ちっ……!」
三度目の殴打が放たれる刹那、私は地面に張っていた御札を剥がし、結界を解除させた。
ぶつける筈であった結界が無くなったことにより、花妖怪は大きく空振り、体勢を崩す。
私はその隙に花妖怪の脇腹に爆符を貼りつけ後退し、印を解除した。
「ぐっ、雑魚かと思ったけど中々やるわね」
「硬いですね。流石は大妖怪、御札の中で一番高威力な爆発する御札を受けてほぼ無傷とは」
完全に隙をついた一撃。私のとっておきの御札を受けて尚花妖怪は悠然としており、脇腹から少し煙が立った程度で服すら吹き飛ばすことが出来ていない。
私の爆符は服程度なら簡単に吹き飛ばすことができる。それなのに破けていないとなると___
「随分と余裕ですね。服を妖気で守ったんですか」
「そうね。破けると困るもの」
大丈夫、爆符を含め、まだ御札は充分にある。
大量の妖怪を退治するために多く用意していたことが功を奏した。
「中々面倒な道具を持っているようね」
「諏訪子様特製の御札です。これで貴女を退治します」
そう私が言い放つと、花妖怪は溜め息をつき、手で顔を覆う。
「これだからね……」
「……何が言いたいんです?」
何故花妖怪が呆れているのか。私は不本意ながらも質問すると、花妖怪は顔を覆う手の隙間からこちらを睨み付け、
「少し力を手に入れて調子に乗る輩が、相手を弁えずに挑んでくる。これがどれ程の苛立ちになるか貴女に理解できる?」
「……!」
挑発ともとれる一言を言い放ってきた。
……つまり、私は調子に乗った弱者って言いたいのだろうか、あの妖怪は。
「……上等です。もっと貴女を苛つかせてあげます。そして、最上の苛立ちとして格下からの敗北を味あわせてあげましょう」
「……ほんと貴女、一挙一動がうざったいわ」
舐められて上等、そこに生じる隙をついて勝利に結びつける。
熊口さんの仇、そして妖怪撲滅の第一歩としてこの戦いに負けるわけにはいかない!
「!」
先手として私は御札を五枚ほど花妖怪に投げつける。
「紙屑ごときで私に傷を与えられると思っているの?」
日除けを広げ、己の身を隠す花妖怪。そのまま御札は日除けに一つも欠けることなく貼り付き、光りだす。
「……っつ!?」
そして御札は全て爆発し、花妖怪の周りを砂埃で囲った。
「これでお仕舞いです!」
砂埃で視界を失った花妖怪は混乱しているはず。何処から何が来るかわからない恐怖、それにより一瞬の硬直が生まれる。
そこに全てを懸ける。
「そいやぁ!」
勝機を見た私は攻撃用の御札を大量の砂煙の中へと投げつけた。
砂煙の中から爆音と閃光が発生し、思わず顔を伏せる。
爆発の影響で砂埃が此方にまで広がってきたせいで、私まで視界を失ってしまった……が、この威力ならあの妖怪とて致命傷は必至、慌てる必要はない。
「強者の余裕が仇となりましたね」
此方に先手を簡単に打たせ、攻撃を回避ではなくあえて防御した。私の御札の付属効果があることを知ってだ。
おそらくあの花妖怪は此方の攻撃を受けても平気だと高を括っていたのだろう。
結果、私に勝機を与えてしまった。
「……」
返事がない。もう息も絶えてしまったのだろうか。
もしそうだとしても同情なんて欠片もない。
「熊口さん……」
私は戦いを終え、改めて犠牲者となった熊口さんの死を悼む。
まだ数日の付き合いだったが、とても良い人だった。何が良いかはわからないが、とにかく悪い人ではなかった。
何故諏訪子様が調査に熊口さんを同行させたのかは分からない。
大妖怪を背に考え事をするような素人だったというのに……
「あれっ……」
そんなことを考えていると砂煙は地面へと落ち、視界には先程まで見ていた森が映った。
私が放ったであろう御札の攻撃跡として花妖怪のいた場所を中心に土が抉れていた。我ながら中々の威力。
しかし____
「姿が……ない___」
「余裕ぶっこいてるようだけど」
突如として花妖怪の声が背後から聞こえ、私は硬直した。
「!! あがっ、!!?」
背中にくる味わったことのない衝撃。私の身体は軽々しく宙に浮き、飛んだ先にあった木に腹部から激突する。
「いつから勝利を確信したのかしら」
「ぐっ、あう……」
なんとか霊力で木にぶつかる衝撃は和らげた。
相手も飛ばすことを目的だったようで背中もあまり痛みは感じない。
……やはり、やってはいなかった。
私の御札に大妖怪を消し飛ばすほどの威力はない。だというのにあの地が抉れた場所に花妖怪はいなかった。
それにより生まれる一瞬の硬直を狙われた。
くっ、姿から見ても全然彼奴の服を少し焦がした程度で全然効いていない。あの火力でもあの花妖怪を傷付けるに及ばないなんて……
「ほんと貴女、見るだけで殺意が込み上げてくるわ」
そう言って、道端にある花びらを拾う花妖怪。
「罪のないこの子の将来を潰すなんて」
「あ、貴女、だって、熊口さんの将来を……潰し、ました」
私の発言に睨みで返す花妖怪。
「私が今ので止めをささなかった理由が貴女に解る?」
「……いいえ」
解る筈がない。私の予想ではまだあの妖怪は私のことを舐めてかかっているという事だが、あの殺意からしておそらく違う。
「とっておきで吹き飛ばすためよ」
「貴女、私をなぶり殺すんじゃなかったんですか?」
確か四肢を消し飛ばし、絶望を与えてから殺すとかなんとか。
「考えが変わったの。貴女の存在がもう目障りで仕方がない」
「自分の発言を容易く曲げるものではないですよ。ちゃんと責任を持ってください」
「ちっ……」
花妖怪は額に青筋を浮かべ、無言で日除けを此方に向ける。
「さっさと消えなさい」
その日除けからは先程とは感じられなかったどす黒い妖気ご詰まっており、そこから熊口さんを葬り去った閃光が放たれるのだと一目で理解できた。
あんなもの、まともに受けるわけにはいかない。そう考えた私は咄嗟に避けるため横に移動しようとした。
「!!?」
しかし、両足には蔦が絡まっており、身動きがとれなくなってしまっていた。
いつの間にこんなものが____はっ!!
「さようなら」
日除けから放たれる一戸建て程度なら飲み込んでしまうであろう光線。
迫りくるそれは尋常ではない速さで此方に接近してくる。
蔦を切っていてはあっという間に飲み込まれるのは必至、ここは迎撃するしかない!
「……!!」
袖から三枚の御札を取りだし、縦一列に地面に貼り付ける。
私が取り出したのは長方形に展開される結界符。その中の最奥に貼った御札は私の持つ防御符の中でも最高硬度の防御力を持つ。
これでなんとか持ちこたえれば____
「熱っ!?」
そんな考えを呆気なく打ち破るように、二つの結界は光線にぶつかるとともに音を立てて割れ、三つ目の結界に当たり火花をあげる。
「くぅっ!!」
最高硬度の結界、だというのに数秒もしないうちにヒビが範囲が広がっていく。
私は破壊されるのを防ぐべく、御札に霊力を込めつづけてさらに硬度を増してなんとか保てているが、最早いつ壊れてもおかしくないまでに結界はぼろぼろになっていた。
___何がいけなかったのだろうか。
私が熊口さんの忠告を無視したから? 花を摘もうとしたから? 己の力を過信したから?
いや、全部だろう。今の私ならひょっとしたら大妖怪にも勝てるのではないだろうか。諏訪子様の力を授かった御札があれば大丈夫だろう。
そんな浅はかな考えが、今の結果に繋がっている。
相手を倒すどころか、服を少し焦がした程度で傷一つつけられていない。
絶望がもう目の前まで来ている。
この閃光に飲み込まれたら、私は跡形もなく死ぬ。
また私は無力のままで終るのか。前と何ら変わらない。変わるとすれば私も死ぬというところだけ。
無力、絶望、失意、挫折、あらゆる感情が混ざり合う。
私も翠ちゃんと同じように幽霊としてこの世に残ることができるのだろうか。
諏訪子様やミシャグジ様はどう思うのだろうか。
そんなことを考えていると自然に涙が溢れてくる。
「うぅ……」
そして遂に、最後の砦であった結界が破れ、閃光が私を飲み込まんと押し寄せてくる。
「ごめんなさい……皆___」
閃光に飲み込まれる刹那、私はそう呟き、意識を手放した。
___横から抱き抱えられるような感覚にも気付かずに。
生還記録の中で一番立っているキャラ
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熊口生斗
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ツクヨミ
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副総監
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翠
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天魔