「諏訪子様、何故私は行っては駄目なんですか? 熊口さんに取り憑いている今の私なら同行も可能だったと思うんですけど」
生斗と早恵が調査へと向かった数分後、見送りから戻ってきた諏訪子に対して翠が疑問を投げ掛けた。
「何故って、そんなの聞きたいことがあるからさ。
生斗のことと、あんたの事もね」
「私の事?」
諏訪子の発言に翠は疑問符を浮かべ、首をかしげる。諏訪子は翠の身元だけでなく生い立ちも見てきている。隠し事などないに等しい筈だからだ。
「私は翠、あんたに生斗の調査を依頼した。ミシャグジを向かわせたのも、生斗をあの家から離し、あんたから情報を受け取るため。そうこの前決めていたよね?」
「はい」
「なのに指示もしていない事を勝手にやった」
「取り憑いたこと、ですか……?」
翠の発言に諏訪子はこくりと頷き、より一層に眉間に皺を寄せた。
「取り憑くという事はつまり、相手に不利益をもたらすもの。
私言ったよね? あんたを見逃す代わりに人には絶対迷惑をかけるなって。
これは私との約束を破ったってことだよ」
「……」
俯き、言葉がでないでいる翠を諏訪子はじっと見つめる。
「なに、私との約束より復讐ってこと?」
「……」
翠は質問に対して黙ることしか出来ない。言ってしまえば何かが壊れる、そんな気がしたからだ。
「……」
「……」
客間に現れる静寂の時間。じっと見つめる諏訪子の視線から逃れるように下を向き、口を紡ぐ翠。
本当は数十秒の時間が、何分、何十分と過ぎたかのような感覚に陥る二人。
そんな感覚によって早くも痺れを切らした諏訪子は、
「……私は、翠に復讐なんかしてほしくない」
「……!」
ぽつりと、しかし翠には充分に聞こえる大きさで諏訪子は呟いた。
「……諏訪子様、私は___」
諏訪子の発言に対して翠がなにかを言おうとした瞬間、勢いよく戸が開かれた。
「諏訪子様! あの家に翠がおりませんで…………翠!?」
戸を開けた主は、今朝生斗と話したミシャグジであった。
家にいるはずの翠が居なくなっていたことに驚愕して急いで戻って来たようである。
「翠、一旦この話は止めようか」
「えっ、あ……はい」
翠の存在がここにあったことに驚き、尚且つ暗い雰囲気となっていたこの場に突如として登場してしまったミシャグジは戸惑い、何を聞けば良いのか、それとも黙っておけば良いのか判らない状況にいた。
「取り憑いたからにはそれなりの情報を引き出したんだろうね」
「と、取り憑いただと!? 翠! それは本当か!!」
「はい、諏訪子様の想像を越える収穫がありました」
「ふぅん」
ミシャグジのことを無視し、二人は会話を進めていく。
「私は取り憑いて、熊口さんの心を読み取ることができるようになりました。中に直接取り憑いている場合のみですが」
「話を聞かんか! 私の目を見て答えろ!」
「……そう。それで生斗がどんな人物なのか、そして私達に害をなす者なのかわかった?」
ミシャグジの叫びとも取れる怒号に二人は冷静に聞き逃していく。
「はい。完全に見た目通りの性格です。基本的に裏表のない、扱いやすい類いの人間だということがわかりました。しかし___」
「しかし、なに?」
「無視をするでない! 神に対して無礼だぞ!」
「たまに私の理解できない言語を使ったり、非現実的な妄想を思い出として考えたりしていて、少し危ない人物になるやもしれません」
「妄想……」
諏訪子の頭にはある事が思い浮かばれていた。
「例えばどんな?」
「ツクヨミという神の家でだらしのない生活をして楽しかったとか、月へ行った皆は今何をしているのかな、等です」
「!!」
そしてその浮かばれていた事は、的を射ていた。
諏訪子の脳内では、ツクヨミの事が想像されていた。そしてあの何千万年前に決行された月への大量移住。
何故そんなことを聞かれたことに疑問を感じていたが、解決され、そしてあまりにも現実離れしていたことに諏訪子は驚愕する。
「(あり得ない……だって遥か昔の出来事だよ。そんな年月を人間が生きられるわけがない。いや、もしかして生斗は___)」
「翠ぃ! 恩を仇で返すとはこのことかぁ! 私は悲しいぞぉ!」
知ろうとして、より疑問がより深まってしまった諏訪子は、その場に座り込み、頭を抱える。
「ああもう! まどろっこしい! 脅してでもあいつに直接真実を聞く!」
翠の件と重なり、脳がパンク状態になった諏訪子は遂に策を放り投げ、力で解決することを決定する。
「諏訪子様、事が決まったのなら助けてください。ミシャグジ様が泣いて抱き付いてきます」
「私はこんな娘に育てた覚えはないぞおぉ!」
「貴方に育てられた覚えはありません。離れた後に谷底へ落ちてください」
翠から無視され続けたミシャグジは傷心し、女性に抱きついて泣くという奇行に走っていた。
「ミシャグジ、少しは空気読みなよ。私こそあんたをそういうふうに育てた覚えはない、っよ!」
「あがっ!?」
諏訪子から拳骨をくらい、床に転げ悶えるミシャグジ。少し可哀想である。
「翠、さっきの話はまた改めて聞くからね。逃げないように」
「はい、分かっています。そのときまでには……私も覚悟を決めますので」
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~森~
神社から出て数十分、おれと早恵ちゃんは森の中枢付近まで来ていた。
「なあ、早恵ちゃん」
「なんですか?」
会話もほぼなく来たということもあり、微妙に気まずい雰囲気が出ていたが、ある疑問があったことを思い出したのでおれは口を開いた。
「なんで泣いていたんだ? あのときの早恵ちゃんの言い方だと翠がまだこの世にいることは知ってたんだろ?」
おれが今住んでいる家を案内したとき、存在しているかのような言い方でおれに話していた。
諏訪子も知っていることだし、早恵ちゃんが知っていない可能性は低いだろう。
「……ええ、知っていましたよ。会ってはいませんでしたが」
「会ってない?」
見る限りでは二人は親友の筈だ。おれだったら死んだはずの友人とまた会えると分かれば飛んで会いに行くんだけど。
「……恐かったんです。あのとき、助けられなかった私を恨んでいるんじゃないかって……私だけ生き残ったことを憎んでいるんじゃないかって。いろんな感情が入り乱れて、あの家の中に足を踏み入れることができませんでした」
「あっ、そういうこと」
素直にいっちゃうんだな、この子。もう少し焦らしてくると思ってたんだけど。
「でも杞憂だっただろ? 翠のやつ、全然早恵ちゃんのこと恨んでなかったみたいだし」
「……」
おれの発言に対して黙りこむ早恵ちゃん。
あれ、肯定しないのか。
「私を擦る手が震えてたんです、翠ちゃん」
「えっ?」
「たぶん、あのときのことを思い出したからです。翠ちゃんも恐かったんです……あのとき為す術なく命が尽きていくのが」
「……」
為す術なく、か……
「でも翠ちゃんは強く生きています」
「死んでるけど」
「だから私も、いつまでもめそめそしているわけにもいかない。諏訪子様から言われた通り、妖怪退治をしまくって強くなり、大切なものを守れるような強い巫女にならなければなりません!」
勝手に開き直ってるな、早恵ちゃん。おれが慰める必要は無かったのね。ここでアピールポイントでも稼いでおこうとしてたんだけど……え? 人が弱ってるところにつけこむなんて最低だって? 何、おれは別にこの子に手を出そうなんて考えていない。ちょっと知り合いに超絶美女のお姉さんがいないか聞くだけだ。
「そうか、頑張れよ。その意気ならたぶん一人でもそこらの妖怪を倒せるだろ。てことでおれ帰っていいかな?」
「はい! どうぞお構い無く!」
「えっ……」
冗談で言ったのに真に受けられちゃったよ。え、なに、帰っても良いの? いや、流石に駄目だろう。早恵ちゃんが傷ついたらおれ打ち首になるし。
「どうしたんですか、帰らないんですか?」
「いや、今のは冗談だから。女の子一人でここを彷徨くのは危険だろ」
「そうですか。ちゃんと言ったことには責任を持ちましょうね」
くっ、明らかに馬鹿っぽい早恵ちゃんに指摘されるとは……! なんだこの敗北感は。
「ここですね、目撃情報が多いという場所は」
おれが敗北感を抱いていると、ふと早恵ちゃんは歩みを止めた。
ここが妖怪がよく出る場所なのか。
ただの獣道っぽいんだけど____
「ん、あれ、ここら辺微妙に花が咲いてないか?」
「あっ、言われてみれば綺麗な花が咲いてますね」
何だろう……見たことあるようなないような。おれのいた世界とは微妙に違う花々が獣道の端にちらほら咲いている。
そういえばこの世界に来て花を見るのは初めてかもしれない。
「この花、摘んで翠ちゃんにかけてあげたら喜ぶかもですね」
「そうか? そこら辺の雑草の方が喜ぶと思うけど」
あいつが喜ぶ顔が目に浮かぶな……あれ、殴られてる。
「まあ、とにかく摘んでいきましょう。花冠作りたいから蔦とかも必要ですかね」
「作ったことないからわからない。というより今とっても何処に仕舞っておくんだ。身に付けてたら妖怪が来たときぐちゃぐちゃになるぞ」
戦闘中、花の事を心配しながらなんて到底無理だ。相当な実力者なら出来るだろうが、見る限りでは早恵ちゃんはあまり強くない。弱小妖怪と張るぐらいだろうか。
部隊長という管理職についていたからか、そういう目利きは出来るようになっている。まあ、本当の力量なんて目だけで計れるものではないんだけどな。
「分かりました。この花を摘むのは帰りにします」
そう言って溜め息をする早恵ちゃん。
いやいや、どうせ摘むんだから落ち込まなくても良いだろうに。
「貴女、この子達を摘むの?」
「「!!?」」
不意に、何処からともなく女性の声が聞こえてきた。
その声は透き通るように美しく、オルゴールを聴いているかのような静かな気持ちになる。
今のは早恵ちゃん、ではないか。声が全然違う。早恵ちゃんは天真爛漫な少女的な高い声音だ。
そもそも声はおれの後ろから聞こえた。主はおれの後ろにいる。
「この子達はまだ子供、大人になろうと必死に成長してる最中なの」
後ろを振り返ると、そこには日傘をした妖艶な美女がいた。
「ぶふっ!」
なんだあれは……! 駄目だ! これ、本気でやばいやつだ!
緑のウェーブのかかった髪に怪しげだが美しい紅い瞳に白い肌。赤のチェックの服とスカートを身に纏い、純白の日傘を差している。
佇まいは完全にお姉さん系、そして出るところは出ていて、でないところはでない、最高のプロポーション。
めちゃくちゃタイプ___じゃない! おれがやばいと思ったのはそこじゃない!
この妖艶の美女、圧倒的な力の持ち主だ。
目視し、そして注視するまで全く気付かなかった。
良かった……ある上半身の膨らんでいる部分を凝視していなければ気付かなかったかもしれない。
しかし非常に不味い事態だ。
あの大妖怪との距離はほんの数メートル。相手にとっては射程距離、つまりいつでもおれらを倒すことができる。
「誰ですか、貴女。この国の者ではないですよね」
「私が話している途中で折らないで頂戴」
早恵ちゃん! 大妖怪を刺激するんじゃない!
「で、貴女。この子達を摘むの?」
「はい、勿論!」
花の事をこの子達と呼び方が変なことに少しの違和感がある。
思えば服装もこの時代には場違い過ぎるし……
「そう……それじゃあ殺すしかないわね」
「!!」
「えっ、きゃ!?」
一瞬にして殺気と妖気が膨れ上がった事を見逃さなかったおれは、予め早恵ちゃんを包ませておいた霊力を操り、おれの方まで持っていく。
先程早恵ちゃんのいた場所では日傘が空を切り、空ぶった先にあった木をへし折っていた。
「何ですかこれ!? 身体が勝手に動いて……まさか、私の中に眠る力が!」
「なわけないだろ。現実見ろ」
それにしても、振り切った余波で木をへし折るとは……化け物ということは間違いないようだ。
「あら、避けれたの。させたのはそこの男のようだけど」
彼方は既におれの仕業だと気付いている。
何故あの大妖怪が攻撃を仕掛けてきたかは知らないが、どうせ食後の運動とか暇潰しとかろくでもない理由に決まっている。考えるだけ無駄だ。
「早恵ちゃん、一旦引こう。おれ達に分が悪すぎる」
「何が悪いんですか?」
早恵ちゃんに撤退を提案するが、本人はお惚け顔で疑問符を浮かべた。
いやいや、流石の早恵ちゃんでもあいつの妖力を感じられてない訳ではないだろう。
「見たらわかるだろ! あれは紛れもなく大妖怪だ! そこらの雑魚妖怪とは格が違うんだよ!」
「ええ、わかってますよ」
「なら早く逃げで……」
「翠ちゃんを殺したのは大妖怪です」
「はっ……?」
「今ここで逃げたら、前の無力な私と何ら変わらない気がするんです」
何をいってるんだ。今はそういうことを言ってる場合ではないだろ。
そこらにいる妖怪でさえ地力ではおれ達人間より上なんだ。それの10乗しても足りないぐらいの存在が目の前にいるんだ。
真っ向から戦おうなんてイカれた奴の考えだ。正直理解できない……あっ、いや、確かにおれも大妖怪に何度か立ち向かったことありますけども!
「だから私は…………あっ! 熊口さん危な___」
特大ブーメランをかまして少し恥ずかしい気持ちでいると、急に早恵ちゃんが叫んだ。
「えっ____」
何事かとおれは早恵ちゃん方を振り返ろうとした。
しかしその行為は阻まれた。
____一筋の光線によって。
「あっ、ちょ……」
突如としてくるこれまでに経験したことのない衝撃。
痛みは感じない、ただ急激に意識を刈られていく。
それに手足の感覚もなくなっていってる。
なんだ、この閃光。一瞬にして周りが光に包まれ……あれ、この感覚、何処かで感じたことあるような……確かおれが爆散霊弾で特攻したときと同じ感覚だ。
____てことはもしかして、死んだ?
生還記録の中で一番立っているキャラ
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熊口生斗
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ツクヨミ
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副総監
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翠
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天魔