「目の前で、殺されたのか……?」
諏訪子から衝撃の事実を知らされたおれは、一瞬何を言われたのか理解できなかった。目の前で親友が殺される……おれでいえば依姫や小野塚達が眼前で殺されるってことだ。
そんなこと耐えられない。友人がやられるぐらいなら自分が身代わりになる。
それ程に仲間を失うということは苦痛だ。助けられる命を助けられなかったら、今後の人生にしこりを残すことにもなる。
しかしそれは助けられる場合、おれの場合は特殊だ。
どうしても助けられないときもある。それをおそらく早恵ちゃんは味わっている。
目の前で失ったはずの者が目の前に現れれば泣くのは当然だ。
驚き、悲しさ、嬉しさ、悔しさ。
色々な感情が溢れてくるだろう。
おれも助けようとした仲間を鬼に殺されたから分かる。
今おれもあのとき助けられなかった隊員が目の前に現れたら、泣いて土下座するだろう。たぶん泣いてる理由の九割は恐怖でだろうけど。
「あのときはまだ早恵は巫女見習いで妖怪相手には到底太刀打ちなんて出来なかった。それに……」
「……それに?」
「相手は大妖怪だったのさ。国取りとして十数匹の妖怪を連れてそのまま私の国を攻めてきたんだ。翠の死を戦いの狼煙として」
なんだよそれ。人の死を狼煙代わりにするなんてどこの屑だ。
「見せしめに翠の惨殺体を私の神社に捨て、住民は次々に蹂躙され、建物や畑も荒らされた」
「えっ、どこもそんな風には……」
おれが見たこの国の風景は至って温な感じで、荒らされた形跡なんて微塵も見られなかった。
「それはもうその襲撃から三年経ってるからね。皆も早くあの地獄を忘れたいからと修繕作業は捗ってたよ」
「そ、それじゃあ妖怪の軍勢は誰が退けたんだよ」
「愚問だよ。そんなの私に決まってるじゃん。まだこの国には兵力が全然ない。私とミシャグジを中心に粗方妖怪共は始末した」
やはり、神と言うべきなのか。大妖怪をも退ける程の実力者なんだな、諏訪子は。
「ただ、首謀者の大妖怪はどうしても始末することが出来なかった」
「……何でだ」
「奴は妙な術を使って私達の追跡を振り切ったのさ。七日間国の周辺で奴の捜索を行ったというのにどうしても見つからない。私が追い詰めた時は既に死にかけだった筈だというのに」
余程悔しかったのか爪を噛みながら何処かを睨み付ける諏訪子。
その諏訪子からは怨念らしき紺色のオーラが滲み出始めており、今にも誰かを呪い殺すかのような勢いだ。
「諏訪子、落ち着け」
「……ごめん、取り乱した」
諏訪子も姿はこうでも苦労してるんだな。
……それにしても、この国を襲ったっていう妖怪。まだ生きてる事に驚きと苛つきがある。
あの鬼でさえ仲間の事を大切にしていたというのに、諏訪子の言った大妖怪は仲間がどうなろうと自分が逃げられればいいというようなイメージがある。
それに罪のない村長家族や住民を蹂躙し、恐怖に陥れている。
最悪だ。ここまで胸糞が悪くなったのは初めてかもしれない。
「生斗」
「何だ」
「私が何故、この事を余所者であるあんたに言ったと思う」
……そういえば確かに何故余所者のおれにこんなこと教えたんだろうか。
「あんたが同情してくれたからだよ」
「同情……?」
「私の話を聞いて同情し、悲しんだり怒ったりしてくれた。声に出していなくても目や表情で判る。
だから余計なことまで話しちゃったんだよ。ごめんね、嫌だったでしょ」
「……いや、おれの方こそ思い出したくないこと言わせてしまったみたいでごめんな」
おれ、そんなに感情が表に出ていたのだろうか。自分だけでは全然分からないから少し恐い。
人に感情を読み取られる程気味が悪いことはないーー絶賛翠に読み取られているけど。
「……よし、それじゃあこの話もこれぐらいにして入ろうか。いい加減あの状況を変えなきゃね」
諏訪子がそう言うと、そのまま戸を開け、二人のいる客間へと入っていく。
「す、諏訪子様」
「う、うぅ」
「早恵、いい加減泣き止みな。翠のことはあんただけの責任じゃないんだから」
「でも……」
「もしその責任を感じているのなら、その後に行動で償えばいいじゃん。ただべそかいてるだけじゃ何も始まらないし周りにも迷惑だよ」
ずがずがと入るなり、早恵ちゃんを論していく諏訪子。
言っている事は確かにそうだけど、泣いてる相手にしたらさらに泣き喚く可能性があるから、おれだったらあんな言い方はしない。まあ、人によって慰め方は違うだろうけど。
「グスっ……な、ならどうすれば……?」
「手っ取り早いのは、やっぱり“妖怪退治”だよ」
「!!」
「ここ最近、この国の近くでの妖怪の目撃情報が後を絶たない。もしかしたらまたあの悲劇が起こるかもしれない」
「そ、それは駄目です!」
……ん、ちょっとまてよ。これってもしかして用事って___
「これからそこにいる生斗に森で妖怪の有無を調査させる。早恵はその調査についていって。見つけたら問答無用でやっちゃっていいから」
…………。
え、えぇ……ちょ、これ、ええぇ。
調査って。それ、おれなんかの余所者にやらせることなのか?
「諏訪子様、私は反対です。早恵ちゃんを危ない目に遭わせたくありません」
反対したくとも、先程の話のせいでし難い状態になっていたおれは不本意ながらも口を紡いでいると、ずっと黙っていた翠が反対の意を唱えた。
「翠、あんたの言い分も分かるけど、今この国の中で妖怪と立ち合える人間は早恵しかいないんだよ。他の者を調査に迎わせるのはあまりにも危険なんだよ」
「わ、私が行きます」
「家の外から出られないあんたがどうやっていくの」
「うっ……」
えっ……翠のやつ、家の外から出られないか……ああ、だからあの湖の風景見たとき久しぶりって言っていたのか。
「なあ、諏訪子。早恵ちゃんが行くのは分かったけど、なんでおれまで行く必要があるんだ?」
諏訪子の言う限りでは、早恵ちゃんはこの国でも屈指の実力者なのだろう。諏訪子と違って全然強いとは感じないけど。
「あんた、霊力を操れるでしょ。隠そうとしているようだけど霊力の流れで丸わかりだよ」
「いや、か、隠しているわけではないんだけどね。ただだす必要がね? なかったわけよ」
バレてた。密かに力を隠すために霊力を引っ込めようとしていたのが仇となったか。
「だからっておれまでも……」
「調査を任せられるのは早恵だけなんだよ。
何、まさか女の子一人で妖怪のいる可能性のある森に放りたいの?」
ああ、はいはい、つまり諏訪子さんはおれが逃げ出さないために早恵ちゃんを監視役として連れていかせたいんですね。貴女の魂胆が見えましたよ。
「いいのか? 男女二人が人目のない森に出向くんだぞ。おれがなにしでかすかわからないよ」
「……翠、ここ2日間で生斗はあんたを襲おうとしてきた?」
「いいえ、熊口さんは腰抜けの意気地無しですから襲う素振りすら見せてきませんでした。おそらく枯れてます」
おい翠、枯れてるは流石に失礼じゃないか? さっきまでおれのこと変態って罵ってたくせに枯れてるっておれの精神状態どうなってんだよ。
興奮しないのに如何わしいこと考えるって無駄しかない。
例えるなら超弩級の不細工の___止めておこう。これ以上続けたらおれの株が確実に暴落する。
「だってさ。それにもし早恵に何かあれば生斗、あんたにはそれ相応の報いを受けさせるよ。逃げても無駄、地の果てまで追いかけて殺すから」
「……」
ここで行かないことを頑なに主張したら腰抜けのレッテルを貼られ、尚且つ諏訪子の信用を失い、始末されるかもしれないーー力も隠していたことだし。
そして早恵ちゃんが傷ついてもおれが罰(死刑)を受ける。
……なんだ、ただの強制鬼畜イベントか。
「おれに拒否権というものは……」
「……生斗なら引き受けてくれると信じてるよ」
つまり行けと。はあ、行くしかないのか。この国の事も聞いてしまったことだし。
まあ、退治ではなく調査だ。別に一戦交える訳じゃない。
運よく妖怪と出会さなければ良い話だ。
なに、近辺調査は隊員時代ではよくやっていたし、その時の回避の感を頼りにすれば大丈夫だろう。
「少し考えさせて」
と言った数分後におれは早恵ちゃんと共に森の調査へと向かった。
このときの判断が、とてつもない後悔をするということを知らずに。
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「ああああぁぁああ!!!?!?!」
微風に草木は揺れ、川のせせらぎと小鳥の泣く声が聞こえてくる、そんな平穏な森に突如として男性の絶叫が響く。
「や、止めてくれ! 悪かった! 俺が悪かったから!」
獣道の隅である者に許しを乞う男性。その姿からは自尊心の全てを捨て、相手にへりくだる無様な醜態を晒していた。
「貴方、自分がどんな悪いことをしたか理解しているの?」
「えっ……いや、それは……」
相手の問い掛けに言葉が詰まる男性。
それもその筈、彼の
「それが理解できていない時点で、貴方は死に値するの」
その数秒後、男性の絶叫と共に何かが裂ける不快音が森に鳴り響いた。
生還記録の中で一番立っているキャラ
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熊口生斗
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ツクヨミ
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副総監
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翠
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天魔