東方生還記録   作:エゾ末

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六話 親友の復讐

 

 

 無駄に広い湖が朝日を反射し、鱗のように白い輝きを放っている風景を堪能しながらおれは参道を歩いていた。

 

 

『この光景はいつみても神秘的ですねぇ。こんな身体になってから見るのは初めてですが』

 

 

 どうやら翠はこの絶景を何度か見たことがあるらしい。

 まあ、あの家の出身者ならこの地域の光景を見ていて別に不思議ではないが。

 

 

「階段、無駄に長いな……」

 

 

 頂上が殆ど見えないほど長い階段に面倒くさく感じていると、おれはあることに気付き、気分は一気に晴れやかになる。

 

 

『熊口さん……空、飛べるんですか?』

 

 

 おい翠、ネタバレするな。

 ……翠の言った通りおれは空を飛ぶことができる。

 だからこんな無駄に長い階段なんて屁でもない。

 

 

「……」

 

 

 身体中に霊力を纏わせ、浮けと念じるとおれの身体は静かに浮いていく。

 そのまま階段の頂上に向かって飛行を開始した。

 

 

「……楽だ」

 

 

 耳からは空を切る音と木々が風に揺れ、葉が擦れあう音が聞こえる。身体からは心地好い程度の風圧の感覚がして、視覚からは日陰に隠れた階段が木々の隙間から射す光により幻想的な風景を楽しむことができる。

 味覚以外の四感を気持ちの良い感覚に浸すことが出来る今のこの状況は、昨日あまり寝れなかったストレスを緩和してさせているような気がする。

 

 

『わー、本当に飛べたんですね。人間ではありえないことをやってのける熊口さんはやっぱり人外なんじゃ……』

 

 

 失礼なことを言うな。おれは自分の力を駆使して飛んでるんだ。やろうと思えば誰だって出来る。

 

 

『うわぁ、出来る人の嫌みともとれる発言頂きました。こんなことそう簡単に出来るわけないじゃないですか』

 

 

 霊力をパッと身体に纏わせて念じるだけだろ。

 

 

『そもそも霊力を操れる人間はそういないんです。確かに皆微力ながらに持っていますが……』

 

 

 それに気付いて努力したらたぶんいけると思う。おれがいけたんだから。

 

 

『あっ、確かに熊口さんが出来るならちょっと納得できました。今度試してみようと思います』

 

 

 うんうん、翠ちゃんはおれの謙遜を真に受けちゃったか。まあ、まだ小娘だから許してあげよう。おれ、大人だし。

 

 そんなことを考えている間に階段の頂上まで辿り着き、諏訪子のいる本殿の目の前に到着することが出来た。

 

 

「うわっ、生斗あんた、どういう来方してんの!? ちょっとびっくりしたじゃん」

 

「あっ、諏訪子。二日ぶり」

 

 

 神社の境内にいたのは蛙座りをした諏訪子だった。真下に本物の蛙がいるようだけど果たして今までなにをしていたんだろうな、諏訪子のやつ。

 

 

「まさか空まで飛べるなんて……まあいいや。

 ミシャグジを遣いにだして間もないのにこんなに早く来るなんてね。もしかして私に会いたかったとか?」

 

 

 あの男の象徴、ミシャグジって言うのか。

 

 

「それで、おれに用事ってなんだ? あっ、長くなるのなら中入らせてもらってもいい?」

 

「えっ、無視…………はあ、いいよ、中に入って。結構重要な話だから」

 

 

 へぇ、重要な用事なのね。ここに来て三日目のおれにここの重要な役割を任せる訳ではないだろうし……なんだろう、嫌な予感がする。

 ま、まあ、母屋の中で聞けばいいか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

「さて、本題に入る前にこの国の感想はどう?」

 

「どう、て聞かれても殆ど家の中にいたから感想なんてないぞ」

 

 

 本殿の脇にある母屋に入り、客間らしき部屋で巫女から受け取ったお茶を啜りながら諏訪子の質問に答える。

 正確には一日野宿しましたがね。

 

 

「家の中って……ちょっとは新天地を散策しようとか考えないの?」

 

「生憎興味より睡眠欲の方が勝った」 

 

「なんかそれ悔しいんだけど」

 

 

 仕方ない、あんな寒い中防寒着もろくにせず一夜を過ごしたんだ。眠たくなるのは必然だろう。

 

 

「まあ、あんたが怠け者ってわかったよ」

 

「心外極まりない。居たくてずっと家の中にいたわけじゃないんだぞ。それにあの家で寝たせいで___あっ、そういえば諏訪子! お前知ってただろ!」

 

「知ってたって?」

 

「彼処に翠がいるってことだよ!」

 

「なっ! ……何であんたその名前を……!」

 

 

 おれが言及を求めると、諏訪子は翠という名に驚愕し、質問を質問で返してきた。

 何を驚いてるんだ。翠は諏訪子の差し金だろうに。

 

 

「あの家にいた幽霊の名前だ。彼処で寝たせいで絶賛今取り憑かれちゃったよ」

 

「は、はあ!? 生斗に取り憑いてんの!? そんなこと私命令してないよ!」

 

 

 な、何だか諏訪子の奴焦ってるな。何か予想外のことが起きたときのような慌てぶりだ。

 そこんとこどうなんだ、翠。

 

 

『そうですねぇ、確かに私と諏訪子様は裏で繋がってましたよ。おそらく諏訪子様は私の命令外での行動に驚いてるんだと思います』

 

 

 取り憑いたことか?

 

 

『はい』

 

 

 取り憑いたことは諏訪子とは関係ないってことか……そういえば翠、おれに取り憑いたのは目的のためって言っていた。諏訪子と関係していない辺り、その目的は個人的なものってことだろうか。

 

 

「翠、黙ってないで出てきな!」

 

 

 諏訪子が額に青筋を立てて怒鳴ると、おれの背中からにゅるっと翠が姿を現す。

 霧から出る方法以外にもこんな出方もあるのか……ちょっと楽しそうだな。

 

 

「翠、何を勝手な行動にでてるの? あんたは監視役で生斗と接触しないように言ったよね。何で接触どころか取り憑くなんてことになってんのさ」

 

 

 諏訪子は翠の存在を確認すると、怒鳴りたい衝動を抑えて低いトーンで翠の行動を咎める。

 それに対して翠は完全に姿を現し、その場に脚を曲げて頭を伏せた。

 

 

「申し訳ありません、諏訪子様。私の独断ながら遠目から監視だけではこの者の実態を掴むことは難しいかと思いまして、勝手な事ながら取り憑けばもしかしたらもっと深くこの者の事を知ることができ、尚且つ敵であった場合の始末もやり易いのではないかと考え、実行に移した次第です」

 

 

 翠のやつ、おれに取り憑いた理由が前と全然違うな。どちらが本命かフェイクなのかさっぱりわからない。おれも諏訪子程ではないが観察眼はある方なんどけど……まあ、こいつがどんな理由だろうとおれから取り憑くのを止める事はないだろうがな。

 

 

「……」

 

 

 翠の発言を無言で返す諏訪子。その目はおれの時と同様で疑いの色に染まっている。

 

 

「生斗、ちょっと来て。翠、あんたはそこにいな」

 

「えっ、おれ? ……あっと、引っ張るなって!」

 

 

 おれのドテラの袖を掴み、諏訪子はそのままおれを連れて客間を出ようとする。

 おれは引っ張られながら後ろを振り返ると、翠が顔を伏せたまま無表情を貫いている姿が目に映った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 客間から出て二角ほど曲がった廊下で、諏訪子は漸く袖を離した。

 

 

「ねぇ、生斗、私のこと恨んでる?」

 

「何が?」

 

 

 おれに背中を向けたまま、先程とは真逆の静かな声音で話し出す。

 

 

「私のせいで取り憑かれた事や、監視を隠れて行わせた事を諸々で」

 

「ああ、その事か。別に諏訪子を恨んではないけど」

 

「……そう、ありがと」

 

 

 まず事前に諏訪子はおれを監視すると言っていたし、取り憑かれたのは諏訪子としても予想外な事だ。非があるのは翠の方だ。

 

 

「まさか翠が私に嘘をつくなんて……」

 

 

 ぽつりとおれにぎりぎり聞こえるぐらいの声で呟く諏訪子。

 嘘……? やっぱり監視が目的で取り憑いたというのは嘘なのか。

 

 

「生斗、おそらく翠は復讐のためにあんたに取り憑いてる」

 

「はっ?」

 

 

 復讐ってあの復讐のこと? 何で翠がそんな____あっ、そういえば翠のやつ、妖怪に殺されたって言ってたな。まさかその妖怪に……

 

 

「翠がそれ以外に取り憑く理由なんてない。あの子は人に迷惑をかけるようなことはしない子だから」

 

「あの、取り憑かれてからずっと迷惑かけられっぱなしなんですけど」

 

 

 人を事あるごとに罵ってくるし、睡眠妨害もしてくる。あと中に入られた時身体全体に違和感がでる。

 ……中々の害悪じゃないか。始末しても誰も咎めないのなら今からでも始末したいんだけど。

 

 

「翠は生斗が旅人だと知っていた。たぶんあんたを足として使うつもりだと思う」

 

「あいつ……おれを荷馬車扱いするつもりか」

 

 

 復讐相手に近付くためにおれを利用する腹積もり。中々やりおる。

 だがな翠。ここにはお前のことをよく知り、尚且つ霊媒師よりも頼もしい神様がいるんだ。これを盾にすればいくら翠といえ取り憑けなくなる筈だろう。

 ふふ、最初から諏訪子を頼れば良かったんだ。見た限りでも諏訪子は相当な実力者だし、きっとなんとかしてくれる。

 

 

「諏訪子、悪いけどおれは翠の復讐を手伝うつもりはない。なんとか諏訪子から翠に言ってくれないか?」

 

「うん、最初から___」

 

 

 諏訪子が何かを言おうとしたその時、

 

 

『諏訪子様~、早恵が参りましたよ~』

 

 

 と、何度か聞いた声が先程までいた部屋から響いてきた。

 

 

「まずい! 早恵が来るんだった!」

 

 

 早恵ちゃんの声が聞こえてくると同時に、諏訪子は慌てて駆け出した。

 

 

「あっ、ちょ、何がまずいんだよ!」

 

 

 何故慌てているのか聞くが、諏訪子の耳に入っていないようで、此方に見向きもしないで客間に向かって走っていった。

 これは、ついていった方がいいのか……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 歩いて客間に戻ると、戸の目の前で諏訪子が立ち尽くしていた。呆けているというより安堵に満ちたような表情をしているあたり、大事に至った事ではないのだろう。

 

 

「ご__、ごめんね」

 

 

 ごめん? なんか今客間の方から謝罪を求める声が聞こえてきたぞ。

 その声はなんというか、泣きながら出しているような鼻声で、これもここ最近に聞いたことあるような声だった。

 今の声の主は……早恵ちゃんか? また泣いちゃってんのあの子。まったく仕方ない子だ。熊さんが慰めてあげないこともないよ。

 

 

「いい____全部あ__が悪いん__から」

 

 

 続いて聞こえてくるのはここ二日間脳内に鳴り響いてくる騒音。

 なんだ、中には翠と早恵ちゃんが一緒にいるのか。

 一体中で何があってるんだろう。ちょっと気になるな。

 

 

「あっ、生斗今入っちゃ___」

 

 

 小さな声で諏訪子が制止を呼び掛けるが、おれはそれをお構い無しに諏訪子を退ける。

 さてさて、中では泣いている早恵ちゃんと泣かせた本人であろう翠がいる。

 果たして翠は早恵ちゃんをどうやって泣かしたんだろうな。理由がどうであれ翠を責めまくって憂さ晴らししてやる。

 そんな悪事を思い浮かべながらおれは戸の隙間から中を覗き込んだ。

 

 

「うぅ、私がいながら翠ちゃんは……」

 

「全然大丈夫ですよ。だから泣き止んでください」

 

 

 戸の先に見えたのは、二人が包容しあい、翠が早恵ちゃんを慰めるように頭を撫でている光景だった。

 

 

 …………う~ん。

 

 

「おれ、百合はあまり好きではないん___あだっ!?」

 

 

 頭から突如として来る衝撃。おれはそれにより体勢を崩し、危うく戸を倒しかけてしまいそうになったが、組手により培った受け身を利用して横に倒れる。

 

 

「すわ、諏訪子何すんの!?」

 

「いや、なに言ってるのかは分からないけど、殴らなきゃいけない気がした」

 

 

 確かにあれを見ての感想としてはかなり不適切だったけど、殴ることはないと思う。うん、おれだったらオブラートにツッコんでた。

 

 

「はあ、それにしてもよかった」

 

「それにしても良くない。ほら、ここたん瘤出来てるよ。諏訪子おれに一言何か言うことない?」

 

「煩い空気読め黙って」

 

「酷い!」

 

 

 一言どころか三言罵られるとは……諏訪子め、目利き以外にも注意すべき点が増えたな。

 

 

「で、良かったってのはどういうことなんだ?」

 

 

 馬鹿なことはこのぐらいにして、諏訪子が安堵している理由を聞こう。

 

 

「あっ、やっぱり気になってたんだ」

 

「そりゃあな」

 

 

 おそらく客間の二人が関係しているだろうしな。何で早恵ちゃんが泣いて謝っているのかなんて付き合いの短いおれでも気になることだ。

 

 

「あの二人、親友だったんだよ。よくお互いの家にお泊まり会をしていたぐらいにね」

 

 

 まあ、見た限りではな。見た目的にも(少し早恵ちゃんの方が年上っぽいけど)近いし。

 よくお泊まり会か……なんか楽しそう。こんな娯楽もない夜にお二人は一体何をしていたんでしょうね。

 

 しかしそんなおれの下衆な考えは、次の諏訪子の発言により即座に取り払われた。

 

 

 

 

「そんなある日、翠の家に早恵が泊まった夜の事だよ____

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ___早恵の目の前で、翠は殺されたんだ」

 

 

「……はっ?」

 

 

生還記録の中で一番立っているキャラ

  • 熊口生斗
  • ツクヨミ
  • 副総監
  • 天魔

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