意識を覚醒させ、徐々に鮮明になる視界に映るのは涙を流す早恵ちゃんと驚きの表情に染められた諏訪子だった。
「あ、あれ、生斗……何で生きてんの? さっきまで脈も止まってたのに……」
戸惑いながらも声をかけてくる諏訪子。それはそうだろうな、さっきまで死んでたんだもん。それが急に起き出したんだ。驚かない方がおかしい。
「うっうぅ、よかった……てっきり私が殺してしまったと……」
あ、早恵ちゃん、おれが死んだことの涙ではなく殺してしまった罪の涙だったんですね。会って10分程度だから無理もないかもしれないけどちょっと悲しい。
「言っただろ。人並み以上に丈夫にできてるって」
そう言っておれは起き上がり、服についた埃を払う。
喉につまらしたとき転げ回ったから結構ついてるな。
「丈夫とはまた違うでしょ。窒息死してたんだよ? その様子だと喉に詰まってた雑炊は消えてるようだし……明らかに死んだ状態から息を吹き返し、中にあった異物を消し去るなんて人間業ではないよ」
諏訪子の奴、昨日と同じような雰囲気をかもちだしてるな。もしここで下手な嘘をついたらただでは済まなそうだ。
いや、でも馬鹿正直に能力の事を言ってしまっていいのだろうか。
命が複数ある。それだけの理由で厄介事に巻き込まれたりするかもしれない。
前もそれで永琳さんの危ない実験に付き合わされた事があるから少し用心深くなってしまう。
でも諏訪子には下手な誤魔化しはきかないだろうし……
「だから言ったって。神から貰った力だって。ちょっと死ぬような目に遭ったってすぐに息を吹き返すことが出来るんだよ」
ここは能力のことを明確には伏せることにする。面倒事を押し付けられるのは勘弁だ。
「……」
おれの弁明にも疑いの目を止めない諏訪子。ほんっとこの子ったら疑い深いんだから。疑われる側からしたらたまったもんじゃないのに。疑われるような事はしたけども。
「諏訪子、確かにおれはまだお前に隠し事をしている」
「だろうね」
「でもこれだけは言える。この隠し事は決して諏訪子達に不利益は及ばさない。ていうか不利益になるのはおれだけだ」
これは紛れもない事実。諏訪子達がおれが命が複数あることを知らなくても別に不利益を及ぼすなんて到底考えられない。
「……はあ。生斗、あんた。これで嘘だったら人を騙す天才としか言いようがないよ」
おれの発言に一時の間を置いて、溜め息をして応答する諏訪子。
その発言は信じると受け取っていいのか?
「嘘ではないからな」
おれがそう言うと諏訪子は苦笑いをし、未だに泣いている早恵ちゃんのところへと行く。
「ほら早恵! いつまで泣いてんの! 結果的に生斗は生きてるんだしそんなに泣くことはないでしょ!」
「だって……だってぇ」
そういえば完全に蚊帳の外に置かれていたが早恵ちゃんずっと泣いてるな。
まあ、自分の料理でまさか人が死ぬとは思わなかっただろうし仕方ない部分はあると思う。
「早恵、あんたには______」
「えっ!?」
諏訪子が早恵ちゃんの耳元で何かを呟いているようだが、おれは地獄耳ではないので聞き取ることができない。
それにしても早恵ちゃん、諏訪子から何かを囁かれた瞬間、泣き止んで驚愕してるのは何故なんだろう。
「す、諏訪子様___熊口さんに__を任せるつもり__か!」
「いや、____あの子に___せる。でももしか____ない」
「そんな!?」
こそこそ話をしているから話が途切れ途切れにしか聞こえない。
なんだ、あの子って。妙に早恵ちゃんが取り乱しているのも気になる。
「とにかく、これは決定事項だよ。早恵、案内よろしく」
「……はい」
一時の間二人のこそこそ話は続き、暇をもて余したおれは柱を爪で『美女と結婚したい』と刻んでいると、話は一段落したようで早恵ちゃんは諏訪子の発言に諦めたように肯定していた。
「話は終わったのか?」
「うん、ちょっとね____よし、それじゃあ生斗、この小屋から出ていいよ。今からあんたが住む家を早恵に案内させるから」
「えっ、家用意してくれたのか? 別にここでも良かったんだけど」
いや、正確にはここは嫌なんだけどな。全然日の光が当たらないしじめじめしてる。
「ここじゃ住みづらいでしょ。もっと広いし日当たりの良い家用意したからそこで住みなよ」
ふむ、ちょっと鎌かけてみたが正解だったな。
諏訪子はおれに住まわせたい家があるようだ。
だけど面倒だな。その事について深く聞こうとしてもはぐらかされる可能性が高いし、そもそも隠し事をしているおれが相手の隠し事を深く掘り下げる事はできない。
ただ、普通に暮らすことが出来ないかもしれない可能性があることは確かだ。
「熊口さん、此方です。案内します」
早恵ちゃんが少し暗めのトーンで誘導してくる。この子、感情の波が凄いよな。笑って泣いて落ち込んで、ある意味裏表のない性格と言えるか。
まあいい、とにかく外に出られるんだ。今この世界の状況をやっと知ることが出きる。
そう考えながら、おれは早恵ちゃんに従いつつ小屋の戸を潜った。
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ーーー
「熊口さん、先程はすいませんでした」
おれは自分の目を疑った。しかし何度目を擦ったり頬を引っ張ってみても目に映す光景は変わらなかったことで、信じたくなくとも信じなければいかなかった。
今おれが歩く道はコンクリートで固められたものではなく、獣道を少し舗装した土道であり、その周りは見渡す限り田園が広がっている。
「いや、今回はおれの自業自得だから気にしなくていいよ。ただ早恵ちゃんのご飯は本当に最終兵器だからあまり人前に見せないようにした方がいい」
「はい……」
何より驚きなのが、竪穴式住居や高床式倉庫など、おれの時代でもかなり昔の時代にある建物がちらほら見える。
もしかしておれ、時代的に縄文時代か弥生時代にいるのでは……いや、竪穴式住居は江戸時代でも住む人はいたって歴史書でみたことがある、気がする。
「それで、おれが家ってのはどこなんだ?」
「もう少し先です」
泣いたせいで腫れてしまった目を気にしながらおれの質疑に応答する早恵ちゃん。
現在おれは諏訪子と別れて、我が家となる家に向かっている。
「もしかしておれの家ってあんな感じ?」
と、おれは遠くにある竪穴式住居を指差す。竪穴式住居というものには興味があるが、出来れば諏訪子のとこの神社みたいな木造住宅に住みたい。そっちの方が慣れてるからな。
「いえ、木でできてますよ。うちの神社と比べたら劣りますけど中々大きい家です……あっ、彼処です」
「おっ、あれか」
早恵ちゃんの指差す先には、おれのいた世界の時代でもありそうな一軒の木造住宅があった。
「はあ~、あんな良い所に住んでいいのか? あんなに立派となると、他に住んでた奴とかいた?」
竪穴式が住居の主流であろうこの時代にこんな木造住宅があるなんて、誰かのお偉いさんが住んでいたと考えるのが普通だ。
「……」
おれの質問に顔を一層暗くし、顔を伏せる早恵ちゃん。
なんだ、おれ触れてはいけない質問でもしてしまったのか?
「あっ、いや答えたくないなら別に言わなくてもいいぞ」
「……」
ついには立ち止まり、ぷるぷると震えだす。
ああ、なんでだよ。泣かせるつもりなんて微塵もなかったのに。
「……昔、あの家にはある村長一家が住んでました」
泣かせてしまったことにおれは焦っていると、早恵ちゃんが声を震わせながら話し出す。あれ、話してくれるのか。
村長一家……だから他と違うのか。
「端から見ても幸せな家庭でした。私も何度か彼処にお泊まりさせてもらった事があったのですが、とても優しくて居心地の良い空間でした」
あれ、なんかこの先の展開ちょっと読めてきた気がする。
「しかし3年前、村長とその妻が何者かによって殺害されました。残された一人娘は悲しみながらも一人強く生きてました」
一人娘が、か。両親がいきなり死んだなんて、おれが考えている想像を遥かに越える絶望を味わってるだろうな。
「しかし、その子も親が殺された2ヶ月後、同一人物____妖怪の手によって殺害されました」
「はっ?」
同一人物の……妖怪?
「熊口さん、その殺害現場が、あの家なんです」
「な、なんだよそれ。わざわざ村の中に入ってやったってのか」
「……はい」
まじかよ。つまりはあの家、事故物件なのか? 何でそんなところにおれが……あ、いや別に幽霊が怖いとかではないよ?
「熊口さん、どうか……よろしくお願いします!」
そう言って走って何処かへ去っていく早恵ちゃん。
「あっ、ちょっと待って!? 一人にしないで怖いから!!」
本当にちょっと待って。今の口ぶり、絶対に出てくる感じの言い方だろ!?
「あ、あぁ、行ってしまった……」
どうすんだよ。一人であの家に入れる気がしないんだけど……
なんで早恵ちゃん、ここまで来てビビらせるようなことを言い捨てていったんだよ。言わなくてよかったよ、あれは言わなくていい方の事実だよ。
「くそっ! 今すぐ逃げ出したい!」
でも流石にここで逃げたらただのビビりだし、諏訪子からなにされるか分からない。
ここはプライドを捨てて来た道戻って諏訪子に家を変えてもらおうか……いや、それならいっそ爆散霊弾であの家を吹き飛ばしたら……いやいや、そんなことしたら誰に恨みを買うかわからない。それなら____
そんな不毛な自問自答を日が暮れるまで家の前でしたおれは、もっと入るのが怖くなってその日は外で寝る事にした。
おい、誰が臆病者だ! おれはあれだ、少し用心深いだけだ!
生還記録の中で一番立っているキャラ
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熊口生斗
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ツクヨミ
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副総監
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翠
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天魔