「諏訪子様正気ですか!」
「あの者を生かしておいては駄目です! 一刻も早く始末しておくべきです!」
湖で見つけた青年、熊口生斗を生かしておくことにした私は、絶賛ミシャグジ達から猛反発を受けていた。
その内容は今の発言通り、何故生斗を生かしたのかということ。
「これは決定だから。あんた達はあの人間に手出しをしてはいけないよ」
無駄に長い縁側を渡り、その奥にある物置小屋に生斗は軟禁されており、私は今その小屋まで向かっている最中だ。
「しかし! いくら諏訪子様のご命令とはいえ、軽率過ぎます! もう少し奴に吐かさなければ___」
「ねえ、ミシャグジ。私が自分の目だけで彼を信じるに値する人間だと判断したとか思ってる?」
「えっ、そういう事なのでは……」
はあ、私も甘く見られたものだ。あれだけで人を信じるなんてお人好しかただの馬鹿だけでしょ。
「生斗には、あの屋敷に住んでもらう」
「「!!」」
昨日、私は彼の目、言動、挙動を見て安心に足る人物だと判断した。しかしそれは私の予想の範囲、確信に当たるものではない。そういうこともあり、昨日は一日彼にはあの小屋に過ごしてもらい、その間に
その空き家で彼には過ごしてもらい、監視を行う。
「まさか、あの子を監視役に……?」
「そのつもりだけど」
生斗に住まわせる空き家は、普通の家ではない。ある人物が住んでいる。
私はその人間を信頼しており、尚且つ監視するには最適な人物である。
その子に生斗の監視を頼み、本当に間者ではないのかを調べてもらう。
「危険なのではないでしょうか……」
「大丈夫、あの子は強い子だから」
ミシャグジもあの子ならばと少し納得したように黙りこむ。
「諏訪子様、先程はとんだ無礼、誠に申し訳ありませんでした。諏訪子様が許さぬと仰るならば、我が命捧げる所存です」
「いいよ、堅苦しい。そんな血生臭いことされたらこっちが気分が悪いし」
さて、そんな話をしていたら目的地の物置小屋に辿り着いたようだ。
生斗は大人しくしているだろうか。密かにミシャグジに見張らさせておいたから逃げてはいないと思うけど。
そう考えながら私は小屋の戸を開け、内部の空間を見てみる。
するとそこには____
「し、死んでる!」
青白い顔のまま倒れ伏す生斗と、私の神社の巫女が佇んでいる光景が私の目に映った。
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ーーー
~10分程前~
「……うぅ」
諏訪子という土着神と出会ってから一日、おれは未だに薄暗い部屋に閉じ込められていた。
巻かれていた紐を解いてもらい、この部屋の中を自由に動き回ることが出来るが、そもそもこの部屋の中には殆ど物が置いておらず、暇潰しにもならない。
諏訪子からここから外へは出るなと言われているから外にも出ることも出来ないし……
いや、まあだらけるのは得意だし好きだよ? ただここ、日の全然照らされないせいかかなり寒い。保温機能の高いおれのドテラも、薄暗い部屋のせいで全然乾いてないから気持ち悪いし。
「あ~、暇だし寒いし腹減った」
腹も中々限界に近付いてきた。昨日の夜中にちょっと握り飯と漬け物を食べさせてもらった程度で全然満たされず、先程からおれの腹から養分を寄越せと鳴りっ放しだ。
なんとかこの空腹を紛らわせる方法は無いものか____饂飩、拉麺、蕎麦、素麺……
「ごくっ……」
ああ、駄目だ。食べ物の事を考えないようにしようとしたら逆に好物が頭に浮かんでくる。……ん、好物が麺類ばかりだって? いや、そりぁ当たり前だろ。麺類あれば一生生きていけると自負しているほどおれは麺類が大好きだ。
「あのー、誰かいますか…………あっ」
心の中でおれの好物を露見させていると、戸が開かれ、聞き覚えのない声が聞こえてきた。
その声の主は恐る恐るといった感じで中に入り、おれの存在を認識する。
うわぁ、美少女がなんか入ってきました。
長い艶やかな黒髪を一ヵ所の三つ編みにされており、10代後半ぐらいか……髪型的にちょっと永琳さんに似ている。少し眠たそうな眼はナマケモノのようだが、そこが年不相応な可愛らしさをかもちだしている。
服は……おそらく巫女装束だな。ということは諏訪子のとこの巫女ってところか?
「いたいた。確か熊口生斗さんでしたよね?」
「あ、ああ、そうだけど。君は?」
その子の手には布で何かが隠された木製の茶碗が持たれており、それについて疑問に思っていると彼方からおれに話しかけてきた。
やはり、おれの名前を知ってるあたり諏訪子と何かしらの関係があるのは確かだな。
「はい、私は洩矢神社の巫女をさせて頂いています、東風谷早恵です。貴方の事は諏訪子様から聞いております。確か変な人間を捕まえたと。それで本当に熊口さんは変な人なのかなって気になって来てしまいましたー」
「あ、うん。おれ普通の人だからたぶん君の期待には応えられないと思う」
早恵ちゃんね、覚えました。それにしても変な人間見たさにこんな小屋に入ってくるなんて襲ってくださいって言ってるようなものだぞ。
おれは紳士で心優しいからそんなことはしないけど。
「ん~、格好からして既に変ですけどねぇ」
「ま、まあ、ドテラにジーパンとかどっかの商売人っぽいから何とも言えないけど……」
でもこの服のコンセプト、神が勝手に着させているだけだからな。訓練生に入ったあたりから全然着てなかったのに、またこれを着る羽目になるとは思いもしなかった。
まあ、この服、1日経ったらいつの間にか解れとか汚れが勝手に消えるからちょっと重宝してたけどーーなのに水分は抜けにくいってどういう事だよ。
「じーぱん? 何かの暗号か何かですか?」
「知らないのか? このズボンの名前だよ」
「は、はあ、その衣服はずぼん、と言うんですか」
「えっ……」
ま、まさか早恵ちゃん、服に無頓着な生活を送ってきていたのか?
いや、それは流石に考え難い。この子は見る限り10代後半、いくらなんでもズボンの存在を知らないで生活する事は任○堂を知っててマリ○を知らないぐらいあり得ないことだ。
そういえば諏訪子もおれの姿を珍しい物を見る目で見ていたような気がする。
この部屋もおれが知っている木造住宅となんか違うような気がするし……そもそも最初にこの世界に来たとき、木造住宅なんてツクヨミ様の屋敷以外見たことがない。
それに昨日食べさせてもらった握り飯もなんか色が茶色くて堅く、あまり美味しくなかった。
あれから何千万年経ってると聞いたからもっと未来化が進んでいると思ったが、もしかしてあの国がおかしいだけで、これが普通ってことなのか?
んー、なんか考えようとするだけどんどん謎が深まってくる。もうこの際考えるのは止めて見たものを真実として受け取るしかないな。
「あっ、そうでしたそうでした。私、熊口さんの為に雑炊作ったんですよ!」
「えっ、ほんとか!」
何かを思い出したかのように早恵ちゃんが声をあげ、布の被った茶碗を見せつける。
ああ、やっぱりそれ、料理なんだ。
でも雑炊、雑炊かぁ……あの米がドロッとした感じ、あまり好きでは……____いや、なに贅沢言ってんだおれ。美少女の作ったものだぞ。それに今はかなりの空腹状態だ。ありがたく受け取らなければ。
「ありがとう、早恵ちゃん。おれ今、丁度腹がとてつもなく空いてたんだよ」
「そうでしょうね。私も熊口さんが何も食べてないと聞いて作ったのですから」
お、おお! いかん! 神である諏訪子以上に早恵ちゃんが神々しく見える!
「はい、これ。遠慮せずに食べてください!」
そう言って覆われていた布を取り、雑炊をおれの前に露にする。
これが、美少女の作った雑…………炊?
「あの……早恵ちゃんこれ、茶碗の中に緑色の粘っこそうな液体が入ってるんだけど」
「これが雑炊ですよ」
えーっと、見る限りではスライムにしか見えないだけど……まさか、この世界ではこの食事が当たり前ってことなのか!?
「へへぇ、結構頑張ったんですよ。私の料理の腕前はこの国の中でも天下一品でして、皆私の料理を食べて喜んでくれるんです。普段は秘密兵器としてあまり作れなかったんですけど」
「そ、そうなのか」
こんな料理を作る人の腕が天下一品……もしかして見た目によらず美味しい、のか?
いや、これ……おれの知ってる雑炊とかけ離れすぎて、もはや一種のいじめなんじゃないかと思ってしまう。
でも目の前にいる早恵ちゃんの顔は何か裏のあるようなものではなく、純粋におれにこの雑炊(謎)を食べてもらいたいという期待に満ち溢れている。
これは、食べなければいけないよな。
たぶん、いや確実にこの料理はこの世界の常識の食べ物ではない。握り飯の時は普通だったのだから。
しかし早恵ちゃんの表情、これを見てしまうと食べたくなくとも食べなければいけない、そう思ってしまう。
くっ、見た目によらず旨いことに期待するしかないか……!! 早恵ちゃんは自分の料理の腕前は天下一品と豪語しているわけだし!
「早恵ちゃん、わざわざ作ってくれてありがとな」
「いいんですよ。私も久しぶりに料理できて楽しかったですし」
このスライム食べたら、おれの胃どうなるかな……吐くのは流石に駄目だろう。作ってくれた早恵ちゃんに失礼だ。
食べるなら食べる。感謝の意を込めて。
「はい、お箸と雑炊です」
そう言って早恵ちゃんはおれに手渡す。
「……ごくっ」
美味しいものを目の前にするとよく唾を飲むけども、今の別に意味でおれは唾を飲んだ。
眼前にはどろどろのスライム。見た目だけでなく匂いも中々キツい。生魚を一週間放置したかのような臭いだ。
「(男を見せろ熊口生斗! 空腹は最高の調味料! この緑のスライムはあれだ、練り飴だ! そう見たらなんか少し美味しく……ってこれ雑炊! 甘味料絶対入ってない! 臭いし!)」
頭の中で意味のわからない葛藤をしつつ、おれはついに箸を雑炊につけた。
すると何かしらの膜が破け、ドロッとした緑の液体が流れ出てくる。……雑炊に膜ってあったっけ……?
食え、食うんだ。一気にかきこんで胃に通せばなんとかなる。鼻で息をしなければ味もそんなにしないはず!
「……いただきます!」
そしてついにおれは茶碗を口につけ、箸で雑炊を口内へとかきこんだ。
「……ごぶふっ!!!!?!」
不味い! 見た目に適した不味さだ! なんだこれ、食べ物じゃない。死ぬ、ショック死する!
あまりの味のインパクトにおれは悶え、今すぐに吐き出したい衝動に駆られる。
汁っぽいものは一気に飲み込んだが、残りのスライムは歯や舌に絡み、その場に残ろうと奮闘しているせいで飲み込めない。駄目だ、歯はともかく舌に絡んでくるのは予想外だ。
「!!ーー~!?!」
残りのスライムをどうにか押し込もうとおれは手を口の中に入れる。
うわ、感触完全にスライムだろ、これ。これ飲み込んだらほんとどうなるんだろうな。
「くっ、熊口さん、大丈夫ですか!? 不味いのなら吐いてしまっても……」
「ふぁ、ふぁいほうふは……!(だ、大丈夫だ……!)」
おれの容態の急変ぶりに焦りだし、泣き目になる早恵ちゃん。
くそっ、これ吐いたら絶対に泣くやつだろ! 余計吐けなくなってしまった!
何とかして飲み込むしかない!
「!!」
そう決意したおれは指先に引っ付いたスライムを喉へと押し込んだ____
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真っ暗な空間に佇む10本の蝋燭。そのうちの1つの火が静かに消え去り、そのまま蝋燭も溶けていく。
あれ、この光景、年に一度見る寿命確認の……
えっ、蝋燭が消えたってことはもしかしておれ、死んだ?
まじか……いやでも9本あるぞ。まさかあの神が気を聞かせてくれたんじゃ……まあ、その事については置いておこう。
この真っ暗な空間を見られる条件は確か2つ、年に一度寝ている時と、死んだ時だ。今回の場合はおそらく、この光景を見る直前を照らし合わせれば後者が妥当だろう。
たぶんおれ、喉にあのスライム詰まらせて窒息死しました。
よくよく考えたら唾液の含んだ舌に絡むぐらいねばねばしてるのに喉に引っ付かないわけないよね。
無理矢理入れ込もうとしたおれが馬鹿だった。
……はあ、転生二回目で早速死ぬなんて幸先見えないんだけど。
あ、でも教訓ができたな。嫌なものは嫌とはっきり言う。それが涙目で迫ってくる美少女であったとしてもだ。
よし、そうと決まれば今後はコマンドを命を大事にに設定して今後穏やかな生活をしていこうと思います。
取り敢えずおれの命はまだ9つある。さっさと目覚めてこの空間からおさらばしよう。この空間はほんとに蝋燭以外何もないからつまらないし精神的にも悪い。
この空間から出る方法は単純だ。
起きろ、と念じればいい。そうすれば勝手に意識が遠退いていき、目を覚ますことができる。
『……起きろ!』
早速おれは今のを実践するため、起きろと念じてみた。
するとみるみるうちに空間が歪んでいき、眼前の蝋燭が渦巻き状に回りながら溶けていく。
『この光景、いつ見ても気分悪くなるな……』
そんな感想を抱きつつ、おれは意識を覚醒させた____
生還記録の中で一番立っているキャラ
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熊口生斗
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ツクヨミ
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副総監
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翠
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天魔