一話 天津神の間者
山の麓にあるとある湖。そこは私の神域であり、人々はまず立ち入ることのない神聖な場所。
そんな私の心休まる領域にて、珍しいものを発見していた。
「男……?」
湖の中心に仰向けに浮かんでいるのは、見る限り人間。しかし私の国の者とは明らかに格好が異なっている。
「気を失っているようだけど……」
取り敢えず私の湖で遊泳されるのも目障りなので陸へと連れていく。
ふむ、顔もここらの者ではないね。見た覚えが全くない。
「あれ、頭に変なの掛けて___!!」
額辺りに何か黒い物体を掛けているようなので取ってみようとすると、あることに気が付いた。
____これ、神力がある。
まさか、ここ最近国取りを行っている大和の間者なのでは……確かその国には天津神が支配していた筈、可能性は十分ある。
「……悪いけど」
気を失っている人間の首元に鉄の輪を当てる。
殺すべきか、殺さぬべきか。この人間、ただ気を失っているようで息も整っており目立った外傷もない。身体がふやけていないところを見ると、つい先程入水したのだろう。
私の警戒網を突破してわざわざ神域である湖に入りにきた、というわけではないよね。
それなら何故___挑発?
いや、それだとこれはただの自殺行為でしかない。
「ここで考えていても仕方ない、か……ミシャグジ!」
「はっ!」
取り敢えずこの人間を連行しよう。手足を縛って起きたときに情報を引き出せばいい。それから生死の是非を問うても遅くはないだろう。
「この人間を神社まで連れていって。勿論、拘束も忘れずに」
私の統括下にいるミシャグジの一柱を呼び出し、彼に抱えて行ってもらう。
「さて、不法侵入の不届き者はどんな弁明をするのかね」
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ーーー
転生に成功した……って事なのだろうか。息ができ、五感も確りと作動している。
だがしかし、前回と同様転生場所は最悪な模様。
何故なら今、おれは何処の屋敷か検討のつかない部屋で柱に縛られているからだ。
服装は変わっていないようだが、何故か少し湿っぽくて気持ちが悪い。ていうか生乾き臭い。
「おーい、誰か居ませんかー?」
何故自分が縛られているのか理解ができない。多少危険を覚悟してここの家主にでも呼び出さなければ。さっきからこの部屋、薄暗くて何か出てきそうで怖い。あ、いや別に幽霊が怖いとかではないから!
「おっ、やっと目覚めたね」
おれの呼び声から少しして引き戸を開けて顔を見せてきたのは、まだ年端もいかないような幼女だった。顔だけしか見えてないが顔からして金髪の幼女、もし違っていたとしても変な子供っぽいカエルのような目のついた帽子を被ってるので幼女ポイントはかなり高い。
よって、この子は幼女と言われても仕方がない!
「……なにいやらしい目で見てるの」
「滅相もない。おれに幼女趣味はありません」
「なんか侮辱された気分なんだけど……」
そう言って薄暗い部屋に入ってくる幼女。ほら、やっぱり体つきも完全に幼女だった。
髪は金髪のショートボブでもみあげの部分に赤い紐で結んでいる。服装はツクヨミ様と少し似ている青と白を基調とした壺装束を着ており、カエルの模様が映し出されている。
「まあいいか___それより、なんであんたが縛られているのか知りたい?」
「それは、まあ知りたい」
今気づいたけどおれ、この紐切れるな。霊力剣を操作してちゃちゃっと切ればこの状況から抜け出せた。
……うん、さっき大声出さなくてもよかったな。
「それはあんたが一番知ってる筈だよ」
此方まで近付いて何を言い出すのかと思えば、おれが一番この状況のことを理解していると言ってきた。
いや、おそらくおれ、この場で一番今の状況を理解できていないと思うんだけど……
「すまん、おれ、今目覚めたばかりで前のこと覚えてないんだけど」
「あくまでしらを切るつもり? 私に気付かれずこの国に、ましては私の神域に入ってくるなんて故意以外の何物でもないよ」
「いや、別におれあんたに恋はしてないんだけど……」
「故意!」
あ、違ってたの。ごめんなさいね。
それにしても少しだが読めてきたぞ。
私の神域、と先程この子は言った。もしかしたらこの子は神なのではないだろうか。雰囲気もどことなくツクヨミ様に似ているし、発せられるオーラも人や妖怪とは別の類いだ。
「なあ、もしかしてあんた、何かしらの神なのか?」
「白々しいよ。そう言っておけば間者ではないと思ってもらえるとでも思ったの?」
間者って……おれは誰のスパイなんだよ。ていうかこの子、見た目によらず用心深いな。いや、神に形なんてどうとでもなると前にツクヨミ様から聞いたから、見かけよりかは年を取っているとは思うが……ん? 合法ロリ?
「もし神ならさ。ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「……何?」
「ツクヨミ、ていう神様知ってる? おれ、ツクヨミ様のこと探してるんだけど」
同じ神様ならツクヨミ様のことを知っている筈だ。それからなんとか情報を引き出してツクヨミ様との連絡をとる方法を見つけ、月へ連れていってもらう。これほど完璧な作戦はないな!
「……ごめん、名前だけは知ってるけど天津神のことはよく知らないからわからない」
「えっ?」
「ただ月読見は確か遥か太古の昔に月へ行ったっきりそこへ移住した者達と暮らしているって事は知ってる……なんでその月読見を探してるの?」
「いや、うん……」
遥か太古の昔ねぇ……あの老神が言っていた通りってことなのかな?
「な、なあ、遥か太古ってどれぐらいなんだ?」
「何故私が質問されなきゃいけないのかな……何千万年前じゃなかったっけ」
うわー、あの出来事何千万年前なのかー。物凄く気の遠くなるような年数ですねー。
……あいつら生きてるよな? いや、月には穢れはなく寿命もないに等しいと聞いている。大丈夫だ。あいつらはきっと生きている。
「それで、はぐらかさないで理由を教えて。何故あんたは月読見のことを探しているのか」
「……」
これは、正直にいうべきなのか。絶対に信じてくれなさそう。だって何千万年前のことを言ってみろ? 確実に嘘と思われる。
「理由は___あれだ。実はおれ、ある神から頼まれてるんだ。ツクヨミ様を探してくれって。ほら、おれが今頭に掛けてるやつ、神力が宿ってるだろう?」
「えっ? あ、まあうん、何かしらの神の加護がついてるね」
「その神から頼まれたんだ」
「いや、でも流石に月にいる神に寿命の短い人間を遣わせるのは___」
「その神のおかげでおれ、何かと丈夫で長生きできる身体なんだ。だから時間はたっぷりとある」
「そうなんだ……」
んー、これだけでは流石にキツいか。彼方はずっと半信半疑のようだし。
「なら、なんで湖で気を失ってたの? しかもこそこそと」
「湖?」
「そう、あんたが湖の中心で浮かんでたから拾ってきたの」
そうか……おれの服がなんか湿っぽいのはそのせいなのね。
おいおいおい、お神さん。前も中々酷かったが、今回は特に酷くはないですか? 水上て。馬鹿なの? 出落ちさせる気なの? この子が助けてくれなかったおれ、溺れ死んでたかもしれないんだぞ。
「うっ、なんかあんた、怒ってる?」
「あ、すまん」
いかんいかん、煮えたぎる怒りが顔に出てしまってたか。
「たぶんあんたが言ってたの。おれの雇い主の神の仕業だ。おれが寝ている間に湖に落としてったんだと思う。気を失っていたから仮定でしか言えないけど」
「ふーん……」
そう言って踵を返す幼女。なんだ、もしかしてこの状態で放置するつもりなのか?
いや、ちょっとそれはやめてほしい。腹も空いたし 腕や足に縛っている紐が少し強めに縛られているから感覚がしなくなってきている。
別に逃げる気も襲いかかるつもりないから拘束を解いてほしい。
「あんた、今言った事の殆どが嘘だよね? 全てが嘘って訳ではないようだけど」
「……」
幼女は首だけを動かし、此方をチラ見する体勢のまま疑問を唱える。
「私、こう見えても観察眼はある方なんだよね。人が嘘をついてるのかついてないのかなんてその人の眼を見れば判る」
「嘘、ね」
確かにおれはこの子に対して嘘をついた。彼女の観察眼があるのは確かだ。
「でも、あんたは珍しい形の嘘をついてるね。大体はやましいことを隠そうとしたりひたすら知られたくないものを庇う嘘をつくのに」
珍しいと言われても、おれが嘘をついたのはどうせ信じてもらえないだろうと思ったからだ。
今この子の観察眼の凄さを実感することができ、本音を言ってもいいかもとは思った。
しかしそれでも信じてもらえる気がしない。もしかしたらおれがただの妄想が過ぎた精神異常者と勘違いされるかもしれない。
「____ま、あんたが嘘をついてようがついてないようが、関係はない」
そう言うと幼女の姿は一瞬ぼやけ、また姿を現したときにはおれの眼の前、というより顔を眼と鼻の先まで接近されていた。
「あんたが私の国に害を及ぼすか否か。今私が聞きたいのはその一点なんだから」
「……!」
「あんたは、私の国に害をなす間者か? さあ、答えろ」
彼女の鋭い眼光がおれの目を真っ直ぐと見つめており、おれの真偽を確かめようとしている。
この時初めて、蛇に睨まれた蛙の気持ちが分かった気がする。
間者か否か。そんなの、答えは決まっている。
「おれはあんたの国に害を及ぼす気なんて更々ないし、間者なんて柄でもないことをおれはしない。おれはただツクヨミ様を探す一介の旅人だ」
旅人は余計だったか。いや、でもおれは旅には出るつもりでいる。月の皆の情報を集め、そしてその月へといく方法をみつけるために。
「……」
が、幼女はおれの発言を聞いて無言になる。眼を逸らすこともなく、おれを見ている。それに負けじとおれも睨み付け、眼光を飛ばして対抗する。こんな幼女に凄まれて縮むような弱虫だと思うなよ!
「____それならよし!」
「えっ……?」
と、幼女はそう言い放つと先程とは打って変わって和やかな表情になり、眼と鼻の先まで近づいていた顔を離した。
「あんたは嘘つきだけど、今のを聞く限りこの国に害を及ぼす存在ではないことは判った。ごめんね、荒っぽいことしちゃって」
「い、いや別にいいけど……おれが言うのもなんだけどそれだけで良いのか?」
「なに、あんたは拷問して欲しかったの?」
「それは確実にあり得ない」
なんだか、ちょっと拍子抜けした。てっきりこのまま指の爪を1つずつ剥いでいくぐらいは覚悟していたーーいや、剥がれる前に逃げ出す気ではいたよ? 爪を剥がれるなんて見ているだけで痛々しい。
完全に先程の雰囲気からして何か起きるような予感がしたんだけどな。まあ、おれとしては願ったり叶ったりで万々歳だけど。
「さて、あんたは害を及ぼす存在ではないと言ったものの、私とて自分の観察眼を過信しているわけではないからね。少しの間あんたを私の管理下に置かせてもらうよ」
「はあ、別にそれぐらいなら構わないけど……」
「ん、どうしたの?」
「名前、おれまだあんたの名前知らないから何て呼べばいいか定まってないんだよな」
そう、さっきからおれはこの子のことを幼女幼女と言っていたが、流石に心の中であるとはいえ、お互いに幼女と連呼するのはあまりよろしくないと思う。
「あっ、本当にあんた、私の事知らなかったんだね。
___私は洩矢諏訪子。この辺りのミシャグジを統括する土着神だよ。あんたは?」
「熊口生斗、永遠の18歳です」
土着神か……そういえばさっきの話で天津神だとかなんとか神を分類するようなことを言っていたが、それに何か関係のあることなのか? いや、まあ今はその事はいいか。取り敢えず____
「今後ともによろしくな、諏訪子」
「ん、よろしく、生斗」
生還記録の中で一番立っているキャラ
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熊口生斗
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ツクヨミ
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副総監
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翠
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天魔