月移住まで残り10日前になった頃、とある事件は起きた。
「トオルが重体?」
『ああ、昨日巡回中に妖怪の群れに襲われたらしい』
「なんでだ? トオルは危険を察知できるんじゃなかったんじゃなかったのか?」
『いや、トオルの能力だって万能じゃない。
危険を察知できるのは異変が起きた場所の半径50メートルまでだからな。事前に察知できていればこんなことなかったんだが……』
「そうか……で、トオルは無事なのか?」
『ああ、今は八意様に治療してもらっている。
しかしかなりの重症だから目覚めるのは月に着いた後らしいな。患者だからトオルは転送日を初日に転送されるだろうな』
「ああ、それはそうだろ」
今の会話のとおりトオルが妖怪に襲われたらしい。その事を電話で小野塚に聞かされたとき肝が冷えた。
死んでしまったのかと思ったけどどうやら重症で済んだから良かった。
それに永琳さんに治療してもらってるのなら安心だ。あの人なら確実にトオルを治してくれる。
兎に角、明日休みだから早速見舞いに行かないとな。
ーーー
小野塚からの電話があった次の日。
おれはトオルの見舞いに行くために病院へ来た。
受付で書き物を済ませ、部屋番号を教えてもらい、トオルのいる病室まで行く。
「おーい、トオルー、見舞いに来た………ぞ……」
「げっ糞グラサン」
最悪、糞(影女)が居やがった。そういえばこいつトオルと付き合ってたな……ほんと、トオルの趣味には理解が出来ない。
「まるでミイラみたいにぐるぐる巻きにされてるな」
「……そうね」
いつもなら先程こいつが言い放った糞グラサンって言葉だけで喧嘩に発展していたが、今はそんなこと気はない。
それもそうだろう、病室の中で、しかも怪我人のすぐ側で暴れでもしたら大変だしな。まず気分が乗らない。
「……う、うぅ…………」
「おっ、トオル!」
「奴等が…………来る……! ……皆逃げ……うぅ」
「トオルが目を覚ましたぞ!」
「いいや、それをずっと言ってるのよ。たぶん無意識のうちに言ってるのね……。それほど恐ろしかったのかしら」
え、そうなのか!? と言いそうになったがどうにも引っ掛かることがあった。
まずそれまで恐れていたことに関してだ。
おれ達はこれまで何回もこの国から調査のために出ていた。その出た回数分以上に妖怪と遭遇していた。
殆どは返り討ちにしたが何回か食われそうにもなったり、殺されそうになった事は両手では数えきれない数ある。
その時は流石におれと小野塚もトオルと同じようにうなされていたが、その時のトオルは寝ているとき一度もこんな風にうなされていた記憶はない。
なのに、今回はこんなにもうなされている。
いや、一人で妖怪の群れに遭遇したんだ。何もなくてもうなされるのはわかるからなんとも言えないが……
それともう一つ不可解な点がある。トオルが言った『皆逃げ……』の部分だ。トオルが妖怪に襲われたとき確か一人だったと聞いた。それで食われそうになったところに丁度他の見回りの班のやつが見つけて助けたらしい。
それなのに何故皆逃げろなんて言っているのだろうか。
まさかこれから起こることに関しての危険を皆に知らせようと無意識に言ってるのか……
そのことを聞こうにも当の本人は意識不明の重体で聞けない。……まあ、全部おれの勝手な推測だけど……
___10分程、おれはトオルの部屋で過ごしてから出た。
おれがあの影女と密室で10分もなにもせず過ごしたのはある意味奇跡かもしれないな。
まあ、トオルがこんな状態なんだ。するはずもない。
「ま、取り敢えずトオルが無事でよかった。じゃあな」
「二度と会わない事を祈ってるわ」
「考えが合うなんて奇遇だな」
おれの推測もどうせ杞憂で終わるだろう。
考えるだけ無駄だ。
しかし、おれの考えていた推測が杞憂でなかった。
それを知るのは月移住が始まって2日目のことだった。
______________________
ーーー
『妖怪接近中! 妖怪接近中! 直ちに一般市民の方は転送装置の前に集合してください!』
そう機械的な声のアナウンスが国中で流れ続ける。
どうやら月移住2日目にして、妖怪の群れがこの国に向かって攻めてきているらしい。
なんてタイミングだ。まるで計ったかのような気がしてならない。
おれを含め、部隊長以上の人間は緊急会議に出席を命じられている。
おれは現在その会議に向かっている途中だ。ちょっと急がなければ。
『さて、諸君。君らはこれから一般市民が安全に転送が終わるまで命を懸けてもらうことになる』
モニター越しから淡々と話すなんか偉い人。
1度見たことがあったがどんな人物かは忘れた。覚える必要もないと思っている。興味ないし。
だってこいつ、おれらが今から命を張るって時に自分だけさっさと月に逃げた臆病者だからな。
臆病者だと思っているのはおれだけではないらしく、隣にいる小野塚を含め、殆どの者が眉を寄せて上官の話を聞いている。
『綿月大和総隊長が戦場での指揮をとり、綿月依姫副総隊長が____』
「なあ、生斗。なんか妙だと思わないか?」
偉い人が色々指示をしているなか、隣にいた小野塚が話しかけてきた。
「ああ、タイミングが悪すぎる。まるで此方が引っ越しをするのを分かってたみたいにな」
「いや、それもあるんだが……何故指揮をとっているのが副総監なんだ?」
「それになんの疑問が?」
「おおありだ。総監と副総監で派閥ってのがあってだな。
それで今指揮をとっている副総監は過激派だ。一体何を考えているのよくかわからん。なにかよからぬ事を考えている可能性があると俺は踏んでいるんだが……」
『小野塚歩部隊長!!』
「は、はい!?」
『さっきから何度も呼んでおる。
__小野塚歩部隊は市民の誘導を任せる。』
「は、はぁ!?」
『反論は受け付けん。頼んだぞ』
「……くっ」
小野塚、あのなんか偉い人に目をつけられてるな。
ていうかあいつ、副総監なんだな___過激派か。
なんだか匂うぞ。もしかしたら小野塚は今回の妖怪のこの襲撃はあの副総監と関係していると思っているのだろうな。
しかし今は正直、
今はこの状況を打破する事が先決だ。
そしてこの危機を退けられるかもしれない可能性をおれは持っている。
おれの能力があればな。
「あの、すいません」
『なにかね、熊口生斗部隊長』
「おれの部隊が出撃する順番、最後にしてもらえませんか?」
『何故だ?』
「理由は……言えません」
言ったら絶対に反対される。
『話にならん。この状況に臆したか臆病者め。熊口生斗部隊は最初の出撃とする』
いや臆病者て……そそらはあんただろ。自分のことを棚に置くのも大概にしてほしい。
「待ってくださいな」
と、早々に諦めて次の手を考えているとゴリラが異議を唱えた。
「熊口部隊長の出撃を最後にしてやってくれませんかね?」
『……はあ、なんでかね? 綿月大和総隊長』
「この者がただ臆したからと言って出撃を最後にして欲しいといったわけではないと私は思うのです……だろう? 熊口君」
「え? まあ、そうですけど」
あんたたちにしたら少しマイナスかもしれないことだけどな。
「本人もこう言っております。ここは1つ、彼の要望に答えてやってはくれませんか?」
『……』
綿月隊長……なんていい人なんだ。これまで(20年)ゴリラなんて悪口言ってすいません。
『……ちっ、わかった。綿月大和総隊長に免じて熊口生斗部隊長の部隊を最後にする』
「ありがとうございます」
ふう、ゴリラ……綿月隊長のお陰でなんとかなったな。
『それでは、各自戦闘準備を整えるように! 解散!』
「「「「「は!!」」」」」
ーーー
「なあ、生斗。なんでお前、あのとき最後にしてくれって頼んだんだ?」
「……ああ、ちょっとやりたいことがあってな」
「なんだ? やりたいことって」
いや、このことは小野塚にも言わない方がいい。こいつからも止められる可能性が十分にある。
「……今はそんなことを話している場合じゃないだろ。
あ、おれあっちだから」
「お、おう……あ、生斗!」
「なんだ?」
「なんか他人任せで悪いが……俺の分まで頑張ってくれ……!!」
「……小野塚はなにも悪くない。任せとけ」
さて、これで覚悟は出来た。
不謹慎だが、やっとこの国に