壱話 妹紅の行く末 上
独りでいることが普通だと思っていた。
ふと、堪らなく恐ろしくて、寒くて、暗い気持ちになる。
しかしそれは稀に起こる発作のようなもの。
それさえ我慢すれば今の生活を保証されていた。
父上は偉い人で、屋敷にいる皆は父上に対していつも媚びへつらっていた。
母上はそんな父上が大好きで、それに亀裂を入れるきっかけとなってしまった私の事が嫌いだった。
父上には近づくことさえ出来ないし、母上からはよくお仕置きと言う体で暴力を受けていた。
屋敷にいる父上の家臣も、私が妾の子だからか関わるまいと避けられている。
これが私の日常。
いなくなってもどうでもいい存在。
死にたくはないけど生きたくもない。
何処かへ逃げたくても、逃げた先でどうなるかなんて、子供の私にだって容易に想像できる。
そして極めつけには、人間とかけ離れた存在であることを誇示するかのような深い朱に染まった瞳。
私は産まれた時から、忌み子としての烙印を背負って生きなければならなかった。
正直、辛い。
暴力は身体が痛いし、怒られたり無視されると心が痛い。
八方塞がりな人生。
食い扶持があるだけマシだと自分を言い聞かせても、二つの痛みが常に付き纏ってきて、幾度となく涙で寝床を濡らしてきた。
___そんなある日。私に転機が訪れた。
正門付近で、父上と母上が揃う機会が訪れたのだ。
私は自身の浅はかな頭で考えた。
もし私がこの場から逃げ出せば、少なくともどちらかは追ってきてくれるのではないかと。
実の両親であればもしかしたらと。私達親子を屋敷に留める慈悲を見せている父上ならば、追いかけてくれるのではないかと。
一縷の望みを持って、私は門を飛び出した。
しかしその望みも、門を出たと同時に零れ落ちてしまった。
門を閉められたのだ。
閉められる前に隙間から見えたのは、母上の汚物を見るような視線に、私の行動に関心を見せず、別の方向を向いて家臣と話している父上の姿。
帰る家を失った。
私はどうしたら良い。
自分の無鉄砲さに嫌気が差す。
自ら追い出されるきっかけを作ってしまった。
脳の処理が追いつかない。私はこれからどうすれば良いのだろう。
分からない。私の浅い知識じゃ、どうすることもできない。
私は頭の整理がつかぬうちに、門番から追い払われるままに屋敷を後にしていた。
どうすれば……
どうすれば…………
どう、すれば………………
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__
___
「何がいいかな……」
まるで廃人のようにふらふらと都を徘徊している最中、商人のような格好に、頭に変な黒い代物を身に付けた男の姿が目に入る。
いつの間に私は商人達が屯する市場まで来ていたのか。
初めて来た。そもそも滅多に屋敷から出てないから当然といえば当然なのだが。
「ん〜〜、これなら紫の奴も許してくれそうだな」
それにしても妙に腹の立つ顔をしているなこの男。なんというか、悩みがなんにも無さそうな平和ボケした顔面。
干物屋の前で吟味しているから悩みが無いわけではないだろうが、所詮はその程度の悩み。私の今の状況と比べるまでもない。
「……」
この時の私は、何を思ったのか無性に彼に対して八つ当たりをしたくなっていた。
そんな事をした所で、自身の気分が晴れない上、相手によっては非道い目に遭う恐れだってあるというのに。
つい数刻前に後悔した自身の計画性のなさに拍車を掛けるように、私は同じ過ちを繰り返した。
「っ!!」
「うわっと」
「きゃっ!!?」
彼に対し、押し倒すように体当たりをした私は、まるで大岩に衝突したような衝撃に思わず転けてしまう。
「(痛っ!)」
本当に情けない。
私は何をやっているのだろう。自身の失態を省みず、見ず知らずの男に八つ当たりをした上、勝手に転ける始末。
藤原家の血を汚していた理由がよく分かった。
良くも悪くも、結局私は母と同じなのだ。
私が自身の失態で家を追い出された事に対して人に八つ当たりしたように、母は自身の失態で無闇に子を孕み、その子供に暴力を振るった。
「だ、大丈夫か!?」
この場をすぐさま逃げ出したくとも、転けた際に脚を捻ってしまった。
何をしても上手くいかない。
自分の存在が人を不幸にしてしまう。
「うっ、う……」
泣きたくないのに視界が次第に霞んでいく。
泣いてやるもんか。泣いたって何も変わらない事は知っている。
そんなただただ恥を晒す行為、これ以上してなるものか。
「〜──くれ。状態をー〜〜」
ぶつかった相手が何かを言っているようだが、今すぐこの場から立ち去りたい一心で話半ばしか入ってこない。
「ぶつかってしまってごめんな。親御さんは何処にいる?」
それでも、彼のこの発言は自然と耳に入ってきた。
思い違いをしている。この衝突は私から仕掛けた事であって彼が謝る必要はないし、父上と母上からは勘当されたばかりだ。
彼の問いに答えることはできない。
それよりも、彼が勘違いしてくれているのなら好都合。早くこの場から離れて_____
「っ!」
「お、おい。その脚で無理に動かしたら悪化するぞ」
「……大丈夫だから」
脚の付け根に痺れるような痛みが走る。
軽く捻っただけと甘く見ていたが、想像以上に痛い。
でも、このぐらいの痛みであれば耐えられる。
「大丈夫な訳ないだろ。怪我させたのはおれなんだから、怪我の手当ぐらいさせてくれ」
「……余計なお世話だから。ついてこないで」
「余計な事ではないんじゃないか?」
この場から一刻も早く立ち去りたいのに、中々解放させてくれない。
しつこい。
他人であるはずなのに、なんでこの人は私に構うのか。
これがお節介焼きというものなのだろう。生まれて初めての経験ではあるが、今の私はただ、この場から離れたい。お願いだから構わないでほしい。
「止まれって___うおっ」
肩を掴まれた私は溜め息を吐き、一言物申そうと振り返る。
すると男の人は私の顔を見て驚愕の表情を浮かべる。
そうだ……眼。忌わしいこの瞳に、彼は驚いているのだ。
どうせすぐに嫌悪の表情へと変わる。もう何度も経験してきた。
「何。どうせあんたも私の眼が異常とかのたまうんでしょ」
相手から拒絶される前に、自らを非難する。
これで分かった筈。彼の薄っぺらい優しさなど、異端者を前にしては無力なのだ。
これで私に構うこともないだろう。
「……眼元が腫れてるぞ。もしかして泣いてたのか」
「__________!! 泣いてないから! もう放っておいてよ!」
泣いてる? ……私が?
我慢していた筈なのに。なんで……
「あっ」
自身が無意識的に犯していた失態に動揺し、捻った脚に力を込めてしまったせいでまた転んでしまう。
今日は本当に厄日だ。
この一日だけで一生分の恥をかいた。
「取り敢えず、応急処置だけでもさせてくれ。後はあんたの好きにしていいから」
それでも尚、手を差し伸べる。
この人は一体何なんだ。
ぶつかった相手を心配し、私の眼を見ても紅い瞳よりも先に、眼元の泣き跡の方を注視する。
こんな小娘、無視してさっさと立ち去っていればそれで済む話しというのに。
「……馬鹿じゃないの」
この人はきっと、息苦しい生き方をしているのだろう。
自ら厄介事に首を突っ込むようなお人好し。
……ある意味、今の私にとっては丁度良いのかもしれない。
相手の弱みに付け込むようで気が引けるが、今の私には手段を選べるような立場にない。今は相手の好意に甘えるべきだ。
そう判断した私は、手を差し伸べる男の人の手を取り、なんとか立ち上がる。
「それじゃあ水辺までおんぶするから背中に乗ってくれ」
「嫌だ」
甘えるとはいえ、そこまでの恥は捨てられない。
もう私も十一の歳月を生きている。
おんぶだなんて他者から見られたらなんて反応されるか。
「強情だなぁ。ほら、遠慮しなくていいぞ」
「嫌だ!」
結局、思った以上に上手く歩けなかったため、川辺までおんぶされた。
本当に、恥ずかしすぎて死にたくなった。
______
これが私と熊口生斗との邂逅。
決して良い出会いではなかったと、今となっても思う。
それでも彼は、私の事をいつも気にかけてくれていた。
それに気付く事が出来たのは、もう一つの転機となったある
当作品の原作キャラの中で一番印象に残っている人(神)妖
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八意永琳
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綿月依姫
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綿月豊姫
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洩矢諏訪子
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八坂神奈子
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息吹萃香
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星熊勇儀
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茨木華扇
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射命丸文
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カワシロ?
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八雲紫
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魂魄妖忌
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蓬莱山輝夜
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藤原妹紅