東方生還記録   作:エゾ末

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㉛話 潮盈珠と潮乾珠

 

 突如として鳴り響く警告音。

 輝夜の拒絶。

 

 その二つがほぼ同時に起きたことにより、綿月隊長は軽く動転する。

 

 

「な、何が起こっている!」

 

「司令! 舟の指揮系統システムがダウン! 予備バッテリーも緊急帰還装置用を除いて全てショートしました!」

 

「原因は!」

 

「不明です! 何故このような_____」

 

「どうした! 他は!」

 

 

 操縦席より受けていた報告が途絶える。

 周りに声をかけるも返答がない。

 綿月隊長は不本意ながらも輝夜から眼を離し、後ろへ振り向く。

 

 そこには、月の使者全てが倒れ伏し、背中には無数の矢が突き刺さっていた。

 

 

「永琳、 お前……!!」

 

「振り向くのが遅いんじゃない」

 

 

 その中心には既に全ての矢を打ち終えた永琳が涼し気に立っている。

 状況を理解した綿月隊長は歯噛みする。

 

 主人がこの地に残ると判断したのだ。

 従者がその意思を尊重しないわけがない。

 それが月の民を裏切る結果となっても、永琳には輝夜を不老不死にしてしまった罪悪感があるうえ、彼女達は数億年もの間互いを支え合ってきた仲。

 それを加味し、綿月隊長は輝夜からの拒絶を受けた時点で行動に移さなければならなかった。

 

 永琳という、月の頭脳と呼ばれ、戦闘においても屈指の実力者である彼女への対処を。

 

 

「それよりも、私ばかり見てていいの?」

 

「何を馬鹿な___」

 

 

 瞬時に綿月隊長は理解する。

 永琳への対処は必須事項ではあるが、他の月の使者が倒された時点で既に、優先順位は入れ替わっていたことを。

 

 

「畜生!」

 

 

 背後への警戒を怠らずに輝夜へまた振り返ると、そこには紫の境界が閉じる瞬間であった。

 

 綿月隊長は監視の間に紫の存在、そして能力も認知していた。

 だが、その紫が輝夜の協力者となることまでは把握していなかった。

 何故なら、彼女らが監視下でそのような発言を一度としてしていなかったのだから。

 

 

「(まさか熊口君も……? だがなら何故永琳は_____)」

 

 

 一筋の不安が綿月隊長の脳裏に過る。

 しかし、考えている時間は彼には残されていない。

 

 

「……してやられたな」

 

 

 背後から音速で放たれた四本の矢を難なく掴み取り、追撃で来た漆黒の霊弾へ投擲し、その全てを薙ぎ払う。

 

 

「もう二度と、不浄の地へ立ち入ることができなくなるんだぞ。それでもいいのか、輝夜姫!」

 

「もとより、覚悟はできております」

 

 

 綿月隊長の眼光は、妖忌のいる地上へと向けられる。

 そこには既に、妖忌とは別に紫と輝夜、そして永琳が立っていた。

 

 

「(なんて圧迫感……一瞬近付いただけで気色の悪い汗が止まらない)」

 

 

 紫の全身から汗が吹き出す。

 呼吸は細かく乱れ、心臓の鼓動は耳を塞ぎたくなるほど暴れている。

 

 

「……そうか」

 

 

 そんな内心穏やかでない紫を余所目に、綿月隊長は寂しそうに頷く。

 しかし、彼の任務は輝夜を月へ連れて帰ること。二つ返事で見逃すわけにもいかない。

 

 

「蓬莱山輝夜、並びに従者八意✕✕。以上二名を拘束及び連行し、審問へかける」

 

 

 綿月隊長の両側から拳大の黒い球体が二つ浮かび上がる。

 

 

「潮盈珠と潮乾珠。それで私を捕えることができるかしら」

 

「ああ、勿論そのつもりだが」

 

 

 球体の名とその仕様を永琳は理解していた。

 それを知って尚、彼女は看破出来る自信があった。

 それは驕りでもなんでもなく、ただの事実。

 今の永琳に、油断という文字は存在しない。

 

 

「あと30分ってところかしら」

 

「……?」

 

「月へ帰ることが出来る緊急帰還装置。そのバッテリー残量が無くなる時間よ」

 

「_____この!!」

 

 

 綿月隊長が勢いよく方舟から飛び出し、輝夜達へ肉薄する。

 しかし、その侵攻に立ちはだかったのは、妖忌であった。

 

 

「もう我慢ならん!! 貴様は私の獲物だ!!」

 

 

 輝夜から待てを強制させられていた反動か、永琳と綿月隊長との一幕によってか、遂に我慢の限界を迎えた妖忌。

 

 先程まで悩みを抱えていた彼の考えは既に固まっていた。

 

 己が盛大に活躍すれば、自ずと親友の名誉が挽回されると。

 

 

「妖忌さん!」

 

「輝夜姫! それにその白銀の御婦人! ここは私が引き受ける! 事情は知らんがこの者に追われているのだろう! 早くこの場を去れ!」

 

「この! 退かんか!!」

 

 

 綿月隊長の侵攻も、妖忌の凄まじい剣戟により阻まれる。

 

 

「……流石ね」

 

 

 妖忌の情報も当然月の関係者は把握している。

 それは勿論、綿月隊長だけでなく永琳でさえも。そして彼が、生斗と約千戦もの間互いを高めあった剛の者であることも理解している。

 

 彼ならば、三十分もの間綿月隊長を拘束できるかもしれない。或いは、万が一があるのかもしれない。

 そう思わされるほど、妖忌の剣戟は凄まじかった。

 

 

「輝夜、それに永琳? って言ったかしら。この境界に入りなさい。ここから遠く離れた地へ繋いだわ。正直、私も知らない場所だけれど、今の貴女達には都合が良いでしょ」

 

「……紫、ありがとう」

 

 

 自身ですら知らない地。

 未知の土地へ二人を飛ばすには理由がある。

 だが、それを説明している暇も、する必要のある人物は此処にはいない。

 

 

「余計なお世話___と、言いたいところだけれど、感謝するわ。今は()()()()()()を一瞬でも振り払える隙が欲しかった」

 

「なんだか、理由は分からないけれど、少し腹が立つわ。どうしてかしら」

 

「奇遇ね、私もよ」

 

 

 二人が何を考えてか睨み合う様子を見て、輝夜が慌てて間に入る。

 

 

「い、今はそんな睨み合いをしている暇はないでしょ! ほら、永琳入って!」

 

 

 紫が展開が展開した境界に、永琳は押し込まれていく。

 その最中、永琳は方舟へと眼を向けていた。

 

 

「(生斗、頑張って)」

 

 

 その視線は、未だに方舟の上でもがき苦しんでいる生斗へと向けられていた。

 

 

「さて、後は貴女よ」

 

「……うん」

 

 

 永琳を境界へと押し込み、残りは輝夜のみとなった。

 

 

「御免なさい。熊口様をあんな目に遭わせちゃって」

 

「いいのよ。あれにはちゃんと理由があってのことなんでしょう。それより、最後に生斗と話せなくて良かったの?」

 

「ううん、いいの。熊口様成分は充分にチャージしたから、少なくとも一億年は待てるわ」

 

「……? それはどういうこと」

 

「内緒!」

 

 

 はぐらかすように、輝夜は悪戯な笑みを浮かべながら口を前に人差し指を立てる。

 

 

「いい加減に、しろ!!」

 

「ははは! どうなってるんだその身体は! 全然傷がつかん!」

 

 

 綿月隊長と妖忌の戦闘の余波が、遂に輝夜達のいる場所まで来つつある。

 

 

「時間ね」

 

「そうみたい。本当はもっと話したかったけど」

 

 

 輝夜が境界に片脚を踏み込ませる。

 

 

「またね、紫。幸い、私達には時間が無限にある。また会った時は、月の話いっぱいしてあげるから」

 

「ふふ、楽しみにしてる」

 

「輝夜姫!!」

 

 

 防御を捨て、妖忌からの剣戟を受けながら綿月隊長は操る黒い球体をの1つを発動させる。

 

 

 

 

 

 ______瞬間、黒い球体からは自身と妖忌を巻き込んだ、洪水を思わせるほどの海水が輝夜と紫の元へ降り注がれる。

 

 

「くそっ!!」

 

 

 しかしその甲斐虚しく、境界は輝夜を飲み込んだ後、即座に閉じられた。

 

 押し寄せる高波。

 それを背に感傷に浸る紫。

 

 

 

 彼女は今、初めての友人との別れを経験したのだ。

 

 

「……ありがとう妖忌。おかげでお別れが言えたわ」

 

 

 

 そしてその感傷も直ぐ様切り換え、高波へと振り返り、綿月隊長へ宣戦布告の口上した。

 

 

 

「荒ぶる海の神よ。僭越ながら穢れた大地に住まう愚者共がお相手致しますわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

「はあ、はあ、ごふっ!」

 

 

 無から発生した海水が都の一角を覆い尽くす。

 それに巻き込まれた紫と妖忌は、都の外の雑木林まで流され、樹木に捕まって事なきを経ていた。

 

 

「被害は甚大だが___何、死人はださんさ」

 

「はあ、はあ……何が、起こったのだ」

 

 

 その海水も、二人の前に綿月隊長が現れるとともに消失する。

 

 

「彼処で暴れれば確実に死人が出るのでな。場所を変えさせてもらった」

 

「……どうも、ご親切に。感謝するわ」

 

 

 ずぶ濡れとなっていた衣服でさえ乾燥し、残されたのは洪水によってなぎ倒されていった木々や建造物の残骸。これで死人を出していないと言われても信じ難い光景が広がっている。

 

 

「紫君、と言ったかな。君の能力を使ってくれないか」

 

「なんでよ」 

 

 

 綿月隊長の発言が何の意図としているのか、紫は理解していたが、時間を稼ぐために敢えて質問する。

 

 

「隠しても無駄だろうから応えるが、君の能力の残影を辿って輝夜姫達を追うためだ。それを解析するにはもう少し情報がほしい」

 

「それなら、尚更見せるわけにはいかないわね」

 

「結構。使わざるを得ない状況を作り出すのみだ」

 

 

 あと一回。あと一回でも能力を発動させれば、解析が完了し、正確な転移場所を突き止める事ができる。

 

 それだけの能力を、綿月隊長は有している。

 

 それを肌で感じていた紫は、境界を使って行方を眩ませる手段を放棄した。

 

 

「(輝夜と一緒に入って逃げてれば良かったわね)」

 

 

 結果論であって当時の判断で言えばそれが正しいとは到底言えなかっただろう。

 何故なら、あの現状の判断材料ではあまりにも情報が足りないからだ。

 

 ___もしかしたら発信機があってすぐに居場所を発見されるかもしれない。

 ___もしかしたら一発で能力の残影を見切られてしまうかもしれない。

 ___もしかしたら生斗が地上に残されたままにされてしまうかもしれない。

 

 様々な可能性を加味し、紫は現場に残る判断をした。

 

 

「はああ!!!」

 

「また君か!」

 

 

 綿月隊長が紫へ肉薄しようとする刹那、妖忌が斬り掛かり制止させる。

 

 

「貴様の相手は私と言っただろう!」

 

 

 至近距離での攻防。

 妖忌の剣戟を霊力で強化した腕で往なす綿月隊長。

 あまりの距離の近さに、二つの球体での能力を発動させられず、強制的に肉体強化のみでの戦闘を強いられる。

 

 

「(ここまでか! この剣士の実力は!)」

 

 

 あまりの剣戟の激しさに、後手を強いられる。

 幾ら圧倒的な霊力量と防御力を誇る綿月隊長であっても、急所を斬られれば致命傷となる恐れがあったからだ。

 

 

「凄まじいな! なら、これならどうだ!」

 

「なっ、二人だと!?」

 

 

 防御に徹していた綿月隊長の横腹を、無警戒であった半身が人間化したもう一人の妖忌によって斬られる。

 

 

「はははは! やっぱり鋼のように硬い!」

 

 

 だが、その急襲も虚しく、衣服を裂き肉体に内出血を起こす程度に留まる。

 しかし、妖忌は笑っていた。

 真剣での戦い。催し物の時に味わった、生斗との極上な一時を彷彿とさせる戦いが今、ここにあったからだ。

 

 

「させないわよ」

 

「ぐっ!」

 

 

 綿月隊長がこの場を切り抜けるために、霊弾を放とうとするが、それを尽く紫に撃ち落とされる。

 

 

「やるな!」

 

「貴様もな!!」

 

 

 妖忌二人の剣戟を片手ずつで対応するも、少しずつ傷が増えていく綿月隊長。

 

 

「(どうするか、この状況)」

 

 

 少しでも妖忌へ集中を高めれば、即座に紫の妖弾が着弾する。

 

 

「(見事にとられた連携。まるで熟練の部隊と相対しているようだ)」

 

 

 そんな感想を抱きながらも、未だに余裕を見せる綿月隊長。

 先程までの時間のなかった状況とは違い、今は三十分という、彼にとって十分すぎる時間が残されている。

 冷静に分析し、事に当る余裕が生まれていた。

 

 

 

 ガキンッ

 

 

 

「!!」

 

 

 妖忌の一人に、重厚な霊力障壁が展開される。

 

 弾かれる刀身とともに後退する妖忌。

 

 それを見逃さじと、黒い球体____潮盈珠と潮乾珠が反応する。

 

 

「ごぼふっ!?」

 

 

 妖忌の一人を飲み込んだ円錐状の水流が発現。

 

 

「まずは一人」

 

「(脱出させられない!)」

 

 

 もう一人の妖忌が脱出を試みるが、表面は激流により阻まれ、身動きすらままならない状態となる。

 次第に中の妖忌は形を保つことができなくなり、霊体の姿へ戻ってしまった。

 

 

「紫殿! あの水流には捕まるな! 捕まれば身動きすら取れなくなって無力化される!」

 

「ええ、そのようね」

 

 

 綿月隊長の操る、潮盈珠と潮乾珠。

 

 潮盈珠は、無から海水を無限に発生させる能力。

 潮乾珠は、潮盈珠で発生させた海水を操ることができる能力。

 

 大規模な洪水を巻き起こしたにも関わらず、死者を出してないと発言したのには、これに起因している。

 

 綿月隊長がその気になれば、この場にいる全員を無力化するどころか、世界を崩壊させる程の力を有していた。

 

 

「(でも、近付かれたら発動できない)」

 

 

 そんな能力を持ってしても、弱点は存在する。

 その一つを、紫は見切っていた。

 

 

「妖忌! 間髪入れずに斬り続けて!」

 

「っ!!」

 

 

 二つの球体の弱点の一つ。

 それは近接戦により能力を発動させる暇を与えないこと。

 

 

「(輝夜を逃がすまでの間、あの人が能力を使わなかったのは、何か特別な理由があったわけではない。単に使えなかったからでしょ)」

 

 

 能力を発動させるには集中力がいる。

 常に身体全体を動かし続けている間は発動ができないのだ。

 

 

「(輝夜を逃がす時に発動できたのは、彼が妖忌からの攻撃を一身に受けるという捨て身の選択肢を取ったから。その捨て身も、妖忌相手に何度も取れる選択肢ではないでしょう)!!」

 

 

 妖弾の質と量を上げ、半霊分の穴を埋める紫。

 その物量は半霊分の穴を優に埋め、捌ききれない妖弾が所々綿月隊長に直撃する。

 

 

「一人欠けて尚隙は見せないか!」

 

「貴様もそろそろ見せたらどうだ!」

 

 

 妖弾が着弾時に発する爆発音と、金属同士がぶつかり合うような甲高い音響が雑木林に鳴り響き続ける。

 

 着実にダメージは蓄積しつつあるが、圧倒的に決定打に欠けている。

 だが、それでいい。

 大妖怪並の妖力量を有する紫に、乱取りを数時間に渡って行っても疲れを見せない体力怪物の妖忌。

 この均衡を保てれば、綿月隊長は時間切れで紫陣営の勝利。

 

 圧倒的な実力差から訪れた勝機。

 それを手放せじと二人は懸命に各々の役割を全うする。

 

 

「!!」

 

「二度同じ手を食うか!」

 

「がはは! やるな!!」

 

 

 先と同じく、瞬時で出せる範囲で最高硬度を誇る霊力障壁を展開するも、起こりを察知した妖忌はそれに難なく対応。障壁ごと斬り捨て、そのままの勢いで綿月隊長に狂刃が襲い掛かる。

 

 

「(なんだ、この気分の高揚は!)!」

 

 

 次に綿月隊長は全身から高密度弾幕を繰り出す。

 一発一発の殺傷力は凄まじく、常人であれば被弾した箇所がそのまま抉り取られるほどの威力。

 

 

「物量では負けなくてよ」

 

 

 だがしかし、その質は紫も持ち合わせていた。

 妖忌は剣戟を行うがまま自身に向かう霊弾を斬り捨て、紫に対して向かい来る霊弾は、出力を上げて全力で撃ち落とされていく。無論、綿月隊長に隙を作らせないために、紫はさらに倍以上の弾幕を生成し事にあたっている。

 

 

「(基礎スペックなら大妖怪と遜色ない。これであの能力をフル活用されたら更に厄介だったな)」

 

 

 第二の手も難なく看破され、思わず笑みが溢れる綿月隊長。

 徐々に均衡が崩れ、妖弾は幾度もまともに食らい、両腕は赤く腫れ上がっていく。

 

 

 ____久しく忘れていた戦いによる高揚感。

 

 

 他者との闘争、奪い合い。死に繋がりうる行為。

 それは正しく穢れである。

 

 

「(穢土に降りて、私も毒されたか)……」

 

 

 浄土へ移り住み、限りなく穢れを削ぎ落とし得た長寿。

 その今までを否定するかのように、綿月隊長の胸の奥に仕舞い込んでいた闘争心が、目醒めつつあった。

 

 

「だが、それで良い!」

 

 

 _____今は甘んじて穢れに染まろう。

 

 

 そして今、綿月隊長の"タガ"が外れた。

 

 

「_____獲った」

 

 

 刹那の油断。

 それを見逃す妖忌ではなかった。

 

 綿月隊長の腹部に深々と刺さった刀身。

 

 妖忌は確信していた。

 刀を引き抜くことで、この闘いの幕が降りることを。

 

 

「……なにっ!?」

 

 

 しかし、いつまで経っても刀が引き抜かれることはなかった。いや、正確には()()()()()()()()

 

 

「隙ありだ」

 

「ぐっ!!!」

 

 

 綿月隊長の、熊のような掌での平手打ちが妖忌に襲い掛かる。

 それをなんとか腕で防御するも、敢え無く木々を薙ぎ倒しながら遠い彼方へ吹き飛ばされてしまう。

 

 

「あと、一人だ」

 

「くっ!」

 

 

 刀身を抜き、即座に霊力による自然治癒力を高め止血させる。

 数千にも及ぶ剣戟に、数百もの弾幕を食らって尚、両腕を除き大した傷が残っている様子もなく、既に自然治癒により回復しつつあった。

 

 

「ほんと、私達以上に化物ね」

 

「がはは、月の皆からもよく言われる」

 

 

 この状況、傍から見なくとも詰みである。

 勝利条件の大前提であった潮盈珠と潮乾珠の封殺。それには妖忌が必要不可欠であった。

 一対一で、近接戦に若干の不安のある紫には荷が重すぎる状況。ただでさえ絶望的な状況に加え、今の紫の最大出力の妖弾を幾度も受けても尚、自然治癒力が勝る始末。

 

 

「能力を使って逃げろ。紫君を態々追うような真似はせん」

 

 

 敵からの逃亡の提案。

 何も護るものがなければ、聞き入れていたかもしれない。

 けれども紫は、その選択肢を勘定に入れるような妖怪には育っていない。

 

 

「悪いけれど、聞き入れられない提案ね」

 

 

 澄まし顔でそう告げる紫を見て、満面の笑みを溢す綿月隊長。

 

 

「そうか、それは……残念だ!」

 

 

 潮盈珠と潮乾珠が光り出すと共に、綿月隊長は音速を超える速さで紫に対し肉薄していく。

 

 通常、人間の質量での音速を超える速さで動けば、空気抵抗により高熱を発し、五体バラバラに裂け、焦げ落ちる。風を操るものでない限りは到底出すことは叶わぬ代物。

 

 そのような常識を通じないのが、綿月大和という存在であった。

 

 

「う"っ!!」

 

 

 龍の形状をした水流とともに襲い掛かる綿月隊長に対し、無数の弾幕と御札により対抗する。

 更には結界により自身を保護し、水流にも対抗出来るよう二重の構えを取る。

 

 

 だがその全ては、綿月隊長が起こした衝撃波により虚しく消し飛んでしまった。

 

 

「がっはぁ……!!」

 

 

 綿月隊長のラリアットが、紫に直撃する。

 

 これまでに経験したことのない衝撃。

 直撃する刹那、なんとか首を保護するように腕を畳み、全妖力を込めて防御に徹した。

 

 にも関わらず血反吐を吐き、遠く離れた大木にめり込むまでに吹き飛ばされた。

 

 

「がはっ、ごほ!!」

 

「何故だ。境界を使用すれば避けれただろう」

 

「ごほっ、ごほっ!!」

 

 

 綿月隊長には理解出来なかった。

 生斗に育てられたとはいえ、紫はたかが妖怪。

 いざとなれば保身に走り、能力を露顕させると。

 

 だから全力で放った。

 

 なのにだ。

 紫は能力を使わず、防御に徹した。これまでの戦闘からそれが悪手であり、致命傷足り得る威力であると知りながら。

 

 

「……どうやら私は、君を過小評価していたらしい。本当にすまなかった」

 

「ぐっ、ぐふっ、ふう、ふう」

 

 

 睨め付ける紫に、綿月隊長は謝罪する。

 妖怪は悪であり、どこまでいっても相容れぬ存在だと切り捨てていた。

 だが、自らの死を覚悟して尚、友を護るために身を挺するその姿。

 

 綿月隊長は感動していた。

 また一つ、己の認識に新しい発見があったことに。

 

 

「紫君、お願いだ。能力を使ってくれ。出来るのならば君を退治したくない」

 

「は"あ"、は"あ"……」

 

 

 

 大木から落ち、地面に這いつくばりながらも、紫は土を握り締め、なんとか立とうと震える脚に鞭を打つ。

 

 喉は潰れ、妖術が解かれ金髪を晒し、口からはおぞましい量の血が滴り落ちる。

 

 眼前には、最強の月の使者。周りには水流が今にも襲いかからんと待機している。

 

 _____抵抗を直ちに止め、能力を晒したうえで回復に徹するべきだ。

 

 頭ではそのような弱音が、反響するように幾度も流れてくる。

 

 

「(でも、そんな事をしたら)ごほっ、ごほっ」

 

 

 時間はまだ十分程しか経っていない。

 けれども、綿月隊長という化物相手によくやった方である。

 これだけの時間を稼げれば、輝夜達は境界先から遠く離れてくれているだろう。

 

 だから、もう頑張る必要はない。

 

 

「ぞれ"じゃ、がぐや"に"、がお"むげでき"な"い"」

 

 

 それでも、紫は友を裏切らなかった。

 

 潰れた喉をなんとか動かし、綿月隊長の提案を拒絶する。

 

 

「……すまない。君の覚悟を侮辱してしまったようだ」

 

 

 掌で眼を覆い、自身の失態に心底嫌気が指す綿月隊長。

 

 

「済まないが、私は君を退治しなければならない」

 

 

 しかしその自己嫌悪も、ものの数秒で済まし、公務に戻る綿月隊長。

 月の民からすれば、妖怪は殺生とは別の"駆除"に過ぎない。多少穢れは発生するが、必要な駆除とあればそれは良しとされてきた。 

 

 

「犯行補助に殺害未遂。そこまでした妖怪をみすみす見逃せば私が罰せられてしまう。能力を教えてくれれば、退治の優先順位が下がって幾らでも理由をつけられたんだが」

 

 

 自身の殺害予告にも紫は動じず、今も抵抗の意思をみせんと、睨み続ける。

 どんな状況であろうと、彼女に友人を裏切る選択肢などない。

 

 

 

「では、さらばだ。紫君」

 

 

 

 天高く上がった水流が、紫を襲い掛からんと急降下する。

 

 まるで宇宙から降り注ぐ滝流星。

 紫まで辿り着くまで残り数秒。

 

 綿月隊長もせめて苦しませまいと、ありったけの密度で仕留めにかかっている。

 

 

 紫が今、万全だったとしても到底迎え撃つ事のできないほどの密度。

 

 

 

 

 

 

 _____しかし、その滝流星は、流れ星の如く放たれた『爆散霊弾』と共に霧散していった。

 

 

「……これは____ぐっ!?」

 

 

 綿月隊長の身体に、無数の霊力剣が突き刺さる。

 

 爆散霊弾に霊力剣。

 

 その二つは、()が最も得意とする武器である。

 

 

「紫、すまん。来るのが遅くなった」

 

「ぜ、い"ど!」

 

 

 紫を護るように、綿月隊長の前に立ちはだかるは、先程まで永琳の注射により悶え苦しんでいた熊口生斗本人であった。

 

 

「どうしてだ、熊口君。君は確か永琳の注射で無力化していた筈。それに何故私に攻撃を……」

 

 

 霊力剣を引き抜きながら、今起きた疑問をぶつける綿月隊長。

 

 

「そんな事はどうでもいいんですよ」

 

 

 そんな彼の質問を、生斗は不躾に回答する。

 

 月の使者である綿月隊長に対し、先程とは打って変わって、今の生斗は敵対心を隠していない。

 

 それは、何故か。

 

 答えは余りにも単純明快______

 

 

「此処から先は戦争ですよ、綿月隊長」

 

 

 

 _____紫を手に掛けようとした綿月隊長に対し、本気でキレていたからだ。

 

 

 




すいません、想像以上に妖忌と紫が強くて粘っちゃったので、二話に別けます。なので次話が正真正銘4章最終話です。

当作品の原作キャラの中で一番印象に残っている人(神)妖

  • 八意永琳
  • 綿月依姫
  • 綿月豊姫
  • 洩矢諏訪子
  • 八坂神奈子
  • 息吹萃香
  • 星熊勇儀
  • 茨木華扇
  • 射命丸文
  • カワシロ?
  • 八雲紫
  • 魂魄妖忌
  • 蓬莱山輝夜
  • 藤原妹紅

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