東方生還記録   作:エゾ末

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㉙話 いつまで経っても

 

 月の使者が来るまで後一日。

 最後の仕上げにおれは藤原邸の庭園にて、妖忌との三本勝負に興じていた。

 

 

「はあ、はあ……やっと勝ち越せたな」

 

「くっ、だが総戦績は私の方が上だぞ」

 

 

 二対一でなんとかおれが勝利を収めることが出来た。最後の調整で勝ち越せたのはでかい。

 これは運気がおれに回ってきているということだ。

 

 

「今日はこのぐらいにしようぜ」

 

「勝ち逃げするつもりか? 勿論再挑戦だ」

 

「馬鹿、やる前に言ってただろ。明日は大切な日だから再戦なしだって」

 

「ぐぬぅ」

 

 

 総戦績で言えば四百八十二勝五百十敗八分。丁度千戦やっておれの負け越しだ。

 思えば随分と妖忌と打ち合った。お互いの手の内が分かって尚、それを逆手にどれだけ相手を出し抜けるかを常に思考し、創意工夫を持って挑むことが出来た。

 正直に言って妖忌との打ち合いは野盗との実戦の十倍は効果がある。

 それを千戦もやってのけたのだ。今のおれは一年前と比較して、比べ物にならないほど成長した……と思う。

 

 

「……ん?」

 

 

 勝利の余韻と、自身の成長に内心喜んでいると、屋敷の方から視線があることに気が付いた。

 

 

「(妹紅か)」

 

 

 ニヶ月前に喧嘩まがいのことをしてしまって以来、全くと言って良いほど口を聞いてくれなくなったんだよな。

 おれから話し掛けても逃げてくし。

 

 

「おーい、妹紅」

 

「!!」ダッ

 

 

 ほら、逃げていった。

 おれから無理に話そうとしてもあれではどうしようもない。

 本当は最後にじっくりと話したかったんだが、あっちが望んでいないことを無理矢理するわけにもいかないしな。

 

 

「なあ、妖忌」

 

「なんだ」

 

「明日の月の使者が来る件、恐らくおれはそのまま輝夜姫の屋敷から去る」

 

「去るも何も、夜逃げだろう」

 

「あー、まあそうだな。それで頼みがあるんだけど」

 

「頼み事とな?」

 

「妹紅の事、気にかけてやってくれないか」

 

 

 おれと輝夜姫の後ろ盾が無くなれば、妹紅はまた独りになる。だから、同じ屋敷にいて信頼の出来る妖忌に頼むしかない。

 

 

「ふん、心配はいらん。私と妹紅殿は『友人』だからな」

 

「えっ、お前らいつの間にそんな関係になってたの」

 

「前に熊達と行った散策以降でな。熊が心配していることも把握しているし、私なりに考えもある」

 

「そうか。それなら……良かった」

 

 

 最後の不安要素がこれで消えた。

 おれがいなくなって妹紅は大丈夫なのか。それがずっと引っかかっていた。

 自分から突っ掛かっていったのに、自身の都合で勝手に突き放してしまうことに、後ろめたさもあった。

 本当に、妖忌が藤原邸に居てよかった。

 いや、おれが脇腹切ったからこうなった訳だし、実質おれのおかげでもあるのか? 

 

 

「あっ、あと妖忌。帝の兵達にはおれが合図するまで攻撃するなよ」

 

 

 やる必要もない。

 どうせ月の使者達に蹂躙されるだろうし。

 まあ、月の中では殺しなんて穢れの権化みたいな行為は御法度らしいので、殺されることはまず無いだろう。

 

 

「分かってるさ。バレずに皆峰打ちすれば良いのだろう?」

 

「分かってない分かってない。全然わかってないよそれ」

 

 

 えっ、そんな認識で分かってるって言われたら、さっきの妹紅の件での分かってるもちょっと不安になってくるんだけど。おれの思惑、ちゃんと妖忌さん理解してますよね? 

 

 

「夜逃げにあたって帝の兵以外にも第三勢力がいるってこと。詳しくはややこしいから言わないけど、恐らくその勢力と帝の兵達は争うだろうから、それに乗じようって感じだ」

 

「ふむ、そういうことだったのか。私はてっきり下手に帝の兵に手を出して妹紅殿の側にいられなくなることを危惧していたのかと思っていた」

 

「あっ、そこはちゃんと理解してたのね」

 

 

 それでバレずに峰打ちって発想になったのか。

 言葉足らずで少し申し訳なくなったな。

 

 

「……なあ、熊。これだけ譲歩したのだから、私の我儘も聞いてくれないか」

 

「そうだな。おれに出来ることなら言ってくれ。飯か? 丁度この前美味い飯屋を見つけ_____」

 

「もう一回、三本勝負だ!」

 

「___てさ?」

 

「さあ! 木刀を構えろ熊!」

 

「え〜〜……え〜」

 

 

 切り良く千戦やったから良いじゃん。

 しかも総戦績では妖忌が勝ち越してるんだし。

 このバトルジャンキー野郎め。

 

 でも、これから色々やってもらうのも事実。

 これぐらいの我儘を、聞いてやらないのはあまりにも器が小さいというもの。

 

 

「……はあぁぁ〜、しょうがないなぁ! 負けず嫌いの妖忌君の鼻っ柱を折ってやるとしますかねぇ!」

 

 

 この後、見事三本全部取られたことは言うまでもない。

 ちょ、これ明日の本番がすっごく不安になってきたんだけど。

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

「今日の飯、なんか豪華じゃないか?」

 

「お婆さんが自ら縒を掛けて作られたそうよ」

 

「そりゃそうか。明日月に還るかもしれない日だし。おっ、この切り干し大根ご飯に合うな」

 

 

 _____夕飯時。

 いつもと変わらぬ食卓を囲んで、おれと紫は軽い雑談を交わしながら食膳を口に運んでいく。

 

 

「んで、海に渡るって言ってたけど、何か当てはあるのか」

 

「特には。私なら船を利用せずとも海を渡れるし、そんなに気にしてないわ」

 

「そうか」

 

 

 鯛の煮付けを頬張りずつ相槌する。

 ほんのりと甘みがあってこれも中々にいける。

 

 

「紫、お前まだ自分のやりたい事に対して明確な未来が見えてないだろ」

 

「……なんでそんな事が生斗に分かるのよ」

 

「あったりまえだろ。普段のお前なら海に渡った後にどう行動するのか、二手三手先を考えて物事に当たっている筈だし、それを自慢気に話してくるだろ」

 

 

 図星だったからか、口元隠し咳払いをする紫。

 お前がおれの太腿ぐらいの高さの頃から見てきてるんだ。

 おれに心配させまいと隠そうとしていたようだが丸分かりにも程がある。

 

 

「ほんと、貴方には隠し通せないわね」

 

「この地が安全とは言わないが、何も計画性も無しに海を渡るのは止めておけ」

 

 

 海の向こうは未知だ。

 幽香は無事戻ってこれたみたいだが、紫が帰ってこられる保証はない。

 

 

「それなら、どうしたら良いと思う? 生斗なら、これからの未来、私に役立つ行動を取るにはどうすべきなのか」

 

「うっ、意地悪な質問してきたな」

 

「ふふっ、否定だけでは子は納得しないってことよ」

 

 

 紫の今後為になる選択、か。

 

 ______一つある。けれども、それは下手すれば海を渡るよりも危険かもしれない。だが、()()があれば、なんとかなるかもしれない。

 

 

「_____妖怪の山」

 

「妖怪の、山?」

 

「おれが妖怪に対する認識を大きく変えた場所だ」

 

 

 鬼や天狗、河童等多くの妖怪が住まう山地。

 紫はおれといる間は主に人間と関わってきた。ここで妖怪との生活の違いや認識の違いを学ぶには良い場所かもしれない。

 

 

「そこは主に鬼と天狗が支配してる山で、結構外部には厳しい場所なんだよな」

 

「それ、私が行っても追い返されるだけじゃない?」

 

「大丈夫大丈夫。おれそこで五十年過ごしてきたから。大体のやつはおれの顔見知り」

 

「五十年も妖怪と暮らしてたの?」

 

「そりゃまあ、色々と深くない事情があってな……」

 

 

 勇儀にボコボコにやられたからってことは今言う必要はないか。

 

 

「ああ、あとこれ」

 

「えっ……それって」

 

 

 おれが肌身離さず携えていた剣助。

 それを紫の前に置く。

 

 

「妖怪の山に行く時これを見せれば、おれの関係者だって分かるだろ。仕方ないから次会うときまで貸しといてやる」

 

「大切なものでしょ。借りてもいいの?」

 

「大切だよ! 毎日欠かさず手入れをして布団の中で一緒に寝るぐらいにわな!」

 

 

 どんな時でもおれは剣助を腰に携え、あらゆる窮地を救ってくれた相棒。

 妖剣だからか霊力を吸えば刃毀れは直るし、手入れをしたところで切れ味が変わる訳でもない。でもおれは数百年間欠かさず手入れをしている。

 だって聞こえるんだ。手入れされてる時の剣助の気持ちよさげな『声』が。

 

 

「それなら態々渡さなくても……」

 

「いいんだ。どうせ次の行き先には邪魔になりかねない。それなら有効活用してくれる紫の元にいた方が剣助も喜ぶ」

 

「生斗が良いのなら、有り難くいただくけど」

 

「ちゃんと毎日手入れするんだぞ! 後で手入れ道具一式渡すから!」

 

 

 受け取られていく剣助の姿を惜しみながらも、おれは眼頭をぐっと抑える。

 すまない剣助。月から帰ってきたらすぐに返してもらうからな……!! 

 

 

「まあそんな事よりも」

 

「ああ!!」

 

 

 おれの相棒を無作法に境界の割れ目へと放り投げる紫。

 馬鹿紫馬鹿! 妖剣だからってもっと慎重に扱ってくれお願いだから! 

 

 

「妖怪の山。確かに面白そうね。行ってみる価値はあるかも」

 

「……あー、天狗は兎に角鬼は血気盛んな奴らが多いからもし戦闘になった時はちゃんと条件つけて戦えよ。そしたら連戦も多対戦も避けられる」

 

「天狗はどうなの?」

 

「話を聞いてくれずに多対戦を仕掛けてくるし、普通に皆強い」

 

「……行くの止めようかしら」

 

 

 これだけ聞けばそうだよな。普通に危険な山だ。

 でも大妖怪の素質を持った紫ならきっと大丈夫なはず。

 

 

「多分それも大丈夫。天狗何人かボコったら絶対鬼が出てくるから。そしたら天狗達は手出ししてこなくなる」

 

「どうして?」

 

「天狗は鬼を恐れてるんだよ。むか〜しに一方的な蹂躙を受けたからな。一応互いの不可侵を築いてるけど、そんなものはお飾りで彼奴等屁理屈こねて結局好き勝手暴れるんだよ」

 

「そんな彼等なら天狗を倒す実力者が現れれば必ず乗ってくると」

 

「そういうこと。どうせ警備を手伝ってやるとか言い出して一騎打ち仕掛けてくる。黄金一粒掛けたっていい」

 

「ある意味圧倒的信頼ってことね」

 

 

 妖怪との交流を得れば紫としても良い経験になる。それに紫の能力を知って怖気づく輩はそんなにいない。既に圧倒的な暴力を経験してる奴等ばかりだからな。

 

 

「射命丸って天狗と、萃香って鬼によろしく言っておいてくれ。勿論、他の奴らにも同様によろしく。是非ともおれの武勇伝を聞かせてやってくれ」

 

「まだ行くことが確定しているわけではないのだけれど……でも了解よ。私自身に自信を持てる日が来たら、その時は寄らせてもらうわ」

 

「すぐにその日は来るさ。なんてったって紫は天才で秀才だからな」

 

「そんな常識では喜ばなくてよ」

 

 

 と言いながらも口元が緩んでいる紫。

 

 ______スゥ。

 

 

 ほんっっっと可愛いなこいつ!! 

 

 

「ご飯、冷めてるわよ」

 

「あっ」

 

 

 そういえば今食事中だったな。

 折角豪勢な食卓なのに勿体ない事をしてしまった。話し始めは湯気の立っていたお吸い物は見る影もなく、米に至っては軽く硬くなってきている。

 

 

「まっ、この先の人生……妖生? を決めるのはお前自身だ。幸い時間は幾らでもある。ゆっくりと決めてくといいさ」

 

「そうさせてもらうわ。今生の別れってわけでもないし」

 

 

 あっさりとした態度で最後の一口を食べ終え、箸を置く紫。

 

 

「けれども、生斗にはこれまで返し切れないほどの恩がある」

 

「んっ、急にどうした」

 

 

 食膳を横に退け、両手を床につける。

 

 

「本当に___本当にお世話になりました」

 

「お、おいおい」

 

 

 そして紫は、おれの前で深々と頭を下げた。

 突如として起きた現象に脳が追いつかない。

 そんな畏まる仲でもないのに、急にどうしたんだ紫は。ちょ、こういうの身内で慣れてないから、頭上げてほしいんだが。

 

 

「なーんて」

 

「んえっ?」

 

「驚いたでしょ」

 

 

 困惑しているおれを誂うように、紫はゆっくりと身体を起こす。

 こ、こいつ……! 

 

 

「でも感謝してるのは本当よ。それこそ仕切れないくらいに」

 

「んなもん良いんだよ。幾らでも甘えてくれれば。なんなら抱き締めてやろうか。ほらほら」

 

「子供扱いは止めてちょうだい」

 

「おれにとっては、紫はいつまで経っても子供だよ」

 

「次会った時覚悟してなさい」

 

 

 鋭い眼つきで睨めつけてくる紫だが、何にも怖くない。

 事実なもんは事実だから仕方ない。いつまで経っても、おれにとって可愛い娘だよ。

 

 

「それじゃあ、私はお盆返してくるから」

 

「ああ、おれも食べ終えたら紫の部屋行く。今日は妖怪の山について色々話してやるから、寝れると思うなよ」

 

「……はあ、流石に生斗は寝なさいよ。明日は生斗にとっても大事な日なんでしょう」

 

 

 それはそうだが、妖怪の山について理解を深めてほしいんだよおれは。

 こういう事になるんならもっと前から話しておけばよかったな。

 

 

「でも、楽しみにしてる。一時は会えなくなるだろうし、お互い満足するまで語り合いましょうか」

 

「おー、ノリが分かってるな紫ちゃんや。おじさん張り切っちゃうぞ〜!」

 

「次ちゃん付けしたら境界行きだから」

 

「はい、申し訳ございませんでした」

 

 

 まさかお辞儀を受けた数分後に土下座をする羽目になるとは思わなかった。

 おじさんネタはネタでも気持ち悪がられてお父さん悲しいです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 因みに紫に貸した剣助は、妖怪の山を出発する前日に貰った代物だったので、殆ど憶えてる妖怪はいなかったようで、おれの関係者である証拠にはならなかったそうです。

 

 勿論、それによりかなり苦労したと再会した紫に聞かされた時は全力で謝りました。それはもう全力に。

 

 

 うん、完全に忘れてたわ。

 

当作品の原作キャラの中で一番印象に残っている人(神)妖

  • 八意永琳
  • 綿月依姫
  • 綿月豊姫
  • 洩矢諏訪子
  • 八坂神奈子
  • 息吹萃香
  • 星熊勇儀
  • 茨木華扇
  • 射命丸文
  • カワシロ?
  • 八雲紫
  • 魂魄妖忌
  • 蓬莱山輝夜
  • 藤原妹紅

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