「お帰り下さいませ」
「そ、そんなぁ」
貴公子の最後の一人が撃沈した昼下がり。
家臣に労われながらこの場を去っていく貴公子を横目にお爺さんは深い溜め息をつく。
「姫、これはあまりにも酷ではありませぬか」
「申し訳御座いません。父様」
お爺さんの苦言も耳蛸と言わんばかりに、輝夜姫は間髪入れず頭を下げる。
輝夜姫のために、老い先短い人生を奮い立たせ、元の生活を捨て上京。輝夜姫のために、貴族らの宴会に赴き、慣れぬ場で彼女を宣伝。
それで漸く手に入れた尊い御身分との縁談を踏み潰されたのだ。お爺さんからすれば溜まったものではないだろうな。
「儂は、姫にとって最良と想い、ここまでやってきました……しかし、姫にとっての幸せはこれではないのではと感じているのです。姫、貴女の幸せとは一体何なのですが? 儂と妻は、姫の意思を尊重したい」
「……」
「(えっ、まじか)」
お爺さん、てっきりあんたは輝夜姫を婚約させることが絶対の幸せと信じて疑わないものだと思っていたのに、考えを変えるなんて。
流石に五人の貴公子をばっさり斬ったのが相当響いたのかもしれない。
「『現在』、で御座います」
「現在……なのですか」
「父様と母様がいて、親しくして頂ける方々いる。それが私にとってこの上ない至福なので御座います」
_____現状維持。
これまでのお爺さんの行動を否定する一言に、お爺さんは怒るでもなく驚愕の表情となる。そして何かを察したのか、やらかしたと言わんばかりに両手で顔を覆った。
「儂はなんてことを……次なる幸せを求めるばかりに今あるこの環境を疎かにしてしまっていた」
「父様……」
「姫、本当にすまなかった。儂が間違っておりました。これ以降の縁談は全てお断りします」
「父様……!」
お爺さんも輝夜姫の幸福を理解した上で、これまでの後悔の念を溢す。
遂に輝夜姫とお爺さんが分かり合える日が来たか。この時代じゃ女性にとっての幸福はお爺さんの考え方が一般的なのだろう。
だが、それは万人にとってというわけではない。お爺さんはまずは、彼女と相談し合うべきだったんだ。
「熊口殿」
「はい、なんでしょう」
お爺さんが急遽、客室の間の端で待機していたおれに話しかけてくる。
恐らく、あの事だろう。
「熊口殿もありがとうございました。儂らのために面倒な果たし状を受けてくださっていたのでしょう。だが、もう大丈夫です」
「……もう果たし合いをする必要はないと」
「その通りでございます。熊口殿にはこれまで我々の宣伝の為に御尽力して下さった。これには感謝してもしきれません。だが、もう儂らには地位も名誉も必要なくなった。もう無理に受けて頂く必要も無いのです」
「___そうですか」
正味、おれにとって果たし合いによる輝夜姫の売名は二の次だったんだよな。
でも、もうやる必要ないと言われたらからには引き下がる他ない。敷地を使用させてもらってる立場だし。
それにもう期日まで残り2ヶ月を切った。
もう果たし合い程度で得られる経験値も雀の涙程度しかないし、頃合いだったのかもしれない。
「承知しました。庭園を毎度汚してしまって心苦しかったので丁度良かったです」
「かたじけない」
さて、懸念点であった貴公子の件も解決し、着々と作戦決行への準備も整ってきた。
もう果たし状も来なくなるのは若干の寂しさはあるが、それを上回る鬱陶しさがあったのである意味清々したな。
お爺さんももう縁談は持ち込まないと言っていたし、輝夜姫も期日まである程度はゆっくりできるんじゃないか。
貴公子達の対応に疲れていたようだし。
好意を向けられて悪い気はしないが、此方がその気でない時、それを相手が傷付かないように往なすのには結構な労力がかかるからな。
ーーー
「輝夜姫、そなたが此れ迄全ての縁談を断ってきたのは、この私に娶られたかったためであろう」
「……」
おれの考えは思いっきりフラグだったようだ。
まさか最後の貴公子との破談が成立した後、噂を聞きつけた帝が態々此方の屋敷まで赴いてくるとは。
縁談を断ると言っていたお爺さんも、流石のこの地を統べる王を前にしては、太刀打ちは出来なかった。
「帝……!!」
「妖忌落ち着け」
帝が来るということで、警備は厳重。
帝の近衛兵だけでなく、この都でも屈指の実力者が屋敷の周りの警備にあたっている。
それに便乗して蓑笠を深く被った妖忌がこの屋敷を訪れた時は肝を冷やした。だって妖忌、帝の事恨んでるし。
今は妖忌を宥める意味合いも込めて、二人で庭園を見張っている。
「ほれ、近うよれ。そなたの顔をよく見せておくれ」
「止めてくださいまし」
庭園からも聞こえてくる帝と輝夜姫の会話に、妖忌は歯噛みする。
嫁さん、帝の女癖の悪さで亡くなったようなもんだもんな。こうして他の女性をはべらせている様子に苛立っているのだろう。
「_____なんと美しい。輝夜姫、私の屋敷に来い。この世の贅沢を味あわせてやろう」
うわっ、帝じゃなきゃまず出ない発言だ。
いいなぁ、おれも一度は言ってみたい。
「私はこの生活に満足しています」
「それはそなたが今以上の贅沢を知らぬからだ。可哀想に……貧相な暮らしを強いられていたのだな」
「……」
「私の屋敷ではそのような不便はさせぬ。そなたの望む全てを与えよう」
周りに人がいるのに、恥ずかしげもなくそう発言出来る辺り、帝にとっての常套句なのだろうか。それとも、周りの人間を"人"として認識していないか。
「___葉月の望月の日に、私に迎えが来ます」
「迎えとな? 此処がそなたの主家ではないのか」
「!!」
おい、輝夜姫それは口外していいのか。
だってその日は_____
「私は造に拾われましたが、産まれは別にあるのです」
「差し支えなければ、聞いても宜しいか」
「_____月の都。私の主家は月にあります」
「なんと!」
そう、月だ。
あれだけ細心の注意を払っていたのにも関わらずなんで今になって口外したんだ。
「私は月からこの地へ降り立ち、今があります。しかしながら、先程仰いました、葉月の月が満ち足りた日に、使者が私を迎えに参るのです」
「ほう。だからこの私に手を引けと?」
影響力で言えば都どころか全土に渡るこの地の統治者にそんな事を言って輝夜姫は何を企んでいるんだ?
帝の言う通り、単に諦めさせる為_____いや、そうか。
「滅相も御座いません。私はこの地を愛しております。しかし、月の使者は強力な者ばかり、私程度の力では月に還らざるをえないでしょう」
「……続けろ」
なんて奴だ。
帝への求婚を逆手に取るなんて。
相手が相手ならそのまま家臣諸共打首になる可能性だってあるんだぞ。
「ですので、この地を統べる帝である貴方様のお力添えをお願いしたいのです」
「ほう、私の力を欲するというのだ」
輝夜姫、帝を巻き込みやがった。
大胆不敵にも程があるだろう。思いついたって普通は実行しようだなんて考えない。失敗した際のリスクがあり過ぎるからだ。
「くははっ! 良かろう。葉月の望月に我が兵を配備させる。輝夜姫、我が兵が月の使者を退けた暁には、我が嫁となるのだ」
「はい。その時は謹んで、お受け致します」
「(通っちゃったよ……)」
なんでなんだ。なんでこうも輝夜姫の望む通りに事が運ぶんだ。やっぱり顔なのか。障子越しだから分からないが、恐らく帝は輝夜姫の素顔を見ている。
だから見た瞬間に気に入り、求婚していた。
ある意味助かったが、輝夜姫の思惑を理解した瞬間どことは言わないが縮み上がったぞ。
おれは兎も角輝夜姫やお爺さん、あと良くしてくれた家臣達まで処刑される恐れがあったし、月へ行く手段を失いかけたんだからな。
こういう博打は事前に教えてほしかったものだ。知ったところで何か出来たとかはないが、少なくとも心臓への負担は軽くなるはずだ。
「……くくっ」
「よ、妖忌。どうした?」
完全に隣りにいる事を忘れてしまっていたが、おれは妖忌の見張りも兼ねて此処にいたんだ。悠長に肝を冷やしている場合ではなかった。
「くくくっ、阿呆過ぎるだろう。恋は盲目とはよく言ったものだ」
笑いを堪えるように、妖忌が顔を手で覆っている。
なんで笑っているんだ……?
「月から迎えに来る等と、御伽噺ではないんだぞ」
「…………………………おう、そうだな!」
うん、そうだよな。普通の感性であれば突拍子もなさ過ぎるよな。事実を知っているおれは兎も角、すんなり受け入れてる帝は異常でしかない。
「くくっ、分かってるぞ熊。御主達、期日までに帝から逃げる準備を整え、夜逃げするつもりだろう。任せろ、帝の兵どもは私が足止めしてやる」
「えっ、えっ」
「今から帝の悔しむ顔が眼に浮かぶ。まんまと月に逃したと思い違えた奴の顔がな……!」
完全に勘違いしてらっしゃる。妖忌さん。
いや、まあ正直、来てくれるのなら百の兵より妖忌の方が頼りになるし良いんだが。綿月隊長に数の力は通じないし。
「楽しみだな!」
取り敢えず妖忌を乗せるだけ乗せとこう。
うん、それが良い。輝夜姫の帝巻き込み作戦は失敗に終わるかもしれないが、代わりに妖忌が一緒に戦ってくれるかもしれないし、無駄ではなかったのかもしれない。
ついでに妖忌の復習も達成されるし、一石二鳥だし、最高だな。
「おれらで皆ボコろうぜ!」
「ああ!!」
ごめんな、妖忌。帝の兵を一緒にボコす代わり、バケモンの戦闘にも参加させるから覚悟してな。ほんと、ごめんな。
※補足
帝は端から輝夜姫の言葉を信じていません。
当作品の原作キャラの中で一番印象に残っている人(神)妖
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八意永琳
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綿月依姫
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綿月豊姫
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洩矢諏訪子
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八坂神奈子
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息吹萃香
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星熊勇儀
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茨木華扇
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射命丸文
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カワシロ?
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八雲紫
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魂魄妖忌
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蓬莱山輝夜
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藤原妹紅