東方生還記録   作:エゾ末

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㉖話 二度と訪れぬ好機

「脇が甘いぞ。あー、そこ。手振になってる。それじゃあ簡単にはたき落とされる」

 

 

 藤原邸にて、おれは現在、近衛兵達の剣術指導に精を出していた。

 

 

「いいか。相手の力をいなす時のコツは力の流れに逆らわないこと。相手の力の流れに合わせて横から少しだけ押してずらすような感覚だ」

 

 

 何故おれがこの前鞍替えを断った藤原邸にいるのか。

 それは勿論、交換条件としておれから提示したからだ。

 書状にておれは確かに断りの達を出したが、貴族階級の藤原不比等の申し出を無下にしては後が怖い。

 おれだけでなくお爺さん達まで被害が及ぶ恐れもあったこともあり、おれは藤原家の兵隊に対して半年間、定期的に剣術指南をする事を条件として鞍替えの件を帳消しにした。

 

 

「熊、御主見かけによらず教えるのが上手だな」

 

 

 本来であれば後ろで近衛兵と一緒に乱取りをしている妖忌が指南を務めるべきであったんだが、なんか途轍もなく教え方が下手で、一向に兵力の強靭性を上げれていなかったというのも、おれの提案通った要因として大きかったのかもしれない。

 意外にも、妖忌は感覚派ってことがこれで分かったの面白いな。

 

 

「あん? 熊さんは教え上手で名が通ってるんだ。百人仕込みの熊殺しって名は妖忌も一度は聞いた事あるだろう」

 

「ないが」

 

「そりゃそうだろな。おれが今考えたんだから」

 

「「(なんだこいつ)」」

 

 

 それでも嫌味を言われるんだからな。

 一方的な申し出を断る権利は当然おれにある筈だし、その上で折角有り余る時間を削ってまで兵隊蟻の強化を手伝ってあげるっていうのにあの態度。おれが自由の身なら一発喝を入れてるところだ。

 

 

「はい、一旦乱取り止め」

 

「はあ、はあ、はあ」

 

「いっだぁ」

 

 

 今の乱取りを終え、最中にもしていた各々の改善点を改めて指導していく。

 正直戦いの最中で指導しても頭にはそう入ってこない。同時並列思考は普通の人間には難しいし、なんならおれも苦手だ。

 

 

「ここは左腕を畳んで受けた方が力が入る。鍔迫り合いになったとき脇が甘いと簡単に力負けするぞ」

 

 

 同時に思考ができないのであれば、複数パターンのうち幾つかを自分の身体に染み付くまで繰り返す。そうすれば極限まで思考する力を抑え、他に考えるリソースが出来るってわけだ。

 時間はかかるがこれが一番万人に効果が出る。後はその万人がそれを続けられるかどうかだ。

 

 

「___以上。それじゃあそれぞれの改善となる動作反復を千回行うこと。このとき注意だが、ただ言われたから何も考えずやるのはただの作業で効果半減だからな。己で思考し、その動作でどういった対応が可能か複数の選択肢を持つようにすれば効果倍増って事を肝に銘じておくように」

 

「せっ、千回ですと……」

 

「……承知、した」

 

「か、身体が動かん」

 

 

 何だこいつ等。たかが乱取り5分50セットしただけでバテ過ぎだろ。

 あっ、因みにおれは普通に動いたら死ぬレベルなので霊力で身体強化して体力を極限まで使わない動きで乗り切りました。

 

 

「熊、私はこれじゃあ足りないぞ。手合わせ頼む」

 

「望むところだ」

 

 

 短期間で実力を向上させるにうってつけなのは、自身より少し上の存在と戦うこと。

 妖忌はそれにこの上なく合致している。

 おれが態々そんな役回りを申し出たのも七割これが目的だ。

 正直妖忌なら藤原邸に侵入することもなく練習相手になってくれるだろうが、此方の方が何かと都合がいい。残りの三割も相手に技術を教える中で自身の動きの見直しを図ることもできるし、これまでのおれの頭では考えに至らなかった新しい型の発見の一助になるかもしれない。

 指導者の立場でありながら妖忌と手合わせできるこの環境は、今のおれにとってとても有意義な環境であったのだ。

 

 

「──、〜」

 

「ー!! 〜〜ー!」

 

 

 妖忌との乱取りの最中、正門付近で何やら言い合いしている声が耳に届いてくる。

 なんだ、泣く子も黙る藤原邸の門前で大声で話をしているのは。

 

 

「あいで!?」

 

「何余所見をしている! 集中せんか!」

 

「す、すまん」

 

 

 集中を途切らせてしまったおれの頭を木刀で小突いてくる妖忌。いかんいかん、相手は妖忌。本気で相手しないと大怪我必至の相手だ。あんなことで集中を切らしている場合じゃない。

 

 

「行くぞ!」

 

「今日こそボコしてやるよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

「ごほっ、ごぼっ! は"ぁ、は"ぁ、……こ、これで、今日の、くっ訓練は、これまでだ。お疲れ、様……」

 

 

 おれ含め皆が満身創痍の状態で今日の訓練の終わりを告げる。

 

 

「ほら熊。水だ」

 

「妖忌、ほんとお前、体力お化け、だな」

 

 

 竹の水筒を受取り、半分ほどを頭にぶっかけ、残った水で喉を潤す。

 暑い、服が汗でベタついて気持ち悪い。

 妖忌の奴、おれ以上に動いてた癖にもう息を整えてやがる。若いってほんと得だよなぁ! おれの身体年齢17歳固定だけど! 

 

 

「これで五十六勝三十二敗だな」

 

 

 そして今日も今日とで妖忌に負け越してしまった。

 このままでは勝率に差が開くばかり。おれも成長している筈なんだが、妖忌もそれと同じかそれ以上の速度で成長しているから、全然追いつけない。此方は指導者ブーストまでかけてんのに。

 

 

「今に見てろよ。一年後泣きべそかいてるお前の姿が目に浮かぶぜ」

 

「ははは! 今は御主がかいてるがな!」

 

「泣いてないわい!」

 

 

 焦りは禁物だ。

 数百年実戦を積んでも劇的に成長するなんてことはなかった。

 今は考えうる限り最大効率で事に及んでいる最中。焦って周りを曇らせては成長出来るものも出来なくなる。

 

 

「___そういえばさっき、門前で何か言い合いをしているように見えたけど、あれは何だったんだ?」

 

 

 ここは正門からそう遠くない庭園であり、人の往来は勿論、ある程度の話し声も耳に入ってくる。

 あれが何度も来るようであれば、場所を変えてもらうことも検討に入れてもらわないと。

 

 

「ああ、あれは最近良く出入りしている造形師のことだな。詳しくは私も知らないが、金銭関係で少々揉めているらしい」

 

「金銭トラブルでか?」

 

 

 藤原さん、もしかして借金とかしてるのか? それとも守銭奴か。

 にしても金銭トラブルを起こしてるなんて意外だな。

 貴族さん等は皆札束で民を殴ってるイメージがあったが。

 

 

「それはどうでもいいだろう。熊、まさかこれで終わりだとは言うまい」

 

「さっき終わりって言ったんだけど_____まあいいか。息も整ってきたし、もう五戦くらいは付き合ってやるよ。勝ち星少ない方が飯奢りな」

 

「いいのか、馳走になるぞ」

 

「ああ! 熊さんのこと本気で怒らせちゃったね!!」

 

 

 絶対に勝つ! 公平じゃないと思って抑えていた一生分の霊力使ってボッコボコのフルボッコにしてやる! 

 フィジカルの恐ろしさで妖忌を屈服させてやる。

 

 

「ぶひゃあぁ!?」

 

 

 そうでした。妖忌さんにフィジカルゴリ押しは効かないんでした。

 催し物で学んだ筈なのに何やってんだおれは。

 

 結局この後なんやかんやあって十五戦ほどやってお互い疲労で力尽きたので引き分けにした。いや、引き分けということにさせた。勝敗のことは聞かないでください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

「儂の手掛けた逸品『蓬莱の玉の枝』!! 払えぬのならば直ちに返してくださいまし!!!」

 

「なっ!?」

 

 

 三ヶ月前、同じ声色をしていた造形師らしい人物が、輝夜姫の屋敷の庭園にて慟哭にも似た叫びで藤原不比等へ訴えかける。

 

 

「車持皇子……これは、どういうことですか」

 

「ち、違う! ちゃんと下の者に金を渡すように……まさか! ______」

 

「そういう事を聞いているのではありません」

 

 

 几帳の先にいる輝夜姫に問い詰められ、質問の意図を取り違える藤原さん。

 五人の貴公子の中で、最も早く指定された宝物を見つけたということで馳せ参じたのも束の間、未払いに腹を立てた造形師に嵌められたようだ。

 あの口振りからして、部下にも制作費をネコババされたみたいだし、とことん運に見放されたな。そもそも贋物作らせるなって話だが。

 

 

「不比等殿、一護衛の身に余る発言ではあるが、諦めた方がいい。貴殿は最初から私とともに蓬来山を巡る旅に出るべきであったのだ」

 

「黙れ! そんな時間に充てるほどこの我に暇はないのだ」

 

「『そんな』、時間ですか」

 

「!!」

 

 

 おっ、失言のオンパレード。

 妖忌の奴も貴族相手によく発言できるな。

 

 

「私は片手間で済まされるような方を付き添い果たすつもりは御座いません。どうかお引き取りを」

 

「あ、あぁ」

 

「(ありゃりゃ)」

 

 

 好きでもないし、嫌いよりな人物だし、ざまあみろとも思っているが、あんな哀れな顔を見たら少し同情してしまう。

 まあ、幻の宝物を探すなんて現実的でないし、本物と見紛う程の贋物を作るというのも、自身の身の上で鑑みれば妥当な判断だったのかもしれない。

 

 

「わ、我は諦めませぬぞ。今回は不覚悟をお見せしてしまったが、次こそは我の本気を見せましょうぞ」

 

「……」

 

 

 凄い。これで完全に終わったというのに、次を見てるなんて。流石は貪欲、ここまで行くと尊敬の域だ。いや、嫌味でなく本当に。

 

 

「ふふ、()()本気でお願いしますね」

 

「!! ____妖忌、行くぞ」

 

 

 やったな。

 輝夜姫、これは藤原さんを完墜ちさせた。

 不義を働いたのに、あんな優しく包みこまれるような言葉で返されたら、幾ら貴族で嫁を何人と娶ろうと耐えられるものではない。

 これなら、この後妖忌や妹紅が八つ当たりされることも、ましてやおれの剣術指南を降ろされることはないだろう。

 だってまだ可能性を残されていると信じているのだから。

 

 

「やるわね、輝夜。もうあの貴族から幾らでも吸い尽くせるんじゃない」

 

「ああ、あれは相当男を弄んできたと見た」

 

 

 輝夜姫達のいる部屋の隣部屋で聞き耳を立てていたおれと紫がそんな感想を述べる。

 

 

「ささ、用は済んだし戻りましょ。霊力操作、もう少しでコツを掴めそうなの」

 

「へいへい」

 

 

 五人の貴公子達との面談から月日も経った。藤原不比等を皮切りに、これからは続々と来るかもしれない。

 輝夜姫がこれからどう対処していくのか、少し楽しみだな。

 

 

当作品の原作キャラの中で一番印象に残っている人(神)妖

  • 八意永琳
  • 綿月依姫
  • 綿月豊姫
  • 洩矢諏訪子
  • 八坂神奈子
  • 息吹萃香
  • 星熊勇儀
  • 茨木華扇
  • 射命丸文
  • カワシロ?
  • 八雲紫
  • 魂魄妖忌
  • 蓬莱山輝夜
  • 藤原妹紅

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