「いやぁ、まさか綿月隊長が迎えに来るなんてな。こりゃ輝夜姫逃がすの骨が折れるぜ」
「そんなに強いの? その人」
輝夜姫との密談を終え、未だ結界が残る対屋にておれと紫は呑気に茶を啜っていた。
輝夜姫は策の話を一通り話し終えた辺りで、次の稽古の時間が来てしまい、そのままこの部屋を後にしたため不在だ。
「今のおれが全力を出しても勝てる見込みは万に一つとしてないな。拳一振りで山を吹き飛ばすバケモンだぞ。真向で勝てる生物はこの地上にはいないんじゃないか」
「流石に誇張が過ぎない?」
「これでも控えめに言ったほうだから」
懐かしい。
妖怪が大量発生したとかで、訓練学校を卒隊して間もない頃、何故か入れられた綿月隊長率いる遠征隊の時のことだ。
被害状況が多発していた山地へ到着したときには、そこはもう妖怪の砦と化していたため、本軍は司令指示の元、その山を"削除"した。
執行者は綿月隊長唯一人。
おれらは被害の及ばない場所で待機して傍観していただけだった。
まるで隕石が真横に激突したんじゃないかと錯覚するほどの暴風と轟音とともに、山は妖怪の砦諸共消し飛んでいたのだ。
それを為したのは綿月隊長の拳であり、そして何の変哲もない正拳突きだった。
もう存在がチート。
妖怪大戦時、不意打ちとはいえよく妖怪達は綿月隊長を戦闘不能にしたもんだよ。
「それよりも、さっきさらっと輝夜姫の前で境界の力を見せてたけど、良かったのか?」
「ああ、あれ? 生斗に教える前から輝夜姫には教えてたわよ。どうせこの能力の有用性とか分からないと思ってね。まあ今回の件で完全に把握されていたことが分かったわ。時間を巻き戻せるのなら二ヶ月前に戻りたい」
「ええ!!」
そ、そんな濫りに教えていいんもんじゃないって理解していたくせに。ていうかおれと紫の、あのやり取りは一体……
「この浮気者!」
「なにがよ」
おれよりも先に輝夜姫に教えるなんて、なんか敗北感が凄いんだが。やはり容姿か。容姿は全てを解決するのか!
「そんな下らない劣等感は置いといて、生斗は大丈夫なの? 知り合いと対立することになるけれど」
「置いとかれると悲しいんだが____その件は特に気にしてないぞ。おれはおれの仕事をするまでだ」
「驚いた。仕事と言っても、別に請け負う必要性は皆無なのに」
「大丈夫大丈夫。綿月隊長なら笑って許してくれる」
音の葉もない自信を見せ付けるおれを横目に、紫は一息つくようにお茶を啜る。
……流石にこれは無理があったか。
下手なことで誤魔化すんじゃなく、やはり最初から本題に入るべきだな。
そう決意にし、此処に紫を留めておいた理由を話そうと口を開いた瞬間_____
「それが原因で月にいけなくなっても?」
「!! 分かってたのか」
____おれの発言を予知したが如く、それに対する質疑をおれに問いかけてきた。
そう、おれは月に行く。
それを言うために紫を稽古部屋に留めていたのだ。
これからのおれの動向を、紫には話しておかなければならない。
今の彼女にはそれが必要だ。
おれが寝てる間に輝夜姫の屋敷に留めさせることに暗躍していたぐらいだからな。安心させないと。
「散々私に月へ行くんだ〜って豪語していたからね。折角の好機に、生斗が乗らないわけ無いでしょ」
「そう、だよな」
紫は何でもお見通しのようだ。
だけれども、一つだけ見落としているところがある。
「おれ、月の皆から嫌われてるみたいなんだ」
先日、輝夜姫へ問いた嫌われている理由。
それは"情報操作"であった。
月移住時への独断行動。殿隊の全滅。ツクヨミ様の分身体の消滅。
それら一切の罪をおれは負っていた。
その罪は紛れもない事実だし、罰を受ける覚悟もある。
おれの友人達やツクヨミ様は弁護をしてくれていたみたいだが、被害者の遺族の気持ちや兵規違反、そして何より______怒りの矛先を誰かに集中させるため、白羽の矢がおれと副総監に立ったのだ。
主犯格と戦犯。それは月の民の溜飲を下げるには格好の餌であったのだ。
まさか副総監並みに嫌われてるとは思わなかったけれども、そのように仕組んだのは上層部の連中だそうだ。
副総監派閥の連中が、副総監失脚に伴い弱体化する前に、道連れにとおれの大戦での行動を戦犯として大々的に広めたとのこと。
最後の最後まであの屑はおれの足を引っ張ってくる。
その後に幾ら友人達やツクヨミ様が訂正しようと、一度ついてしまった悪印象は拭えない。そして何より、兵規違反をしたこともまた事実。そんな犯罪者を月のトップであるツクヨミ様が擁護してしまえば、示しがつかない上、あの御方の信仰に影響が出てしまう。
下手な擁護は火に油を注ぐだけだ。結局、今日に至るまでおれに対する月の民の評価は然程変わっていないそうだ。
五億年経った今でも当時の戦争の当事者達も生きてるらしいし、風化してないのも頷ける。
「でも、行くんでしょ」
「___ああ」
嫌われてるしおれは犯罪者。
月へ行っても追い返されるかもしれないし、酷い拷問を受けるかもしれない。
なんならおれ一人で月に行く手段もない。
それがどうした。
「綿月隊長をボコして脅してでも月へ行ってやるつもりだよ」
嫌われてるのならそれで結構。
おれは自分で勝手にした約束を果たすのみ。
どこまでもエゴチックではあるが、もしかしたら、その約束が果たされるのを待ってる友人達がいるかもしれない。
そんな奴らの為、そして自分自身のため。おれの元気な姿を月の皆に見せつけてやる。
「なら作戦は決まったわね」
「だな」
輝夜姫から提案された作戦に、おれと紫とでもう一捻り加える。
そしてその案は既に出来上がっているし、紫も察しはついているようだ。
―
──
──―
「んじゃ、当日よろしくな。そろそろ結界の効力も切れることだし、この事は他言無用で頼む」
「どうかしら。もしかしたら輝夜にうっかり話しちゃうかも」
「まじで頼むぞ。お前本当に輝夜姫に甘いんだから」
「ふふっ、冗談よ。流石の私もそれぐらいの分別はつけるわ」
後は準備だな。
それも単純明快だし、おれの努力次第。
さてさて、一年でどれぐらい持っていけるか。妖忌の時と同様年甲斐もなく武者震いが止まらない辺り、意外にも萃香達の影響を受けているのかもしれない。
おかしいな、昔はもっと面倒くさがりだった気がするんだが……
「それよりもいいの? 生斗、あなたもうすぐ果たし合いの時間じゃなかったかしら」
「おえっ、もうそんな時間か」
最近漸く減り始めた果たし状。
修行の一環とお爺さん達の面子を上げるために全部受けてきたが、マンネリ化してきていて有用性が感じられなくなっていた。
だって皆馬鹿正直にしかも真正面から斬り掛かってくるんだもん。野盗や妖怪のようにあるもん全部使ってきてくれた方がまだやり甲斐がある。
「面倒だけどちょっくら行ってくる。紫はまだ此処にいるのか?」
「いや、輝夜への貢物の中に唐から伝わってきた文書があってね。これから部屋に戻って解読するつもりよ」
「……それ勝手に貰っていいやつなのか?」
「ちゃんと話は通してあるわよ。あの子いわく全部塵同然らしいけれど」
そりゃまあ、月の技術からすればこの地の文明レベルは猿以下だろうけれども。塵は流石に送った相手が可哀想だろ……
「んまあ、頑張れ。外国の言葉はよく分からん」
「生斗も人探しの旅をしているのなら、外国を目指してみても良いんじゃない?」
「行けたら行く」
「それ、行かない常套句でしょ」
唐然り、遠謀の故郷然り、おれが未だ見ぬ世界が広がっているのは分かる。
この数百年伊達に旅をしていないから分かるが、この地はおれのいた世界の日本の土地柄に酷似している。
なんなら昔の日本のパラレルワールドである可能性が高い。
ていうか唐って思いっきり中国の昔の王朝名だし。
いっそのこと世界に飛び出してもいいのではないかと考えた時期もあった。
でも違うんだよ。
おれは、あいつと出会った"この地"で、再会したいんだ。
あいつがこの地に舞い戻った時に、おかえりと言えるように。
「ほら、こんな無駄話してないでさっさと片付けてきなさい」
「へいへい。終ったら肩揉んでくれな」
取り敢えず、今日は右半身を使わない縛りで戦ってみるか。それでどれだけやれるか試す良い機会かもしれない。
対戦相手に対し、失礼極まりない思考をしながら、おれは稽古部屋を後にする。
後一年。おれにとってあっという間の出来事ではあるが、それをどれだけ濃密な一年にするか。
それにはやはり、"あいつ"の存在が必要不可欠だな。
当作品の原作キャラの中で一番印象に残っている人(神)妖
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八意永琳
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綿月依姫
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綿月豊姫
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洩矢諏訪子
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八坂神奈子
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息吹萃香
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星熊勇儀
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茨木華扇
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射命丸文
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カワシロ?
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八雲紫
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魂魄妖忌
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蓬莱山輝夜
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藤原妹紅