「それでは皆々様の仰られます、幻の宝物を私の目の前へお持ち下さいませ。見事一番に真物を御持ちになられた殿方の元へ嫁がせて頂きます」
「な、なんと!」
襖の向こうでは、輝夜姫を娶ろうとする五人の貴公子とやらが面会にと屋敷まで赴いていた。
面会と言っても、輝夜姫を直接見ることはできず、本人は几帳の裏におり声のみの対面となっている。
尊い御身分である貴公子さん等がそれで納得しかねると駄々を捏ね始めるのではと一縷の不安があったが、輝夜姫の透き通るような声質と上品かつ繊細な琴を披露したことにより、貴公子達は生唾を呑んで現状を甘んじていた。
「車持皇子殿は蓬莱の玉の枝を」
それからは皆が皆輝夜姫の事をべた褒め。その美声に花畑が広がっただとか、同じ時を生きる身として光栄に思うだとか。
そして誰かがこの世に存在し難い幻の宝物を輝夜姫に例えたことで、皆が其々の知識をひけらかすかのように幻の宝物を口々にしていった。
「___そして最後に、大伴大納言殿は龍の首の珠を」
んで、今が貴公子さん等が輝夜姫にカウンターパンチを食らってるところ。
皆さんの狼狽した声が襖の先にいるおれにまで聞こえてくる。
「か、輝夜姫。今のは物の例えであって……」
「あら、例えであれ幻の宝物と同等であると仰られた私がこの場に居るのですよ。皆様の理屈であれば、五つの宝物も必ずやこの地の何処かにある筈で御座いますわ」
「ぐぬぬっ」
自身で言い放った手前、下手に突っかかれば面子に関わる。ここに来て貴公子等が集まってきた事が裏目にでるとは。
ていうか、そもそもなんでこの人達まとめて来たんだ? その場で決めてもらって選ばれなかった奴らに優位性を持ちたかったからとかか?
お偉いさんの考えはよく分からないな。
「良いではないですか。宝を手に入れて麗しき輝夜姫まで娶れる。内容も単純明快、早い者勝ちというわけだ」
「(あっ)」
そんな中、是の声を上げたのは藤原の不比等さん。
「むむっ、確かに別に幻の秘宝を見つければこの地での地位も更に上げることも見込める……吾輩も乗ったぞ」
これは、藤原さんやらかしたな。
ここで下手に否定をせずに肯定の意を見せる。それにより輝夜姫の評価の向上とともに自身の寛大さを他の者達に見せつけようとしたのだろうが、それは彼女にとって思う壺だ。
今輝夜姫が言い放った宝なんて、おれが旅していた中で見たことも聞いたこともないぞ。
恐らくこの地を一番長く旅しているおれですら皆目見当もつかない宝を意外に歳のいってる貴公子さん等が見つけられるとは思えない。
多少の面子は潰れても、ここは妥協案を提示するべきだったんじゃないか。
いや、もしかしたら最初からこの流れを読んでいたから、輝夜姫はこうも無理難題を吹っかけたのかもしれないな。
ある意味、こういう地位に固執し自尊心の高い奴等は扱いやすいのかもしれない。
「そうと決まれば善は急げだ。我は行くぞ。今のこの一時が惜しいのでな」
「輝夜姫、必ずやこの石造皇子が幸せにしてみせますぞ」
おれが考察に頭を巡らせている間に、どうやら面談は終わりを迎えたらしい。
……これは、この人達も駄目っぽいな。
ゾロゾロと出口へと歩を進めていく貴公子達。
輝夜姫達のいる部屋からすぐ出た廊下にいるおれや各々の従者達が顔を伏せ、貴公子達の行く手の隅へ膝をついている。
「行くぞ」
「はっ」
ある者は主の合図に、ある者は無言の主の後ろに、其々がこの場を去っていく。
そして最後に残ったのはおれとその向かいにいる妖忌。
まだ藤原不比等は出ていないのか。
「熊口生斗と言ったな」
「! はっ」
漸く部屋から出てきた藤原不比等は、まさかの目の前へと止まっておれの名を呼んできた。
____あの件か。
「我が屋敷にはいつ来るのだ。使者は前に送った筈だが」
「……前にも返事はした筈ですが」
二日酔いのまま妹紅達と都外へ散策をした数日後、藤原不比等より使者がおれのところへ来ていた。
内容は分かりきっていた藤原家への鞍替え。交換条件として金貨と妹紅の従者となることであございましたった。
そして返答についても勿論の事、お断りした。
あまりにも腹が立って少しだけ使者に当たってしまったぐらいだ。
別に金目当てで用心棒をしている訳でもないし、交換条件として妹紅を出してきているところも気に食わない。
気に入っているんだろう? 仕えさせてやるからこっちに来いよと煽ってきてるようにおれには聞こえたからだ。
あっちにはそんな気はないんだろうが、妹紅を出せば食いつくだろうと言う浅い考えが滲み出てるんだよな。
「まあ良い。貴様如きに決定権を与えてやった我にも非がある。どうせ輝夜姫が手に入れば自ずと貴様も手駒となるのだからな」
「……藤原不比等殿の御心遣い、痛み申し上げます」
くっそ〜〜、思いっきり顔面ぶん殴りてえ!
早く宝探しの旅にでも出てくれ。そして二度と戻ってくんな!
「ふん……行くぞ、妖忌」
「はっ」
取り敢えずおれのストレスを与えるためだけに態々立ち止まったことは分かった。
_____はあ、これだから政に関わるのは嫌なんだ。
今日はもうさっさと湯浴みして寝よ。
ーーー
「熊口様、今日もお疲れ様です」
「なんか最近さも当然のようにおれの晩酌に入ってくるな」
寝る前に一杯とストレスを解消しているところに、いつものように気配を消した輝夜姫が隣で酌をする体勢で待ち構えていた。
毎回毎回心の中でビビり散らかしてるから止めてほしいんだが。
「それで、輝夜姫はなんで婚約を断ったんだ?」
「あら、人聞きの悪い。私は別に断ったわけではありませんよ」
「そういう事にしたいんなら別に構わないけど。前にお爺さん達の幸せが私の幸せですとか言ってたのに、それに反するような対応をしていてちょっと気になってな」
自身を犠牲にした幸せの形に、疑念を抱いていた。でも最近の輝夜姫の態度はそれとは違い、何としても婚約すまいといった印象がある。
「熊口様は、なんでもお分かりなのですね」
「……? なんでもは分からないぞ」
「思い直したんです。私の素性は熊口様もお分かりでしょう」
「……」
それは、この場で言っても良いのだろうか。
月関連の話は結界内でないとお互い拙いんじゃなかったのか。
「ふふ、やっぱり」
「ま、まさか!」
お、おれを試したのか。
これでおれが話してたらどうなってたんだ?
今日の件から思っていたが、つくづく食えないな、輝夜姫は。
「大丈夫ですよ。熊口様と私の背中に御札を貼り付けております。月の連中から盗聴はされません」
「っ!! てことは!」
「はい。なんでも質問して頂いて構いませんよ」
思ってもみない好機。
そうか、最近よく輝夜姫がおれの晩酌に顔を出していたのは、違和感を無くすため。アリバイ作りが目的だったか。
下手にいきなりおれと輝夜姫が接触すれば警戒される恐れがあるし、結界まで貼れば尚更。だから本人達だけに通ずる御札をお互いに貼って二人だけの不可侵の領域を作り出した。
これなら怪しまれずに密談を成立させることも出来る。
会話の盗聴に関する対応をどうしているかまでは皆まで聞く必要もないだろう。ここまでしてくれてるんだ。そんな初歩的な問題はとうに解決してくれてるだろう。
輝夜姫には感謝しかない。
おれの知識欲のためだけに、ここまでしてくれたんだ。
だけど、だけどな。
「……本当にすまん」
「はい?」
「ここまでの土台作りをしてくれて本当に助かる。だけど、紫も同席させてもいいか?」
「……それは、何故ですか?」
呆気にとられたような、怪訝げな面持ちとなる輝夜姫。
それもそうだよな。折角ここまでお膳立てして、待ったがかかれば質問の一つもしたくなる。
「今後の旅の方向性に関わってくるし、紫も知っていた方が何かとメリットがあるだろ」
「……確かにそうですが」
「それに___」
「?」
「あいつには隠し事はしないと決めたんだ。家族だからな」
ちょっとこれは小っ恥ずかしいな。
スラリと言葉に出てしまったが、後から羞恥心が押し寄せてきた。
「……紫が羨ましいです」
「茶化すのは禁止だぞ。おれの茹でダコ姿を見ることになるからな」
「(えっ、普通に見たいんだけど)冗談ですよ」
恥ずかしさを隠すようにおれは酌に残った酒を飲み干す。
最初から意識して家族と認識していればそんなに恥ずかしがることでもないんだが、改めて意識しだしたのは最近だから、まだまだ口にすること自体羞恥心が出てしまう。
ほんと、この歳になって家族って言葉で顔を赤くするなんて思春期男児かおれは。いや、永遠の十八だから当たり前か。
「____それはさておき、話は分かりました。それでは後日三人が集まった時に改めて話しましょう」
「すまん、ありがとな」
「いいえ、確かに熊口様の言う通りでした。紫だけ仲間外れは良くありませんでしたね。これからの
今後の運命に、か。
そうだよな。
月に行く人がいればこの地に残る人もいる。
旅立つ者。残された者。皆が其々に干渉し、誰かの行動には関わった者に影響を与える。
紫との別れもそう遠くないだろう。
その前に、きっちり整理しておく必要がある。
安心してあいつが旅立てるように。
運命に大きく関わるのならば、少しでも良い方向へ持っていくのが、育ての親であるおれの役目なのだから。
「あっ、でもなんでおれが月の連中から嫌われてるのかだけ今教えてくれない?」
見当はついてるが、月の民である輝夜姫の口から聞きたい。
一時寝付けない時期が続いたぐらいだからな。それぐらいフライングしたって問題ないだろう。
ーーー
「ちょっと待って。少し考えさせて」
眉間に皺を寄せ、私は鼻根を摘む。
場所は輝夜の稽古部屋。
彼女の習い事の監視をしていたら様子見と表して生斗が部屋に乱入。口裏を合わせていたが如く輝夜が部屋に予め配置されていたであろう結界を発動させた。
御札の紋印から察するに外部からの認識を阻害する類のものね。
突如として起こった事柄に困惑していたのも束の間、矢継ぎ早に生斗達から月や彼等の関連性を聞かされた。
所々間を置いてはもらったが、流石に突拍子もなさ過ぎて頭の混乱が収まらず、私は顔を伏せる。
「月のこと、生斗の世迷い言じゃなかったの?」
「何度も本当だって言ってただろ」
「酒の席を盛り上げるだけの作り話とばかりずっと思ってたわ」
勿論生斗から聞かされた月の話は覚えている。
だから私はこうして頭を悩ませている。その前情報がなかったら二人が何かしらの精神疾患に陥ったのだと断定していた。
「ねえ輝夜。貴女が結界術を扱えたのにも驚きだけど、月の民で不老不死で咎人で貴族泣かせ_____流石に盛り過ぎじゃない?」
「あっ、それおれも思った」
「ふふっ、私に関して言えばこれぐらいは普通の範疇です」
「不老不死が普通であってたまるもんですか」
ただの酒の肴としての狂言と認識していたものが、第三者が現れ、巫山戯た様子もなく真剣に、そして淡々とこれまでの経緯を知らされる。その姿、その立ち振舞いが、それを真実であると知らしめるかのように。
そしてこれまでに感じていた違和感にも辻褄が合い過ぎる。
竹から産まれ、翁の下に突如として大量の黄金が舞い込み、やったこともない筈の習い事も最初から全て熟達の域に達していた。
_____何より、浮世離れしたその美貌。この地の者ではない何かと言われれば誰もが納得するであろうその姿が、安直に真実であると認めさせようと猛威を振るう。
「……これでドッキリだったら、二人共境界行きだから」
「うわっ、ほんとに信じた」
「っっ良い度胸ね!!!」
「じょ、冗談だって!! さっき言ったこと全部本当だから! だからその手離してお願いします!」
「わわわ! 紫やめてあげて!」
つまらない嘘をついた生斗の頭を境界に無理矢理捩じ込もうとしたが、慌てた輝夜に止められてしまった。
頭まで入った状態で境界閉じてやるところだったのに。
「く、熊口様。流石に今のはお戯れが過ぎるかと」
「ごめんごめん。疑り深い紫が輝夜姫の言葉であっさり信じようとして面白くてな」
「うぐっ」
バレてた。
流石は生斗、何も考えてないようで変な所で頭が回る。
「わ、私は最初から生斗以外の証人いればすぐに納得したわよ」
「嘘つけ。輝夜姫じゃなかったら信じる前にしつこいぐらい質問攻めしてただろ」
「……まだあれの事根に持ってたのね」
酒の席で初めて聞かされた月の話に、私は散々生斗に対して質問した挙げ句、酔っておかしくなっただけと切り捨てた前科がある。
「まあ、それは置いといて____これで話は進めるな。なっ? 輝夜姫」
「___はい」
胡座の態勢を変え、改めて話を戻す生斗。
それに呼応するかのように輝夜は心を落ち着かせるように胸に手を当てる。
「これから一年後、私は刑期を終え、月から使者が参ります」
「一年後……早いわね」
不老不死が月の民にとって重罪と言われている割にはあまりにも追放期間が短い。それとも、"穢れ"とやらで汚染されてるこの地上に追放される事自体が、月の民にとって途轍もない苦痛を与える罰だということなのだろうか。それじゃあ_____
「しかし、私は月へ帰るつもりは毛頭ありません」
「「!!」」
「使者の中には、私の従者であり、熊口様の恩人でもある永琳が同乗しております。その永琳とともに月の民を裏切り、地上に留まります」
「おいおい、まじかよ」
月に還らない……それはつまり____
「この地が、気に入ってくれたのね」
「うん!」
屈託のない笑みを見せる輝夜に、此方まで頬が緩んでしまう。
「むか〜しからこの地球を観察してて憧れてたのよね!
全てが楽しい事ばかりではない。時には残酷で、時には醜い。月の民が忌み嫌う穢れの渦巻くこの地だからこそ、一際輝く人々の繋がり。異端だって構わない。
私はこの地が好き。それは熊口様や紫達と触れ合う中でより一層強固なものへとなったわ」
「____そうか」
嬉しい感情と辛い感情を併せたかのような難しい表情。
なんで生斗はそんな複雑な表情を……
「永琳さんはこのことを知っているのか? 迎えに来ていきなりここに残るって言い出したら永琳さんも困るだろ」
「そこは大丈夫です。この地へと降り立つ前に永琳とは打ち合わせ済みです」
「流石、抜け目ないな」
「それで? 裏切ることを私達に話したってことは、手伝ってほしいんでしょ。策があるなら勿体ぶらずいいなさいよ」
「請けてくれるの? 正直紫には散々迷惑をかけたから、頼むつもりはなかったんだけど」
「今更でしょ。貸しはこれで二十になるけれど」
「か、返せる気がしない……! ____ でも、ありがと。紫がいればとても心強いわ」
私としても、姉気分を味わえて少しだけ感謝してるわ。
実際は何十回りも彼女の方が歳上だったけれどね。
折角相手も自身の事を曝け出してくれたのだ。
そして生斗にとっても
それを我関せずを通すのは流石に
「おれも手伝うよ。どんな形だろうと、月の奴らとの接触が図れるんだ。これを逃す気はない」
「熊口様!! 熊口様がいれば百人力ですわ!」
なんか、私の時より大分興奮してない? ちょっと癪に障るんだけど。
「お世辞はよしてくれ、顔面崩壊するから。とりあえず策を教えてくれ。もうそんなに結界を維持出来ないだろ」
「策と言っても、然程複雑なものではありませんよ。それよりも、月の民が来た時の順序を先にしておいた方が解り易いと思います」
「そうね、手順が分かってた方が他の対策の案も出てくるだろうし」
私の相槌に頷く輝夜。一呼吸おいて彼女は手順の説明を始める。
「月の民は方舟という名の転移装置に乗って私を迎えに来ます。そして否が応でも天の羽衣を私へ纏わせ、月への帰還の儀式を施そうとしてくるんです。それだけは避けねばなりません」
「……? その天の羽衣を纏ったらどうなるんだ?」
「天の羽衣を纏えば最後、私はこの地の記憶を無くし、その上一時的に抵抗力を奪われてしまいます」
「行動のできないお荷物が一つ出来上がるわけね」
「言い方! …………ごほん、そして永琳に私がこの地に残るという合図はこのときにあります」
「このとき?」
「私が天の羽衣を纏わされるとき、両手をそれぞれ反対の裾に入れていれば帰還。裾から手を出し、合掌していたら残地。そう打ち合わせています」
「「分かりづら!!」」
「それぐらいでないと勘付かれてしまうんです。この結界でさえ、結界術の長けた者が見れば直ぐ様見つかってしまうような代物。一部の監視員を買収したうえで工作をし、その上で最新の注意を払いながら結界を張ってなんとかこの状況を作り出しているのが現状なんです。なるべく不審な動きとならないような仕草でなければ
あの御方なんていちいち勿体ぶるわね。
どうせ私じゃ分からない人なんだし、サラッと言ってくれればいいのに。
「それは、誰なんだ」
けれども、生斗からしたら気が気でないのも事実。その使者が永琳という者以外の知り合いの可能性だってあるのだから。
輝夜、もしかしてちょっと楽しんでる?
「綿月大和です」
「綿月、大和……隊長?」
その名は先程聞いた憶えがある。
確か、月移住前までの_____
「はい。月保安管理局の現防衛総監であり、本件の使者筆頭です」
当作品の原作キャラの中で一番印象に残っている人(神)妖
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八意永琳
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