「熊よ。折角の泊まりだ。私と手合わせせぬか」
「何が折角だ。こっちは日中手合わせしまくってクタクタだってのに、妖忌まで相手してられっか」
今宵は、満月。
地上は闇に覆われているのにも関わらず、夜空に己の存在感を誇示するかのように光り輝く衛星。
それを肴に月見酒を決め込んでいる最中であったが、妖忌が酔いに呑まれてとち狂った提案をしてくる。
「それにしても済まなかったな。書状も出さずに此処へ来たのは流石に無礼であった」
「いんや、別に。どうせ妹紅や妖忌の判断で来たわけじゃないんだろ」
紫と妹紅は既に床についた。
今客間にいるのはおれと妖忌のみ。実際こいつとは腰を据えて話がしたかった所だったし、丁度良い機会だ。
「察しはついているようだな」
「露骨過ぎるし気に食わないんだよ」
「そう言ってくれるな。今は私の主でもあるのだから」
誰とは言わないが、これまで蔑ろにしていた娘を使って懐柔してくるのなんて、怒りを通り越して哀れに感じるくらいだ。
おれにとって第一印象でもう信用ならないのに、今更鞍替えなんてするつもりはない。
今の立場を利用はするが。
「不比等殿は、熊と輝夜姫、どちらも手中に収めようとしておられる。近々他の貴公子とともに面談の予定も立てられているそうだ」
「中々に強欲で傲慢だな。ある意味尊敬するよ」
お猪口に残った濁酒を一気飲みし、また注ぐ。
このご時世、それぐらいの向上心があった方が逆にいいのかもしれないのか? 興味はないけど。
「んっ、ていうか輝夜姫? あん人、うちの姫まで狙ってんの?」
「ああ、そうだ。都中噂になるほどの絶世の美女として名を轟かせている。不比等殿が狙われるのも不思議ではない」
「ん〜、まじか……そういえば妖忌も輝夜姫が途轍もない美人だからって誘拐したんだったな。良かったな、お爺さんに顔が割れてなくて」
「あれは本当に申し訳ないことをした。あの時の私は頭に周りが見えていなかった。冷ましてくれたのは熊、お前のおかげだ」
「それほどでもあるから、明日なんか奢ってくれ」
妖忌も中々に大した奴だ。
自身が襲った相手の屋敷に赴いてくるなんて、上司の命令といえど尻込みするものだが、食住ともにせがんてたんだからな。
「にしても輝夜姫まで狙ってるとは。個人的に言えば藤原さんとこに嫁いでほしくないってのはあるが、お爺さん達的には願ってもない物件だしな……」
「待遇はそれなりに良いぞ」
「それはお前だからだろ。妹紅はかなり冷遇されてたぞ」
「だが、衣食住は賄えられていた。妾の子を母と共に屋敷に留めさせていたのは、不比等殿なりの情けだと私は思うのだが」
「だからといってこれまで無視をするのは違うだろ。あいつがやっていることは生殺しでしか無いんだぞ」
頼る相手が近くにいるのに突き放されている。
縋りたい、甘えたいのに相手にされない。
そんな状態で屋敷に置かれたって妹紅からしたら嫌に決まってる。
それならいっその事突き放して養育費だけでも払ってくれた方がマシだ。
「……私の時もそうだが、熊は真に変わっておるな」
月を眺めながら、感慨深くつまみを頬張る妖忌。
「普通ならば衣食住が確保され、危険に晒されない屋敷に置いてもらえているだけで愛されていると思うだろう。だが、熊は妹紅殿と同じ視点で物事を考えている」
「……何が言いたいんだ」
「私の時もそうだ。私にしか理解出来ないと思っていた感情も、熊は同情してくれた。熊は人の目線に立って物事を考えられる人間だ」
「それは、褒めてるのか?」
「称揚以外の何がある」
褒められた。何故か。
そうかそうか。おれは今、褒められたのか。
そうかそうかそうか。そうだよな、おれ、褒められて当然の人間だよな。
ほ〜う? さては妖忌、見る目があるな?
「そうだよな! まあおれ? 人の目線に立って考えられるっていうか? 癖になってんだ、人の思考読むの……って感じだからさ。おれからしたら褒められるほどでもない感じ的な?」
「だが、気を付けろよ。人によっては嫌がられるからな。後なんだその喜び方は。巫山戯ているのか」
……ごほん。悪い癖が出た。
褒められたらすぐに調子に乗る癖はいつになっても直せる兆しがないな。
だって嬉しいじゃん。褒められるの。
「分かってるよ。おれだって少しウザいとは思ってる」
相手の気持を勝手に自分の尺度で考えるのもおれの癖だ。
でも、相手の事を考えるのは別に悪いことではないだろう。おれ自身、この癖は大切にしたいとさえ思ってる。
「熊口様は何も間違っていませんよ」
「!! 誰だ!」
「輝夜姫!」
後ろの襖から突如として発せられる声におれと妖忌はお互いに身構えた_____が、先に見えた声の主はこの屋敷のお姫様、輝夜姫であった。
「輝夜姫、婚前に殿方に顔を見られたら不味いんじゃないか。ていうかもう夜更けだから寝なさい」
「彼なら大丈夫でしょう。ねっ、誘拐犯さん?」
「ぬぐっ、気付いておったか」
ほんと、このお姫様は気配を消すのが上手いようで。おれどころか妖忌ですら声を発せられるまで存在を気付けないとは。
「私にお酌をさせて下さい。御二人の武勇伝、是非ともお聞かせ下さいな」
「駄目だ。お爺さんに見られたら即刻打首もんだぞ」
「それも折り込み済みです。廊下には人除けとして夜勤の女中を配置しております」
「女中さんが可愛そうでしょうが」
それでも引かない輝夜姫の目線に、おれはたじろいでしまう。
くっ、なんて眼力! そのなんでも許してしまいそうな眼におれは絶対に屈しないぞ!
「妖忌もなんか言ってやれ」
「私に止められる立場ではない。彼女には贖罪せねばならん」
「それだけで十分ですよ。私は別に攫われたことに関して恐怖心等の心的外傷は負っていませんので。それどころか感謝_____」
「んっ?」
「ごほん、兎に角気にしていませんので、これ以上誘拐の件は気になさらなくても結構ですよ」
「それは……ありがたい。正直嫁にあわせる顔がないと自己嫌悪に陥っていたのだ」
いかん、妖忌懐柔された。
「ささっ、熊口様。空になっておりますよ」
そしていつの間にか隣に来て、いつの間にか用意していた徳利からおれのお猪口に酒を注ぎ出す輝夜姫。
いつの間にかが過ぎるって。
「輝夜姫、こんなおっさん二人の話なんて聞いてたってつまらないだけだぞ」
「ふふっ、それを決めるのは私ですよ? ほらほら、私は気にせず話されて下さい」
「良いではないか。美女に御酌されながら月見酒なんてこの上ない贅沢だぞ、熊」
「お前は亡き嫁さんに往復ビンタされろ」
それに明日は妹紅達を連れて都外の草原まで散策の予定が入ってるんだ。
あんまり深酒して明日に支障をきたしたら怖いぞ。紫なんて平気で二日酔いの頭をひっぱたいて来るからな。
……まあいいや。輝夜姫も眠たくなったら勝手に帰るだろ。
「そういえば妖忌、お前いつからおれの事熊って呼ぶようになったんだっけ」
「んっ? ああ、御前試合の時に御主の名を叫んだときからだな。熊口っていうのが言い難かったんで省略したのだが、意外に呼びやすくてな。そのまま呼ばせて貰っている」
「呼びやすい、か。じゃあおれも呼びやすくしたいから、今度からお前のこと妖ちゃんって呼ぶな」
「ちゃんは止めてくれ。というか逆に文字数増えて呼びにくいだろう」
「呼びにくい……確かに熊口様は私のことをいつも輝夜姫と呼びにくそうにしておりますよね」
「そりゃ姫なんだから仕方ないだろう」
「それならそれなら! 愛称でかぐたんって呼んでください! 」
「なんかそれ、オタサーの姫みたいな名前だな。あっ、だから姫か」
「はて、オタサーとは?」
「あー、ある分野に熱中してる人の事だよ」
「ということは私と熊は剣術オタサーだな」
「ごめん。説明足りてなかった。オタはオタクで、サーはサークルのことで_____」
それから数刻だったか。
輝夜姫が来てからやけに酒のペースが上がった気がするが、何を何処まで話をしていたのか忘れるぐらいには飲んだ。
うん、これは絶対明日に響くやつだわこれ。
ーーー
「ふわぁ」
重い瞼を擦りながら厠へと向かう私は、年頃の乙女とは思えない大きな欠伸をしてしまう。
「厠、どこだっけ」
寝る前に一度行ったが、流石に他人の屋敷となると勝手が違うため少しだけ迷ってしまう。
困った、結構限界が近いんだけど……
「……(誰……?)」
厠を探していると、奥の廊下から静かで上品さを感じさせるような足音が響いてくる。
女中さん辺りだろうか。
「!!」
しかしながら私の見当とは違い、月明かりに照らされ、姿を現したのはまるで現実からはかけ離れた逸物であった。
「貴女は、熊口様に会いに来られた方、ですよね」
まるで生気を感じさせない透き通った肌に、作り物かの如く整った容姿。漆黒の髪には月明かりにより神々しく照らされ、まるで漆黒の海景色のよう。
思わず同性である私ですら生唾を飲んでしまう。
「緊張なされないで下さい。私はただ一言だけ。貴女にお伝えしたいことがあって来たのですから」
「私に……言いたいこと?」
突如として現れたこの女性は、恐らく父上が言っていた新しい嫁へと迎え入れようとしている人なのだろう。
最近都中で噂になっているなよ竹の輝夜姫。
あまりの美貌に名付け親が腰を抜かしたという話もある。
最初はただの噂に尾ひれがついただけだろうと思っていたが、実物を見てしまうとその噂が事実であると確信できる。
そんな彼女が私に用? もしかしてこの人も父上のこと_____
「熊口様に二度と近付かないでくれる? 」
しかし、私のそんな淡い期待は、彼女が耳元で囁いた発言により崩れさった。
「……なんで?」
言葉が詰まりながらも、喉から絞り出すように私は疑問の声を上げる。
先程までの丁寧口調から一変。冷たい口調と視線に面食らってしまい、少しだけ萎縮してしまった。
「邪魔だからに決まってるでしょ。熊口様は今、大切な時期なの。貴女だって分かってるんでしょ。彼の足枷になってるんじゃないかって」
「い、い……」
生斗に近付くなって。
なんだよそれ。
初対面でいきなり、こんな夜中に、他に人がいないのを見計らって。
「い、嫌な奴!!」
「はあ?」
指を指し、この女に悪態をつく。
こいつだって私にいきなり不躾な態度を取ったのだ。私にだってこれぐらいは許される筈だ。
「誰がお前なんかの言う通りにしてやるか! 顔洗って出直せ!」
「なっ、私はお互いの事を思って____」
「何がお互いのことを思ってだ。お前はただ、生斗と親しくしている私に嫉妬してるだけだろ! もっともらしい理屈を持ち出してくるな!」
そもそも、私の人生に踏み込んできたのは生斗の方だ。あいつにとって大切な時期なのかどうかは知らないけど、この屋敷に来ることだってあいつから提案されたことだし、外野からとやかく言われる筋合いはない。
「_____そう」
あー、そう考えると更にすっごい腹立ってきた。
自分のためなのに誰かのためとか言ってくる奴なんて巨万の見てきた。
この女も同じ香りがする。
父上が狙ってるとはいえ、こういう奴は娶らないほうがいいでしょ。絶対絞り尽くされるだけだ。
「それじゃ、漏れそうだし行くから。二度と私の前に顔出さないでね」
「こちらの台詞よ」
そっぽを向き、私はわざと音を立てながらその場を後にする。
後ろは見ないようにした。なんか私を見るあの女の眼が少し怖そうだったから。
_____まさかあんな奴と、これからの永い人生で、最も付き合いのある関係になるとは、この時の私は知る由もなかった。
ほんと、最初から碌でもない出会いだったな。
「熊口様は、ああいうタイプが好み……なの?」
当作品の原作キャラの中で一番印象に残っている人(神)妖
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八意永琳
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綿月依姫
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カワシロ?
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蓬莱山輝夜
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藤原妹紅