東方生還記録   作:エゾ末

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㉒話 意外な来訪者

 

 

 優雅に空を飛び交い、幾度もの鳥影がおれを通過していく。

 

 時は夕暮れ。

 己の最後を告げるが如く、紅く染めゆる陽光が縁側にまで射し込んでくる。

 

 漸く訪れた閑静なひと時だ。

 昼下がりまで姫へ求婚をせがむ貴族らへの対応と、果たし状の処理であっという間にもうこの時間だ。

 

 身体はもう疲労困憊でこれから何をしようとする気すら起きない。

 

 

「ふぅ……」

 

 

 何処へ行くかも不明な鳥達を呆然と眺めながら、おれはため息をつく。

 

 

「_____お父さん、か」

 

「やめてちょうだい」

 

 

 奥の部屋で編み物をしている紫が光の速度でおれの発言を戒めてくる。

 なんなら「おと」の段階から此方に振り向いて来たからなこの子。

 

 

「そんなに恥ずかしがることじゃないだろ。おれはお前の"お父さん"なんだから」

 

「次その弄りをするのなら、貴方の頭に鏡餅ができるわ」

 

 

 汚物を見るような眼で訴えかけてくる紫を尻目に、おれは沈黙という形で返答する。

 これ以上の発言は生命に関わりそうだ。

 

 にしてもお父さん。お父さん……か。

 これまで言われたことがなかった言葉だ。

 確かにおれは紫の保護者的立ち位置として果てのない旅路に同行させていた。

 紫自身がそう感じていても可笑しくはないし、おれ自身紫の成長に対して、一個人としてではなく、家族的な感情で喜んでいた節がある。

 

 そうだよな、紫からしてみればおれは父親みたいなもんなんだ。

 これまでの旅の目的が水泡に帰したとはいえ、紫にとっては無駄ではないし、おれだって無駄だとは思っていない。でなければこれまで出会ってきた奴らに失礼だ。

 

 

 いつまでもうじうじしちゃいられないよな。

 割り切るしかないというのはずっと思っていたが、今回の一件で踏ん切りがついた。

 

 

 _____おれは諦めない。

 

 月の連中が幾らおれのことを嫌ってたって、一目でもいいから顔を拝んでやる。

 あいつらはもうおれが生きてることを認知しているだろうが、おれがした一方的な約束は傍迷惑でしかないが、そんなこと知ったことではない。

 これまで無礼を働きまくってきた身だ。今更人の顔を窺って諦めるのはおれがおれではなくなる。

 

 

「紫、おれの背中を見てろよ」

 

「……はあ、もう充分に見たわよ」

 

 

 ありゃ、てっきり拳が飛んでくると思っていたが、意外にも大人な対応をされてしまった。

 輝夜姫と過ごしているうちにまた成長を促してしまったようだな。紫、恐ろしい娘……!! 

 

 

「熊口殿、ここにいらっしゃったか。おっ、紫殿まで」

 

「……お爺さん、どうしましたか?」

 

 

 おれを探していたであろうお爺さんが襖を開け、呼びかけてくる。

 お爺さんが来たってことは、また厄介事でも舞い込んできたのだろうか。相当なことでない限り、大人な紫に任せる所存だぞ、今のおれは。

 

 

「実は熊口殿に客人がいらしましてな」

 

「こんな時間に?」

 

 

 おいおい、また立会しろとかそんなんじゃないだろうな。

 もう今日だけで二十人も相手したってのに、いい加減にしてほしいもんだ。てか、ここ最近二桁台返り討ちにしてるというのに、なんで日に増して果たし状が届いてるんだ。なんだ、みんなマゾなのか。

 それならもう果たし状なんて格好つけないで素直に木刀で痛めつけてくださいって頭を垂れに来てほしい。多分絶対拒否するけど。

 

 

「……久しぶり」

 

「妹紅か!!」

 

「あら、この間の」

 

 

 お爺さんの後ろからヒョコっと現れたのは、何時ぞやの藤原家の娘、妹紅であった。

 まさか本当に遊びに来てくれるなんて、思ってもみなかった。

 

 

「熊、久しぶりだな」

 

「え、ええ、よ、妖忌ぃ?」

 

 

 まさかのまさかの、妹紅だけでなく妖忌までお爺さんの後ろから登場してくる。

 何だ何だ、妹紅だけでなく妖忌まで来るということは絶対に何かあるだろ。

 

 

「二人ともお久しぶりね。元気してた?」

 

「うん、最近は少し快適だよ」

 

「熊の連れか。催し物の時は済まなかったな」

 

「ええ、あの時は恐怖のあまり涙袋が決壊しそうだったわ」

 

「くくく、嘘を付け。あの状況を楽しんでいたであろう」

 

 

 紫さんはこの状況に早くも適応して軽口まで叩いている。

 明らかにこの状況はおかしい。確かに以前、おれは妹紅に遊びに来いと誘った。

 だが、それに藤原家の不比等さんだっけ? の用心棒である妖忌が態々妾の子である妹紅と行動を共にしているのに不気味でならない。絶対に何か裏がある。

 

 

「妖忌、恐らくお前は妹紅の護衛として来てるんだろうが_____誰から命令された」

 

「会って早々不躾だな。無論、不比等殿だ」

 

 

 やはり、か。

 難儀なもんだな、政ってのは。

 使えるのなら妾の子だって使う。

 ___まあいい。ここは取り敢えず歓迎しておくか。

 

 

「(やはり、生斗も気付いたようね)先ずはお茶でも出しましょうか。その辺りにでも座って寛いでおいて」

 

「いやいや、お茶は女中にでも持ってこさせます。それでは、ごゆっくり」

 

 

 そう言い放つとお爺さんは襖を閉め、この場を去っていく。

 

 

「まあまあ、こんな時間に来たってことはあれか? 飯でも集りに来たか」

 

 

 さてさて、お客さんなら座布団を用意しないとな。

 ということで重い腰を上げ、端にあった座布団を二枚取り出し、それぞれ適当な位置に配置する。

 

 

「んなわけないって言いたいところだけど、生憎ご飯はまだなんだよね」

 

 

 妹紅がお腹をさすりながら座布団に正座する。

 なんかいつもの態度と違うな。いつもはもう少し棘っ気があった気がするんだが。

 

 

「それじゃあ厨房に……」

 

「大丈夫だ。先程翁殿に言伝てある。あと、今日は泊まるので悪しからず」

 

「えっ、泊まるのか」

 

「用心棒がいるとはいえ、生娘を夜に出歩かせる訳にはいかないでしょう」

 

 

 まあそうか。とは言うものの、夜を出歩かせるのが危険なら何故こんな夕暮れ時に来たのだろうか。

 

 

「あのさ、生斗。聞いてくれる?」

 

「おっ、なんだ?」

 

「実はさ、この前父上と初めて話したんだ!」

 

「……そうか。良かったな」

 

 

 薄々判っていた。妖忌がここにいる時点で。

 

 

「それでさそれでさ! すっごい優しくしてくれるし、母上も機嫌が良くてさ。やっぱりこの前の催し物が大好評だったからかな?」

 

「まあ、それが大きいだろうな」

 

「それじゃあ感謝だね。二人共ありがと!」

 

「お、おう……」

 

「私は納得してないがな」

 

 

 妹紅の笑顔が辛い。

 父の優しさが、母の機嫌がいいのが、偽りのものであるということを知られたくない。

 

 _____妹紅は今、政の道具とされている。

 

 果たし状にて一騎打ちでおれを倒し、名声を手に入れようとする輩と同じように、藤原不比等はおれを取り込む事で更なる地位の向上を図ろうとしているのだ。

 

 ……流石に力を見せ過ぎてしまったか。

 こういう政の、ましては人間のドロドロとした権力争いが嫌でこれまでお偉いさんとの関わりのない旅を続けてきたというのに。

 

 おれは己の地位に甘んじてふんぞり返っている連中が嫌いだ。

 その背景として副総監の存在が大きいと思う。

 

 大衆の事を考えず、己の欲と保身にしか眼のない奴を見てるとぶん殴りたくなる。

 

 権力がないと何もできないし、力がないと権力は持てない。

 

 それは判っている。だが、これまで蔑ろにしていた妹紅に掌返しをしている様が、なんともまあ、気持ちが悪い。

 

 

「今日はさ、生斗のことを教えてよ。なんでそんなにまで強くなったのとか、紫と会った経緯とか!」

 

 

 それを知ってか知らずか、満面の笑みを見せる妹紅。

 今までの態度がまるで嘘かのように年相応の姿を見て、これが妹紅自身の本来の姿なのだと分かる。

 

 

「ふっ、いいぞ。このおれの英雄譚を聞きたいとは妹紅お主、見る目があるな。今夜は寝れるとは思わないことだな!」

 

 

 でも、妹紅が今の状況を幸せと感じているのであれば、それを壊してしまうようなことは出来ない。

 折角明るくなったんだ。傘をさすような真似はしたくない。

 

 

「この前は妖忌だけ自分語りをして気持ちよくなってたからな。妹紅のご要望とあらば幾らでもしてやろう」

 

「気持ちよくなってなどおらんぞ」

 

「えっ、妖忌もなにかあるの? 折角だし聞かせてよ」

 

「あまり聞かない方がいいわよ。取り敢えず生斗の頓痴気話でも聞きましょ」

 

「!?」

 

 

 藤原の不比等さんのとこの駒となる気はないが、おれが有力であり妹紅と関わりがあるという事実がある限り、彼女の扱いが悪くなることはないだろう。

 

 予想だにしない状況であったが、見方を変えれば儲け話だ。

 下手に崩すようなことをしないのが吉であろう。

 

 そうと決まれば、皆大好き自己満自分語りだ! 

 どこから話してやろうか。

 いかに自分が十八歳であるかのように話さないとな! 

 

 

「あれはおれが十二歳の時か。洩矢という______」

 

 

 それからは嘘と真を半々ぐらいに混ぜ、何世紀にも渡る内容を六年間に凝縮して語り尽くしました。

 

 勿論、途中で辻褄が合わなさすぎて嘘だとバレました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 〜生斗の部屋前〜

 

 

「(きぃ! 誰よあの二人! 私を差し置いて楽しそうに団欒して!!)」

 

「姫様、もう夜更けでございます。そろそろ寝床につかねば……」

 

「煩いわね! 今日はもうここで寝るから布団持ってきて」

 

「ろ、廊下ででございますか?!」

 

「何よ。なんか文句でもあるの?」

 

「めめめ、滅相もございません! 直ぐお持ちいたします!」

 

 

 いけない。女中に少し八つ当たりをしてしまったわ。

 しかし、あの二人は本当に誰? ___いや、一人は見覚えがある。

 確か催し物で熊口様と決勝で相対した妖忌とかいう奴だったわ。

 見る限りじゃ、あの小娘の用心棒として来ている感じね。

 熊口様に用事できているということを小耳に挟んだので盗み……聞き耳を立てていたのだけれど、なんとも親しげに話して!! 

 

 まさかあの小娘、熊口様を狙っているんじゃ!? 

 

 

 

 

 

 

 

 …………………………。

 

 

 

 

 

 

 

 ______駄目、絶対に許さない。

当作品の原作キャラの中で一番印象に残っている人(神)妖

  • 八意永琳
  • 綿月依姫
  • 綿月豊姫
  • 洩矢諏訪子
  • 八坂神奈子
  • 息吹萃香
  • 星熊勇儀
  • 茨木華扇
  • 射命丸文
  • カワシロ?
  • 八雲紫
  • 魂魄妖忌
  • 蓬莱山輝夜
  • 藤原妹紅

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