東方生還記録   作:エゾ末

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㉑話 相も変わらず

「その境界、もしかしてだけど……収納とかできたりする?」

 

「へっ?」

 

 

 自身の能力を明かし、生斗の反応を窺っていた矢先、予想の範囲外からくる質問に私は素頓狂な声を上げる。

 

 

「可能だけど……」

 

「おい〜〜!! それならもっと早く教えてくれよ! 旅もっと楽できてたじゃん!」

 

 

 頭を掻きむしり、悔しそうに苦言を溢す生斗。

 

 えっ、そんなこと……ていうかその程度? 

 

 

 私は怖かった。

 彼は理由があらば殺生に一切の躊躇がない。先程まで軽口を叩いていた者の首でさえ切り落とすことだってある。

 生殺の線引はあるが、私の能力は自身でも持て余すほど強大であるため、超えている可能性が非常に高い。

 だけれど、私はそんな事よりも_____

 生斗から向けられるかもしれない嫌悪の視線に、これまで一度としてされなかった侮蔑の表情をされることが堪らなく怖かった。

 

 されども、明かさずにはいられなかった。

 命を救ってくれ、ある程度独り立ち出来るまで育ててくれた恩人に、隠し事をしたままで別れるのは、違う。

 生斗にそう教えられたからではない。

 私のこれまで培われてきた偏見が異議を唱えているのだ。

 

 だから話した。

 何もきっかけもないこの昼下がりに。

 だからこそ話した。

 何時までも時期を窺っていれば良いというものではない。それこそ話す機会を失う恐れがあるから_____いや、言い訳はやめよう。この時期が一番言い易い環境であったからだ。もし生斗が事を荒立てようとしたとしても、柵のある今の状況であれば、すぐに行動を起こすこともない。そう無意識のうちに判断し、気付けば実行していた。

 

 

「それだけ、なの?」

 

 

 正直、生斗が悩んだような素振りをしていた時、自身でも分かるほど心臓の鼓動が速くなっていた。

 額には雫が滴り、唇は小さく震えた。

 いっそのこと、彼の応答を待たずしてこの場から消えてなくなってしまいたいとさえ思えるまで身体は強張っていた。

 

 

「それだけって、おまっ、結構重いんだぞ荷物!」

 

「そ、そういうのではないのよ。私が怖くないの?」

 

 

 私の能力は、使用を誤れば天変地異を起こす可能性すらある劇物。この都でさえも災害を齎すことも容易にできる。

 それは生斗も理解できた筈。なのに何故こうも平然としてられるのだろうか。

 私が生斗の立場であれば、このような態度は決して取らない。否、取れない。

 どうしても今までのような態度は取れず、ふとした時には身構えてしまうだろう。

 

 いつもと変わらぬ態度に、一縷の安堵よりも不安が勝る。

 

 

「んっ? ……ああ、あれか? おれがお前に警戒心を抱かなかった無いことを不思議に思ってる感じか?」

 

「そう。下手すればこの都ですら崩壊させかねない能力なのよ。いつもの生斗なら______」

 

 

 私が生斗に対し、らしくないと発言しようとした瞬間、彼は言葉を遮るように左手を私の前に置き、静止させた。

 

 

「紫は無闇矢鱈に人や妖怪を殺したいと思うか?」

 

「お、襲う訳ないじゃない。私自身を襲って来ない限りは____」

 

 

 私はふと、己が反射的に発した言葉に引っ掛かりを憶えた。

 今の発言、何処かで聞いた事があるような……

 

 

「なら大丈夫だな。紫、お前ならそう遠からず能力も使いこなせるだろ」

 

 

 そして生斗の、あまりにも楽観的な発言により、私は以前の記憶を想起した。

 

 

『んじゃ、紫はおれを襲うのか?』

 

『お、襲うわけないじゃない。命の、恩人なんだから』

 

『なら大丈夫だな。紫も早く寝ろよ』

 

『えっ、え? そんなので信用できるの?』

 

 

 私の妖生の分岐点とも取れる、生斗との邂逅。

 その際に言い放った彼の台詞が、私の記憶の片隅から呼び起こされる。

 

 ____そうだ。生斗はそういう人なんだった。

 

 どこまでもお人好しで、面倒くさがり。嘘が下手でお調子者。

 

 己が安全だと認識した相手には、初日だとしても平気で背を向ける彼が、私に嫌悪感を抱くことなど、ましてや刃を向けることなどある訳がなかったのだ。

 

 これまでの私の不安が、ただただ杞憂でしかなかった。

 

 

 こんな簡単な事、何故今まで解らなかったのだろう。

 

 

「……ふふっ、あははは!」

 

「うおっ、急にどうした」

 

 

 不思議と笑いとともに右目から涙が込み上げてくる。

 

 

「ははは! ぷふっ、ご、御免なさいね。なんだかこれまで考えていたことが馬鹿みたいでね」

 

「考えてたって。もしかしてそれってお前が能力明かしておれが殺しにかかるんじゃないかって事か? おれがそんなことするわけ無いだろ」

 

「そうそう! そうよね! はあ〜スッキリした!」

 

 

 やはり生斗も私が恐れていたことを把握していたようね。

 もしかしたら、収納云々も生斗なりの気遣いだったのかも。

 

 

「それじゃあ、これでお互い秘密も無くなったことだし。ここらで一丁握手でもしとくか?」

 

「なんでよ。今更恥ずかしい」

 

「今更、ではないだろ。そもそも握手っていうのはお互いを信頼するっていう意思表示なんだからな。現に紫はおれを疑ってた」

 

 

 意地悪な表情で私を詰める生斗。

 本来握手とは敵意がないことを示す意思表示であるため、生斗の持論もあながち間違いではないのが悔しいところだ。これじゃあ断りづらいじゃない。

 

 

「まあ、そうね? そんなにしたいのならしてあげなくもないわよ」

 

「素直じゃないな紫は。まだ反抗期か?」

 

「まだって何よ」

 

 

 私がこれまで生斗に反抗的であったことがある? 確かに最近はたまに鬱陶しいと思うことはあったけれど……

 そんな私をやれやれといった風に見つめる生斗。しかし彼の腕は既に私の前へと置かれていた。

 

 

「ほら」

 

「……」

 

 

 差し出された右手を見やる。

 

 傷だらけで、私よりも一回り大きい。

 幾許の戦いにより異質な皮へと変形したその掌には、これまで何度も救われてきた。

 

 ____次は私が生斗に孝行する番だ。

 

 そう決意した私は差し出された右手を強く握り締めた。

 すると生斗は仄かに笑い、

 

 

「改めて、これからも宜しくな」

 

 

 と、強く握り返してくれた。

 強くとも痛いとは感じない程度の強さに、安心感を憶える。

 ほんと、この人は……

 

 

「ふふっ、私を助けてくれた事、誇りに思える日がきっと来るわよ。ねっ、_______

 

 

 

 

 

 

 

 ______お父さん?」

 

 

 

 瞬間、生斗の涙腺が崩壊したのは言う迄も無い。

 

 ……なんだか、そう何度も泣かれるとちょっと此方まで恥ずかしくなるわね。

 

当作品の原作キャラの中で一番印象に残っている人(神)妖

  • 八意永琳
  • 綿月依姫
  • 綿月豊姫
  • 洩矢諏訪子
  • 八坂神奈子
  • 息吹萃香
  • 星熊勇儀
  • 茨木華扇
  • 射命丸文
  • カワシロ?
  • 八雲紫
  • 魂魄妖忌
  • 蓬莱山輝夜
  • 藤原妹紅

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