マーリンの弟子   作:トキノ アユム

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魔弾

「ん……」 

 轟音と、身体を強く揺さぶられる感覚に、藤丸 立花の意識は、覚醒した。

 立花は寝起きがいい方ではない。夜寝る時は目覚まし時計を念の為に三つかけないと不安になる程に覚醒が悪い。 だがどうしてか。その時、立花はすぐに目を覚まし――

「え?」

 そして愕然とした。

 

 

 自分が空を飛んでいたからだ。

 

 

(あれ?)

 いや、違う。

「目が覚めましたか?」

 空を飛んでいるのは、自分ではない。

「気分はいかがですか?」

「えと、あの……」

 混乱する頭で立花は自分の周りの情報を、必死にかき集める。

 黒いローブを着た小さい女の子に、自分は今抱えられている。

 いや。しかし、どうしてこんな事に?

「すいません。落ちます(・・・・)

「へ?」

 どういう意味かと尋ねる前に――

(あ)

 一瞬ふわっとした浮遊感を感じたかと思うと、

「きいやあああああああああああ!!!!」

 

 

 

 そのまま一気に落下(・・)する。

 

 

「あああああああああああああああああああああああ!!!!」

「すいません。耳が痛いので、少し静かにしていただけると助かります」

「できないよぉぉぉぉ!!!!」

 無理に決まっている。

 藤丸 立花は遊園地などに行けば、迷わずジェットコースターやバンジージャンプといった絶叫マシーンを好んで乗る剛毅な少女ではあったが、それはあくまで娯楽の範囲だ。

 いきなりの高所からの紐なしバンジーに恐怖しない程、恐い物なしの人間ではない。

「うぐ!?」

 地面に着地した時の衝撃で、胃の中の物が逆流しそうになった。吐き出さなかったのは、その前に少女が動き出してしまったから。

「飛びます」

 ジャンプ。細い身体からは想像もつかないような脚力を発揮し、少女は一気に五階建て程度の高さを持つビルの屋上へと飛び上がる。

 人間の出来る芸当ではない。

「あ、あなたは、一体?」

「サーヴァントです」

 答えは簡潔だった。

 サーヴァント。使い魔。

 確かカルデアの説明で聞いたような気がする。なるほど。だから、自分を抱えたまま、大ジャンプすることも可能だし。高い所から着地しても平然としていられるのか。

 理解した。

 だがそうなると、もう一つの疑問が急速浮上してくる。

 

 

「あ、起きたんだ?」

 

 

 そんなサーヴァントである少女に平然とついてくるこの男は一体何者だ?

「はじめまして。まずは自己紹介……と言いたい所だけど、ちょっと待ってくれるかな?」

「今気を抜くと、一瞬であの世行きになっちゃうからさ」

 立っていたビルに刀剣が降り注ぐ。

 

 

「きゃあ!!」

それを立花は台風や地震のような天災のようなものに見えた。

 なにをしても、防げないもの。抗う事の出来ない絶対的な力。

 だが二人は違った。

「とぶよ」

「了解」

 驚きも恐れもない。

 ただ冷静に対処(・・)する。

 普通ならば諦め、無抵抗に串刺しになるであろう暴力が自分達の身体に降り注ぐ前に、別のビルに飛び移り、安全圏まで退避する。

「大丈夫ですか?」

 大丈夫なわけがない。今にも胃の中の物がリバースしそうだ。

「……ダメそうですね。クモ。魔弾の作成はまだですか? この人、そろそろ限界です」

「みたいだね」

 だけどもう問題ないよと、少年は足を止めた。

 

 

「準備は整った」

 

 

 

 

再装填開始(リロードスタート)

 最早それは慣れた工程だった。

 作成するのは一発の弾丸。

 それを魔力によって具現化し、その中に魔弾が魔弾たりえる奇跡の『擬態』を、流し込む。

 

 

 思い描くのは記憶にある赤い魔槍。

 

 

 アイルランドの光の御子である彼の槍を。

 彼が起こした奇跡の模倣を。

 一発の弾丸に込める。

工程完了(ロールアウト)

 僕の左手の中には一発の薬莢が幻想から現実の物へと昇華されていた。

 それを僕は右手に握るマグナム――ツヴァイの回転式弾倉(シリンダー)に装填する。

「この弾丸は――」

 手の捻りでシリンダーを元に戻した僕は、銃口を敵に向け、

 

 

「突き穿つ死棘の槍」

 

 

 撃鉄を起こし――

 

 

幻想魔弾(ファントムバレット)

 

 

 引き金を引く。

 

 

「!?」

 ビルの上からイレギュラー達に攻撃を加えていたアーチャーのクラスである褐色の男は、鷹の目でその魔弾を見ていた。

 いや、それは本当に弾と評していいのだろうか?

 少年の持つ銃から発射された弾丸は、深紅の輝きと共に、こちらに向かってくる。

 信じられない速度ではあるが、距離があいているのが幸いした。これなら十分に回避は可能――

「!」

 弾丸が変化する。

 一本の槍へと。それもただの槍ではない。アーチャーにとって因縁深い男の槍だ。

(回避は不可能か)

 あの槍の前では、決して逃げることは許されない。

「幾たび躱されようと相手を貫く」という性質を持つため標的が存在する限り、あの槍は止まらない。

 止められるとすれば――

 

 

「――――I am the bone of my sword(体は剣で出来ている)

 

 

 それを上回る盾だけだ。

 

 

 

「やりましたか?」

「いいや」

 僕の撃った魔弾は確かに狙い通り命中した。

「防がれたよ」

 それも飛び切り意外な方法で。

 ここからでもかろうじで見える六枚の花弁の盾。

 間違いない。あれは投擲武器を全て防ぐという伝説の盾。

 

 

 ローアイアス。

 

 

 その贋作(・・)

「久しぶりだね」

 それを使う英霊を僕は一人知っている。

 

 

 

「エミヤ君……」

 

 

 

 僕にとっても因縁深い相手が今回は敵のようだ。

「あの正義の味方ですか?」

「うん。僕達の天敵(・・)だよ」

 だけど……と、僕はアナの抱えている女の子に目を向ける。

「あのエミヤ君が狙うってことは、この子もなんか訳アリかな」

 彼は基本的に無駄な事をしない。快楽目的の殺人などは特にだ。

 だとすれば彼が攻撃を行う理由が存在するはずなのだが……

「え、あ、なんですか?」

 困惑した顔で僕を見る女の子は、どう見てもまっとうで一般的な普通の人間にしか見えない。

「どうしますか? このまま戦闘を続行しますか?」

「今の内に逃げちゃおう」

 このままやっても勝ち目ないし。

「背中を狙われませんか?」

「大丈夫だよ」

「……根拠は?」

「うん?」

 そんなの決まっている。

「勘」

「……はぁ」

 アナはそれはそれは大きなため息を吐いた。

「あー。駄目かな?」

「駄目と言いたい所ですが、了解です。あなたの勘の良さを私は知っていますから」

「流石はアナ」

 それでこそ僕の相棒(サーヴァント)だ。

「それじゃあ一旦退散。君もそれでいいかな?」

「あ、は、はい!」

 アナに抱えられた少女は何度も頷いてくれた。

 よし、これで方針は決まったな。

「じゃあ、全速力でエスケープ!!」

「了解」

「え、て、またあああああああああ!!!!??」

 とりあえずビルから飛び降りる。女の子が悲鳴をあげているが、無視する。今はそれどころではない。

「……いつも思いますが、そういう強引な所は師匠のマーリン譲りですね」

「やめて」

 その言葉は僕にとても効く。

 

 

 

 咄嗟に展開したローアイアスであったが、防ぐ相手が相手だけに、腕の一本は覚悟していた。

 しかしそれは杞憂であった。

 盾に激突した瞬間、槍はあっけなく砕け散った。

 本物(・・)を知っているアーチャーからすれば、拍子抜けするほどに威力がなかった。

 加減をされたという可能性は捨てきれないが、それよりも相手の狙いはこちらの問題なのは相手が自分と似た魔術を行使することだ。

 

 

「投影魔術……」

 

 

 それも英霊の宝具すら投影可能な程の。

「……厄介だな」

 投影魔術もだが、それ以上にアーチャーが厄介と評したのは、彼が戦い慣れしている事が厄介だ。

 突然現れたイレギュラーとして対処していたが、それでは駄目だ。

 それに、嫌な予感がする。

 長年の戦闘の経験や、直感からではない。

 英霊としての存在の根幹が、あの少年は危険だと言っている。

「試してみるか」

 アーチャーの手に剣が現れる。

 螺旋剣(ガラドボルグ)

 その複製だ。

 それを弓へと変化させ、アーチャーは弓を構える。

 標的はこちらに背中を向けて逃げていた。

 好都合だ。これで仕留めればよし。だがもし仕留められないのであれば―― 

 

 

 

「!」

 

 

 

 そこまで思考していたアーチャーは、唐突にビルの屋上から跳んだ。

 次の瞬間つい先程まで自分が立っていた所に、炎が襲い掛かった。

「ち!」

 舌打ちをし、その炎が放たれた方向を見る。

 だが『彼』は既にそこから消えていた。

「逃げたか」

 いい引き際だ。ランサークラスの時の『彼』では考えられない理知的な動きに、やりづらさを覚えながら、アーチャーは特異点と化した冬木の空を見上げる。

「いよいよ混沌として来たな」

 しかしやる事は変わらない。

 例え堕ちたとしても、赤い弓兵はただ敵を殲滅するのみである。

 

 

 

「随分と、面白くなってきたじゃあねえか」

 そしてそれは、赤い弓兵に不意打ちを行った者も同じ。

 赤き死棘の槍の本来の持ち主であるアイルランドの御子。

 今度はキャスターのクラスとして現界した英霊――クーフーリンは、自分の槍の複製を使った少年を追う。

 

 

 

「ケルト流の歓迎をしてやるよ。イレギュラー」

 

 

 

 かくして物語の歯車は動き始めた。

 この物語がどこに行きつくのか?

 それを演者達が知る術はない。

 

 

 

 


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