みなさん、石の貯蔵は十分か!?
「ねえ、アナ」
「なんですか?」
「僕達は、わりと何回もこの冬木市に来たことがあるよね?」
「はい」
うん。なら聞こう。
「冬木市ってさ、こんな世紀末な場所だったっけ?」
一言で言えば、廃墟。目の前に広がる光景に、僕は溜め息を吐かざるを得なかった。
この光景を作り出した原因に心当たりは一応あるのだが――
「聖杯の中身が出てきた――にしては、まだマシな方かな?」
「はい。アレが出てきたにしては、被害が少なすぎます」
「だよね」
聖杯の中身が世に放たれたのなら、廃墟程度で済むはずがない。
ならばまだどんな形であれ、聖杯戦争は継続中ということか。
「どうしようかー」
正直途方に暮れるなこれ。いきなり飛ばされたせいで、前情報は一切なし。ここで何をするべきなのかさえ分からない。
「せめて、僕の装備は持ってきたかった」
あれがあれば、戦闘でのアナの負担を減らす事が出来るのだが。
「その事なら問題ありませんよ」
「え?」
どういうことですかアナさん?
「こんな事もあろうかと、あなたの装備一式は持ってきてます」
アナがいつも着用している黒いローブの下から、僕の装備一式――
漆黒のコートと拳銃型の魔術礼装が出てきた。
「……」
それらを見ると、僕はいつも複雑な心境にかられる。
正直に言うと、僕はこいつらを使いたくなかった
性能が悪いからではない。
これらが、『あいつ』の作品だからだ。
一見、ただのコートに見えるが、この黒い布はあらゆる魔術や攻撃から
魔力消費はほとんどない。なんでも、大気中のマナを自動的に凝集し、防御用の魔力に変換しているそうだ。
仮に、魔術に心得のあるものが聞けば、この説明は一笑に付されるだろう。
馬鹿馬鹿しい。不可能だと。
大気中のマナを凝集→防御用のマナに変換→オートで防御障壁を展開。
簡単には言うが、普通は出来ない。
魔術師としての実力は底辺な僕は勿論、一流の魔術師でさえも、大気中のマナを凝集し、結晶化するには数日の時間を要するというのに、このコートは、それを自動で平然とやってのける。
魔術とは歴史であると大抵の魔術師は思っている。
自分の魔術の研究の成果。人生の成果を、親は子へと託すからだ。
そしてその子はそれをまた、自らの子へと託す。
そういう繰り返しの中で、魔術は少しずつ進化していく。
そういうものなのだ。
だが、『あいつ』は違う。
そういう常識を、微笑みと共に覆してしまう。
一般的な魔術師が発狂してしまう程に高性能な礼装。サーヴァントの宝具にも匹敵してしまう奇跡を内包した道具を平然と作ってしまう。
そしてもう一つ。拳銃型の魔術礼装。コンバットマグナムという銃とほぼ同じ形をしているが、中身はまったくの別物。これもまた『あいつ』の作品だ。
コートの名前は『アイン』
銃の名前は『ツヴァイ』
ドイツ語で1と2の名前を意味する、僕の為に作られた僕だけの装備。
「クモ?」
「!」
いつの間にか考え込んでしまっていたようだ。
「大丈夫ですか?」
「ああ、うん」
思考にふけり、周りが見えなくなるのは僕の悪い癖だ。
「体調が悪いんですか?」
「ん。そんなことはないよ」
心配してくれるアナに申し訳なく思いながらも、僕は話を逸らす為に、別の話題をふる。
「――いつも思うんだけど、アナのローブの下って四次元ポケットに繋がってたりする?」
今出した装備一式は明らかに、アナ一人で携帯出来る量ではない気がする。
「企業秘密です。あ、忘れる所でした。ホルスターもどうぞ」
「あ、はい」
――うちのアナさんには謎が多い。そういうことにしておこう。うん。
ホルスターをつけ、そこに『ツヴァイ』を収める。
更にその上に『アイン』を羽織ると、僕の戦闘準備が整う。
「……ねえ、アナ」
「なんですか?」
「僕たちってさ、傍目から見たらどんな風に見えると思う?」
「言う必要、ありますか?」
愚問であろうと、アナは呆れる。
近くで壊れている車のサイドミラーにちょうど僕達の姿が写っている。
膝まである黒いコートを着ている男に、顔の半分まで覆う黒いローブを羽織った少――いや、幼女。
――うん。
「不審者……だよね」
「はい」
怪しさ爆発だ。
「生きている人間がいたとして、まともに会話出来るかな?」
会話より前に逃げ出されるような気がする。
「……その心配はないようですよ」
「え?」
「見て下さいクモ」
アナが一点を指指す。
そこには、一人の女性が倒れていた。
オレンジ色の髪をした、まだ若い少女だ。
「生きてる……かな?」
「微弱ながら魔力を感じます。おそらくはそうでしょう」
「ならはやく助けないとね」
僕は女の子の近くに進もうとし、
――足を止めた。
「……狙われてるね」
「はい」
気配を感じる。ここから遠く。決して触れる事の出来ない遠距離に、『何か』がいる。
「サーヴァントかな?」
「まあ、そうでしょうね。確実に」
だとすれば、相手は随分と容赦のない戦闘をする奴だ。女の子を殺さずに生かし、他の人間を呼び寄せる餌にするのだから。
もしくは自らのプライドなどをまったく考慮せずに、結果を得る事を一番重要に思っている、リアリストか。
どちらにせよ、厄介な相手だ。
「相手はアーチャー……かな?」
サーヴァント七騎の間で、最も遠距離に陣取ることでアドバンテージを得られるのは、間違いなくアーチャーのクラスだ。
「おそらくは。どうしますか? こちらも補足されているみたいですし。戦闘は避けられませんが、彼女を助けるのならば、かなり苦しい戦いになります」
「だよね」
元々僕たちは弱い。出来損ないの僕はもちろんのこと、アナも英霊の中では弱い方なのだ。
自分達の事でさえ精一杯なのに、気絶した女の子を一人抱えて戦闘を行うなど、自殺行為に等しい。
だけどまあ、
「助けるよ」
迷う必要などないのだが。
「……はあ。言うと思いましたよ」
呆れが籠るため息を吐くが、それでもアナは僕の相棒だ。
「なら、彼女は私が持ちます。クモは『魔弾』の作成に集中して下さい」
「ありがとう。ごめんね」
「いつもの事です」
確かに。いつも通りである。
「じゃあ――」
この一歩も
「行くよ。アナ」
「はい。マスター」
踏み出した一歩と同時に、僕達の戦いの火蓋が切って落とされた。