幼女戦記 外伝   作:ククルス

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15000文字追記、修正。(18.2.19)
もはや別物なので再編として投稿。

清書版、ステイシー・オリバー(18.2.21)
【挿絵表示】



■追記

・魔導師
魔導飛行士と同義、飛行士以外にも医療や別技術職で魔導関連を用いる場合もあるため広義的な意味合いで使用。

・魔導飛行士
陸、海、空いずれの軍系統でも飛行し任務を行うに準ずる対象の役職。
(上記、二つが今後文体に出てきて『魔導士』だの『魔導飛行師』になっていたら誤字です)

・ステイシー・オリバー
第一一三嚮導魔導飛行大隊では唯一のネームド級。
帝国軍側の登録個体名も、連合側の通り名も"戦乙女"で北欧の直氏に対する嫌味もあります。
「私にとっては、魔導士にとってこの程度の距離造作もない。」
ですが、造作もあります。普通のジャングル・カービンの有効射程は600m。
飛ばすだけでも普通ではありません。

・漢数字と半角英数字の差
本当は漢数字に統一したいのですが、どうしても見難い部分(年月日や時間、距離)は半角英数字にしてます。お許しください。


黒帽子さま、誤字報告ありがとうございます!(18.2.19)
※一年前にも報告していてくださって感謝です。

robot三等兵さま、誤字報告ありがとうございます!(18.2.21)
※延々とが繰り返されていたので、二回目は修正しました。



ライン戦線―大鷲失墜(再編)

『フランソワ共和国 ライン戦線メセ軍区』第二一号 報告書

 

 

 

統一歴1923年6月7月6日から21日、ライン戦線一部攻勢計画(または限定的攻勢)について総評、計画の結果は失敗。

 

攻勢計画の概要は以下の通り

 

⑴ライン戦線、各軍管区より二割以上の砲兵隊をメセ要塞都市の東、メッツァン森林部へ陣地転換を開始。21日0600時砲撃開始、1220時砲撃終了。この砲撃は非観測(帝国側の逆探知対策)実施とする。

分散的に攻撃し敵最前衛の反撃能力を喪失させる。

 

⑵メセ軍管区の守備部隊を含む、一個歩兵師団を投入し防衛線へ限定攻勢を実施する。前衛には騎兵連隊を投入。

 

⑶塹壕線の突破後は帝国軍の戦闘力、兵站能力に打撃を与え転進する。

 

この計画の最終目標は中央部への帝国軍兵力誘引、戦略上の選択肢を奪うことにあるものとする。

 

 

共和国参謀本部の攻勢計画は一時成功を見る。

が、後方待機していたと思われる帝国軍魔導士部隊の緊急対応により、第二一親衛騎兵連隊と第一三混成歩兵師団の三割を攻勢時に損耗。メセ要塞都市までの撤退完了段階で二割の損耗を加え、守備に必要な戦力の半数を喪失。

 

メセ緊急会議にてメセ軍管区長ベレニア・ギレム陸軍准将は退任。

後任にはナンシー軍管区長ウード・ブルゴーニュ陸軍中将が兼任となったが元々ギレム准将は参謀本部のこの攻勢指示に、戦力の不足と戦略目標不十分を理由に再考を嘆願していたとのこと。

 

ギレム准将とブルゴーニュ中将の両者は派閥問題から対立しており政治的な側面が伺える。

また失敗した要因として上層部と現場士官側で目標の共通化、攻勢後の対応が十分に検討されていなかったように思われる。

 

 

今回の件を含め、共和国参謀本部に対する率直な評価は愚昧と評する。

 

 

戦況の変化にも作戦本部が対応しきれていないと判断。

ついては、更なる技術嚮導として司令部要員の派遣を具申する。

 

 

 

統一歴 1923年 8月15日

"義勇"連合軍第一一三嚮導魔導飛行大隊 ステイシー・オリバー少佐

 

 

 

 

======= 統一歴1908年 連合王国 オリバー領 =======

 

 

オリバー家はかつて強権を振るったものの今では没落し、連合王国(特に貴族社会)では没落者と蔑まれてきた。所領もあったにはあったがなまじっか無理な統治をしていたものだから色んな人々から睨まれている。その子である私、ステイシー・オリバーもその一人。

 

お父様やその先代たちは、どうにか復権しようと数代前から軍人として実績を積んできたようで軍内では発言力を手にしているらしいが汚名を注げる程の効果があったのかは私には分からない。

私は自分が貴族だ、などとは考えてもいなかったし興味もなかった。

取り敢えず食べるには苦労せず、やりたいことは何でもやれた。

女の子らしい礼儀や遊びにはまるで興味が唆られず一つ下の弟と男の子のようなやんちゃばかり。

家はきっと弟が継ぐし私の扱いにお父様も困っているようだ…どうするのだろう。

私も男の子だったら良かったのに、と思ったのは一度や二度ではない。

 

それはそれとしても夢があった。

叶うかどうかも分からないような夢が。

 

空を飛ぶこと、そして冒険をするのだ。

いろんな場所に旅を…そんな子供にしか許されない無理な願い。

 

魔女や魔法使いの描かれた本は私の夢を一層強くし、抑えきれない熱意は私の脚をとにかく外へ誘った。

私よりも女の子らしい弟を旅の従者に、近くにある森や街への冒険に駆り立てた。

ドレスを汚して二人でお屋敷に帰る度お父様に私は怒られて、翌日もまた抜け出して。そんな日々を繰り返し繰り返し。

 

ある日、森の冒険中に私と弟は崖から落ちた。

私は頭を打ったが痛みはあまりなかったのと、額から大量に流れ落ちる血に状況が掴めず驚いたのだと思う。暫く座り込んでいた。

違和感に気付いたのは、私と落ちた弟が未だにピクリとも動かないことに気付いてから。

 

 

「アレ…ン?」

 

 

大人になってしまった今にして思えば、崖はあまり高くはない。

精々、百メートルあるかないか。でも八歳の私は取り乱した。

怒られても叩かれても、怪我をしたって泣かない生意気な私が。

はじめて泣いて叫んで助けを求めた。

 

 

「誰か…神様っ、アレンを助けて!!」

 

 

誰もいない。助けてはくれるはずがない。

弟の身体に触れ背に手をいれて抱き起こす。

 

 

——身体は温かいのに…胸が動いてない!それに…っ

 

 

弟の身体は異様なほど温かく、背からは血が流れている。

血の量だけならば私も勝るとも劣らないが重症なのは確実に弟の方。

 

 

「血が…血がこんな、に」

 

 

大人も神様も当てにはならない。

この場に居るのは私だけで、私は姉で、私のせいで弟は怪我をしたのだから『 私 』が助けなきゃと考えた。

こんなとき、物語の魔法使いたちは何をしたのだったか?

 

 

「ぇ…と、集中して願いを込めて……Prayer…wish…desire!」

 

 

力がある単語を紡ぐ、法則は知らないし古い物語の記述だ。

意味なんてなかったのかもしれない。

結果何をしたのか、あまり覚えてはいないけど。

蒼く輝く小さな円が手から飛び出したと思うと、弟は息を吹き返した。

 

それが始まり。

 

もう大丈夫だと思った私は、弟をおぶってなんとか街まで歩いた。

血塗れの私たちに気付いた大人たちは初めぎょっとしたものの、私が倒れると助け起こされ近くの診療所まで抱っこされ…。

 

暫くしてからお父様とお母様が迎えに来てくれた。

お父様は鬼もかくやという表情に、お母様は肩を支えられながら泣いていた。

 

 

「オリバー!!お前というものがありながら…っ」

 

「お待ちください。お嬢さんのことでお話ししたいことが」

 

 

その場でお医者様が私と弟の命に別状はないこと。

私が干渉術式"の様なもの"(魔術の体を成していない為)で生命力を活性化させたのが要因だと説明してくれた。

 

ようするに私には夢みた魔法使いの適性があったらしい。

 

それを聞かされたお父様とお母様の表情は複雑だった。

 

 

 

 

======= 統一歴1923年 共和国 メス要塞都市 自室 =======

 

 

夜の帳が降り、薄く煌めいて自己主張する無数の光。

風が運ぶ人々の会話や生活の音。

 

微かな音だけの静けさは此処が戦場で、ましてや前線の都市であることを実感させない。窓から見える星々も私には故郷のそれとあまり変わらないように思えた。

 

私に魔導適性が発覚し、力の使い方を学び。

軍学校を卒業して実績を積み。

自らの部隊を得て夢であった各国に転々と派遣され。

 

 

——もう、あれから15年になるのね…。

 

 

戦乙女、なんて大それた通り名を与えられて。

戦争までしていても戦いは苦手だ。人を殺める技術云々ではなく精神的に。弟を怪我させてから、私はやんちゃするのを止めた。

方向性を変えたという方が正しいのかもしれないか。

 

こうして馴れない筆を手に取り四苦八苦して、過去に想いを馳せる。なんと幸せな、時間であることか。

同時に申し訳なさも感じてしまう。

ここは確かに前線だが…衣食住に困ることのない場所だ。

少なくとも敵に怯えながらの睡眠ではない。

 

 

――夢見がちなお姫様で居られた私には、もう戻れない。

 

 

件のメセ要塞都市の城内に与えられた部屋で、私は本国に提出する報告書を書き上げていた。

自分に文才や学が無いのは百も承知だが、軍人の悲しい性だ。

この仕事を続けていく上で筆と紙から離れた生活をすることはできないらしい。面倒な処理は部下に任せる部隊も多い、というかそれが普通だが生憎と時間だけはあったし結局、後々になって承認印を押すなら自分で処理した方が早く終わる。

 

私と、私の大隊"第一一三嚮導魔導飛行大隊"が義勇軍の一つとしてフランソワ共和国に派遣されて既に1月近く。

戦場は刻一刻と変化するし、共和国の内情や帝国軍の情報は多角的に得たいとの考えは理解できるが、たった1カ月未満で二十一枚もの報告書を本国に上げることになるとは思いもしなかった。

 

それに加えて共和国軍上層部の混迷っぷりを思い出せば、この長い髪の様に、ただでさえ重たい頭を更に重たくさせられようというもの。

 

 

「…こうも暇だと、さて何しに来たのだか」

 

「はっ、こうもただ飯食らいでは身体も訛ってしまいます」

 

 

私は独り言のつもりで呟いたが、席を外していた副官のダン・ベイカー中尉は熱い珈琲をカップに入れて現れ、片方を私に差し出しながら律儀に反応を返してくれた。

受け取りながら「ありがとう、中尉」と感謝し冷えた手の平から熱を感じながら味わうように一口頂く。美味しいわね。

 

空いた左手で眼鏡の縁を癖のように触りながら満更でもない苦笑をする中尉との付き合いは、もう昔のことに思えるほど長い。

気心が知れて優秀な副官、私はむしろ世話を焼かれている側で彼には頭が上がらない。

 

 

「確かに、そうね。私が豚の様になったらお母様も悲しむでしょうね」

 

「はは、少佐殿がふくよかになられたら隊の者は悲しみますな」

 

「それはどういう意味かしら、中尉?」

 

「さて…少佐殿は我が隊の大隊長であられる前に皆の娘でもありますから」

 

 

中尉のそんな優しさに思わず笑みが零れ落ちる。

全く保身技術に長けた部下であること。

そんな風に言われて嬉しくないはずがない。

彼も、隊の部下たちもみな私よりは年長で平均年齢は四十後半と歳を重ねている者が多い。逆に若者は私だけともいう。

魔導適性は幸いにして年齢で衰退することがないのは救いだが、私の部下たちは少々特殊で皆が同じ共通点を抱えていた。

 

隣に腰を掛けた、この中尉もそれは同じ。

 

今でこそ連合王国軍の精鋭嚮導隊として各国にも知れ渡っている第一一三嚮導魔導飛行大隊は、傷病を理由に退役や一線を退いた魔導士の寄せ集めだった。

軍靴に隠れて健常者に見える中尉だが右足は義足だし、国境線の小競り合いで至近距離に爆裂術式を受けて視力も軍人としては平均を下回る。

 

初めて彼と出会ったのはまだ十歳の頃。

名誉を取り戻すために代々軍人を輩出していた我がオリバー家だが、今までに魔導適性を持つ者は皆無、たまたま八歳のとき発覚した私の魔導適性にお父様も悩んだのだろう。

次代当主は弟のアレンだとして、お転婆な我儘娘をどうするかに。

 

軍学校に通わせて問題でも起こせばこれまでの努力は無駄になるかも知れない。かといって没落中のオリバー家を喜んで迎い入れてくれる貴族がいるかどうか(お母様は嫁入りを望んだ)。

それに引き換え、全世界的にみても魔導適性は貴重な存在だ。

連合王国には帝国のような皆兵制度はなく、魔導適性を有していても強制ではない。ほぼ魔導士になるとは思うけれど。

 

そこで療養を終え、軍を退役したばかりの中尉を見つけてきたらしい。習い事を嫌った私はおおよそ貴族の立ち振舞とやらに疎くせめて軍人として正当な教育を受ける前に、また軍学校で優秀さを見せることを期待して彼を家庭教師として雇ったのだ。

初め、その話を当時は陸軍准将だったお父様に内示されたとき受けるかどうか迷ったそうだ。

彼は一般階級の出身で貴族社会を嫌っていた、今でも好いてはいないだろうが、その頃の中尉には既に奥方もいて生活の為に受けたと。

王立の幼年軍学校に入学するまでの三年間、必要なことの全ては彼から教わった。

 

 

「いつまで子供扱いなのかしら、中尉の上官侮辱罪をこの報告書に書き足してもいい?」

 

「おっと、ステイシーお嬢様それは勘弁願います」

 

 

私は彼に育てられた。何の揶揄でもなく、私の人生の師は誰か?と聞かれれば親でも軍学校の教官殿でもなく彼だと答える。

没落とはいえ領内を持つ貴族の家に生を受け、何の苦労なく育った私は、世間やお父様から素質無しと烙印を押される位にはお転婆だった。ついでに言えば勉強は好きではなかったので学もなかった。

さて軍に入らなければ私は何をしていたのか。

実戦を経験し生還した元軍人という存在は私の方向性に可能性を与えてくれた。

 

せがむように彼から聞いた戦場のお話は、お転婆を止めた私をより冒険に駆り立てたもの。

軍に入れば、煩わしい貴族社会から解放されるとも思っていた。

それが……。

 

 

 

 

 

 

それがどうだろう。異例の出世はさて、私の実力だけであろうか。

 

権力が物を言うというなら利用してしまえとは考えられない。

元々、我が家はそれで痛い目をみたのだし私自身に降り掛かる火の粉は良いとして家を継ぐ弟に迷惑を掛けたくはなかったからだ。

 

どういう訳か二十歳の頃、国防情報参謀本部に呼び出され魔導中隊を編制し部隊長になるよう内示を受けた。

飛行時間だけは魔力量の多さもあってベテラン並でも実戦経験は少ない。小隊指揮までしか自信も持てなかった私は、そんな考えを呼び出されたその場でジョージ・チャールズ・ラッセルズ陸軍准将に上申した。私は知りもしなかったがお父様の政敵だったらしいラッセルズ准将は大声で一頻り笑うと、嚮導を目的とした新規魔導中隊を編成するように改めて言った。

 

 

「貴官があの小憎たらしい爺の気質を受け継がなかったことを、私は心から言祝ぐとしよう。自分の未熟さを自覚する故に受け入れられないとあれば、これは正式な辞令とする」

 

「閣下…?」

 

「ただし部隊員は全て自分で集めるよう、自らの信ずる騎士道においてな。編成員に関してはこちらから口を出すことはないし、それによって発生する手続きや責任は私が取る、以上だ」

 

 

「下がりたまえ」と続けられ、私は自失したまま退室した。

軍が関与しない、かつ嚮導出来るほどの実力か経験を持った魔導士を十二人も…?

ようは、今の私には"部下の生命に責任が取れない"と曰ったようなもので閣下は、ならば軍から与えられた部下ではなく自分で部下を選べというのだろう。

 

まるで、死刑宣告のようだった。

お父様に相談しても解決にはならないし波風を立てるだけだ。

同期に頼っても、やはり意味がない。

この難題に答えをくれそうな人物は、一人しか浮かばなかった。

 

 

「お久しぶりです、ステイシーお嬢様。いまは大尉殿ですか」

 

 

彼の自宅にある応接室に通され、やや硬いソファに腰をかける。

家庭教師であり、本人の意志とは関係なく除隊を余儀なくされたダン先生にこの話をすることは正直躊躇われた。

 

 

「えぇ、ダン先生。確かに…久しぶりですね、正確には七年振りくらい」

 

「はは、七年……もうそんなに経ちますか」

 

 

結局、別れてからの経緯を私は全て話した。

王立幼年軍学校で三年、短期魔導士官学校で更に二年。

南部植民地の国境魔導警備隊に二年務め本国に呼び戻されたこと。

ラッセルズ准将からの命令のことも。

 

 

「新編の魔導中隊ですか…それはまた難儀な」

 

「はい、私もそう思って……」

 

「で?既に除隊した私に何を求められているんです」

 

 

聞いたこともない、先生の冷たい声色に身体が震える。

先生は既に国へ貢献した。それを国は切捨てたのだ。

戦えない軍人など、邪魔でしかないのはわかる。

 

扉をノックする音とともに年若い、充分に美人といえる女性が珈琲を持って入室した。

 

 

「失礼します。あなた、こんな若い女の子を苛めてはいけませんよ」

 

「まさか!苛めてなどいないさ、カーラ」

 

「本当かしら…お嬢さん、今にも泣きそうだわ。はい、珈琲でもどうぞ」

 

 

温かい珈琲が注がれた陶器のカップを受け取る。

 

 

「ありがとうございます…貴女は先生の」

 

「あぁ、私の妻ですよ。私には勿体無いくらいの」

 

「おだてたって何も出ませんからね」

 

 

実をいえば、新編部隊の案は既にある。

ただ、それは私一人では難しく先生の、彼の手助けが必要だった。

しかし幸せそうな光景を見て、先生を再び軍人にさせるのは…。

嚮導が目的といっても絶対安全な訳ではない。

もし戦争が起きれば。

 

 

「私は……いえ、そろそろ失礼します」

 

「ねぇ、お嬢さん?私に遠慮する必要なんてないわ。貴女の人生だもの」

 

「お嬢様……妻のいう通りです。お嬢様が何を考えて私を訪ねていらしたのかは理解しています。ただ、しようと考えたことを噤むのは貴女らしくない」

 

 

 

 

 

 

そうして彼を復員させ、その伝から除隊済みだったり療養中のを魔導師集め作ったのが、退役魔導師らで編成された部隊。

今の第一一三嚮導魔導飛行大隊の先駆けだ。

 

無理を通して下さったラッセルズ准将には頭が上がらないし、私情を抜いて支援してくれたお父様にも。

中隊は一年間訓練に訓練を重ね、負傷していても可能な限り安全な新戦術の実践から新しい術式の編み出しまで行い中隊は隊員を増やしながら大隊へ。国からは正式に嚮導という名誉まで与えられた。

 

各国に派遣されながら同国の魔導師たちを嚮導する二年の日々。

 

 

——そして1923年6月、開戦。

 

 

開戦で共和国と帝国の両実情を間近に確認でき、精鋭の援軍を多数送り出したという政治的取引の為に私たちは差し出された。

これを拒否できる権限を両准将は持ち得ていない。

それに各国に依頼されて嚮導を行っていた私たちは有名になり過ぎたのだ。

前線の即応部隊という位置づけに、私の隊は人を導いて死者を減らす嚮導隊から帝国のネームドを限定して狩る人狩り隊になっていた。

 

六月の中頃に派遣されライン戦線のロール低地(共和国の戦線左翼)でネームドを含めた撃墜数三十を越えた辺りで、メスに急遽招集されて以降未だ出撃要請も本国からの命令もない。

 

 

「ふふっ冗談よ、お嬢様なんて言われるのも久々……はぁ」

 

「どうなさいました?」

 

「会議の内容に少し、思うところがあっただけ」

 

「共和国の連中ですか……」

 

 

加えて先日の会議だ。

あぁ、思い返すだけで苛立ちが込み上げてくる。

私の精神修行が足りていないだけだとは思いたくない。

 

 

事の起こり。

この報告書を書く切っ掛けにもなった一部攻勢で損失した戦力を含めた対策を検討するというライン戦線の各戦区を支える共和国将校と連合王国の派遣将校を集めた緊急会議にあった。

 

 

 

◇ 

 

 

 

会議の場として選ばれたのはライン戦線の中央戦区に位置するメセ要塞都市だった。

選ばれた理由も帝国の砲撃範囲になく縦陣距離は60kmと最前線のライン戦線まで安全性が確保されており、後方司令部を含め各管区から集まりやすい交通上の理由もある。

 

このメセは先日の攻勢(共和国曰く電撃戦の応酬)に最も戦力を抽出した管区であり、一個師団の兵力と要塞を備えた戦略上の要衝でもある。

 

美しい建造物や都市に流れる幅広な川は水深も深く都市を分断するように川があるため万が一では水際防衛も期待されている。

生半な戦力では突破できず、最も可能性が苦慮された帝国の戦略は大規模な航空魔導師部隊に合わせた歩兵師団の投入であると考えられており、私の大隊が招集された理由でもあった。

 

芸術というものに理解のない私でも、素直に美しいと称賛できる街並み。

 

そんな素晴らしい景観を作り上げた筈の子孫らが集まるこの会議室は、重苦しい空気に包まれ優雅さとはまったく無縁に見えた。

 

 

「何が電撃戦の意趣返しだ?この結果は、貴重な物資を浪費した結果がこれか!!」

 

「そもそもだよ、作戦目標からして問題があったのではないのかね?」

 

 

いま尚、会議室は絶賛紛糾している。

既に二時間、この場に将軍たちが勲章をジャラジャラと誇示しながら二十人近くで睨み合っているのだ。

 

そして政治将校に付き添う形で私も席を与えられ、こうして意味もない罵り合いを聞き続けている。

あぁ、こちらの立場にもなってはくれないだろうか。

貴族社会や政治の泥沼もこれより幾分かはマシだ。

本国のジョンブルらは内心怒り狂っていても体裁を整えているし、あくまでも実益を重視している。

 

 

「メス軍管区長、ギレム准将はどう思うかね」

 

「はっ、私としましては…責任を取り…」

 

「それしか言えないのか!そもそもなんだ、この帝国魔導中隊如きに一個師団が半壊だと?ありえんだろう」

 

「まあまあ、ブルゴーニュ中将。ギレム准将の経歴の為にも"帝国魔導大隊"にしてはどうですかな」

 

「なら、いっそ戦闘団とでもしますか」

 

「くっ…!」

 

 

黙したまま動じないギレム准将に代わり私が怒り狂いそうだ。

やはり紅茶だろうか、それとも糖分が足りていないのか。

戦地だからな、仕方がない。いや、仕方がないで片してもよい問題ではない。

 

 

「双方の損害比は、我が方が七に帝国が三ですか」

 

「タダ飯喰らいとはいえ、歴史ある第二一親衛騎兵連隊を全滅させてしまったのは痛いですよ」

 

「それを言うなら第一三師団もだ。しかも最終目標の戦力誘引も失敗ときた、囮以下だよ」

 

 

この作戦で動員された一万五千人(四千人は砲兵隊や後方要員)の内、死者だけで二千人以上、負傷者と捕虜は五千人を超えているというのに何という余裕。握り拳がぎちぎちと音を立てている。

 

 

——こんな算盤以下の会議で前線の兵は切り捨てられているの?

 

 

こんな指導者が中尉を、仲間の様な傷病者を生み出すのではないか。

なら、一言くらい。

 

ふと、肩に手を乗せられて思い直す。

私の後ろに立つ中尉の大きな手。

そうだ、ここで暴発して部下たちはどうなる。その家族は?

あまり愉快な未来を迎えないのは間違いない。

 

彼らの精神と私の胃がせめぎ合う頃になって、ようやくピエール・ミシェル・ド・ルーゴ陸軍少将が重々しい口を開いた。

 

 

「諸君、そろそろよいだろうか。結果は結果、起きてしまったことは仕方がない。後任人事は後にするとして建設的な意見を求めたい」

 

 

軍とは階級社会だ。そして少将というのはこの場にいる共和国の将軍たちの中でも下から数えた方が早かった。

しかも階級を抜きにしても彼の発言力はそこまで大きくはない、だが軍は規律を重んじる。

彼が共和国軍国防次官であり陸軍次官という立場である以上、

表立って異を唱える将校はいないようだ。

 

 

「…我が方の攻勢を阻止したのは魔導中隊規模というのは、何処まで信用できる?」

 

「正確には、騎兵を餌に攻勢そのもの成功しかけたのです。帝国側のサングルミーレ近辺にいた守備兵力はほぼ無力化が済んでいました」

 

「阻止点は越えていた訳だ。なら、なおのこと中隊規模で戦局を変えられるとは」

 

 

将軍らの会話に、私の隣に座る連合王国の派遣将校が手を挙げる。

 

 

「何かな、ホランド大佐」

 

「今のお話ですが、我が方の観測機では中隊規模を捕捉しておりません」

 

「…というと?」

 

「最終的に中隊規模だった、というだけでサングルミーレ救援に現れたのは小隊規模です。もっというならば、初撃からメッツァン森林の臨時砲撃陣地まで延々と第十三師団を追撃していたのは一人」

 

「通称"ラインの悪魔"であります」

 

 

会議室を沈黙が包んだ。魔導師というのは希少ではあるがぴんきりで、才能も大きく差を生み出す不確定な戦力。

とはいえ単独では戦局を変えるほどの力はない。

それは魔導師の素質であったり、燃費の悪さであったりと要員は色々だが一戦区のパワーバランスを変えるなら最低で中隊規模というのが一般認識だ。

 

単騎でどこからスクランブルしたのかは分からないが10km以上を戦闘飛行しながら砲撃など不可能のはず。

汲めども汲めども枯れぬ井戸なんて、それこそ物語の主人公のようではないか。

 

 

「ラインの悪魔…帝国軍最年少の」

 

「銀翼保持者か……」

 

「あの少女かね?馬鹿馬鹿しい、あんなの奴らのプロパガンダだろう」

 

 

喧騒がようやく落ち着くと、沈黙を貫いていた幾人かの将校が発言し始め参謀に目配せされた秘書官が補足するように各々へ資料を配ってゆく。

 

私も渡された資料に視線を落とす。

どうやらライン戦線で、一度でも確認されたネームド級の魔導師のデータを纏めたものだ。

 

参謀将校が許可を求める様に挙手し、許可されると発言し続けた。

 

 

「見て分かる通り皆様にお渡しした資料は現在、ライン戦線に於いて活動が確認されている魔導飛行士のデータです」

 

「八ページ目の上から……三番目を御覧ください。それが帝国内では白銀と呼ばれているラインの悪魔と思しき者の数値です」

 

 

紙をめくる音の後、会議室の空気は更に肌にまとわりつくような。

高級将校の一人が問い詰めるように声を上げる。

 

 

「……この数に間違いは?」

 

「ありません。あくまでも魔力観測値も理論値ですし、観測範囲の部隊はほぼ壊滅しておりますので」

 

 

私は資料を見ながら、素養より形容し難い吐き気に襲われる。

隣に座るベイカー中尉も思うところがあるのだろう。

私の握り拳よりも拳を強く握り締めているのが判った。

 

他のネームドはほぼ、魔力の総量や出力、波形(観測範囲内で個人を特定する魔導士固有のパターン)に撃墜数が記載されているのに対して、この少女と呼ばれたターニャ・デグレチャフの欄に記載されているのは。

 

 

 

・ターニャ·デグレチャフ 性別/年齢 : 女性/9歳(不明)

 

初観測 : 統一歴1923年6月 ライン戦線 ノルデン地方

協商連合軍、非正規魔導大隊(実働中隊規模)との単独交戦にて、脱落一撃墜二を記録。撃墜は自爆攻撃によるもの。(撃墜の内一名は後方での治療中に死亡)

 

魔力容量 : 推定1200 ~ 2000qm(クルム)(平均値800qm)

魔力出力 : 推定3000 ~ 8000qh(クフル)(平均値1100qh)

観測波形 : 不明

 

撃墜数 : 三十八(協商、共和国報告)

登録個体名『ラインの悪魔』

 

 

観測波形が未特定ながら、撃墜数が記録されているのは少女の容貌が特徴的なほど幼いからだろう。素養は十二分で平均値を大きく上回る。何より自爆攻撃を敢行するほどの愛国心は感嘆すら覚える。

 

それが未だ幼い少女、いや幼女でなければ。

 

帝国の悪辣さを蔑むべきか、それとも追い込んだ我々が恥じるべきなのだろうか。戦争は美しいものではない。名誉は他者の血で塗れていて…そんな夢はとうに捨てていた、だが人間性までを捨てることはできそうになく。

 

そんなことを考えている内に会議の方針は決まったらしい。

その内容は私の予想内で、考えうる限り最悪に近いモノだった。

 

 

 

◇  

 

 

 

(視点:ダン・ベイカー中尉)  

 

 

会議の翌々日、時間は陽がまだ登ってすらいない早朝0400時。

メス要塞都市から東にあるメッツァンから更に東、サングルミーレの最前線の少し後方に位置するハンバッヘ中継基地に大隊は飛行移動を開始した。

 

一週間以上の待機ではあったが、急な召集から3分以内に集まった部下たちに満足感を覚えながらも、

オリバー少佐が時間通りに訪れるのを見計らい敬礼を忘れずに行う。

全員が一糸乱れぬ敬礼を行うと、少佐はいつも嬉しそうに少しだけ微笑むのだ。

 

それから一拍置き、少佐は表情を引き締めると共和国からの糞ったれな任務内容を高らかに告げた。

 

 

「諸君、私の信頼する古参大隊諸君。任務だ。待ちに待った任務だが、これは部隊が創立以来"最悪"とも言える任務だ」

 

 

少佐が普段使わない単語に誰もが喉を鳴らし静かに続く言葉を待つ。

 

 

「私たちは、いや諸君らは祖国に貢献し退役を余儀なくされ、私の我儘から多くの若者を嚮導し、そして!今再び戦場へ戻ってきた。他国の土地で、他国に請われるままこれまで、多くのエースを屠り喰らって来た」

 

「どのエースも敵ながら素晴らしいと素直に賞賛に値する騎士達であった。彼らの犠牲で、私たちの誇りは磨かれてきたと言っても過言ではない!」

 

 

静かに語りかけるように、そして努めて冷静に少佐は言葉を発している。

内心の怒りを隠さず、部下に怒りを許す様に。あるいは自分に言い聞かせる様に。

 

 

「しかし、私たちに与えられた任務はたった一つ。一人の幼い少女を、ラインの悪魔と呼ばれる魔導飛行士を落とす!」

 

「此処は戦場だ、同情は出来ない。彼女にも信じる誇りがあるだろう。それでも…たった一匹の雛に我ら大鷲で仕留めよという非道な戦争を、命令を許してはならない」

 

「諸君にも娘が、息子が、守らねばらなぬ者が居るように。この白銀も戦場に立っている。ならば礼儀を尽くし、愚昧な共和国の将軍達を呪いながら本気で潰せ!彼女のために、祖国のために、戦争で命を落とす多くの若者のために!」

 

「「「Yes,ma’amッ!」」」

 

 

少佐の怒りが、誇りと慈悲が分かる。少佐は自身を卑下なさるが誰よりも非道を嫌い、無意識に騎士道に準ずる方だ。銀翼と呼ばれる少女が誠に九歳だというならば、帝国は共和国や腐った貴族に勝るとも劣らない屑だ。

 

この部隊は退役軍人ばかりで、平均年齢が高く隊員のほとんどは家族を国に残して此処に来た。

生きるため、誇りのため、戦いを終えるためと理由は様々だろう。

一度は退役し、少佐に一人一人請われて復員した。私もそうだ。

だからこそ、ほぼ全ての隊員がネームドに準ずる経験を持つ大隊で。

たった一人の少女を嬲れと命ずる連中の気が知れない。

 

私にとっては、いや妻にとっても少佐は既に娘のような存在だ。

それは恐らく他の隊員もそう。そう思われている段階で、夢を捨てられない少佐は軍人に向いていない。

だが隊長として信頼され、足りない部分を支えたいと思わされるのだ。

 

生活のために家庭教師になったのは事実だが、右足大腿部から先を失ったは私は子供という未来を奪われ生きる気力を失っていた。そんな私が子供を教え導くなど酷い冗談だ。

 

ただ、足を失い軍からは捨てられ、食うにも困る。妻にはこれ以上苦労を掛けたくはない。

たった三年耐えればいい、そんな諦観を胸に抱いたまま、その当時は幼い少女に過ぎなかったお転婆なお嬢様に手を焼かされ、疲れて家に帰り、少佐のお転婆ぶりを話す私に妻は嬉しそうに顔を綻ばせていた。

「何がそんなに嬉しいんだ?」と聞く私に「あなたが嬉しそうだからよ」と言われたとき、再び生きる気力を得ていたのだと自覚した。

 

戦場に絶対はない。死ぬつもりはないが、死ぬつもりで私たちの娘を助ける。

妻もきっと少佐のためなら許してくれるだろう。

 

 

「そう気張るな、中尉。何時も通りに行こう」

 

 

少佐の優しげな表情、きっと少佐は夢を捨てられない。彼女が子供を殺めることはあってはならない。

子供の血で塗れた手をいずれ抱くであろう、母の手を血で塗らしてはならない。

 

 

「そうです、やってやりましょう!ベイカー中尉、俺たちで」

 

 

せめて、私が。私でなくとも隊が、命令違反になろうとも私たちは少佐のために戦場に舞い戻ったのだから。

私も仲間も、少佐も同じく測り違えていたのだと最後まで気付くことなく……。

 

 

 

◇  

 

 

 

部下達に任務を告げ半刻後、第一一三嚮導魔導飛行大隊は巣を飛び立った。

 

私たちの基本戦術は強襲にある。

当然、大隊総出で広範囲に展開すれば手早く目標とは接敵するだろう。任務の達成を第一に考えるならば、それも良いかもしれない。下らない任務だ、早く終えて部下のケアに力を入れるのは悪い選択肢ではない。

 

だが、そこまでして不要なリスクを背負う必要はないと私は判断した。

得られた銀翼のデータに間違いがなければ、可能な限り万全の状態を期するべき。

幸いにして、良くも悪くも彼女は目立つ。私たちが見つけなくとも陸軍が、他の部隊が彼女を見つけるだろう。

 

限定攻勢から得られたものがあるとすれば、恐らく白銀は緊急即応部隊に属しているのだ。共和国は白銀を引き摺り出す為だけに同じ状況を作り出そうとしていた。

 

 

——ならば目撃されるのを待っていればいい、いずれは網に掛かるのだから。

 

 

実績以上の昇進を繰り返し部下に恵まれ、若く未熟な私がこうして彼らを率いている。

それは運と時間に恵まれたからだ。

 

白銀は、素養だけなら私などきっと優に上回る。それを育て発揮できるだけの時間があれば。

 

叶うことならば戦闘不能に留めたい、作戦が開始されるのを待ちながら。

ただひたすらに、そんな時が来なければいいと祈りながら。

 

だが。

 

 

『―――こちらCP、イーグル1。獲物が掛かった。繰り返す、獲物が掛かった!』

 

「イーグル1よりCP、数は判るか」

 

『待ってくれ——観測は3、いや4。小隊規模だ、近辺に他の反応はなし』

 

「了解、狩りを開始する」

 

『良い狩りを、幸運を祈る』

 

 

良い狩り……を、か。

主という高尚な存在は、いつだって私たちに試練を与える。

 

 

「イーグルリーダーよりオールイーグルス、狩りの時間だ。私に続け!」

 

『『『Yes,ma’am』』』

 

 

こちらの魔導師が戦闘できる高度五千を維持し続け指定された地点に向かうと、彼我の距離は約3km。

地獄の様な地上を睥睨するソレを発見し得意の干渉術式で、血管を膨張させる。

視力を強化をしてやっと表情を判別できる程度だが、憮然とした顔は不貞腐れる子供の様で微かにジャングル・カービン(狙撃用に改造された小銃)を握る力が強くなる。

 

 

「数は4、小隊規模…情報通りだ。戦争をするぞ、各隊散開」

 

 

右腕を上げ、思い切り下げる。それだけで命令は伝わる。

ソード中隊とシールド中隊は左右から別れ一糸乱れぬ隊列で目標に向け駆けていき、一方で私が率いるランス中隊は高度七千までゆっくりと上昇する。

 

大隊が多くの戦果を上げながら欠員なくこれたのは、運や経験量と単に反復された素早い展開、準じて速力に優れているからに他ならない。

複雑な訓練に時間を掛けるより、単純な連携行動を繰り返す。

何度も何度も反復すればある程度無駄は省ける。

そして装備は必要最低限に絞ること。これは与えられた役目上、長時間の作戦行動を行わないからこそできることでもある。

 

この大隊と任務の特性から適した戦術は、単純かつ効率的な一撃離脱に重きを於いた強襲戦術。

それを相手の数と反応速度によって中隊、あるいは小隊単位で数パターンに変化を織り混ぜ繰り返す。

獲物が不用意に一方を追えば背後から狙われ、動きを鈍らせその場に留まっても四方八方から蜂の巣にされる。

 

無論、想定された弱点もある。

これは共和国のみならず連合王国にも共通している点で、遺憾ながら魔導技術では帝国に一日の長がある。

つまり一撃離脱戦法の極みは攻撃させずに攻撃を、敵から追撃という選択肢を放棄させる戦術であるから、これを実行する為に必要なのは"速度"と"高さ"の二つにあった。

 

士官学校で何度も叩き込まれる高度六千という数字。

これは帝国基準"での"平均的な魔道士の上昇時の戦闘可能な限界を指している。

帝国側からすれば「苦しいけど戦闘は出来るな」と認識。

 

対して帝国以外の国はどうか。無理だ。

 

地表からの高さはメートル換算で約千八百にもなり、その高さで高速戦闘機動するだけの演算宝珠を現在我が国は持ち得ない。このあたりは個人の素養というよりも演算宝珠の性能だ。

加えて双方の共通認識として高度六千八百から先は上昇すら不可能と言われている。

人間はいうまでもなく、空を飛ぶようには出来ていない。

そこに演算宝珠を使って「浮いている私」で一工程、「私を動かせる」で二工程を要する。

このように演算宝珠は必要な術式を自発させたり術式の構築補助を行ってくれる訳だが、例えるなら帝国製が六つの工程を同時に演算出来るとして私たちのは精々が四工程から五だろう。

 

その効果ほどに影響するのが出力、大気中の魔力を変換して利用する能力と攻撃、速度、防御全ての項目に影響を与える。これも個々人の素養と演算宝珠の出力に比例する。

帝国基準の高高度戦闘は、やってやれなくはないのが穴の空いた燃料槽割で飛行するような消耗を強要されてしまう。

 

この問題点を、私は私なりの選択で解消した。

それは件の安全性にも繋がる。

 

優位性として重視される推進力や火力、戦闘可能時間(魔力量)の拡張。それを達成する為には、足りない魔力を他所から持ってくればいいと考えた。

実際、私の中隊であるランス中隊の面々は全員が魔力容量に自信のある隊員から構成されている。そして義足や義手といった一撃離脱戦法が難しい戦傷者の隊でもある。

 

狩り場の直上を飛行し敵の逃げ道を塞ぎつつ戦闘部隊である、ソード中隊、シールド中隊に長距離干渉術式を用いて余剰魔力を供給や術式の代理演算を行う。防殻術式のような複雑な術式は戦闘しないランス中隊が担えばいい。

 

こうして飛ぶだけなら高度維持は比較的容易で、しかも敵の選択肢を奪える。

 

また高度優勢を取れるということは、位置エネルギーで優位を得るということでもある。

万が一、仕留めきれない場合(対象がソード中隊・シールド中隊より速いなど)はランス中隊が介入すればイレギュラーにも対応できる。

 

シンプルだが、それ故に初見で対応できる者は少ない。

少なくとも破られたことは無く、対策されない為にも狙った獲物は必ず落としてきたので抜かりもない。

 

とは言え、今回は幼い少女が目標であることを考えると部下の精神保全を鑑みなければ。

初撃と殺害させるのは避けるべきだ。戦争は倫理観を麻痺させる、各個が戦端を開いてしまえばあとは……。

 

あとは追い立てられ疲労した子供を。

 

 

「……私が仕留める」

 

「ステイシー少佐殿?」

 

 

口から酸素を取り込む。深呼吸を繰り返し、頻度を下げてゆく。心音を限りなく少なく。

ジャングル・カービンのピープサイトを覗き込みながら微動だにしない少女の胴に狙いをつける。

距離は約3km、普通では届かない。

 

 

―――干渉術式、弾丸=加速、加速、炸裂、光学併用。動体追尾。

 

 

私にとっては、魔導士にとってこの程度の距離造作もない。

トリガーに掛けた指を引く瞬間、銃身を僅かに右へ逸らす。

 

彼女の胴を掠るように、あえて射線を外したソレは眩い光は一直線に向かっていく。

良心の呵責や油断から狙いを外したわけではない。

白銀が動かずとも、彼女の部下はどうか。光速で迫る攻撃に動かずにいれるものか。

対象の直前で光学の弾道が四つに分かれそれぞれ対象を選んで飛来する。

 

 

「さすがは戦乙女!これで…終わりですかね」

 

 

ランス中隊の前衛を務めるダフ少尉がぽつりとつぶやく。

 

 

「いや……ダメみたい」

 

 

二人の男性魔導士は唐突に標的にされたことで、慌てて回避機動を開始したが弾道速力と追尾から振り切れないと悟ったのだろう直撃寸前に前面へ防殻を展開。追尾していた弾道は防殻に命中し軽い閃光とともに消失する。

一瞬の安堵、その隙をがら空きの後背に向かって残りの二本がそれぞれへ突き刺さり墜落していく。

この距離では殺傷威力などないが戦力からは脱落確定。

 

 

「お見事、しかし……動きませんでしたな」

 

 

ダン中尉の言葉に頷きを返す。

元々、動かなければ当たらない様な代物だ。

白銀に関しては想定通りの反応だったが、直近にいた一人の女性魔導飛行士、恐らくはバディも動かなかった。

 

戦域を見下ろすと部下達は二つの中隊を小隊単位に分けた様で、

六小隊に分かれた彼らは目標までの距離を1kmまで縮め半包囲の形で四方から駆けてゆく。

数の差は二十四対二、圧倒的兵力差で侵攻してくる部隊に対し、白銀は留まる愚も、追いすがる蛮勇すらも選択しなかった。

 

白銀の、その選択は想定されていない行動だ。

 

 

『Engaged!FOX1、FOX1』

 

 

ソード中隊のマクレガー大尉が強襲を躊躇して後退しながら統制射撃を開始する。

白銀は何事かを呟いたあと、自ら私たちランス中隊の方に向け直進を開始したのだ。

いざ攻撃を開始しようとしたところを、急接近されたために相対距離が一瞬で縮まってしまう。

 

 

「ダメだ!マクレガー、そのまま直進してターゲットをパスしろっ!」

 

『ソード1、了……がぁああああ』『大尉!?ソード2、Engaged…がっ』

 

 

距離を近接格闘範囲まで詰めた白銀は突貫した勢いを殺さないままマクレガー大尉の両腕を魔導刃で華麗に切り落とすと、娘が父親に抱き着くように胴へ手を回して再加速する。

大尉のバディでありソード中隊の副官でもあるメイ中尉は即座に対応し近接格闘で白銀を引き剥がそうとするが、頭部に蹴りを入れられ吹き飛んでいく。他の隊員は誤射を恐れて撃てないのだろう。

 

 

『あぁ……ソード、1だ。オールソード俺ごと撃て!弾幕を絶やすなっ』

 

「っ……ステイシー少佐」

 

 

悲痛な声が無線から聞こえてくる。白銀は自分の倍以上の体格、体重の男を抱えながらまだ加速している。

推進力が、装備軽量化と強襲を前提にしている筈のこちらとは段違いに速い。

最初の接敵で一度足を止めてしまった各隊が追いすがれなくなるのは自明の理とも言えた。

 

 

「くそっ……!!オールイーグルス、マクレガーの意思を酌んでやれ」

 

『了解っ、大尉許してください!』『あれが子供!?まともな奴じゃない!』『オンファイア!』

 

 

狙いは私か、こちらの戦術を崩された段階で一度下がるべきか。

数的優位は崩れない。彼女とて、あそこまで冷静かつ苛烈に攻撃できるなら撤退する私たちを追撃はすまい。

 

盾の役目をこなせないと理解してか、マクレガーを後ろに投げ捨てると小銃を構えて更に加速した。

追撃していた隊員の一人がマクレガーを受け止め追撃を中止する。

メイを含めれば、これで戦力外が四。開戦して数分で四人、確かに普通じゃない。

心情的に撃ちやすくなったが、速度が増して命中弾は減ったため光学術式から爆裂術式に各々が切り替え至近爆破で連鎖的にダメージを与えていく。あまりにも一方的な釣瓶撃ちに一瞬、彼女の小さな体が煙に包まれ見えなくなった。

 

 

『射撃中止、射撃中止!』『やったか?』

 

 

煙が滞留して確認できない、墜落はしていない。

 

 

『油断するなよ……狙いは外すな!』

 

 

この段階で撤退は放棄した。ダメージがあるのは間違いない、足も止まった。

もしかしたら捕虜にできるかもしれない、殺す必要はないかもしれない。

そんな考えがあった。

 

 

『……っ、うぅ……う』

 

 

混線した無線からは泣き声のような、子供らしい声。

 

 

「ダン、ランス中隊も行くぞ」

 

「Yes,ma’am」

 

 

距離は2kmと少し、完全包囲で投降勧告をしよう。マクレガーは重傷だが死者はいない。

今なら腕も繋がるだろうし、こんなくそったれな仕事はさっさと終えてしまいたい。

接近しながら共用無線で、威圧的ではなくいつもの声色で白銀に声を掛ける。

 

 

「白銀の少女、貴女は果敢に戦った。その勇戦に敬意を表します。そして投降を…これ以上の」

 

『う…………ふは』

 

「どうしました?投降の意志があらば銃を投げ捨てて下さい」

 

『あはははははは!!投降、貴官は自らの都合で掴み取る命を選ぶのか?』

 

 

狂笑、というべきだろうか。いや頭のネジが外れたような笑いではない、その笑いに込められたのは怒りだ。

ダン中尉が小銃を腰だめに構える、他の者も追随していく。私は……左手を横に伸ばしそれを制した。

 

 

「何がいいたいのかしら」

 

『突然、押し入り強盗した男が親を犯して殺し、それを見た子供に言い放つ。お前は子供だから見逃してやると』

 

『帝国の田畑を踏み慣らし、守ろうとした男たちの血で土を腐らしておきながら充足感に満ちた顔で言う。お前たちの国は悪い奴らだから打倒した、この地は安全になったから安心しろとな』

 

「わ、私たちは違う!」

 

 

私はそんなことしない。そんな厚顔無恥を晒すものか。

 

 

『あぁ、そうだろうな。そうなのだろう、高尚だ。尊敬するよ、拍手が欲しいかね』

 

「少佐、射撃許可を!!」「このガキ、つけあがりやがって」

 

 

違うはずだ。戦争は糞の肥溜めより尚汚い。私は銃を持つ軍人だけを、殺してきた……選んで?

煙は未だ晴れない、少女の姿は見えない。

 

 

『つけあがるな、か。共和国と協商連合、帝国の問題に非合法に首を突っ込む諸君に投降勧告は不要だな?』

 

「限界です、少佐!ランス2より各隊自由射撃せよっ」

 

「待っ……」

 

 

待て、あれほどの爆裂とはいえ煙が未だ晴れないのは可笑しくはないか?

投降できないというなら煙から出ずとも撃てばいい、なんだ。何かが引っかかる。

 

総勢三十二名の集中射撃、光学や爆裂が煙の一点へと吸い込まれていく。

突如、生き物のように煙が噴き出し包囲していた私たちを包み込んだ。

 

 

「げほっ……なんだ!?」「撃つな!おい、撃つな!ぎゃあ」「かはッ!あの野郎、総員離脱しろ!」

 

 

部下たちの悲鳴が、煙で視界を封じられた私の耳に痛いほど届く。

この戦法は私の初撃に対する応酬なのか。

見えないのは白銀だって同じ筈、パニックになった友軍同士の誤射が多いだけだ。

動けばむしろ。

 

 

「ステイシー少佐!こちらへ……っ」

 

「ダン!?待て、動くな……そうい」

 

「ほぉ、その美声……貴官が指揮官だな」

 

「なっ!!」

 

 

煙の動きだけで人物の位置を特定しているというのか。

薄い金髪、白い肌、緑眼の人形のようなくりっとした瞳、幼い顔。

その手に持つ小銃の魔導刃が怪しく緑光を放っている。それを振り下ろして。

 

 

「ステイシー!!らぁああああっ」

 

 

聞いたこともないダン中尉の雄たけび、突き飛ばされる感覚に彼の顔を見る。

刃が彼の胴を斜めに切り裂いてダンは返す刃で白銀の胴を両断した。

 

人間の、そんな咄嗟の考えすら、彼女の予想内であるのか。

 

白銀の少女、その像がぶれる。

振りかぶったダン中尉は唖然とした表情で少女を見る。

 

 

『落第だ、馬鹿者め』

 

「デコイ……?ステイシー、妻を」

 

 

脳内に鳴り響く照射警報は到底、個人単位が行える範囲の照射ではない。

疑似的に視覚化された交点は点であったことされ悟らせぬほどに広く、どうあがいてもダン中尉は回避できないだろうと私の頭は冷静に理解した。

 

 

『天主の神よ、争いを捨てられぬ罪人なる我らのために』

 

『全知全能たる我らが神よ、今再びその御業を見せ給う』

 

 

「中尉っ!いま、離せ!?モルダー離してくれ」「ダメです!少佐が居なくなっては誰が、皆を」

 

 

私が放った光学系の射撃など比べるべくもないほどの攻撃がダン中尉と、近辺にいた散開途中のランス中隊数人を飲み込んだ。一直線に突き抜ける光の滂沱は大地を焼き尽くしやがて収束していく。

 

回避し損ねた数人の肉片が大地に降り注いで、ダン中尉は肉片一つ残さず消えた。

 

 

「…ターゲットロスト」「神よ……」「ダン中尉がやられたのか!?」

 

 

煙は掻き消えつつある。今の攻撃を目にしなかった者はいないだろう。あ

まりの光景に私を押さえていたモルダー少尉も手を離した。

空からあの少女の声が聞こえる。それは笑うでも怒るでもなくただ淡々と、事実だけを告げるように。

 

 

『さて、私も諸君らに習い通告しよう。武器を捨て、投降せよ。これ以上の戦いは無意味である』

 

「ふざけるなぁ!」「シールド1、我に続け!!」

 

 

彼女は高度一万という私たちではどう逆立ちしても不可能な高度優勢から、急速降下して自軍側ではなくこちら側へ後退した。位置エネルギーを活用した急降下は奇遇にも私たちの戦術だ。

みるみると高度を下げ彼女を引きずり出すために攻勢を掛けている友軍のひしめく地上を、共和国側の塹壕線へと向けて突き進んだのだ。

地表に触れるか触れないかという高度を維持して身体を左右を揺らし部下の予測射撃を振り切っている。

 

 

『曲芸飛行か!・・・・・いや待て、この方向は不味いぞ!』

 

『糞っ、こっちも高度を下げろ!撃ち下ろしは友軍に当たる』

 

 

私の中隊以外は追撃を開始し、周囲には五人だけが残った。戦域無線からは部下の取り乱す声が聞こえてくる。

想定されている行動への対処法は叩き込まれていても平静を欠いていては。

ダン中尉は私と部下たちを引き合わせてくれた、大隊の中核だった。

彼の死が精鋭であるはずの部下たちを恐慌させている。

 

 

「ステイシー少佐、我々は……ご命令を!」

 

「っ……」

 

 

溢れそうになる激情を務めて隠しながらも困惑している中隊に命令を告げる。

 

 

「ランス中隊、ソードとシールドをカバー。背後に回れ!」

 

「「Yes,ma’am」」

 

 

少女の、彼女の取った行動は常識的にあり得ない。軍人として後退はあり得ない、これは分かる。

そもそもあれほどまでに軍人らしく教育されているならば出来ないのだろう。

敵前逃亡はどう足掻いても重罪である。

勝利に逸った訳ではない、既にこちらは一個中隊も食われている。

この戦果だけでも戦犯にはならないだろうに。

 

まさか、追うでも留まるでもなく前に"撤退"する?

 

確かにそれならば褒め称えられこそすれ、咎められることはないだろう。

それは生存出来てこそ、意味があるものじゃないのか。

 

 

『やめろ!こっちは友軍・・・ヅっ』

 

『ソード3!?目標から応射来るぞ!オールソードス、回避起ッ』

 

『中隊長!くそっ、回避って言ったって何処に避けろってんだ!』

 

 

ランス中隊が白銀に合わせるように高度を二千まで下げ、前方で今なお追撃戦を繰り広げているソード中隊とシールド中隊に追いすがるまでに無線からは悲鳴や怒号が聞こえ続けている。

此方からは射線が固定され針を通す様な精密な射撃を強要されるのに対し、目標は混乱した共和国の対空陣地で以て此方への意趣返しをしてる様だ。

 

高度を上げれば撃てず、下げれば墜落。左右への回避運動は隊列を乱すばかり。

なんて事。悪い冗談のようだ、襲う側の牙が。研ぎ澄ました牙が振るわれる前に落とされていく。

 

敵に落とされたならまだいい。

部下が友軍の砲火で何人も落とされていることに悪態をつきたくなる。

 

結局、私達が追いつく頃には前衛を務めたソード中隊は半数を割り、シールド中隊も脱落者が出ていた。

一体、何人が復帰できるのか。そんな不安を抱きながら無線に激を飛ばす。

 

飛行しながらの狙撃は想像出来ぬほどに難易度が高い。

だが、当てなければ。否、此処で仕留めなければ何かが終わる予感がある。

 

 

「オニール、中隊を連れていけ、やつの頭を押さえろ!私が全力で撃つ」

 

「Yes,ma’am!モルダー、マルコは右から。ニコル、ノリスは俺と来い」

 

 

強迫観念に襲われながら少女の胴ではなく、頭部を狙う。

そこに悪意が含まれていないと取り繕うことは、もうできない。

 

(貴官は自らの都合で掴み取る命を選ぶのか)

 

 

――煩い、貴女が私の大事な人たちを……!

 

 

「よく持ちこたえたソード、シールド!一度下がって隊を整えろ。立て直し次第、左右から包み込め」

 

『『Yes,ma’am!』』

 

 

狙い済ませた射撃を爆破系の術式を多重に籠めて放つ。

針を通す、とはいえ機動半径が狭まっているのは目標も同じ。

故に、私は領域ごと少女を爆破することを選んだ。

 

 

――爆裂術式、加速、爆破、爆破、爆破!

 

 

これならば、当たる!

 

命中し連鎖的な爆発は当然、目標の防御膜ごと破砕する、筈だった。

 

 

「ごめんなさい!」

 

 

背中から腹部に掛けて走る痛覚、口から血が溢れ射撃は見当違いの方向へ飛んでゆく。

空に巨大な爆発連鎖し撃つ筈だった少女は先と変わらず少女は飛び続け、その身には傷一つ無い。

 

 

「貴女は……こふっ」

 

 

そうか、あの少女のバディ。無茶な突撃は仲間を逃がすためだと思っていたが…そうか。

長い髪の女性魔導士は小銃から手を放し、すぐさま私から距離を取った。

腹から突き出た魔導刃を掴み押し出そうとするが指に力が入らない。

 

ならばと震える左腕でジャングル・カービンを構えトリガーを。

 

白銀が冷たい眼で私を見た気がした。その殺気たるや、先の砲撃に近いものを感じる。

その手に持った小銃からは発せられる魔力光は中隊規模のそれを超えている。

あれは間違いなく私を狙っている。

 

 

「少佐っ!!がぁッ」

 

 

部下の悲鳴、ダンに救われて……私は何もできずに。

光学系術式の射撃が、否。砲撃が私を掠める。自発した防殻は熱と余波を受け止めようと激しく振動し破裂した。

 

照射範囲から辛うじて逃れていた私ですら、余波による爆風効果で吹き飛ばされ。

吹き飛ばされて、いとも容易く墜落した。

 

私は見た。

 

爆風に掻き消される煙幕の中から肌の白い美しく可憐な少女が飛び出し、

落ちた私を睥睨すると対空砲の障害など物ともせず自陣へと戻っていく姿を。

直視以外に彼女を追う術はなく、本気を出した白銀は途中でバディを拾うとその名の通り星の様に光を残して去っていった。

 

 

 

 

 

 

「少佐殿、ご無事ですか」

 

「…………っ?」

 

 

私はどれだけ気絶していた、そう聞こうとした声が出ない。

メイ中尉が私の腹部に応急処置を施してくれている。

マクレガーはどうしたのだ。やはり声は音にならない。

 

 

「声が、出ないのですか?」

 

「……ぁ」

 

 

小さく頷く、砲撃音や銃撃は未だに聞こえる。空は明るく時間はそれほど経っていないのか。

 

 

「十七人、食われました。内負傷は四、ランスからは七。ソードは六、シールドは四」

 

 

半数以上がこの一戦で。私は全てが終わってから、漸く気が付いたのだ。

我慢していた感情が、涙が溢れる。私は何をしていた?

損壊した肉片に姿を変えた部下をどうやって遺族に返せばいい。ダンの、奥方になんと報告すればいい。

 

彼女は初めから逃げる気など無かった。

追い込むつもりで追い込まれたのは私達だったのだと。

 

あれほどの足回りに破壊力、そして果断な判断力と胆力。

確かにアレならば中隊などでは時間稼ぎにもなるまい。

初めから総出で掛かっていれば、あるいは甘さなど捨てていれば。

 

後悔は先に出来ないからこそ、悔いと書く。

 

要するに私は甘すぎた。

捨てたつもりの甘さは奢りという名の毒だった。

 

戦争に誇りなどない。

ましてや騎士道など、馬鹿馬鹿しい。

私の甘さが部下を殺し、私の夢がこの結果を招き寄せたのだ。

 

 

部隊として活動出来なくなった第一一三嚮導魔導飛行大隊は再編の為、本国に戻された。

私は後に知ることになる。あの悪魔と呼ばれる少女が、戦災孤児だったことを。

 

 

 

 

 


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