国は国益を第一に考え、行動する会社であり政治団体でもある。
だが、敢えて一筆加えるとするならば……。
隣国や列強諸国への国際関係を抜きにして、自国の国益を追求することは事実上不可能である。
後の政治家は、帝国の歩んだ道筋をこう記した。
私は政治家であり軍務には疎いと言わざる負えないでしょう。
しかし、これだけは私にも判ります。
政治であれ、軍事であれ、我々が思い描いた物事が予定通りに進むことは驚くほどに少ない。
まるで運命に翻弄されている様ですらあります。
とはいえ、とはいえです。
軍務を司る当時の参謀本部が自ら描いた国防想定に大きく反し、多数の国々を相手取るという構造になってしまったその段階で、帝国の国家としての命運は定まっていたのは明らかな事実なのです。
であれば抗戦以外の道もあったのではないでしょうか?
無為に流れたのは血です。それは国を国足らしめんとするもの。
しかし、それ流したのは国ではない。
皆さま国民という本来ならば国が守らねばならない血なのです!
かつての我らが祖国、帝国は国防を主とし世論を敵に回さなかった狡猾さ故に列強となれたのですから。
と、戦争を知らない者からすれば、彼の言葉は現実の見えていない言葉だと映るかもしれない。
あるいは現代の軍人でさえも無責任に感じる言葉に憤りを感じるかもしれない。
だが、地獄のような時代を掛け抜けた当時の若者たちはどう感じるのだろうか。
国民皆兵制度という避けようもない人生を選ばされた者たちは……。
――――ライン戦線、通称"地獄の戦線"。
その日も降り注ぐ大小の砲撃によって大地は耕作され、多くの血がこれでもかと撒かれていた。
◇
西部方面軍中央を支えるルクセンブルケとの国境を沿った戦線。
帝国がまだ余力を残していたこの時期に於いても、やはり多くの若者が意味もなく死んでいた。
意味もなく、という言葉に一片の偽りはない。
少なくともライン戦線の塹壕に身を隠しながらヨアヒム・アッヘンバッハ上級伍長はそう感じていた。
祖国を疑うわけではない。
現に戦争、開戦に至った理由は協商連合の越境侵攻にありそれに追随した国々にも罪はある。
帝国に非がないなどとは無論のこと、ヨアヒムとて考えてはいないが。
攻められ守らずに滅びを待つのは愚か者のすることだ。
だがこうして仲の良い戦友が一人、また一人と死んでいくとそんな信念に如何程の価値があるというのか。
中隊長から世話を命じられ補充として送り込まれる新兵と接していると、彼らの若く眩しいまでの英雄的願望が実際の戦場では銃を撃つことすら叶わずにすり潰されるのを、見ている事しか出来ないからだ。
祖国が勝利する未来など、今この場で散る者には意味がない。
生きるか死ぬか、そんな戦場で数ヶ月も過ごせばきっと誰もが理解するだろう。
未来など考える余裕はないと。
攻めるでもなく、ただただ防衛を続ける毎日に。
気を休める暇など自分たち下位の兵卒には与えられることはない。
少なくとも俺はそう考えていた。
怪物じみたあの幼き英雄、後にラインの悪魔と呼ばれる彼女に救われるまで。
◇
この時代の戦場を一言で表すなら、塹壕と砲撃に尽きるだろう。
戦車という槍もあるが、俺たちには関係がないので置いておく。
言うまでもなく塹壕は盾であり、一定の制約と条件さえ整えれば相手の尻を一方的に切り付ける剣を砲撃と呼ぶ。
ライン戦線と一口で言っても敷かれた戦線は広大で共和国と帝国の国境線をそのまま戦場にしたものだ。
そして丁度中央に位置する軍が西方方面軍の内二個師団。
その最前線に張り付いて後方の砲撃陣地を守るのが二個師団の傘下にある第一〇一歩兵大隊所属第三中隊、ようするに俺たちに命じられた任務な訳だが総じて徹底した防衛のみだった。
俺たちから向かって左側には共和国の敷いた重厚かつ山脈を用いた要塞陣地が堅守していて、右側は最も進出の可能性が提示されている、言わば"道路"とあだ名されている戦区があった。
そして、それらより重要な地点。
どうやらそこを打通されてしまうと左右の友軍は半包囲され、更には後背の工業地帯を危険に晒してしまう可能性があるときた。
そう…俺たちを含む二個師団が守備を敷いた通称“石壁”、である。
前方には天然の要害に加え、古い城壁を再利用したメセが立ち塞がり、そもそも川は突破出来ず橋は大規模な戦力を投入出来ないとあって左側に展開する友軍と俺たちははなから攻めるという選択肢を放棄させられている。
戦略的痛点は何としても守らねばならない。
それゆえ、他の戦区よりも塹壕はより深くすぐ後ろには小口径ながら対戦車砲に加えて鉄とコンクリートで防壁が構築されていた。
それでも十分な防備かと問われれば、俺たちは首を振らねばならないだろう。
帝国下士官ですら共和国を攻めるならば山脈要塞群を迂回して首都を叩くしかないと理解しているのだから、共和国の連中が選ぶ戦略は両脇をしっかりと固め、適切な場所に剣を振るうことだろう。
それゆえに勝利へと逸る共和国の圧力は他の戦区の比ではない。
他の戦区など見る余裕も見たこともないが少なくともここほどではないと、思う。
下らない思考に浸りながらも、今まさに俺の耳は着弾した砲撃が近い事を正確に伝えていた。
こうして塹壕に身を隠さねば何の取り柄もない俺など容易く死んでいることだろう。
——せめて、俺に魔導師適性さえあれば。
塹壕は敵の水平射撃や砲撃弾着から発生する爆風、飛散する鉄片から守ってくれるなくてはならない盾だが残念なことに万能ではない。
決して、万能ではない。
地上に弾着した爆風は全方向に効果範囲を拡散し、破壊力は水平から上へと拡散する。
それ故に口径や重量を増やせば増やすほど、殺傷範囲は拡がり破壊力も増してゆく。
塹壕の近辺ですら頭を吹き飛ばすそれが、万が一塹壕内に砲弾が命中した時はどう作用するか想像してみて欲しい。
広い範囲であれほどの殺傷能力を持つ代物が狭い場所で真価を発揮するとどうなるか。
たった一発。
先に弾着したその一発が爆音を鳴らし粉塵が晴れる頃になると、一つ前の塹壕線に身を潜めた前衛小隊が壊滅していた。
たった一発、当たるか当たらないかも分からないそれは撃たれた側の精神にダメージを与え、いま三十人近い仲間を屠ってしまった。
戦場に居る誰もが教練で叩き込まれた殺傷圏、理解している事実を再確認させられたヨアヒムは心の中で悪態をつかずにはいられない。
何よりもタチが悪いのは、その場合仲間の肉壁という遮蔽効果で即死に至らない事だ。
「あぁ……あっ!足が…おれのッ」「フッガー、少尉……小隊長が、誰かたす……」
微かに聞こえる呻き声はまだ生存者が居ることを俺たちに伝えてくる。
だが、誰も動かない。動けない。
確かに医療魔術というものが現れてから、前線特有の不衛生や医療品不足で死亡する者は激減した。
四肢をもがれても、胴体に数発以上弾丸を叩き込まれようと、全身に重度の火傷を負おうとも生きてさえいれば魔術は兵を生かす。
使う側からすれば苦労や不可能ごともあるだろうが、俺の魔術に対する認識はそうだった。
彼らを今、遥か後方の野戦陣地に送れば助かるのだ。
右隣に並ぶ俺の分隊員、六名中四人が補充の新兵たちは顔を青くして俺を見る。
「アッヘンバッハ分隊長、第一小隊の皆を……助けないので…ありますか?」
拘束する様に降り続く鉄の雨を避けながら担いで運べるならば…。
——不可能だ。出来るはずがないんだ……頼むから、そんな目で俺を見るな!
なまじ生き残り続けている俺を含めた下士官の状況判断がそうさせた。
見捨てるべきだ、と。
左隣の銃座で機銃を構える第二分隊長のブレンナー伍長が眉を顰めて声を荒げた。
「ルーキーは黙ってろ……クソッタレ!!あれはもう助からねぇよ!こっちの
先任士官が感情を表に出したことで新兵たちは「ひっ、申し訳ありません!」と更に怯えてしまった。
軍人としては失格なのだろうが、思わず罵倒したくなる彼の気持ちには大いに同意する。
何より、こいつは俺と同じ田舎町で育った唯一の幼馴染だ。心情的にも同意できた。
俺に僅かに残った冷静な思考では、広大な戦域全てで誰もが同じ事を考え切望しているのだろうな、などと意味もないことを考えていた。
前線を支える歩兵部隊はどう取り繕うと消耗品。
陸軍としては当然、死傷率は一番高いのだから人員を多く割く必要が出てくる。
比して後方支援の要である砲兵はどうしても足りなくなるのが実情だ。
決して後方の人数が少ないという訳ではない。
それどころか前線よりも後方は多く割り当てられるのが常である。
だが一発の砲撃で何十人、何百人を殺める兵器とはいえ、それは命中すればの話。
効果を求めるなら数多の砲兵部隊は箇所を絞って砲撃するしかない。
一口に砲といっても、自走砲だけで口径から射程も違えば先の対戦車砲から高角砲と種類や目的も多種多様。
それだけじゃない。
その弾薬を運搬するのは誰だ。各戦区に必要な分だけを送り請求する兵站員は?
通信、医療、司令部とそういった者を総て含めて後方部隊なのだ。
一か所で一定の成果を求めれば、結果として他戦域で支援の手が足りなくなるくらい軍とて理解しているだろう。
それでも、こうして本日何度目かになる敵の攻勢に際して思うところがない訳ではない。
何で俺たちばかりと悲嘆に暮れてしまう気持ちをどうして抑えられよう。
「我が中隊の忠勇なる諸君、今は耐えよ。暫くすればこの砲撃は止むだろう。それからが本番だ。」
バーデン大尉の、中隊長のそんな言葉に最悪の思考を振り払い気を引き締める。
大尉の言う通りまだ序の口なのだ。今はまだ、新兵たちも怯えていられるだけの余裕がある。
攻め手より守り手の方が優位、などというのは所詮机上の話。
想定と実践は違う、軍人ならば誰だってそんなことは理解している。
だからこそ、共和国の連中はこうまで執拗に波状砲撃を続け防衛線を強打してくる訳だ。
そして、仮に攻勢を期するなら生半可な攻めはしまい。
ここは先任として新兵たちを勇気づけねば。
死にたくないなんてのは、まとまな頭を少しでも残していれば全員が思っていることだ。
尉官や佐官などを除いて下士官や兵卒連中は全員が徴兵されただけなのだから。
「そうですね!奴らにたらふく馳走してやりましょう、とびっきり熱い奴を!」
「ハハッ吠えるじゃねぇか、おい!」
俺の言葉に隣の
そんな軽口を叩けたのは俺なりの意地だ。
自分が死にたくないのと同じくらい新兵連中に死んで構わないと思えるほど人間を辞めたくはない。
「どうやらアッヘンバッハ上級伍長が今晩の酒を皆にご馳走してくれるそうだ。死ねなくなったな、アッヘンバッハ?」
「どうやらそのようで、では精々共和国の連中から小銭を巻き上げないといけませんね!」
「上級伍長、それでは奴らのが懐が寒くなりすぎてしまいますよ」
「なに、エッツォ上等兵その分だけ御釣りをくれてやればいい」
バーデン大尉もブレンナー伍長も、まだ配属されて数日のエッツォ上等兵まで軽口に乗って合わせてくれた。
形式通りとはいえ精神的余裕がなかった先ほどと比べれば幾分かはマシだ。
砲撃の雨が降り注ぐ中、皆が口々に「ご馳走になります、上級伍長!」とか「いよ!太っ腹」などと笑い合う。
——隊によってはこれさえ望めない部隊もあると聞く。まだ、俺は……俺たちはマシな方だ。
他所と比べて精神の安定を図るなど、俺も大概かもしれない。
誰もが恐ろしいのだ。俺だって怖いさ。叶うなら逃げ出したいとさえ思ってる。
でもそれは仲間がいない場合の話だ。
死にたくないし死なせたくないからこそ、中隊という小さなコミュニティーに全てを掛ける。
もし、隣に立つ仲間が恐怖で震えていたら信用など出来るはずもない。
俺の分隊員たちを見ると顔を青くしながらしっかりと頷きを返した。
こいつらなら、背中を任せていい。俺も最初は恐怖で漏らしたもんだ。
暫くして砲撃が止む。
そろそろだろう、砲撃の副次効果に煙幕で視認阻害を行う意味がある。
攻め手が不利と言われる所以は万全な状態で迎え撃つ側と移動しながら攻撃しなければならない点にある。
その為にも砲撃は必須なのだ、見えなければ撃たれる可能性はぐっと減るのだから。
「分隊長……」
「しっ…!」
塹壕から出る愚は犯せない。ならば耳に頼るまで、間近ゆえに識別できる分隊員と伍長にハンドサインを送る。
音だ、集団の足音。だが人の足音ではない、人が走るよりも早く連続する土を踏みしめる音。
声はあくまで小声に一つ後ろのバーデン大尉に届くよう報告する。
「敵、距離一五〇内まで進撃!前衛は騎馬、前衛は騎馬!数は小隊規模!」
「各員、発砲を禁ずる。塹壕に伏せ煙幕を逆に使ってやれ、後ろに受け流す!」
既に至近であることは嘶く馬の声で判別できた。
俺たちの頭上を飛び越えるように共和国の騎馬隊が通り過ぎていく。
四重に掘られた塹壕線のもっと後方にある第五小隊のコンクリート砲台陣地へ向かって。
「帝国軍前衛は確認できず、進め!進めぇ、はいやぁ!」
「この煙さえあれば、今のうちにに歩兵砲を制圧できますね!」
頭上から聞こえ過ぎ去る共和国兵の声が、また間近に存在を感じさせてくれるものだ。
分隊員の眼がまだか、まだかと問うてくる。
あれだけ馬を飛ばしているのは後方の主力の安全距離を稼ぎたいからだろう。
煙も騎馬隊が押しのける形で晴れてきた。
——最後列はまだ、まだ……通った。
「第二、第三小隊反転射撃!第四は正面に弾幕形成、いくらでもくれてやれッ」
「そら、命令だ!撃て、撃て!」
中隊規模であっても軽機関銃は数丁保有しているのが基本だ。
特にブレンナーが構えている軽機関銃は7mm(実質は8mm)の口径を持っている傑作機関銃グロウスクMG24だ。
最低三人で取り廻さなければならない(二名は装填と射撃支持、援護)が毎分1200発を放つ事ができる。
この第三中隊は五小隊で構成され壊滅した第一を除けば各二から四小隊に都合3丁の機関銃が配備されている。
それらが同時に、時には交差するように火を放ち背後を見せる騎馬隊を刈り取っていく。
当然狙いやすい馬が優先的に撃たれ、兵が脱落してゆく。
隣で放たれる銃声に頼もしさを感じながら俺の分隊は機関銃に炙り出され落ちた敵を確実に仕留めていく。
「やりました!アッヘンバッハ分隊長、俺……がっ」
「マルコ!?がぁ」
戦果に喜んでいた分隊員が二人が頭を射抜かれて前のめりに倒れるのを俺は呆然と見ていた。
コンクリート陣地に展開していた第五小隊は騎馬隊が殲滅されたのを確認してから動き出したが、
歩兵砲の照準を調整しようとして一人、また一人と倒れていく。
騎馬兵ではない。発砲音が遅れて聞こえてきている、それも後ろから……ということは。
「ブレンナー!!」
「っ、てめぇらボケっとしてねぇで正面の歩兵を撃て!ヨアヒム、腕のいい狙撃手がいるぞ!」
ブレンナーに声を掛けながら振り向くと大隊規模の歩兵がゆっくりと進行してきているのが見える。
この段になって全ての小隊が正面へ弾幕を形成し始める。
統制射撃などする余裕もなく、撃てば当たるほどの数が押し寄せているのにも関わらず実感がまるで沸かない。
——敵は本当に減っているのか?
遮蔽物こそないが、度重なる戦闘で掘削された大地や残骸がこちらの攻撃を阻害しているようだ。
数で圧倒的に劣り接近されている現状を打破するには歩兵砲がどう考えても必要だった。
バーデン大尉もそう考えたのだろう、塹壕を飛び出しながら最短距離を陣地まで走り抜けようとしている。
「第四小隊、歩兵砲を撃ち込むぞ…俺に続け!他小隊は敵をこれ以上寄せるな!」
「了解!ハルト、ヴェルフ、エッツォ、とにかく機関銃座をカバーしろ!ブルノンは大隊本部に通信だ」
焦りは取り繕う余裕すら俺から奪っていく。
六人いた分隊員が既に四人、見ればブレンナーの分隊も一人機関銃の横で弾薬を持ったまま事切れている。
少しずつ彼我の距離が縮まり、また一人一人と戦友が叫びを上げる。
大尉の号令で並んだ重歩兵砲がようやく砲撃を開始する頃には既に手を伸ばせば届いてしまうのではないか、そんな距離に共和国兵は接近しており顔がはっきりと見えてしまっているではないか。
友軍誤射を避けてだろう、あえて俺たちを飛び越えるように少し後方の密集地点を狙い効果的な砲撃を繰り返しているようだったが局所的な恐慌以外は、まるで敵の勢いが減っているようには感じられない。
「ダメだっ…押さえられねぇ、ヨアヒム!カバー頼む」
「今行く、ハルトこっちに来い」
もう駄目かもしれないな、そんなこと諦観がふと過った。
そんなことを考えながらブレンナーの装填に合わせ、既に眼前まで迫りつつある敵に弾をばら撒き続ける。
誰もが内心の焦りを表面化させているのが見て取れる。
危険が迫れば迫るほど、俺は逆に冷水を浴びせられたような。
既に俺は、ひどく小柄な共和国兵に伸し掛かられて背を地面に預ける形になっていた。
「ヨアヒム!おい、ヨアヒム!」
ブレンナーが語気を荒げて俺に呼び掛けているが、どうにも間に合いそうにはない。
伸し掛かられながらブレンナーの方を見れば、既にアイツは機関銃を諦めルガーで応戦していて。
俺の分隊員も撃っても撃っても湧いてくる様に敵兵に、塹壕に乗り込まれて白兵戦をしている。
——俺は、何をしている。俺に伸し掛かるお前は、なんだ?
伸し掛かっているそいつは酷い青い表情をした若い青年、いや少年だった。
こんな若いガキが前線で何やってるんだ。
隣では小さくブレンナーの悲鳴が聞こえ、俺はやっと死を覚悟した。いや完全に諦めたのだ。
押しのけることも出来たのだろうが仲間が居なければこんな地獄で戦い続ける意味は……。
そんな時だった。
味方の通信兵、ブルノンが大声で叫ぶのが聞こえたのは。
「銀翼だ!俺たちを救いに銀翼の魔導飛行士が来ました!」
そんな声が共和国の兵士たちにも聞こえたのだろう。
微かな動揺から双方銃声が一瞬途絶え、今まさに私を殺めんとしている少年兵士も動きが鈍ったの感じた。
風を割くような音に敵も味方も皆、空を見上げた。
だから何が出来るという訳でもない、のだがその瞬間だけは此処が激戦を繰り広げていたとは思えない静寂に。
確かな死から数秒遠のくと私の周囲は眩い閃光に包まれる。
酷い耳鳴りと視界の歪みから覚醒し、まず目に入ったのは何者かの胴。
顔に掛かる重さを感じて押しのけると私に覆いかぶさるようにして、先程の少年兵が事切れていた。
周囲を見渡しても同じような状況で助かった仲間と死ぬか重傷を負った敵兵ばかり。
分隊員たちも頭を振りながら立ち上がっていき、傍らでブレンナーの呻き声。
「おい、おい!ブレンナー」
「っつ……耳元でがなるんじゃねぇ。なんだ……生きてるのか、ヨアヒム」
「あぁ、俺は無事だ。どうやら死に損なったらしい」
空を見ると眩い光を背に背負いながら、金髪の幼い少女が空を駆けていく。
まず間違いなくこの戦場の誰よりも幼いそれが笑いながら地上に正しい意味で砲撃叩き込んでいく光景はまるで神の鉄槌のようで、生き残った第三中隊はただその様を眺めていることしかできていなかった。
俺たちの守っていた塹壕線は、俺の分隊とブレンナー以外は敵の浸透を許して壊滅していたために彼女に薙ぎ払われたのだろう。
結果として俺はあの少女に救われた形になる。
もしかしたら死んだ戦友も居るのかもしれないが、結果は然程変わらなかったと思う。
足元に転がる年若い少年兵の表情はとてもではないが安らかではない。
共和国兵には友軍諸共殺戮する悪魔として映っていることだろう。
俺も、そうだ。あんな小さい子供が平然と大の大人を蟻を潰すかのように爆撃しているのだ。
散発的に応射する勇敢な奴から叩き潰され敗走していく光景を暫くみて誰かが雄たけびを上げた。
「彼女は俺たちの天使、いや女神…俺たちも勝利の女神に続くぞッ!!」
恐慌しながら敗走する彼らを喜び勇んで追撃する、あの小さな背を私は生涯忘れることなどできない。
——あれが女神、なんの冗談だ。
国は信念の下、あれほどまでに幼い子どもを戦場に送るのだと知ってしまえば。
戦場の狂気など彼女の前では霞んでしまうだろう。
故郷に残した幼い妹達を私はただ想った。
何も
この戦争が、あの幼女こそが戦争の権化なのだから。
たった一人の魔導飛行士によって立て直された中央戦区は、また一つ彼女の経歴に勲章を与えるに至った。