ある日清蘭と鈴瑚がお話をしていると、鈴瑚が月で聞いた昔話を話してくれました。
ほのぼのとした清蘭と鈴瑚がわいわいしてるパートと、シリアスな物語パートでできています。

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本作品には、以下の成分が含まれます。

・R18とまではいかないけれど、ほどほどにほのめかす程度の表現。

・R18(グロ)とまではいかないけれど、痛そうな程度の表現。コナンが駄目な人は駄目かもしれないです。痛くても死ねない不老不死の輝夜が主人公なので、本当に駄目という人はご注意を。

・東方原作の設定だけでなく、竹取物語の設定がそもそも崩壊しています。

・ほんの申し訳程度の清蘭と鈴瑚の閑話シーン。

・無駄で謎な、東方プレイヤーがにやりできるかもしれない成分。

・一見オリキャラ?と思われるかもしれませんが、メインにオリキャラは出ておりません。モブにはいるかもしれませんが。


東方竹不取物語 鈴瑚が語る、それでも姫さまが永遠を生きる理由

「…恋人など、いらん。」

 唐突に、目の前にいた友人は言った。その後、まるで無い煙草の煙を吐き出すかのように、ふうともはあともつかぬ息をついた。

「えっと、何の話をしてるのかな。いきなり恋人なんて。」

「女などいらんよ、男など尚更だ。」

 弱ったものだ。こいつは時々こういう癖がある。自分に…というか自分の作り出した自分のキャラに酔いしれて、あまりに周りが見えなくなるような、そんな困った癖が。幸いなことに、それを時も場所も見境なく発動させることはまずないのだが。

 そこまで思った時に、ふと鈴瑚は気づいた。ひょっとしたらこの友人は、さっきの私の言葉に反応したのではないか、と。

 月が綺麗ね。とある洒落た人間が、愛を告白する言葉として使っただか何だかよくは覚えていないけれど、とにかくこの言葉は、一部の人間には愛の告白の言葉に聞こえるのだと。

 …まさか、ね。この軍事オタクとでも言うべき…いや、正確に言えばオタクではない。だって、それほど知識があるというわけではないのだから。それじゃあ何と呼ぶのが相応しいかしら…ああ、そうだわ。

 仕事一筋。

 それから、こうとも言うらしいわね。

「それじゃあ、貴女は仕事と結婚すればいいんじゃない?」

「はぁ?何を言っている。男と結婚する、或いは女と結婚する話は聞いたことがあるが、仕事と結婚するなどという話は聞いたことがない。大体、モノと結婚するなんて、どうやってやるんだ。神々じゃああるまいし。」

「仕事のことしか頭にない人とか、仕事のことが大好きな人は、そう言うらしいわよ。」

 まったく清蘭ってば、本当にそういう言葉が通じないのね。頭でっかち。でも、そういう生真面目なところも、清蘭のいいところなのだけれどね。

「知らんな。大体知っていて何か役に立つのか?」

 そう、さも興味なさそうに言って、清蘭は可愛らしいグラスに注がれた酒を一口飲んだ。なんでも外の世界では割と普通に飲まれている、混ぜ物をしたお酒なのだとか。確か彼女のお気に入り、なんとか…なんとかと言った。名前が思い出せない。見た目からも分かる通り、酒に牛の乳を混ぜたものなのだが、混ぜる方の酒もまた甘ったるく、最初に一口飲んだ時、ほどほどに甘い物が好きな鈴瑚も驚いたほど、酒とは思えぬ味をしていた、それだけは覚えている。思い出したくなくても、舌が覚えている。それくらい、甘かった。まるで洋菓子のようだった。正直酒を飲もうという気分の時にあれを取り出そうとは思えないのだが、清蘭はいつだって、それを大変美味しそうに飲む。

 それがまた、清蘭の可愛いところなのよねぇ。

 一見いかにも軍人らしく、強がってみせているが、本性は極めて乙女。下手をしたら私より…えっと、こういうのを女子力が高いっていうんだったかしら。

「そういう言葉を知っていた方が、本を読んでいる時楽しいわよ。というか、こういうの知らないと、本読んでても分からないでしょ?」

「そうか?私の知っている本というものは、そういう回りくどくて無駄に飾り立てるような言葉は使っていないぞ。」

「…ま、そりゃそっか。」

 清蘭は、仕事熱心だからなぁ。彼女が読書をしないというわけではない。ただ、少なくとも鈴瑚は、清蘭が小説とか随筆とか、とにかく文学的な本を読んでいる姿を見たことはない。清蘭が読んでいるのは、いつだって決まって、軍事関係の専門書だから。これまでに使われてきた兵法とか武器とか、それから…少し専門書とは違うかもしれないが、いわゆる「はうとぅ本」とか、そういった本ばかり読んでいる。

「でもね、清蘭。こういう月が綺麗でロマンチックな夜に、酒を交わしながら語るのには、そういう言葉が少しくらいあった方がいいものよ。特に、物語なんかを語る時にはね。」

 そう言って鈴瑚は杯を煽った。清蘭が飲んでいるのとは明らかに違う、普通のお酒。もう少し詳しく言うのなら、月の酒とはひと味もふた味も違う、地上のお酒。どうやって造っているのか鈴瑚はよく知らなかったが、清蘭が飲んでいるような混ぜ物をした酒ではないことは確かだった。

「物語って。また鈴瑚は…そういう夢見がちなことを言うのだな。」

 そう言って清蘭はまた例の甘い酒を飲んだ。実は貴女の方が夢見がちでロマンチックだったりしないかしら。例えば、いつか素敵な君が迎えに来て下さるとかいう夢を描いているのではないかしら。そう思うだけ思った。間違えても口には出すまい。この見栄っ張りな友人のこと、もしそんな指摘をしてみせたら、時折見せる可愛らしさが表に出てしまわないよう警戒してしまうかもしれないから。

「あら、いいものよ、物語って。」

「ふーん、そうなのか。」

「試しに一つ、どう?聞いてみない?こんな月の綺麗な夜にぴったりのお話があるの。貴女にも物語の良さを分かって欲しいし…是非聞いてくれない?」

 こういう言い方をすれば、恐らくは友人が承諾することを知っていて。

「…まあ、お前がそこまで言うならな。」

 ほうら、やっぱり。思った通りの台詞が聞けて、鈴瑚は清蘭に分からぬよう、ほんの少しだけ口角を上げた。

「それじゃあ、始めましょうかね。これは、とある高貴なお方にお仕えしていた私の知り合いから聞いた話なんだけれどね。」

 

 

 

 いまはむかし。

 それは輝く月での物語。

 とある罪を犯した姫君の話。

 

 

 

 永遠に続く、贖罪の日々。姫は、延々と贖罪を続けていた。

 彼女の犯した罪。それに下された判決は、穢れを嫌う月において、最も忌むべき仕事の一つ。

 姫君は、その高い身分にも関わらず、家から引き離され、一件の館へと連れて行かれた。

 その館の奥の奥、一番深いところで、姫は仕事をすることとなった。

 館に入れば、目に入るのは上品な個室。館は、月の中でも名の知れた高級な食事処であった。

 館で働く者の主な仕事は、調理、配膳。少し身分の低い働き手だと、食事の後片付けや掃除など。それから女性の中には客に歌や踊り、楽器の演奏、酌などをする者もいた。

 

 

「ああ、それなら知っている。外の世界でもまだ残っているようだな。何というんだか…ミコか?」

「まったく、清蘭ってば。巫女は妖怪退治する人よ。ほら、私たちを襲ってきた、あの恐ろしい連中のこと。」

「…ああ、そう言えばあいつらも巫女だと言っていたな。全く恐ろしいものだった。私たちより好戦的で。ミコではないなら、ええと…」

「舞妓、じゃない?」

「ああ、そうそう、それだそれ。…失礼、話の腰を折ってしまったな。それでは、その姫君もその舞妓のような仕事をしていたのか?」

「それがね…」

 

 

 だが、姫君の仕事はそういったものではなかった。

 彼女の仕事場は館の一番深いところ。なるべく人目につかないところ。

 その仕事場で、まるで鳥籠に入れられた愛らしい小鳥のように、毎夜毎夜、姫君は可愛がられていた。

 そう、姫君に与えられていた贖罪、それは、自らの身体をもって男を慰めることだった。

 

「嘘!…だろう!大体、月ではそんなこと…。」

「本当かどうかは分からないわ。それが物語ってものでしょう?」

「…ああ、そうだったな。これは物語だったな。」

 

 

 ところで姫は、不老不死の身体を持っていた。

 生まれついての体質であった。

 それが故に、姫は、普通の女の何倍も、何十倍もその仕事を続けることとなった。

 毎夜毎夜、見知らぬ男に、大して愛しているわけでもない男に抱かれる。中には乱暴な者もいた。肉体的な意味でも精神的な意味でも、痛い思いばかりしていた。

 

 

「そうそう、それから…姫は永遠の乙女でもあったのよ。」

「えっ!?あ…えっ…!?」

 あらあら。

 鈴瑚のピュアな友人は、少々大人な物語に、早くもたじろいでいた。態度にこそ表していなかったが、顔が明らかに赤かった。

「…清蘭?だいじょうぶ?別の話にする?」

「…いい。…で、永遠の乙女、だったな。」

「そう。これも時々物語を読んでいると出てくる話なのだけれどね。あとは、乙女が子を授かる話も結構あったり…」

「わ…わかった!わかったから、早く話を続けてくれ!」

「あら、いいの?」

「…その、あんまりいやらしい話ではないのだろう?」

「ええ、このお話はR-15だし。ただ、今の部分は切りたくなかったから、ね。」

「ぜんねん…?」

 

 

 

 そうも辛く永い時を過ごしていたため、姫はいつしか、人の心を、思考を、失っていった。

 姫の顔に表情が浮かぶのを、彼女の監視につけられた供の者も、もう長く見ていなかった。

 さて、その姫君の仕事場と来たら、上品にあつらえた、それはそれは雅な和室であった。というのも、姫のいる部屋、館の奥の奥まで来ることを許される客というのは、つまりは上客だったのであるから。

それから、物好きな客が屋外での戯れを望んだ時の為に、箱庭と呼べるような、外からは隔離された、小さな庭園もあつらえてあった。

そんな場所で毎夜、姫は仕事をしていた。

 一方で、姫が昼を過ごす、つまりは眠るために与えられた部屋は、まるで牢獄だった。ほんの布団が一枚敷けるほどの空間に、換気と明り取りのための小さな窓が一つ。とても姫君が逃げ出せるような大きさの窓ではなかった。

 

 ある日、姫は昼に仕事を与えられた。

そういうことは時々あり、そういう日には夜に眠ることを許されていたから、姫はその夜部屋にいた。

 そして姫は何をするでもなく、ただふと窓の外を見た。

本当なら眠るつもりであったのだが、姫はそこで眠るのをやめた。

 窓から見えるあれは何だろう、と。

 そう、その窓からは見慣れぬものが見えたのだった。

 普通、月の夜空に見えるものは、青く美しき地球。

 だが、それの代わりに、姫は、黄金に輝く名も知らぬ星を見たのだった。

 

 

「…月、か。」

 ようやく話が姫の仕事の話から離れたからであろうか、ため息混じりに清蘭は言った。

「普通に考えたらそうよね。でも、清蘭も、地球に来るまでは月があんな輝きを見せるなんて知らなかったでしょう?」

 そう言って鈴瑚は頭上に輝く美しい月を仰いだ。

「ああ、そうだな。…地球は美しいが、我が母星も負けず劣らず美しいな。」

「あら、清蘭の口からそんな言葉が聞けるなんて。美しい、ねぇ…。」

「しっ…失礼な!私だって美しいものを美しいと感じる感性くらい持っている!」

 

 

 話変わり、月の都に住まわれる、とある高貴なお方の話。

 見目麗しく、聡明であり、また狩りの腕も一流で、弓を引かせては都一だと言われていたほどのお方がいらっしゃった。

 

 

「実名を出すわけにはいかないから、仮に…そうね、広有としておきましょうか。」

「ヒロアリ?またどうしてだ?」

「弓の名手っていって、パッと思い浮かんだのが広有だったからよ。」

 私の記憶だと、ヒロアリというと弓使いというよりは刀使いを思い出すのだが。何故かは思い出せないが。そう思いながらも、清蘭は口に出せずにいた。これ以上この友人の前で、無知っぽそうな発言はしたくなかった。

 

 

 さてそのお方、広有さまは、その夜も弓を引いていらした。

 都で流行りの、地球のような模様を描いた杯を長い竿の先にくくりつけて夜空に浮かばせ、地球に見立ててそれを射るという遊びを、ご自身の屋敷の広いお庭で、数人のご友人となさっていたのであった。

 広有さまももちろん、そのご友人がたも、見事に杯を射抜きなさった。ところがそれでは勝負がつかぬと、皆は別の勝負を持ちかけた。

 狩りの、勝負である。

 とは言っても特別な狩り、広有さまのお庭から出ずして獲物を射抜くという狩り。

 凡人にはそれでも十分不可能なことに思えるだろうが、弓の名手の広有さまとそのご友人がたにとっては、それくらい何でもないことであった。

 射抜くのは容易いこと。だが、射抜いた獲物が果たして良い獲物だったかどうかはまた別の話。

 そこで広有さまがたは、広有さまのお庭から矢を放ち、誰が良い獲物を射抜くかという勝負をなさった。

 東に射た者は猪を射抜いた。これは良い家来になると、広有さまは喜ばれた。

 南に射た者は鹿を射抜いた。これは良い家来になると、広有さまはやはり喜ばれた。

 西に射た者は美しき蝶を射抜いた。大変美しく、また珍しい蝶であったため、広有さまはやはり喜ばれた。

 さて、広有さまは北に向かって矢を放ったが、その方向にあったのは、小窓から外を望む、姫の心臓であった。

 

 

 広有さまは自分が放った矢を探し回るも、中々見つからず焦っていた。

月は生死を忌む処。広有さまも狩りをなさってはいたものの、射抜いたからといって獲物の命を取ることは決してなさらなかった。

広有さまのお作りになる薬を塗れば、どんな瀕死の怪我でも、たちどころに傷は塞がってしまうのであった。

だが、もし射抜いた相手が見つからず、あるいは見つけるのが遅すぎて薬を塗ることができなかったら。

その時は、広有さまは月でも重い罪にあたる、殺生を行ったことになってしまうのである。

早く見つけなければ。そう思いつつ北へと向かった先にあったのが、姫のいる館であった。

 広有さまはすぐに館に向かい、戸をくぐるなり奥に通せとおっしゃった。広有さまの予想通りなら、その館の奥の間に、ちょうど放った矢があるはずだったからである。

 だが館の主は中々首を縦に振らなかった。当たり前と言えば当たり前であった。広有さまはその日、初めて館を訪ねたのだから。あの部屋は、そんな客を通すためのものではなかったから。

 だが、どうしても館の奥に行きたかった広有さまは、とうとう自分の身分をお告げになった。

 広有さまの身分を聞いて、主はすぐに奥へとお通しした。あの、姫の綺麗な仕事部屋に、である。

 だが広有さまは納得なさらなかった。どうもこの部屋は方向が違う、もう少しこちらだ、こちらだ、と。

 そうしてついに、姫さまのお休みになる小さな部屋へと辿りついたのであった。

 

 

 部屋に入りなさった広有さまは、何とも不思議な光景を見た。

 白い小袖姿ではあるが、竹のように背筋を伸ばし、上品な風に座る、輝くように美しい姫君。ただ、その白い着物の胸元の辺りは赤く染まり、その心臓には、確かに広有さまの放った矢が刺さっていた。

 あっけにとられ、思わず立ちすくんだ広有さまに向かい、姫はゆっくりと腰を折った。

 そして、

 

 

「ようこそいらっしゃいました、姫さま、と…」

「えっ!?ひっ…姫さまって…!?」

 清蘭はぱくぱくと口を開いては閉じた。鈴瑚は金魚という生き物を見たことがないから分からなかったが、よく本に書いてある「金魚みたいにぱくぱく」とはこういうのを言うのかしら、と思った。

「広有って名前つけたからややこしかったかもしれないけれど、広有さまっていうのは女のひとよ。まあ、ちゃんと手に職を持っている人だったし、姫さまって言うほどお家の中で可愛がられてって感じじゃなかったけどね。本当に狩りもする人だったし。それでも、お店の人がお客さんに対して言う場合は、『姫さま』でしょ?」

「あ…ああ、そうだな。」

 

 

 その口から出づる声はなんとも美しく、まるで人ではなく、もっと高貴な…それこそ神々の声でも聞いているかのようであった。

 そのことに驚いたこともあり、また姫の胸から突き出す矢のこともあり、やはり広有さまは何事もおっしゃることが出来なかった。

 そうして黙っていると、また一言姫が、「姫さまが、戯れをお望みなのでしょう」と言った。

 女性客の相手をするのも、姫にとっては珍しいことではなかった。広有さまもまた、そのうちの一人なのだと思ったのだろう。

 だがそれでも、広有さまはお声を出すことが出来なかった。

 「姫さま?いかがなさいましたか?」

 その頃になって、ようやく姫は自らの心に矢が刺さっているのに気付き、そして、それをおもむろに抜いた。

「失礼いたしました。お見苦しい姿をお目にかけまして。身体はすぐに元に戻ります故、しばしお待ちくださいませ。着物の方は、どうにもなりませぬもので。」

 そう言い姫は、広有さまの御前で着ていたもの何もかもを脱いでしまった。

 広有さまは、今度こそ本当に、姫の心臓に確かに矢が刺さっていたことを確信した。幾度他人に抱かれようと、何百年と生きようと、けっして輝きを失わぬ美しい白い肌に、見るも痛々しい傷が、確かに存在していたのである。

「…失礼します。」

 広有さまは傷を見てはたと正気に帰り、すぐに腰にお下げになっていた小瓶を取ると、その中の薬を姫の心に塗りなさった。指に触れる姫の肌は、それはそれは冷たいものだった。

 薬を塗ると、他の獲物にしてやった時と同様、みるみるうちに姫の傷は塞がれていった。

「何故そのようなことをなさるのですか。」

 姫は問うた。顔色一つ、変えることなく。

「傷がありましては痛むでしょう。血が流れれば、死んでしまうかもしれません。」

「痛みには慣れておりますし、私はたとえ幾ら血を流そうと、決して死ぬことは御座いません。」

「もしや、不老不死の薬をお飲みになられたのですか。」

「いいえ。私は生まれつきでございます。私は生まれつき、死ぬことを知らぬ身なので御座います。」

 私の話などどうでもよろしいのです。ささ姫さま、何をお望みでしょう。舞いましょうか、歌いましょうか、奏でましょうか、それともお戯れになりますか。

 そう冷たい瞳で、まるで人形のように言う姫に、広有さまのお心はひどく揺れた。

 

 

広有さまは、それからも度々館を訪れなさった。

いつもただ、姫とお会いになるためだけにいらっしゃったのだが、広有さまが姫と身体を重ねることは、一度だってなかった。

 

 

「そういうのを『ぷらとにっくらぶ』と言うのだろう。」

 ぶっ。

 一息ついたついでに酒を呑もうとしていた鈴瑚は、唐突な友人の言葉に、盛大に吹き出した。

「なっ…汚いではないか。…何を驚いている。」

「…いやいや、なんというか…そういう西洋の言葉も、けっこう知っているのね、清蘭。」

「ああ。西洋の本もそれなりに読んではいるからな。」

 ほう、そうか。西洋の戦術書には、「プラトニックラブ」についても書いてあるのか。

鈴瑚は心の中でだけ呟いた。もし口に出したら、また清蘭に不愉快な思いをさせてしまうかもしれないから。

 

 

 さて、話は少し変わるのだが、そのころ都の薬房では、新しい毒薬の開発が行われていた。

 これは、あの姫、不老不死の姫が罪を犯した時から始まった計画であった。

 というのも、本来姫は、あのような罰を受けるはずではなかったのである。

 姫もまた、高貴な身分のお方であり、そのような身分の姫にあのような仕事をさせることは、普通ならば許されなかった。

 姫は本来、死をもってその罪を償う筈だったのである。

 だが姫は生来の不老不死、何度首を斬ろうと腹を裂こうと首を絞めようと、それから毒薬を飲まそうと、姫は決して死ぬことがなかった。

 そうして永い間、刀匠は姫を殺すことのできる刃を作ろうと、薬師は姫を殺すことのできる毒薬を作ろうと、ずっと徒労を重ねていたのであった。

 ある日、困り果てていた薬師の一人が、広有さまに尋ね申した。

 「広有さまは薬の知識もまた豊富でいらっしゃると聞きますが、それではお尋ね申し上げます。もし此処に、永遠の命を持つ、不老不死の罪人がおりましたとして、その罪人を毒殺せんと思えば、どのようになさいますか。」

 その問いに対し広有さまは、何でもないというふうにお答えなさった。

 不老不死の薬があるのなら、その逆、不老不死でなくする薬もまた、作れないわけではあるまい。その罪人にその薬を飲ませ、それから普通の毒を飲ませれば良いのだ、と。

 しかし不老不死でなくする薬というものは、今まで作ったことが御座いません、果たして作れるものかどうかと薬師が再び尋ね申し上げると、広有さまはほんの少しだけ何かを考えたような顔をすると、すぐに薬の作り方を諳んじなさった。

 今私が言った通りの材料で、今私が言った通りの手順で薬を作って御覧なさい。そうすれば、不老不死でなくする薬が出来上がるでしょう、と。

 喜んだ薬師は、広有さまのおっしゃった通りに薬を作り上げた。

 こうして、不老不死でなくする薬が出来上がったのであった。

 

 

 そうして、姫は不老不死を失った。初めて死を知る身体となった。

 ああ、これでやっと、やっと死ぬことができる。永遠の生という鳥籠の中から、苦しみから逃れることができる。

 姫は手に入れた死を、心の底から喜び、涙を流した。

 本当なら今すぐにでもこの命を絶ちたいのだけれどと言う姫に、姫の監視者はただ、まだ仕事の予約が残っておりますので、全ての仕事を終えてからになさってください、姫さまの死の日は上によって定められております故、その日に切腹なさいませ、その頃には介錯人も見つかるでしょう、と、冷たく答えた。月においては介錯もまた、罪人によって行われるものだったからである。

 

 

 「広有さま、お聞きくださいませ。」

 その日、広有さまは、初めて姫の笑顔を見た。

 それまでいつだって広有さまのお言葉を聞いてから動いていた姫が、初めて自ら話を始めた。

「私は、とうとう自由になれるのです。」

「それでは、とうとうこの牢獄のような場所から解放されるのですね。」

「いいえ、私は最後まで此処で過ごすことになっております。ですが、そのようなことなどどうでも良いと思えるのです。私は、私はとうとう、死ぬことができるのです。」

 その言葉を聞き、広有さまは酷くお嘆きになった。

「姫さま、姫さま。どうしてそのようなことをおっしゃるのです。どうして死ぬことを望むようなことをおっしゃるのです。」

「生は私にとって牢獄でしかありませぬ。私は不老不死の身で生まれたが故、生まれつき死を望みました。穢れを忌む月に於いて、死を望んでしまったのです。私は、不老不死にて死を望む存在は、それだけでもう罪なのです。それが、この罪ある命が、とうとう消えるので御座います。これをどうして喜ばずにいられましょう。」

 そう次から次へと言葉を紡ぐ姫は、本当に心から死を喜んでいるようであった。

「…姫さまは、生きて幸せになりたいとは思われないのですか。」

「生とは即ち不幸のことでしょう。どうして不幸が幸になりましょうか。」

 

 

 広有さまは、お嘆きになった。

 嘆いて嘆いて、それでもお嘆きになった。

 そうして、とうとうお決めになった。

 姫を失ってたまるものか。

 それくらいなら、私も全てを失ってしまおうと。

 禁忌。

 それが、広有さまの選びなさった道であった。

 

 

 

それは、地球の美しい夜のことであった。

 目の前に置かれているのは、月の都では滅多にかかれぬ刃物。包丁などではなく、れっきとした、肉を斬るための刃であった。

 姫の周りには、あの輝くばかりに美しき、人形のように永遠の若さを持つ姫の最期を見届けようと集まる物好きたちが集っていた。

 しかし、姫の目にはどの者の顔も入らなかった。

姫の心にいたのはただ一人。この場におらぬ、大切なあの人。ただ一人、姫を傷めつけることも抱くこともしなかった、広有さまだった。

私は、広有さまのことを特別な人に想っていたのだけれど。この場にいらっしゃらないとはどういうことなのかしら。やはり広有さまにとっても私は所詮遊びのうちだったのかしら。それとも少し驕って良いのなら、大切な私の最期を見るなど耐えられないということなのかしら。

「さあ、姫さま。介錯人の支度も整っております。ご安心下さいませ、この者殺生の罪を負うた者です。姫さまが苦しんで死ぬことなど御座いません。ささ、どうぞ刃をお取りになって下さいませ。」

 監視人は言った。

 最期に今一つ、あの美しき地球を目に入れてからと、姫さまが顔を上げなさったその時。

 突然、一本の矢が、姫さまの片腕を掠った。

 

 

 その瞬間、姫は狂ったような悲鳴を上げた。

「助けて!誰か助けて!血が!血が出てしまっているわ!誰か早く手当てを!でないと、でないと私、血を流しすぎて死んでしまうわ!」

「どうなさったのです姫さま。今まで死を目の前にして、姫さまはむしろ喜んでいたでは御座いませんか。それにその程度のかすり傷では、人はまず死にません。」

「そんなこと分からないわ!ああ、恐ろしい、恐ろしいわ!死にたくない、私、死にたくないの!」

 そう言って姫は、本来自らの腹を斬るはずだった刃を手に取り、まるで狂ったかのように振り回し始めた。

 もちろん、刃物など扱ったことなどない姫のそれが何者かを傷つけることはなく、逆に監視人に捕えられてしまった。

「仕方がない、おい、介錯人。もう腹斬りなどと悠長なことは言ってられぬ。姫の首をとも言わぬ。どこでも良い、とにかく姫を斬れ。処刑せよ。」

 介錯人は少し躊躇ったものの、例の監視人という者もまた、高貴なお方の直属の部下であったため、従わぬわけにもいかず、刀を姫に向かって振り上げた。

 死を目前にして、姫の心は、恐怖でいっぱいになった。それほどの恐怖を、姫は、それまで知らなかった。

 

 

 嫌だ嫌だと言いながらも、姫は思わず目を瞑ってしまった。

 だから、その瞬間に何が起こったのか、姫はよく分からなかった。

 次に目を開けると、館中が、いや、月の都中が、眠っていた。

「…姫さま、お迎えにあがりました。遅くなり、申し訳ございません。」

 いつの間に其処にいたのだろうか、気が付けば姫は、広有さまの腕の中にいた。

「広有さま…!広有さまっ、私、私、死ぬのが、死ぬのが恐くて…!」

「ええ、ええ、そうですとも。それが当然なのです。…さあ、これをお飲みくださいませ。私が調合いたしました、不老不死の薬で御座います。」

 広有さまが差し出された小瓶の中身を、姫は夢中になって飲み干した。飲み干してなお、小瓶を口から離そうとしなかった。まだ、まだ雫が残っているかもしれないと、薬の全てを飲んでしまいたいと、それくらい、死にたくなかった。

「さあ、姫さま、此処から逃げ出してしまいましょう。月の都の住人は全て、私の撒いた強力な眠り薬で眠っております。今のうちに、遠く遠くへ逃げてしまいましょう。」

「でも、広有さま、一体どこへ逃げれば良いと言うの?」

「それは…」

 あそこですよ、そう言って広有さまは、夜空に浮かぶ美しき地球を指差した。

 

 

 

「…そうして、再び不老不死となった姫さまは、同じく薬を飲んで不老不死となった広有さまと地球にやってきて、永遠の幸せの時を得ました。この物語は、まだ終わっていないから、めでたしめでたしでしめるわけにはいかないんだけどね…って、清蘭?」

 清蘭は泣いてはいない。泣いてはいない、のだが、絶対に今にも涙を流しそうな、それくらい目がうるうるしていた。

それでも強がってるところが、やっぱり可愛いのよねぇ。

鈴瑚は清蘭が落ち着くまで、しばらく月見をしながら酒を楽しむことにした。

「…ック…そ…それにしても、その、話の最後の方っ、なのだが…っ…どうして姫はっ…いきなり態度を変えたんだ?」

 あらあら、しゃっくりが混ざっちゃってるじゃない。それくらいこの話に感動したのかしら。もしかしたら、物語慣れしていないから、少しでも感動できる要素があったら、すぐ泣いちゃう、とか?

「ああ、それはね。姫の腕を掠った矢にね、薬が塗ってあったのよ。」

「薬?」

「ええ。禁忌の薬の内の一つ、人の心を操る薬。広有さまは、人形みたいに心を失ってしまった姫さまに、生きたいと願うようにというか、いきいきするような、そんな感じの薬を使ったの。」

「心を操る薬って…そんな薬、ありえるのか?」

「現に外の世界でもそういう感じの薬作られてるみたいだし、あの広有さまだったらそれくらい出来て当然って感じよ。」

「ふむ。私はその広有さまという人を知らないから、よく分からないのだが。」

「そうねぇ、八意さまと同じくらいの腕、って言えば、なんとなく想像つくかしら。」

「ああ、想像がついた。確かに八意さまならそれくらい何ともなさそうだな。しかし、あれほどの腕の薬師がそう何人もいるものなのか?」

「さあ。まあ、そんなにいてたまるかとは思うけれどね。」

 そこまで会話が続き、それから少しだけ月見の時間が流れた。氷の解ける音だけが聞こえる、静かな夜。

「…確かにいいものだな、物語というのも。」

「でしょう。また聞かせてあげるけど、今日のところは…」

「清蘭、鈴瑚、いるー?」

「あ、この声鈴仙だ、はいはーい…って、げ。」

 突然の訪問者はもう一人の友人、と。

「お久しぶり。今日はお月見日和だから、鈴瑚のところで一緒に呑もうと思ってね。ついでだし、師匠と姫さまも連れて来ちゃった。」

「やっ…八意さまっ、」

慌てて敬礼しかけた清蘭を、慌てて永琳が制した。

「いいの。上下関係とか、あまり気にしないで今日は楽しみましょ。私と…それから姫さまはね、鈴瑚の作った特製お団子が食べたくて来たんだけれど、今からでも作れるかしら。」

「ああ、はいっ、ただいま作りますっ!ほら、清蘭も手伝って。」

「…結局そうなるのか。」

「ああ、それと。」

 さっきの物語、あの二人には内緒にしててね、と鈴瑚が言った。

 いいけれど、どうしてだろう?清蘭は小首を傾げながら、友人の手伝いを始めるのだった。

 




最後までお読みくださり、ありがとうございます。
感想、批評等ございましたら、一言だけでも何か書いて下さると、大変励みになります。よろしくお願いします。

二度楽しめるかもしれない情報を。
物語パートだけ見れば、秘封テイストでも味わえます。おすすめは姫をメリー、広有を蓮子、あとは月を地球に、地球を月に脳内変換して下さいませ。


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