人間の世界に昼と夜が存在するようになったまでのお話。
東方要素がない?いえいえ、彼女のお話ですよ。
東方の知識がない方でも読める内容だとは思います。
例によって、元ネタを改変、拡大解釈、妄想を広げました。

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宵執女伝説

 遠い昔の物語。その国の人々がまだ、書くことを知らず、物語といえば、専ら母や祖母から語り聞かされるばかりのような、そんな時代の物語。

 むかしむかしある国に…といっても現代でいうところの国とは程遠い、小さな小さな国に、陽光神にお仕えする、大変位の高い巫女がいた。彼女の名は、正確には伝わっていない。ただ、物語の主人公に名がないというのも面倒くさい。そこで私は今回、あちこちの文献に見られる「明執女(あかのとりめ)」という名を、そのまま使わせてもらう。実際に彼女は、明かり、つまり太陽への祭祀を執り行う立場の巫女だったからである。

 ああ、そう言えば。アカノトリメについて説明する前に、皆さまに、この物語を理解する上で大切なことを説明せねばならない。

 アカノトリメが陽光神にお仕えしていた時代、いや、それ以前の時代には、夜は存在しなかった。もともと陽光神は、その身体に大変強い光を纏う方でいらっしゃり、例え彼女が眠ろうと、陽の光が地上へ届かぬことなどないのであった。だから、彼女がお休みになられている時でさえ、地上に闇が訪れることはなかった。

 そのような時代であったため、アカノトリメもまた、今でいうところの朝から夜まで、闇を見ることなく育ってきたのである。

 だがある日、ことは起こってしまった。

アカノトリメはその日も集落から少し離れた聖域へと向かい、そこで長時間に渡る陽光神への祈りを捧げていた。そしていつものように集落へと向かう最中、あるものを見つけたのである。

 それは、洞窟であった。その洞窟はアカノトリメを惹きつける、不思議な力を持っていた。

少し中を覗いてみるだけ、そう思いアカノトリメは洞窟の入り口を除きこんだ。どこからか吹いてくるひんやりとした風は、絶えず陽光神が温めて下さっている風とは違う、やはり不思議な魅力を持っていた。

 さらに、アカノトリメの驚いたことに、洞窟の中はなぜだか、見えないのである。今の私たちなら、すぐに「暗かったのだ」と説明できるのだが、当時「暗い」という概念自体、存在していなかった。

 そのためアカノトリメは、どうしてこの洞窟の中ではものがはっきり見えないのだろう、もし危ないものであるのならば、人々を近づけさせないためにも、少し様子を探った方が良いだろうと、一歩洞窟の中に踏み込んだ。

 中に入れば、一段と暗くなった。家の材料である植物と違い、岩は陽の光を完全に遮る。洞窟の奥を覗けば、少し先は黒くて何も見えない。一歩だけ、あともう一歩だけ、あの黒い場所に近づきたい。あそこに何があるのか確かめたい。そう思ううちに、とうとうアカノトリメは、全く陽の光の届かないような、深いところまで潜ってしまっていた。

 アカノトリメは、生まれて初めて真の闇に包まれた。、それはひどく恐ろしく、だが同時にひどく美しいものであった。アカノトリメは何となくいけないことだと思いつつ、しかししばしの間闇を堪能した。闇の中では、光の中では味わうことのできない安らぎを感じることができた。

 それからアカノトリメは、たびたび闇の洞窟へと通うようになった。集落では絶えず周りに人がおり、騒がしい。安らぎと、そして闇、そこから生じる美しくも恐ろしい感情に、彼女は浸り続けた。

 だが、それも長く続くものではなかった。

 ある日、アカノトリメが洞窟へと入っていくのを見た青年がいたのであった。太陽であり光でもある神にお仕えする身である巫女がしてはならぬ、闇という穢れを楽しむ行為。そして、その穢れを払うことなく祈り続けるその姿。巫女は、もはや聖なるものではなく、魔のものであった。

 青年は巫女の所業を集落の者へと話した。すると、集落の者は「そういえば今年はあまり作物の出来がよくない」、「今年の頭には近隣の集落といざこざがあった」「来たばかりの嫁に中々子ができない」などと口々に言い始めた。そして最後にはこう言うのであった。

 

「そうか、全部アカノトリメが神様を冒涜したからだったのか。」

 

 村の者達は、アカノトリメを黄泉の国へと続くと言われている道へと連れて行った。そして、そこにある今にも枯れそうな木に彼女を十文字に縛り付けて、そのまま去って行った。村では新たな娘が巫女に選ばれた。

 食べ物も飲み物もなく、アカノトリメは苦しい思いをしながら、意識を失った。そうすると、その瞼の裏に、彼女が自ら作り出した闇の中に、正に彼女が魅入ったもの、闇そのものを纏った誰かが現れた。

「私は常闇の国の主。闇に魅入った者よ、我に仕えよ。さすれば命は助かるだろう。」

アカノトリメは、はい、はいと涙ながらに頷いた。

 

 アカノトリメ、いや、今や宵執女(よいのとりめ)となった彼女に与えられた仕事は、夜を作ること、だった。常闇の国の主曰く、今の人間の世界には、夜が存在しない。それは太陽の神が驕っているからである。かの神の力はあまりに強く、この世界を常闇の国にすることは難しい。だが、一日の何時間かを闇の時間とする方法はある。さあ、ヨイノトリメよ。この弓と矢を用い、忠実にお仕えしていたにも関わらず、お前を救わなかった憎い太陽を、打ち落とすのだ。

 ヨイノトリメはさっそく、空に浮かぶ太陽を目がけて矢を放った。矢は勢いを落とすどころか逆に速さを増していくような様で、やがて太陽を打ちぬいた。

 こうして、人の世界に初めて、夜が生まれた。

 ただしその夜は、今の者が知っている、月や星、そして伝統が照らすものではなく、本当の闇であった。

 しかし、太陽神は決して弱くはなかった。数時間の闇の後、再び空へその顔を覗かせたのである。

 太陽神が再び顔を出すと、その度にヨイノトリメは矢を放つのだが、再び起き上がった太陽は強く、しばらくは歯が立たなかった。もう何時間経っただろうか、という時になって、ようやく再度太陽を射抜くことができ、そして二度目の闇の夜が訪れた。

 ヨイノトリメよ、どうやら太陽神は復活してしばらくは特に力を強くするらしい。正確に時を計れ。いつ矢を射れば太陽を射抜くことができるか、正確に調査せよ。そうしてヨイノトリメは昼と夜を繰り返す時間、すなわち「一日」を知った。

 

 ヨイノトリメは、初めのうちこそ、闇に戸惑う人々の顔を見て、私を裏切った罰だと言い満足していたが、そのうち彼らを哀れに思うようになった。その哀れに思う気持ちは段々と後悔へと繋がり、とうとうある日の夜にしなければならない時間、後悔からか手元を狂わせ、あらぬ方向へと矢を飛ばしてしまった。その矢はやはり上へ上へと速さをあげて飛んでゆき、やがて空の高いところで何かに刺さったかのようにして止まった。真っ直ぐなはずであった矢は、いつのまにか弓の形になってしまっていた。

 あわててヨイノトリメが、予備の矢で今度こそ太陽を射落とすと、先程飛ばした矢が夜空に輝いており、夜を完全な闇でなくしてしまっていた。

 矢は初めの夜のうちは小さな弓の形をしていたが、次第にその大きさを増していって、とうとう太陽ほどではないが、それでも闇を照らすには十分なほどの明るい光を投げる丸い形へと膨らんだ。

 常闇の国の主は、ヨイノトリメの失態に怒り、彼女の体とその周りを永遠の闇の中へと閉じ込め、彼女を人間ではなく妖魔の身へと落とし、そして夜空に浮かぶ丸い星へ流してしまった。こうして月は、闇に覆われるようになった。

 だが、それもつかの間のことであった。ヨイノトリメはずっと独りで星にいるうちに、永い間をかけ、自らの纏う闇の力を抑えつける方法を身につけた。こうしてある日、再び夜空に月が現れた。最初の初月である。

 ゆっくり、ゆっくりではあるが、闇を抑える力を強くすれば、月もゆっくりと丸い形を取り戻していく。だがヨイノトリメの抑える力も長くは続かない。相当な力を行使しているのだ、ヨイノトリメだって、疲れてしまうのである。

そうして月は満ちた後、欠けるようになり、ついには一度は姿を消すも、ヨイノトリメがすっかり元気を取り戻した頃になると、再び姿を見せるようになったのである。




最後までお読み下さりありがとうございます。
感想、ご意見等ございましたら、一言だけでも書いていって下さると、大変参考・励みになります。
特に、今回はタグに東方キャラの名前を入れなかったのですが、「宵執女」の正体、皆さまはどのように想像致しましたでしょうか。


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