「お姉ちゃん、どしたの?」
「え?何が?」
「いや、いつもなら帰ってくるなり「お母さん、お腹空いた~!」って言うのに、今日は真っ先にシャワー浴びて、お母さんのメイク道具まで黙って引っ張りだして……」
「こ、これくらいは当たり前なんだよ!だってスクールアイドルだもん!」
「つい最近まで慌ててダイエットしてたのに?」
「う、うるさいなぁ!今忙しいからあっち行ってて!」
「はいはい」
私は準備を急ぎながら、こっちに向かっている八幡君を思い浮かべ、そんな自分に対し、「変わったなぁ」という素直な感想を改めて抱いた。
まさか、自分が好きな男の子のために、こんなにドタバタする日が来るなんて……。
「じゃあ、比企谷さんとのデート頑張ってね~」
「ゆ、雪穂!」
*******
勢いだけで秋葉原まで来てしまうとは……って、別に初めてでもないか。
とにかく今は顔が見たい。
最初は早歩きだったのが、自然と走り出していた。
今はもう見慣れた景色を通り過ぎる度に、その笑顔が近づいている感覚がして、何だかさらに足が軽くなった。
「はっ……はっ……」
神社の前を通過し、あとはそこの角を曲がれば……。
「わわっ!」
「っ!」
角を曲がると同時に、急に穂乃果があらわれ、危うくぶつかりそうになる。
「は、八幡君……?」
「穂乃果……」
どちらも立ち止まり、そのまま視線を絡み合う。何だか夢の中にいるような気分になっていた。性格とかは真逆なのに、こいつとは本当に変なところで気が合う。
俺は小さく笑いながら、彼女に話しかけた。
「……なんか今日、雰囲気違うな」
俺の言葉に、彼女は頬を染め、俯きながら口を開いた。
「え?そ、そうかな」
「ああ、なんか、その……いい感じだと思う」
「……ありがと。は、八幡君こそ、なんか雰囲気違うね」
「久々に制服で会ってるからじゃないのか?」
「ううん。そういうんじゃなくて……今日の八幡君、上手く言えないんだけど、なんかドキドキする……」
「…………」
いきなりそんな事を言われると、こっちも緊張するんだが……。
しかし、こういう時はどんな順序で、どんな心構えで行動すればいいのかはわからない。
……やはり、その場の空気とか勢いとかだろうか。
俺は彼女の両肩に、そっと掌を置いてみた。
「…………」
「八幡君……」
それだけで俺が何を求めているのか察した彼女は、ぎゅっと目を瞑り、顔をこちらに向けた。
その薄紅色の唇や、長い睫毛に見とれながら、俺は少しずつ顔を……
「ママ~!あのカップル、キスしようとしてる~!」
「「っ!!」」
「こらっ!邪魔しちゃだめでしょ!」
すたこら去っていく親子の背中を眺めながら、俺達は気まずそうに顔をそむけた。
そういやここ……ただの路上だったな。
*******
その後、色々と場所を変えようとするものの、何故か邪魔が入った。
「見て!公園でファーストキスなんてベタなことしようとしてるカップルがいるわ!」
「ベタすぎるわ!」
「マジひくわー」
「あ、あら、高坂さんに比企谷君。ライブ前なのに随分余裕ね……べ、別に?二人がどこまで進んでいるのかなんて、気になってなんかないんだから……」
「チカァ!」
*******
「な、なんか今日は賑やかだね……」
「ああ……てか、お前といるといつも賑やかだ」
「何それ、私がノーテンキみたいじゃんっ」
「……違うのか?」
「……違わないかも」
「…………」
「……ふふっ」
どちらからともなく笑い合うと、頭の中がすっきりする。
そうだ。こいつとはいつもこんな感じだった。こんな風に自然と笑顔が溢れる関係でいられるから……。
冬の気配を運ぶような、ひんやりした優しい風が、二人の間をすり抜け、火照りを冷ましてくれるのを感じながら、俺達はゆっくりと並んで歩き始めた。
「ふふっ、じゃあ戻ろっか。ウチで晩御飯食べてくよね?」
「……ああ」
「それと、八幡君……」
「?」
「……スは……また、今度ね?」
彼女はそう言って、俺の頬にやわらかな温もりを押しつけた。
*******
数日後……。
「……はい。は?何で俺の番号知って……ああ。え?当日、朝から雪?……わかった」