「あぁ~よく寝たから体が軽いっ♪」
「そうだな。続きは帰ってから寝れば……」
「八幡君?」
「いえ、冗談です」
「まったくもう~、はいっ」
穂乃果は頬を膨らませながら、手を差し出してきた。
俺はそれをほんの少し慣れた気分で握りしめた。
*******
「そういや、次はどこに行くんだ?」
「ん~……わかんないっ」
「そうか」
「あれ?てっきりツッコミが入るかと思ったのに」
「まあ、あれだ。全部お前に決めてもらってるから、文句を言うつもりはないし、それに……」
「?」
「…………なんつーか……こ、こうして、お前と一緒にいれればいい」
「えっ……八幡君、珍しいね。なんかあった?大丈夫?」
「いや、真っ先にそのリアクションかよ……」
「あはは、だって意外すぎるんだもん!八幡君がそんなに素直なんて」
「ま、まあ、そこは否定しない」
「……だからこんなに嬉しいのかも」
「そっか。なら、よかった」
*******
しばらく話しながら歩いたり、目についた店に入ったり、CDショップで互いに好きな曲を教え合ったりしていると、あっという間に時間は過ぎた。
そして、陽も傾き始めた頃、俺は穂乃果を家まで送り届けた。
「……じゃあ、また今度」
「う、うん、送ってくれてありがとう、またね」
「…………」
「…………」
どちらかが背を向ければいいだけなのだが、動けずにそのまま立ち竦む。
……まさかデートの別れ際が、こんな名残惜しい気分になるとは……考えたこともなかった。
正直にいえば、まだ一緒にいたい。
だが、ここは俺から……
「あれ?お姉ちゃん達、何してるの?」
「わわっ、びっくりしたぁ……」
突然現れた……といっても家から出てきただけだが……高坂妹が不思議そうに自分の姉と俺を交互に見ている。
「あっ、比企谷さん、こんにちは」
「……こんにちは」
「ゆ、雪穂、あの、こ、これはその……何と言いますか……」
「ん?あぁ、そういうこと…………ええっ!?」
姉の挙動不審な様子を見ただけで何かを察したのか、高坂妹は慌てて姉の肩を掴み、揺らしまくった。
「お、お姉ちゃん、マジ!?マジなの!?」
「な、何が~!?」
「とぼけないで!比企谷さんと付き合い始めたんでしょ!?」
「そ、そうだけど!大声出さないでよ、お父さんに聞こえちゃうっ」
「はあ……今日デートだったのか、どうりで心ここにあらずなわけだ」
「?」
「お姉ちゃんは昨日デートの事で頭いっぱいだったから忘れてるだろうけど、今日からお父さんとお母さんは旅行だよ」
「……え~~!?ウソ!?」
「ウソじゃないよ。だから今日は自分で晩ごは……あ、そうだ」
何かを思い出したように携帯を取り出した高坂妹は、一旦家の中へと戻った。
「……どうかしたのか?」
「さ、さあ……」
数分経ってから出てきた高坂妹は、ちょっと大きめの鞄を持っていた。
「雪穂?それ……」
「お姉ちゃん、私、亜里沙から呼ばれちゃって、今から行ってくるね。多分お泊まりするから」
「ええ!?ゆ、雪穂っ」
「いいから、いいから。私の事は気にしないでいいから」
「…………」
自分から電話していた気がするが、気のせいだろうか?
すると雪穂は、俺に悪戯っぽい笑顔を向けた。
「それじゃあ、ごゆっくり♪」
「え?あ、ああ……」
高坂妹は軽やかな足取りで、あっという間にいなくなってしまった。
……おい、これってまさか……。
状況を理解した上で穂乃果に目を向けると、彼女は頬を紅くして、上目遣いで見つめてきた。
「……あの……とりあえず、上がってかない?」