捻くれた少年と純粋な少女   作:ローリング・ビートル

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第30話

 祭りは想像以上に賑わっていた。

 人にぶつからないように歩くのがやっとの混雑で、夜にもかかわらず、むっとするような熱気がここら一帯を包み込んでいる。それでも大して不快そうな表情が見られないのは、祭りの空気の為せる業か。

 とはいえ俺はガリガリHP削られてるけどね?だってパーソナルスペース広めだもん!

 しかし、俺とは逆に、どんどんテンションを上げている奴が隣にいた。

 

「ん~♪やっぱり縁日の焼きそばは格別だね~♪」

「…………」

 

 さっき一瞬だけロマンチックな気分に浸りかけたが、こいつのテンションが現実に引き戻してくれた。危ない危ない。うっかり非モテ三原則を忘れるところだった。こいつの色気より食い気なところ、嫌いじゃない。

 

「比企谷君、どうしたの?欲しいの?一口上げよっか」

 

 高坂はたこ焼きをこちらに向けてくる。いや、つまようじでも間接キスとか意識しちゃうから。こいつ、本当にそういうの気にしないんだな……。

 

「はいっ」 

「いや、いらん……てかお前、さっきリンゴ飴食ってただろ」

「別腹だよ、別腹♪それに夏だから汗かくし」

「…………」

 

 何だ、変なフラグが立ってる気が……いや、気のせいだよな。まさか、そんなベタな展開が起こるわけが……。

 

「どうしたの?」

「……いや、次行くか。小町も離れて歩いてないでついてこいよ」

「大丈夫大丈夫♪さ、行こっ」

 

 小町はにぱっと笑って誤魔化した。まあ、こいつの考えてる事は察しはつく。

 すると、周りからヒソヒソとどんよりした声が聞こえてきた。

 

「おい、アイツ見ろよ……」

「あんな可愛い子を二人も連れてやがる……!」

「けっ、ボッチの癖に」

「メダパニ」

 

 どうやら呪詛の言葉を投げかけられているようだ。

 おい、何故俺がボッチだと知ってる。そんなにボッチで名を馳せた覚えはねえぞ。むしろクラスメートからも知られてないし。それと、こんな場所で混乱させる呪文かけんじゃねえよ。どうせならオクルーラで千葉まで送ってくれ。

 

「はいっ、お兄ちゃん♪」

 

 いつの間に買ったのか、小町が綿菓子を差し出してきた。いきなりどこかに行くなとさっきあれほど……

  

「ほら、早く!」

「……ああ、サンキュな」

 

 タダより上手い食べ物はないので、ありがたく頂くと、高坂が綿菓子を見て、目をキラキラ輝かせた。

 

「わぁ……この綿菓子、美味しそう♪」

「ですよね、可愛いですし♪」

 

 確かにピンクや水色やら入り交じっていてカラフルではあるが、可愛いというかはわからない。

 とりあえず齧ってみると、特に何の変哲もない綿菓子の味がした。甘さがふわふわ口の中に広がり、すぐに溶けていくのがいい。何よりタダで食べる物が一番美味い。

 

「どう?お兄ちゃん」

「あー、普通に美味い」

「何、そのつまらない感想……」

「いや、グルメリポーターじゃねえんだから……」

「スキあり!」

 

 小町と話している隙に、高坂が俺の綿菓子にパクついた。

 ほんの一瞬ではあるが、彼女の顔が物凄く接近し、頬にさらさらと茶色がかった髪の毛が当たる。そして……

 

「ん~、おいしい~♪」

「…………」

「あっ、ごめん。怒った?」

「い、いや、そうじゃなくて……何つーか、お前が齧ったとこ……」

「え?…………あ」

 

 俺の言葉にキョトンとしていた高坂が、何の事か気づき、ふにゃっとした笑顔を浮かべる。

 

「あはは……わ、私あんまそういうの気にしないから……あはは……ごめんねぇ」

「そ、そうか……ならいい」

 

 とにかく相手が気にしていないのだから、こちらも気にしないのが礼儀だろう。慌てない、慌てない。気にしない気にしない。ほ、本当に気にしてないよ?ハチマン、ウソ、ツカナイ。

 

「ふむふむ……」

 

 何やら小町が分析するような眼差しを向けているが、もしかして、それを狙っての綿菓子だったのか?いや、さすがにそこまでは……。

 

「あっ、そろそろ花火始まるよ~!ほら、早く~!」

「は~い」

「……おう」

 

 その振り向きざまの無防備な笑顔は、出店のぼんやりした灯りに映え、その姿は人混みに埋もれる事がない。

 二人に呼ばれるまで、俺はその姿を見つめていた。

 

 *******

 

 いけないいけない。つい海未ちゃんや、ことりちゃんと一緒にいる時みたいになっちゃった……でも、やっぱり違うんだよね。

 少しだけ顔が熱くなった気がした。さっきより混んできたからかなぁ……。

 口の中には、まだしっとりと綿菓子の甘さが残っていた。

 

「……甘かったな」

 

 私は唇に掌を当て、しばらくそのままでいた。

 何でそうしたのか、自分にもわからなかった。

 

 

 


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