祭りは想像以上に賑わっていた。
人にぶつからないように歩くのがやっとの混雑で、夜にもかかわらず、むっとするような熱気がここら一帯を包み込んでいる。それでも大して不快そうな表情が見られないのは、祭りの空気の為せる業か。
とはいえ俺はガリガリHP削られてるけどね?だってパーソナルスペース広めだもん!
しかし、俺とは逆に、どんどんテンションを上げている奴が隣にいた。
「ん~♪やっぱり縁日の焼きそばは格別だね~♪」
「…………」
さっき一瞬だけロマンチックな気分に浸りかけたが、こいつのテンションが現実に引き戻してくれた。危ない危ない。うっかり非モテ三原則を忘れるところだった。こいつの色気より食い気なところ、嫌いじゃない。
「比企谷君、どうしたの?欲しいの?一口上げよっか」
高坂はたこ焼きをこちらに向けてくる。いや、つまようじでも間接キスとか意識しちゃうから。こいつ、本当にそういうの気にしないんだな……。
「はいっ」
「いや、いらん……てかお前、さっきリンゴ飴食ってただろ」
「別腹だよ、別腹♪それに夏だから汗かくし」
「…………」
何だ、変なフラグが立ってる気が……いや、気のせいだよな。まさか、そんなベタな展開が起こるわけが……。
「どうしたの?」
「……いや、次行くか。小町も離れて歩いてないでついてこいよ」
「大丈夫大丈夫♪さ、行こっ」
小町はにぱっと笑って誤魔化した。まあ、こいつの考えてる事は察しはつく。
すると、周りからヒソヒソとどんよりした声が聞こえてきた。
「おい、アイツ見ろよ……」
「あんな可愛い子を二人も連れてやがる……!」
「けっ、ボッチの癖に」
「メダパニ」
どうやら呪詛の言葉を投げかけられているようだ。
おい、何故俺がボッチだと知ってる。そんなにボッチで名を馳せた覚えはねえぞ。むしろクラスメートからも知られてないし。それと、こんな場所で混乱させる呪文かけんじゃねえよ。どうせならオクルーラで千葉まで送ってくれ。
「はいっ、お兄ちゃん♪」
いつの間に買ったのか、小町が綿菓子を差し出してきた。いきなりどこかに行くなとさっきあれほど……
「ほら、早く!」
「……ああ、サンキュな」
タダより上手い食べ物はないので、ありがたく頂くと、高坂が綿菓子を見て、目をキラキラ輝かせた。
「わぁ……この綿菓子、美味しそう♪」
「ですよね、可愛いですし♪」
確かにピンクや水色やら入り交じっていてカラフルではあるが、可愛いというかはわからない。
とりあえず齧ってみると、特に何の変哲もない綿菓子の味がした。甘さがふわふわ口の中に広がり、すぐに溶けていくのがいい。何よりタダで食べる物が一番美味い。
「どう?お兄ちゃん」
「あー、普通に美味い」
「何、そのつまらない感想……」
「いや、グルメリポーターじゃねえんだから……」
「スキあり!」
小町と話している隙に、高坂が俺の綿菓子にパクついた。
ほんの一瞬ではあるが、彼女の顔が物凄く接近し、頬にさらさらと茶色がかった髪の毛が当たる。そして……
「ん~、おいしい~♪」
「…………」
「あっ、ごめん。怒った?」
「い、いや、そうじゃなくて……何つーか、お前が齧ったとこ……」
「え?…………あ」
俺の言葉にキョトンとしていた高坂が、何の事か気づき、ふにゃっとした笑顔を浮かべる。
「あはは……わ、私あんまそういうの気にしないから……あはは……ごめんねぇ」
「そ、そうか……ならいい」
とにかく相手が気にしていないのだから、こちらも気にしないのが礼儀だろう。慌てない、慌てない。気にしない気にしない。ほ、本当に気にしてないよ?ハチマン、ウソ、ツカナイ。
「ふむふむ……」
何やら小町が分析するような眼差しを向けているが、もしかして、それを狙っての綿菓子だったのか?いや、さすがにそこまでは……。
「あっ、そろそろ花火始まるよ~!ほら、早く~!」
「は~い」
「……おう」
その振り向きざまの無防備な笑顔は、出店のぼんやりした灯りに映え、その姿は人混みに埋もれる事がない。
二人に呼ばれるまで、俺はその姿を見つめていた。
*******
いけないいけない。つい海未ちゃんや、ことりちゃんと一緒にいる時みたいになっちゃった……でも、やっぱり違うんだよね。
少しだけ顔が熱くなった気がした。さっきより混んできたからかなぁ……。
口の中には、まだしっとりと綿菓子の甘さが残っていた。
「……甘かったな」
私は唇に掌を当て、しばらくそのままでいた。
何でそうしたのか、自分にもわからなかった。