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それでは今回もよろしくお願いします。
「よかった、よかったぁ~♪」
そう言いながら、パン女は饅頭を頬張る。
仕事中にいいのだろうか、というツッコミもどうでもよく、とても美味しそうに食べるその姿に、危うく見とれそうになった。隣にいる戸塚と、少し離れた場所にいる材木座も僅かに頬を赤く染めている。
「「「…………」」」
「あ、これは、その……味見だよ味見!」
俺達の視線に気づいたパン女はあたふたしながら言い訳をした。間違いない。絶対にこいつは無意識に男を死地に送り込むタイプだ。
そうしている内に、店の奥から女の人が現れ、その背後で仁王立ちになる。怒り顔だが綺麗な人だ。20代後半くらいだろうか。
「……ほ~の~かぁ~!」
怒気を孕んだ声にパン女はビクッと跳ね上がり、恐る恐る振り返る。
「あ、お母さん……」
「あんたは何を堂々とつまみ食いしてんの!お客様の前で!」
どうやら母親のようだ。
パン女は震える手をわたわたさせ、必死に言い訳を頭の奥から搾り出しているようだ。由比ヶ浜も似たような動作をするので、こいつももしかしたらアホの子かもしれない。
「こ、これは味見だよ!」
「朝から合計7個は食べたでしょう!?」
「ごめんなさい~!」
俺達に対して使った言い訳も全く効果がなく、パン女はがっつり叱られた。
「まったく……次やったらお小遣い3割カットだからね!」
「さ、3割……はい……」
3割か……容赦ねえな。俺だったらストを起こして学校に行かないまである。
一通り説教を終えると、母親の方が、大人の魅力が漂う穏やかな微笑みを向けてきた。
「ごめんなさいね。ゆっくり選んでいってね」
そう言って照れ笑いをしながら、奥へ引っ込んでいった。
「ふう……あ、ごめんなさい。お恥ずかしいところを見せちゃったね……」
「いや、別に……」
「じゃあ、私はお仕事に戻るから!……っとと!」
慌てて移動しようとしたせいで足がもつれ、俺の右腕に捕まってくる。腕をきゅっと握る感触と、淡い柑橘系の香りが漂ってきた。
「ご、ごめ~ん……」
「あ、ああ……」
「……大丈夫?顔、赤いよ?」
だからそうやって覗き込んでくるからだろうが。
その探るような視線から逃れる為に無理矢理話を逸らす。
「バイトじゃなかったんだな……」
「うん、そうだよ。私、ここの娘なの!それと……」
カウンターに戻って、ピンク色のパソコンを持ってきた。画面に目をやると、『lovelive!』というカラフルな文字が目に入り、何やらランキングみたいなものと、幾つかの動画が表示されているのがわかる。……仕事はいいのだろうかというツッコミはまた飲み込んだ。
「私、今スクールアイドルやってるの!μ'sっていうグループで活動してるんだ♪」
「スクールアイドル……」
戸塚が耳慣れない単語を反芻しながら、画面を注意深くじっと見る。もしかして戸塚もアイドルやりたいのだろうか。なら俺が徹底的にプロデュースしてやるしかないか。やればできるって765プロも歌ってたしな。
「どうしたの八幡?」
「俺の事はプロデューサーって呼んでくれ」
「な、何の話?」
いかん。妄想の世界に入り込んでしまった。
材木座からもドン引きの目で見られながら、再び画面に目を戻す。
そこにはプロと遜色ない、というには無理があるのかもしれないが、ちゃんとアイドルらしい衣装に身を包み、目の前にいる時とは全く違う雰囲気を身に纏った『スクールアイドル』がいた。
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