捻くれた少年と純粋な少女   作:ローリング・ビートル

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第25話

「「あ……」」

 

 おい。いきなり出会っちゃったぞ。

 こういう時って、街中を探しまくって、夜になってから灯台もと暗し的な場所で見つかるもんだろ……いや、会えたからいいんだけどさ……ドラマチックな結果なんて期待してねえし。

 

「「…………」」

 

 どちらも何を言えばいいかわからず、気まずい沈黙が生まれる。 

 高坂はいつものように無駄に元気な挨拶をすることもなく、あちらこちらに視線をさまよわせ、それでも何とかぎこちない笑顔を作った。

 

「やっほー、比企谷君っ」

「……おう」

「あの、昨日はごめんね?眠くて、電話変な感じになっちゃった……あはは……」

「…………」

 

 ……お前、つまんないウソつくね。てか、挨拶すんの遅すぎだろ。俺もだけど。

 何かを取り繕うように、高坂が笑いながら次の言葉を紡ごうとすると、彼女の後方から声がかかる。

 

「穂乃果~、どしたの~?」

「あ、ヒデコ……」

 

 ヒデコと呼ばれた女子を含め、3人がこちらに駆け寄ってくる。3人共、高坂と同じ制服を着ていた。クラスメートだろうか。

 その内の一人、ポニーテールの穏やかそうな女子の視線がこちらを向いた。

 

「そっちの人は?」

「え?あ、えと……」

 

 ……何で慌てるんだよ。俺もうっかり変な関係かと思っちゃうだろ。

 高坂の反応を見た、ヒデコと呼ばれた女子と、小柄なおさげ髪の女子が、顔を見合わせニヤニヤ笑う。

 

「これはまさか……」

「アンタ~まさか彼氏じゃないでしょうね~」

「ち、違うよ!比企谷君はそんなんじゃないもん!」

「じゃあ何なのさ~?」

「え?比企谷君は……えっと……私の大ファンなんだよ!」

 

 お前……本当につまんないウソつくね……誰が大ファンだよ。応援はしているが……やだ、何これ。俺、ツンデレみたいじゃん!

 

「ねっ、比企谷君!」

「いや、違う。そんな事実はない」

「むぅ……比企谷君のバーカ!」

「バカって言ったたほうがバカなんだぞ」

「今、自分も言ったじゃん!比企谷君のイジワル!」

 

 何で俺達が言い争ってるんだよ……。

 すると、いつの間にか三人組の視線がこちらに集中していた。

 

「ん~、この制服、どこのだろう?」

「この辺じゃ見ないよね」

「あっ、比企谷君は千葉の総武高校に通ってるんだよ」

 

 ……高坂……このタイミングでそれを言うのはあまり賢くないぞ。

 案の定、3人の目が好奇心らしきもので、キラリと光る。

 

「ほうほう、穂乃果に会いにわざわざ千葉から♪」

「優しいわね~♪」

「これは……私達はお邪魔かもね♪」

 

 突然変わった空気に、高坂が疑問符を浮かべる。

 

「え?え?どしたの、3人共……」

「じゃあ、穂乃果。私達は用事を思い出したから。また明日ね~」

「明日、学校で話聞かせてね?」

「そこの彼も穂乃果の事よろしく~♪」

「ちょ、ちょっと~!」

 

 戸惑う高坂を置いてきぼりに、3人組はさっさと言ってしまった。

 

「「…………」」

 

 ぽつんと取り残されたが、そんな感覚はこの街の喧騒にすぐかき消されてしまう。

 そして、場の空気に急かされるように、先に口を開いたのは俺だった。

 

「……まあ、その……元気はありそうだな」

「う、うん……心配させてごめんね?」

「……いや、俺が勝手に来ただけだ。気にしなくていい」

「それでも……ありがと」

 

 高坂の頬がほんのり赤いのは、きっと夕陽のせいだろう。彼女はやたら髪をいじりながら、キョロキョロと辺りを見回した。

 そして、申し訳なさそうな笑みと共に、ぽそぽそと口を開いた。

 

「あの……比企谷君。よかったら、少しだけ……話さない?」

「……わかった」

 

 *******

 

 高坂の家の近くにある公園のベンチに腰かけると、彼女はぽつぽつと何があったかを話してくれた。

 南さんの留学、メンバーとのすれ違い、スクールアイドルを続けるモチベーションの低下。高坂の心は押し潰されていた。

 彼女の横顔は、以前見たスクールアイドルの高坂穂乃果ではなく、崩れ落ちそうな一人の女子高生だった。

 

「それでね……今日3人が気を遣って、遊びに誘ってくれたの」

「……そっか」

「あはは……私……ダメだよね……リーダーのくせに……」

 

 ここで「そんなことない」とか言えればよかったのかもしれない。

 だが、俺がそれを口にしても、薄っぺらい気がした。

 実際、俺はこいつと出会って2ヶ月程度だ。こいつの頑張りを最初から知っているわけでもない。南さんとの関係なんて、とても踏み込めるものでもない。

 それでも……心は言葉を探していた。

 

「高坂」

「何?」

「……その……俺はお前の気持ちはわからん。ケンカするような友達もいないしな」

「あはは……またそんなこと言って……」

 

 うん。やっぱり引かれてるな……もうこの自虐ネタは使わない……と思う。

 とにかく俺は言葉を継いだ。

 

「ま、まあ、とにかく……一つ気になった事がある」

「な、何?」

「お前…………もっと我が儘じゃなかったか?」

「…………え?」

 

 彼女は、何を言われたかわかっていないみたいに、呆けた顔で首を傾げる。

 

「いや、お前……有無を言わさずに俺をライブに呼び出したり、園田さんの話によると、話を聞かずに周りを振り回したり……結構我が儘だと思うんだが……」

「ちょ、ちょっと!」

 

 ようやく理解したのか、高坂は俺の言葉を断ちきるように割り込んできた。

 

「え、え、え~!?このタイミングでそれ言うの!?」

「……まあ、今お前見て気になったの、そこくらいだしな」

「ひどいよ!やっぱり比企谷君はイジワルだよ!」

 

 高坂はぷんすか頬を膨らませたが、すぐに吹き出し、穏やかな笑顔を浮かべた。

 

「……ふふっ……でも、ありがと♪なんかよくわかんないけど元気でたかも!それに……そっちのほうが私らしいかな。うん!」

「そっか……」

 

 ふと空を見上げると、すっかり陽は沈み、街には夜の帳が下りていた。そろそろ帰らないと、夕飯を作って待ってる小町に申し訳ない。

 

「じゃあ、俺はもう行くわ」

「えっ?あ、そっか、もう遅いもんね。心配かけて、本当にごめんね」

「いや、さっきも言ったが、勝手に来ただけだっての。しかも、何もしてねえし」

 

 実際、俺が来た意味など特になかった気もするが、それでいい。このまま気になって読書が手につかないのが嫌だから来ただけだし。

 それでも、胸につかえた何かがなくなっている事に気づき、安堵しながら駅へ向かおうとすると、高坂から声がかかる。

 

「あのっ……比企谷君、本当にありがとう!」

「……お、おう」

 

 いつもの調子を取り戻した彼女の元気さに気圧されていると、いきなり距離を詰められた。

 

「それと、もう一ついい?」

「?」

「あの、改めて…本当に比企谷君に聞きたいことがあって……」

「どした?」

 

 何を聞かれるのかと思い、身構えると、高坂は数秒目を伏してから口を開く。

 

「比企谷君が今一番好きなスクールアイドルって誰なの?」

 

 何だ、そんなことか。

 答えはもう決まっている。

 

「…………優木あんじゅ」

「も~!!比企谷君のイジワル!!」

 

 初志貫徹が俺のモットーである。

 


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