「もうっ、信じられない!ノックくらいしてよ!」
「「ごめんなさい……」」
「…………」
顔を真っ赤にして怒る高坂に、申し訳なさそうに頭を下げる高坂母と高坂妹。俺は窓の外に目をやり、関係のないことばかり考えていた。だってそうでもしないと思い出しちゃうんだもん!
「比企谷君」
「ひゃ、ひゃい!」
突然名前を呼ばれ、背中がビクンと跳ね上がる。
恐る恐る高坂の方を向くと、彼女はこちらにジト目を向けていた。その頬はまだ羞恥に赤く染まっている。
そんな表情を見たら、さっきの白い背中が……いかん、考えるな。思い出すな。
「…………見た?」
「悪い……」
嘘を吐いても仕方ないので、素直に頭を下げる。
彼女は頭を抱え、がっくりと俯いた。
「うぅ…………最近ちょっと食べ過ぎちゃってたから気にしてたのに……タイミング悪すぎるよ……いや別に見られたいとかじゃ……」
「穂乃果?」
「お姉ちゃん?」
何やらブツブツ呟く高坂に、高坂母と高坂妹は首を傾げる。
すると、彼女は何かを追い払うようにブンブン首を振った。
「と、とにかく!比企谷君と話すから!二人はもうあっち行って!」
「は~い……」
「じゃあ、比企谷君。あとはよろしくね」
笑顔を残して部屋から出て行く二人の背を見送る。そして、視線を戻すと、自分が女子の部屋にいるという事実を改めて認識する。
その現実味のなさを誤魔化すように、俺は彼女に声をかけた。
「とりあえず、寝とけよ。まだ治ってないんだろ」
「あ、うん。ありがと……」
ベッドに横になった高坂は、視線をあちこちに落ちつきなく彷徨わせた後、弱々しい声を絞り出す。
「あの……本当にごめんね?せっかく千葉から観に来てくれたのに……」
「……気にすんな。まあ、何つーか、ライブ自体は良かったし……」
こういう時、何と声をかければいいのかわからない。
それは、俺自身がひたむきに頑張った事がないからだろうか……それでも……。
柄にもないことを考えながら、彼女を見ていると、何故か布団で顔まで覆い、隠れてしまった。
「ど、どうした?」
「ごめん。今の顔、あまり見られたくなくて……」
「そっか」
まあ、風邪ひいて怠い時の顔なんて、見られたくはないだろう。ましてや男子に。
とはいえ、これならあまり緊張せずにすむ。
俺は意を決して、布団の向こう側の彼女に声をかけた。
「……なあ、高坂。ちょっといいか?」
「な、何?」
「……その……お、俺……初めてお前の、μ'sのライブ見た時から、自然と次が観たいと思った……こういうの生まれて初めてでな……」
「うん……」
慣れないことに、手足や唇が微かに震え、自分の体じゃないように思える。今さらながら、何で自分がこんなことを言おうと思ったか、不思議で仕方ない。
それでも、一回深呼吸を挟んで、何とか言葉を紡いだ。
「……お前、本気ですげえなって……尊敬した」
「~~~~っ!!!」
突然、布団がもごもご動き出し、奇妙な生物のようにゴロゴロ転がる。何か声らしきものも聞こえてくるが、単なる呻き声にしか聞こえない。
「……高坂?」
「……い」
「?」
「ずるいずるいずるい!比企谷君、ずるい!!」
「な、何がだ?」
彼女は顔を半分だけ出し、こちらをジロリと見てくる。
「いっつも意地悪なことばかり言うくせに!からかうくせに!こんな時ばかりずるい!……ばか」
「お、おう……なんか、悪かった」
突然の怒りにしどろもどろになりながら謝ると、高坂は申し訳なさそうに目を逸らした。
「……謝らないで。私が勝手に怒ってるだけだから」
「わかった」
高坂はそっぽを向いた後、少し咳き込む。少し話しすぎたかもしれない。今日はもう帰ったほうがいいだろう。
「……じゃあ、そろそろ帰るわ」
「あ、あの……」
高坂は上半身だけ起こし、やわらかな笑顔を浮かべた。
「ありがとう……その、さっきの言葉、嬉しかった」
初めて見せるその表情に、胸がざわざわと落ち着かない気分になる。
今、俺は間違いなく、彼女の笑顔に見とれていた。
「また……観に来てくれる?」
「……気が向いたら」
「もうっ、そこは『絶対に行く……』って言うところじゃん!」
「い、今の……俺のモノマネ?」
「うん。そうだよ?似てたでしょ♪」
「いや、似てないから。てか、寝てろよ。ぶり返したらどうすんだ」
「は~い……比企谷君も気をつけて帰ってね」
「ああ」
俺は高坂母に挨拶して、穂むらを後にした。
その後、電車の中で自分の発言を思い返し、身悶えしそうになった。
胸の中をざわつかせる何かを、この時の俺は気づいてもいなかった。
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「雪穂……アンタから見て、どう?」
「う~ん……二人ともまだ好意とかそういうのに気づいてなさそう……まだそんな段階じゃないかも」
「…………」
「お父さん、露骨にほっとしないの」
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こっそり窓から彼の背中を見送る。
ここ最近見慣れた猫背気味の背中に、自分でもよくわからない笑みが零れた。
「ありがと、比企谷君……ふふっ」
あれ?何だか胸の奥が熱くなってきた……早く寝よ。