捻くれた少年と純粋な少女   作:ローリング・ビートル

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第23話

「もうっ、信じられない!ノックくらいしてよ!」

「「ごめんなさい……」」

「…………」

 

 顔を真っ赤にして怒る高坂に、申し訳なさそうに頭を下げる高坂母と高坂妹。俺は窓の外に目をやり、関係のないことばかり考えていた。だってそうでもしないと思い出しちゃうんだもん!

 

「比企谷君」

「ひゃ、ひゃい!」

 

 突然名前を呼ばれ、背中がビクンと跳ね上がる。

 恐る恐る高坂の方を向くと、彼女はこちらにジト目を向けていた。その頬はまだ羞恥に赤く染まっている。

 そんな表情を見たら、さっきの白い背中が……いかん、考えるな。思い出すな。 

 

「…………見た?」

「悪い……」

 

 嘘を吐いても仕方ないので、素直に頭を下げる。

 彼女は頭を抱え、がっくりと俯いた。

 

「うぅ…………最近ちょっと食べ過ぎちゃってたから気にしてたのに……タイミング悪すぎるよ……いや別に見られたいとかじゃ……」

「穂乃果?」

「お姉ちゃん?」

 

 何やらブツブツ呟く高坂に、高坂母と高坂妹は首を傾げる。

 すると、彼女は何かを追い払うようにブンブン首を振った。

 

「と、とにかく!比企谷君と話すから!二人はもうあっち行って!」

「は~い……」

「じゃあ、比企谷君。あとはよろしくね」

 

 笑顔を残して部屋から出て行く二人の背を見送る。そして、視線を戻すと、自分が女子の部屋にいるという事実を改めて認識する。

 その現実味のなさを誤魔化すように、俺は彼女に声をかけた。

 

「とりあえず、寝とけよ。まだ治ってないんだろ」

「あ、うん。ありがと……」

 

 ベッドに横になった高坂は、視線をあちこちに落ちつきなく彷徨わせた後、弱々しい声を絞り出す。

 

「あの……本当にごめんね?せっかく千葉から観に来てくれたのに……」

「……気にすんな。まあ、何つーか、ライブ自体は良かったし……」

 

 こういう時、何と声をかければいいのかわからない。

 それは、俺自身がひたむきに頑張った事がないからだろうか……それでも……。

 柄にもないことを考えながら、彼女を見ていると、何故か布団で顔まで覆い、隠れてしまった。

 

「ど、どうした?」

「ごめん。今の顔、あまり見られたくなくて……」

「そっか」

 

 まあ、風邪ひいて怠い時の顔なんて、見られたくはないだろう。ましてや男子に。

 とはいえ、これならあまり緊張せずにすむ。

 俺は意を決して、布団の向こう側の彼女に声をかけた。

 

「……なあ、高坂。ちょっといいか?」

「な、何?」

「……その……お、俺……初めてお前の、μ'sのライブ見た時から、自然と次が観たいと思った……こういうの生まれて初めてでな……」

「うん……」

 

 慣れないことに、手足や唇が微かに震え、自分の体じゃないように思える。今さらながら、何で自分がこんなことを言おうと思ったか、不思議で仕方ない。

 それでも、一回深呼吸を挟んで、何とか言葉を紡いだ。

 

「……お前、本気ですげえなって……尊敬した」

「~~~~っ!!!」

 

 突然、布団がもごもご動き出し、奇妙な生物のようにゴロゴロ転がる。何か声らしきものも聞こえてくるが、単なる呻き声にしか聞こえない。

 

「……高坂?」

「……い」

「?」

「ずるいずるいずるい!比企谷君、ずるい!!」

「な、何がだ?」

 

 彼女は顔を半分だけ出し、こちらをジロリと見てくる。

 

「いっつも意地悪なことばかり言うくせに!からかうくせに!こんな時ばかりずるい!……ばか」

「お、おう……なんか、悪かった」

 

 突然の怒りにしどろもどろになりながら謝ると、高坂は申し訳なさそうに目を逸らした。

 

「……謝らないで。私が勝手に怒ってるだけだから」

「わかった」

 

 高坂はそっぽを向いた後、少し咳き込む。少し話しすぎたかもしれない。今日はもう帰ったほうがいいだろう。

 

「……じゃあ、そろそろ帰るわ」

「あ、あの……」

 

 高坂は上半身だけ起こし、やわらかな笑顔を浮かべた。

 

「ありがとう……その、さっきの言葉、嬉しかった」

 

 初めて見せるその表情に、胸がざわざわと落ち着かない気分になる。

 今、俺は間違いなく、彼女の笑顔に見とれていた。

 

「また……観に来てくれる?」

「……気が向いたら」

「もうっ、そこは『絶対に行く……』って言うところじゃん!」

「い、今の……俺のモノマネ?」

「うん。そうだよ?似てたでしょ♪」

「いや、似てないから。てか、寝てろよ。ぶり返したらどうすんだ」

「は~い……比企谷君も気をつけて帰ってね」

「ああ」

 

 俺は高坂母に挨拶して、穂むらを後にした。

 その後、電車の中で自分の発言を思い返し、身悶えしそうになった。

 胸の中をざわつかせる何かを、この時の俺は気づいてもいなかった。

 

 *******

 

「雪穂……アンタから見て、どう?」

「う~ん……二人ともまだ好意とかそういうのに気づいてなさそう……まだそんな段階じゃないかも」

「…………」

「お父さん、露骨にほっとしないの」 

 

 *******

 

 こっそり窓から彼の背中を見送る。

 ここ最近見慣れた猫背気味の背中に、自分でもよくわからない笑みが零れた。

 

「ありがと、比企谷君……ふふっ」

 

 あれ?何だか胸の奥が熱くなってきた……早く寝よ。

 


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