いきなり名前を呼ばれ、誰かと思いながら振り向くと、そこには元気いっぱいに手を振る高坂がいた。
とはいえ、大声で名前呼ばれるとか恥ずかしすぎるので、ここは他人のふりを……
「あっ!また無視しようとしてる!」
俺の意図に気づいた高坂は、すぐに距離を詰めてきて、こちらの肩をがっしりと掴んだ。いや、速すぎるだろ!
「ちょっと!何で逃げるの!?」
「いや、ここスーパーだから。俺、買い物しに来ただけだから。大声で名前呼ばれると恥ずかしいから」
「比企谷君、こんにちは」
「いや、今さら小声で話されても……あと近ぇよ」
「もう……比企谷君はわがままだなあ。あとマイペースっていうか……」
「……どちらもお前には言われたくないんだが。何それ。新手の自己紹介?」
「むぅ!そんなことないもん!この前だってお母さんが買ってきたケーキ、妹の雪穂ときっちり半分に分けたもん!」
「それは当たり前な気が……で、実際は?」
「うっ……その……『はいはいこっちも欲しいんでしょ?』って言われて、分けてもらいました……私の方が多く食べちゃったかも……」
「……音声付きで脳内再生可能だわ。俺なら自分の分を全部、妹の小町に譲っても笑顔でいられる」
「比企谷君、妹さんに弱みを握られてるの?」
「何でスムーズにそんな発想になるんだよ。ほら、あれだ。ケーキを上げたら妹の笑顔が見れるだろ。そんで、数日後になると、体重が増えたことを悩む可愛い妹が見れるという得しかない作戦だよ」
「……へえ」
「おい、引くな。さり気なく距離を空けるな。お前が話しかけてきたんだろうが」
「あっ、そうだ。比企谷君にここで会えるなんて思ってなかったから。おうちがこの辺なの?」
「いや、全然」
「じゃあ、どうしてここに?」
正直、それを聞かれると答えづらい。
高坂から事前に千葉での合宿の話を聞いて、何の気なしに海沿いまで自転車を走らせたものの、合宿先とか知らないし、よくよく考えると、会っても特に言うことないなんて考えて、とりあえず買い物して帰るだけにしたとか……なんか恥ずかしい。だって男の子なんだもんっ!
「あ~、わかった~」
高坂が悪戯っぽい目を向けてくる。何だ、この……ちょっとイラつく視線。
「私の水着姿が見たかったんでしょ?いやらしいんだ~「違う違う違う違う違う。本当に止めて?絶対に違うから。本当に違うから」
「そ、そこまで否定しなくても……」
「穂乃果ちゃん、どうしたん?」
「まだ買い物の途中でしょ?」
高坂の背後からカートを押しながら現れたのは、μ'sのメンバー・東條希と西木野真姫だった。
予期せぬ人物の立て続けの登場に、俺はただ口をポカンと開くことしかできなかった。