捻くれた少年と純粋な少女   作:ローリング・ビートル

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第120話

 奇跡のようなライブから数日後……。

 

「八幡く~ん!」

「……おう」

 

 俺と穂乃果は、終わりが近い春休みを満喫しようということで、千葉駅で待ち合わせていた。

 彼女は何が不満なのか、頬を膨らませ、抗議の視線を向けてきた。

 

「どした?」

「むぅ……八幡君、相変わらずテンション低い。もっとこう……笑顔で両手を広げるとか……」

「俺がそれをやってるのを想像してみろ……」

「…………今日もいい天気だね!じゃ、行こっか♪」

「…………」

 

 ノーコメントになるぐらい似合ってないのかよ……まあ全面的に同意だけど。

 俺達は手を繋ぎ、同じ歩幅で歩きだした。

 

 *******

 

 食事したり、あちこち見て回ったりしているうちに、あっという間に日は暮れ、俺達は家までの帰り道をゆっくり歩いていた。

 今日は、いつかみたいに親父と母ちゃんは出張で、小町は友達の家に泊まりに行っている。

 晩飯を二人で何とかしなければならないのが不安ではあるが、まあ何とかなるだろう。

 

「なあ、晩飯何か食いたいもんあるか?」

「あっ、その前にちょっと公園寄ってかない?」

「……いいけど、どうかしたのか?」

「いいからいいから♪」

 

 *******

 

 近所の公園は日も暮れかかっているからか、すっかり人気はなくなっていた。

 伸びた影がじゃれあうのを眺めながら公園に入り、ブランコの近くまで行くと、穂乃果は俺に向き直った。

 

「八幡君」

「?」

「キスして」

「…………」

 

 ここまではっきり言われたのは初めてだったので、ついつい目を見開いてしまうが、何とか平常心を装う。いかんいかん……。

 穂乃果はいつの間にか目を閉じ、薄紅色の可愛らしい唇をこっちに向けていた。この子ったら、どうしていきなり積極的に……いや、まあ、嬉しいんだけどね?

 彼女の華奢の肩に手を置き、そっと唇を……。

 重ねることができなかった。

 何故か視界をカラフルな何かで遮られていた。何だ、これ……箱?

 

「ふふっ、引っかかった♪」

 

 彼女はウィンクしながら、先程のカラフルな箱をこちらに向かって差し出してきた。

 

「これ……今日、なんかあったか?」

「バレンタインデーのチョコ、だよ」

 

 その屈託のない笑みに、よくわからないまま頷いてしまう。

 

「……あ、ああ」

「ふふっ、色々落ち着いたら何かあげたいなって思ってたんだぁ。だって……」

 

 穂乃果は少し照れくさそうに目を伏せ、言葉を紡いだ。

 

「だって……大好きな八幡君と迎えた初めてのバレンタインデーだったから」

「…………」

 

 彼女からチョコを受け取ると同時に、強く抱きしめる。

 弾ける甘い香りを、思いきり吸い込んでから、俺は彼女と目を合わせた。

 その瞳はどこまでも澄んでいて、少し濡れていた。

 

「……ありがとな。すごく嬉しい」

「ふふっ、手作りだからまだヘタだけど……味は大丈夫!……なはずだから」

「覚悟はしてるから心配すんな」

「あ~!ひどい事言った~!」

「てかすまん。俺、何も用意してなかったんだけど……」

「あはは、気にしないで。私があげたかっただけだから」

「いや、しかし……」

「じゃあ、八幡君には美味しい晩御飯を作ってもらおっかな?」

 

 イタズラっぽいその表情に、こちらも笑みが零れる。

 

「任せろ。中学一年レベルにアップした料理の腕前を見せてやる」

「うわ、心配だなぁ……でもちょっとだけ楽しみかも」

「じゃあ……もう行くか」

「うんっ!」

 

 *******

 

 俺が作ったカレーの味は……まあ、置いておこう。穂乃果も「お、おいしい、よ?」と言ってくれたし。

 食事の後片付けまで終えた俺達は、今はベッドに並んで腰かけ、穂乃果の手作りチョコを頂こうとしている。

 丁寧にラッピングをほどくと、中からは星形や鳥形など、様々な形のチョコレートが出てきた。

 果たして、味のほうは大丈夫なのだろうか……。

 

「……た、食べるぞ」

「そんなに覚悟しなくていいの。さっ、食べて食べて」

「…………」

 

 星形を一つ口に含むと、控えめな甘さが広がり、頭の中が、ふわふわした幸せで満たされていく。

 

「……美味い」

「そうっ?よかった~」

 

 ほっとした表情の穂乃果は、自分も一つつまむ。

 

「う~ん、八幡君ならもう少し甘いほうがよかったかも」

「……味見しなかったのか?」

「あっ、でもでも……」

 

 誤魔化すように彼女はもう一つ口に含み……唇を重ねてきた。

 絡み合う艶かしい感触が、思考をあっという間に奪っていく。

 

「んっ……んく……」

「っ…………」

 

 彼女の舌を伝い、どろりとチョコレートが流れ込んでくる。

 どんな魔法がかかったのかは知らないが、チョコレートは確かにさっきより甘かった。

 そして、甘く蕩けていく幸せの中、彼女の存在だけがはっきりと輪郭を保っていた。

 彼女はとろんとした笑みを浮かべ、そっと唇を動かした。

 

「こうすれば……甘くなるかな?」

「……少し甘すぎるくらいなんだが」

「ふふっ……ねえ、八幡君」

「どした?」

 

 もう一度浅く唇を重ねてから、彼女は言葉をつづけた。

 

「……ずっと一緒にいようね」

「……ああ」

「明日は何しよっか?」

「とりあえず……明日決めればいいんじゃね?」

「じゃあ、今度は八幡君からキスして」

 

 今日もまた心に幸せが灯っていく。

 もちろん毎日幸せばかりじゃないことはわかっているんだけども。

 その瞳の小さな輝きは、これから二人が歩く道をどこまでも照らしているかのように思えた。

 

 

 


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