「サプライズが大事なんだよ、お兄ちゃん!」
穂乃果に電話をかけようとすると、小町から阻止された。
「いや、いらんだろ。サプライズとか」
「ふふん。甘いよ、お兄ちゃん。それだけじゃないんだよ」
「?」
「穂乃果さん達はライブをしに行くわけでしょ?だから、最初はライブだけに集中してもらって、終わった直後にイチャイチャしまくるほうが良いと小町は思うのですよ~」
「……確かに」
凄まじい奇跡を目の当たりにして、少し浮かれすぎていたかもしれない。小町に指摘されるとは……一生の不覚!
「お兄ちゃ~ん。ものすごく失礼な事考えてない?」
「いや、それより……はやく準備しなきゃな。買い物行くぞ」
「あっ、ちょっと待ってお兄ちゃ~ん!」
*******
出発当日。
空港内で俺と小町は変装をしていた。とはいえ、帽子を被り、伊達眼鏡をかけているだけだが。
そして、μ'sのメンバーは割と近くで談笑していた。見たところ、園田さん以外はリラックスしているようだ。
穂乃果はやたらと元気よく、「ファイトだよ!」と皆を元気づけている。いつも通りか。
「お兄ちゃん、ちょっとガン見しすぎだよ!見つかったらどうすんの!」
「べ、別にそんなんじゃねえから。ほら、俺らも手続き済ませるぞ」
とりあえず、見た目は誤魔化せているようなので、飛行機の中でも大丈夫だろう。
*******
「あの、あれって……」
「うん……」
「比企谷君ですよね」
「比企谷君だよね」
「比企谷さんですね……」
「比企谷さんにゃあ」
「比企谷さんね」
「比企谷ね」
「比企谷君やね」
「比企谷君……そんな……あなたには穂乃果が……「エリチ」はい」
「どうやら気づいていないのは穂乃果だけのようですね。しかし、変装をしているという事は……」
「黙ってたほうがよさそうだね」
「ええ」
「どうしたのみんな?はやく行こうよ~!」
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搭乗して自分の席に座ったはいいが、どうにも気分が落ち着かない。
その理由とは言うまでもなく……
「ねえねえ海未ちゃん、機内食ってどんなのが出るのかな?」
「落ち着きなさいっ、まだ離陸すらしてないじゃないですか」
「あはは……何だかお腹空いちゃって」
真後ろの席にいるとか……偶然もここまでくると、誰かが仕組んでるんじゃないかと疑わしくなる。
まあ、親父と母ちゃんはここぞとばかりに熟睡モードだし、こうして黙っているかぎりバレはしないだろうけど。
すると、そこで予想外の質問をする方がいた。
「ねえ、穂乃果ちゃん。もしニューヨークで比企谷君に会ったらどうする?」
「えっ?」
「っ!?」
東條さんか……いきなり何て質問してんだよ。変装がバレてると思うじゃねえか(バレてます)。
「えっとぉ……って、会うわけないじゃん!比企谷君は今頃落花生囓りながらゲームして、昼にはパン食べて「今日もパンが美味い」って言ってるよ!八幡君だし!」
後半お前じゃねえか。一回もそんな台詞吐いたことねえよ。
そこで彼女は、「でも……」と話を続けた。
「もし会えたら……幸せだなぁ。ふふっ」
「…………」
その言葉に、やわらかな声音に、俺はマスクの下で口元が緩むのを堪えきれなかった。