翌日、ラブライブ決勝大会の開幕が着々と迫っていた。
ボランティアスタッフは、朝から観客の入場をサポートしたり、座席の案内をしたりと、開演ギリギリまで仕事がある。
……一応ライブは観られると聞いたのだが。だ、大丈夫ですよね?
不安を感じながら、列が乱れぬように見ていると、その中の見知った人と目が合った。
「あら?比企谷君じゃない」
「ほんとだー」
「こんにちは~♪」
「…………」
「どうも」
高坂一家with絢瀬さんの妹の登場である。四人ともペンライトをしっかり装備していて、応援する準備は万全のようだ。高坂父はペンライト持ちすぎな気もするが……オタ芸でも披露してくれるのだろうか。それはそれで見てみたい。
「頑張ってるわね」
「まあ、仕事なんで……」
「おおっ、なんか比企谷さんらしくない!」
「おい。いや、まあ間違ってないんだけど……」
高坂妹の失礼な台詞に納得していると、反対側からやたら視線を感じる。
「…………」
「……どした?」
絢瀬さんの妹は、何だかしっとりと湿り気のある視線をこちらに向けていた。そ、そんな風に見られると緊張するというか……同じクラスの男子がこんな目で見られたら勘違いするから絶対にやめようね!
数秒間、彼女はそうしていたが、ようやく目線を逸らした。
「ご、ごめんなさい……」
「ああ、だ、大丈夫だ……」
何だったのか……姉妹だからか、絢瀬さんと雰囲気やら目やらオーラやらが前より似てきた気はするんだが……。
言葉に上手く言い表せない末恐ろしさを感じていると、今度は右肩にゴツゴツした手が乗っかってくる。
「頑張れよ」
「あっ、はい……」
高坂父は、その短い一言を残し、あっという間にスタスタ歩いていった。
……もしかして、照れていたのだろうか。
その背中を見て、高坂母は楽しそうにクスクス笑っている。
「ふふっ、あの人ったらシャイなんだから。じゃあ比企谷君、また後でね」
「ええ、わかりました」
気がつけば、会場周りの人だかりはかなり減っていた。こちらの作業も一旦終えたという事だろう。
ふと空を見上げると、久しぶりに雲一つない青空だった。
……そろそろ始まりか。
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「よ~し、皆!今この時を全力で楽しもう!!」
「1!」
「2!」
「3!」
「4!」
「5!」
「6!」
「7!」
「8!」
「9!」
「μ's!ミュージック~……」
「「「「「「「「「スタート!!!」」」」」」」」」
*******
ボランティア用に確保されたスタンド席からライブを観ていると、彼女達の出番が近づくにつれ、掌を汗が湿らせた。
「八幡、大丈夫?」
「あ、ああ、大丈夫だ」
戸塚に声をかけられ、はっとした気分になる。俺がここまで緊張してどうすんだ。ステージに上がるわけじゃねえのに。
数秒瞑目し、呼吸を整えてステージにもう一度目をやると、雪ノ下がこちらを見ているのに気づいた。
「……何だ?」
「別に。珍しい表情だと思ったただけよ」
「どんな表情だよ……」
「少なくとも、初めて奉仕部に来た時のあなただったら、人前でその表情はしなかったと思うわ」
「そ、そっか」
「きっと彼女はあなたにいい影響を与えたのね」
「……ああ」
結局俺はどんな表情をしているのかと疑問に思っていると、雪ノ下は「だから……」と言葉を継ぎ足した。
「きっとあなたも彼女にいい影響を与えてるはずよ。もっと安心してればいいんじゃないかしら」
「…………」
不器用な励まし方に小さく頷くと、会場内の照明が暗転した。どうやら始まるようだ。
紹介のアナウンスも周りの歓声も、何故かあまり響かない。
そんな静寂に耳が疼いていると、ステージにライトが辺り、彼女達の姿が見える。
まるで夢の中にいるかのような煌びやかなイントロから、彼女達のステージは幕を開けた。
全身全霊のダンスと高らかに響く歌声から、これまでの想いの積み重なりが、最初から見ていたわけではない俺にも伝わってきた。
「すごい……」
誰かの声が、微かに耳朶を撫でる。
実際、瞬きするのも惜しいくらい、彼女達は輝いていた。
俺は、何故か涙がでそうな気分になりながら、その輝きに心を奪われていた。
しかし、そんな時間にはすぐに終わりがやってくる。
『ありがとうございました!』
その言葉に会場は惜しみない拍手を送り、彼女達の一瞬の輝きを讃える。
俺も慌てて拍手を送り、笑顔で手を振る穂乃果の姿を目に焼き付けた。