次回からfate行きましょう、そうしよう
ーああ、また来たか。
私は耳慣れた門の開く音を聞いて立ち上がる。
森の中を走って様子を探る、盗人ならば殺すつもりだった。
アルトリウスの墓へ歩く人間を見ていると、あの時を思い出した。
ーーーーーーー
醜悪な魔物だった。
短い間ながらも背中を預け合った人間が魔物に鋭く剣を突き立てて、漸くその魔物は崩れ落ちた。
これで終わり、友の仇を取れた嬉しさよりも無くした悲しみの方が大きい。
大きく息を吐き出す人間に擦り寄って臭いを覚える、いつかこの恩を返せる様に。俺一人ではたぶん勝てなかっただろう、ギリギリの所で勝った様な物だ。
彼女は身体中から血が滲む俺の頭を優しく撫でた。
それが何処か嬉しくて、鎧の感触は亡き者を思い出させてしまう。
「シフの主人の願いは叶えられたかな?」
優しく言う彼女を見ていると心が落ち着く。本当に短い間でも背中を預け合い、死闘を繰り広げた彼女に俺は心を開いている。
新しく出来た友に嬉しく思うと反面、どうしようも無い寂しさが募っていく。
「じゃあ戻ろうか」
そう言った彼女は遥か上の出口を見て笑う、果たして彼女はこの崖を登り切れるのだろうか。
後ろを振り向くと、其処に彼女はいなかった。
振り向く前まであった臭いが急に無くなって、本当に形すらも残さずに消えている。
呆然としながら何が起きたのか考えて、どうにも答えは出て来なかった。
ーそうか、お前もいなくなるのか。
俺と背中を預けた友はもう、誰もいない。
何故か虚しくなると俺はゆっくりとした歩幅で地上へと戻る。
太陽を浴びた時に、隣り誰もいない事の寂しさを覚えながら俺は歩く、誰かに会いたかった。
ーーーーーーーーー
ウーラシールを一度離れた私とキアランはアノール・ロンドに戻り王に報告をした。
あの時の王の悲痛な顔を忘れない、オーンスタインが無言で槍を握り締めたのを覚えている。
裏庭で大人しくしていた私の所にキアランが訪れると、私達二人はアノール・ロンドを出てもう一度ウーラシールに赴いた。
どうやらキアランはアルトリウスの最期の言葉を聞いていた様で、遺言通りに私の事を見ていてくれた。
王から休みを貰ったとの事だけど、私はアノール・ロンドにはもう戻らないと予感していた。
アルトリウスが死んで何十年が経った頃に、唐突に王が私達の住む墓場に訪れた。
一人も護衛を連れない姿に違和感を覚えながら、最後だからと言う王に私は何を言うでも無く見送った。
思うのは昔に戻りたいと言う事だった。
そう、昔に戻りたいだ。成長したいでも未来への安寧を望む事が私にはもう出来ない。
俺ーーー私は既に生きる意味を持ち合わせてはいない。
寧ろ死にたいとすら願っているのに死なないのはアルトリウスの墓がすぐ其処にあったからだ。
私が大きくなり、かつてのアルトリウスと同じくらいになった時の事だった。
食料を持って森から帰ると、キアランは死んでいた。
自殺だった、短剣で自分の胸を貫いてアルトリウスの墓に寄り添う様に倒れていた。
それからだ、本当に生きる意味が無くなってしまったのが。
アルトリウスは誇り高く死んだ、キアランは私が成長するのを見守って約束を守り抜いて死んだ。
なら私が二人に出来る事と言えばたかが知れている、ただ相応しい時までこの墓を護り続ける為にいる。
思えばこの場所の周りが完全に森に変わってから何百年か。いつからかおかしな噂が出て来た、墓場には宝が存在するだとか、素晴らしい武器があるだとか。
それからだろう、盗人が多くなったのは。
墓場に来ては墓荒らしの様に乱暴に近寄っては目的の物を探す、そんな輩を殺し続けて早くも何百年。
今も私はこの森の中で友の安らかなる眠りを護る。
面倒なのは不死人が出て来た事だろうか、死んでは此処に来る。
馬鹿な奴らだ、私に殺されるのが分からない薄汚いクズ共。
そんな奴等を殺す為に私の生があると思うと途端に馬鹿らしくもなる、同時に誇り高き騎士にすら安寧を許さないのかと怒りもあった。
冷たい風が吹いて、墓場の近くで丸くなる。
太陽がこの場所を照らす事は無く、暖かさと言うものも失った。こんな事に意味があるのかと自分に問えば、たった一つ残ったちっぽけな誇りだけしかない。
何もなしていない私が、二人の墓場で死ぬ事は私が許せないだけだ。馬鹿な意地だ、でもあの時から変わらない唯一つの物だ。これだけは裏切らない。
風が身体を包んでくる中で、風の音と一緒に鈍い扉を開く音が聞こえてくる。
ああ、また来たのかと身体を起こして跳躍する。
人間が墓の前の剣に触れた瞬間無音で墓の上に着地する、月の光を私が遮った事に気が付いたのか上を見ると、私と目が合う。
ーーその顔には困惑も恐怖も無かった。
大抵の人間は私を見れば慌てふためき距離を取ろうとするか勇ましく獲物を握るというのに。この人間は私を見るだけで何もしない。
まあ、楽に殺せるなら何も問題は無い。地面に降りて顔を近づけると、人間は尻餅をついた。
それにしても、何処かで見た事のある鎧だと思うも。勘違いだろう、この時代に私の知っている鎧なんてアノール・ロンド位にしか無い。
身体を押さえつけて首元を噛みちぎる為に顔を近寄せると、不意に鼻を刺激した。
思わず身体が固まる。嗅いだ事のある匂いだ、確かめる様に数回鼻をヒクつかせる。
ーーああ、分かった。
なんて事だろう、道理で鎧も見た事のある物だと思った訳だ。
そうか、そうなのか。あの時の背中を預けた友か。
そうか、友もーーーお前も此処に来てしまったのか。
ーーーひた。
彼女は私の鼻頭に手を当てると、優しく撫でる。
鎧越しにも分かる暖かな手だ、数百年近く感じる事の無かった人の暖かさと優しさ。
ああ、でも。そんな彼女に剣を向けるのを許して欲しい。
彼女が欲しいのは形見の指輪だろう、確か深淵の中でも生きられる様な効果があるんだったか。
彼女になら譲ってしまっても良いが、私は墓守。それを許す訳にはいかない。
それに嬉しいんだ、悲しいんだ。
譲っても良いと思ってしまうのが、友に剣を向けないといけないのが。
「…シフ?」
また私の名前を呼んでくれるのか友よ、誰からも呼ばれる事の失くなった私の名前を。
「私は…」
私が剣を抜くと慌てて声を出すが、言葉は不要だろう。
私と友は目的が相容れない、なら剣を取るしかない。
「どうして?」
どうして、か。
そうだな、私が形見を譲っても良いと思えたからだろう。
それにこれ以上言葉を出す意味も無い。
ーーーだから、死んでくれ/殺してくれ。
勝負は私の負けだろう。
胸を貫く剣を遠く見つめて大地に横たわる。
痛くも無いな、寧ろ楽にしてくれて感謝すらしている。
「どうして、私は・・・」
剣を手放して初めて見る友は、銀髪だった。
何処か抜けた様な顔もアルトリウスと被る、でも何処かおかしい。
私を撫でる手はアルトリウスでは無くキアランに似ている、それが可笑しくて堪らなかった。こんな撫でられただけであの時の穏やかな時間を思い出してしまうのが阿呆らしい。
ああでも、冷え切った心には随分と良く効くものだ。
こんなに穏やかになれたのは何時ぶりだろうか、キアランが居なくなってから心を動かす事も余り無かったと思う。
でも本当はーーー寂しかったんだ、森に一人きりが。
泣きたかったんだ、周りに誰も居ない事に。
寒かったんだ、誰とも寄り添えないのは。
横たわった身体を無理矢理起こせば傷口から血が飛び出す。そんな心配そうに見ないでくれ、死ぬ場所は決めていたからな。
真っ直ぐに墓の所まで辿り着くと、冷たい墓石に身体を押し付けて丸くなる。
「わふ」
小さくか細い声に応えて彼女は私の所まで来ると、血の出ていない所に座り込む。
調度背中の辺りだろう、彼女も疲れていたのか寄り掛かかる様に力を抜くのが分かる。
なに、あの二人も知らない仲では無いだろう。私を看取るのが彼女なのは許してくれるだろう。
ありがとう、眠りにつく時に人の暖かさに触れていたいと言う我儘に応えてくれて。
さらりと彼女の手が毛を滑り、私はそのまま眠気に誘われて動く事なく目を閉じた。
「お休み、シフ」
暖かな手の感触は、陽の当たる森を思い出させてくれた。