デオンくんちゃん可愛い
誤字報告など本当に感謝しています、ごめんなさい
ーーーー深淵を覗く時、深淵もまた私を覗く。
遥か下へと続く洞穴の下から注がれる視線が私を見つめ、私はその洞穴へと飛び降りた。
地面には黒い水の様な物が溜まり、足を動かす度に水の跳ねる音が聞こえる。
だがそんなに生易しい物ではない、跳ねた水が鎧の中に入ればどうなるのか、考えれば分かる。
この空間が、目の前の魔物が、全てが私達神族への天敵だ。
目の前の醜い魔物。
足が無いのか身体を引き摺りながら移動し、その腫れ上がった片腕のバランスの悪さ。
ああでも、やはり確信が出来た。
此奴は絶対に地上に出してはいけない、生かしてもおけない。きっと、きっとだ、私はこの魔物には勝てないのかも知れない。
でもダメージを与える事は私にも出来るだろう。闇と光は反発する物だ、なら此奴には私の持つ剣が効果を出すかも知れない。
「我が友に、太陽の加護があらん事をーーー」
その願いを持って私は飛び出した。
少ない時間でダメージを与えるなら、覚悟を決める。
私の友人達からしたら隙だらけなのかも知れない、何時もの様に隙を無くすのでは無い。隙を作ってでも私は刃を魔物に向けよう。
着弾する様に激しく魔物へと剣を突き立て、黒い血流が私に飛び散る。
それは容赦なく私の身体へと到達すると心を貪る。
激しい激痛だ、身体が痛みを訴えている。
身体から出た血流すらも私達への武器となる。
「おお、オオァァアアァァァァァ!!!」
私の口から飛び出した絶叫にも似た叫びが力を与え、着地と共に魔物の身体に剣を突き立てる。
振るわれた鈍器、鈍痛、右側から鈍器で打ち付けられて身体が飛びそうになるのを突き立てた剣と力で捩じ伏せてその場に止まる。
バキリ、そんな無茶をしたからだろう。右腕からの力が消えて行くのを何処か他人事の様に捉えて突き刺さった剣を左手で掴み取り、引き抜く。
身体が怠い、今にも歩みを止めてしまいそうになる。
剣が重い、肩に担いだ。
力が抜けていく、私はーーー。
魔物はそんな私を見て、興味を無くしたかの様に後ろを向く。
今がチャンスなんだ、なぜ?
ーーー何故動かないのだ私の身体は・・・!
私の身体が意思とは勝手に動き魔物に背を向けた。
そっちでは、無い!?
身体が錆びた鉄の様にギシギシと音を立てながらユックリと振り向きながら、壊れた玩具の様に制止すると、やがて全身から力が抜けたのか手からは剣が滑り落ちた。
ああ、ああ・・・!
もう、駄目なのか?
消えぬ意思があるのに身体が動いてはくれない。
徐々に感覚すら消えていく中でどうにか脚を魔物に向ける。
歩け、歩けーーー。
動く腕が勝手に剣の方向へと引きつけられる様に動いて身体を倒す、パシャリと跳ねた水が鎧の中に入ってくる。
それでもと足掻きながら勝手に動き出す身体に力を入れて、無理矢理にでもーーー。
そんな無様な私をどう思ったのだろうか、闇が身体を打ち付け、力が無くなっていき。
私の身体は遂に動き出した。
落ちた剣を拾い上げて、地上を目指して行く。
すまない、すまない。私は何も出来なかった・・・。
獣の様に洞穴から這い出た身体は一直線に地上へと走っていく。
そんな中で消えそうになる意識を必死に保ちながら身体の行き先を見つめる。
知らず内に瞳からは雫がしたり落ちて顔を濡らしても止まってはくれず、あれ程見たかった太陽すら鬱陶しく感じてしまう私が嫌になった。
この身体は一体何処を目指して行くのか?
何の迷いも無く走るこの身体は何かを見つけたのか急に走る角度を変えて民家の屋根を踏み台にしていく。
そして、異形の集まる所に飛び込むと容赦なくその刃は振るわれた。
美しかった刀身は黒く深淵に濡れていた。
ーーーまるで獣だ、技術なんて無く力任せに剣を叩きつけて地面を割り。力任せに振るわれた刃は民家を斬り崩す。
変に体捌きだけが残っているのがとても気持ち悪くて、見ていられない。
何よりもこの身体がソウルを求めているのが分かると、私は必死に消えそうな意識を繋ぎ止める。私はソウルを、人間性を求める様な化け物では無い。せめて、誰か私の前に立ちはだかってくれ。
そう願いながら、しかし身体は勝手に動いて行く。
何がそんなに楽しい?
孤立した異形の腹に刀身を埋めると大地に叩きつけ、痙攣する異形の頭に剣を突き立てる。まるでその行為を楽しんでいる様にも見える、せめて一撃で楽にさせて欲しいと願うも身体は聞いてはくれない。
何よりも私の身体でそんな事をされるのが堪らなく苦しくて、悔しい。
誰でも良い、私を殺せーーー。
この身体が地上に飛び出してどれ位経ったのだろうか。
あれからずっと異形の民達を追い掛け回したこの身体は、遂にその異形の民にすら恐れられたのか皆んな逃げ回って行く。
散らばって行く異形の民を一人一人、追い掛けては殺してを繰り返せば最後の一匹はコロシアムの中に逃げ込んだ。
それをコロシアムの上から見下ろす私の身体の下には、今しがた入ってきた道を振り向いて安心した様な異形の姿が見えた。
そして異形目掛けて身体が落下して、異形ごと大地を穿った。
確実に異形の頭を貫いた刃を戻して、もう一度奥まで差し込んだ。
死んだのか確認する様に見つめる私の直ぐ近くから、何度も聞いた鎧の擦れる音が聞こえた。
目に入ったのは見た事も無い鎧を着た人間だった。
何故此処にいるのか、何のために来たのか。そんな事は今の私には関係が無かった。
それでも、一抹の希望を見つけれた。僅かに残った意思と気力で、声を振り絞る。
「ーーーき、君が何者かは知らないが、離れてくれ。もうすぐ私は飲み込まれてしまうだろう」
「奴らの、あの闇に」
本当に、本当に少しの間だけ身体を取り返せた。
それでも動く事は出来ない。
「君にはすまないと思う。一方的な言葉だ、私には余裕が無い」
静かに、警戒しながらも私の独白を聞いてくれている人間に感謝したい。
「人間ならば、より純粋な闇に近いはずだ」
私は駄目だった。神族は純粋な光の性質だから、深淵に入るには染まるしか無い。そして染まってしまった結果が今の私だ。
目の前の人間には、関係の無い事なのかも知れないな。
「頼む、お願いだ…。深淵の拡大を、防がなければ!」
私が、目の前の人間にこんな事を言うのは筋違いなのだろう。私の相手も人間にさせてしまう、些か荷が重過ぎるかも知れない。
だが今しか無い、深淵が拡がれがやがて止める事が出来なくなる。
「すま、ない…。君にしか、頼めないんだ‥…」
ああ、駄目だ。もう意識が保たない、このままーーー。
私がその後意思を取り戻したのは自分が地面に倒れていた時だろう。
身体から力が抜けて行くのに抵抗しない、身体から液体が抜け出して行く感覚は私がちゃんと死を迎える事だ。どうやら人間は私を打倒して見せてくれた様だ。
あの人間にならこの後の事を任せれそうだ、暗闇の中で私は思う。
深淵の様ではなくて安心できる暗闇、これが死という感覚かと初めての事に戸惑いながらもその時を待つ。
すた、すたーーー。
何かが近づいてくる音が聞こえる。それと同時に私の良く知る森の匂いがした。
「ああ、シフ。其処にいるのかーーー?」
何処か鼻を擽る懐かしい匂いに安心した、何も見えず、身体も動かす事は出来ない。
誰かが私の腕を取った。シフの様な手では無くて、暖かい人の手だった。
「ーーー馬鹿者め」
私の知る声。一体何故彼女が此処に居るのは分からない。
それでもーーー。
「キアラン……声が聞けて良かった」
「…そうか」
違う、私が言いたいのはそんな事では無い。これでは私が最後にキアランの声が聞けて良かったと言っているみたいだと考えると、確かに合っているなと思ってしまう。
死ぬ間際だからか、何時もとは違った思考が頭を駆け巡っていく。
ああ、時間が少ないとは嫌な物だな。
何時もなら明日が有るのに、私にはもう今この瞬間しか無いとなると言葉が喉に詰まってしまう。ーーーははっ、私はこんなにも情けない者だったのか。
「シフを、頼みたい。見てやってくれ」
「…シフの面倒は私が見てやる。安心、しろ」
後は、後はーーー。
何も言う事は無いのか?
何か無いのか、刻一刻と迫る異常な眠気で頭が働かなくなって来てしまったな。
「ーー、ーーーーーーー」
最後に何を口に出したのだろうか?
何も考えずに口に出してしまったが、何と言ったのだろう。おかしな物だ、自分の言葉が分からないなんて。
キアランの手の感覚が遠くに離れていく様で、頭の奥からスーッと押し寄せて来るものがある。
ー最後に会うのが、君で良かった。
「……」
雪の日に狼を拾った。とても小さく、儚い命は私が少しでも力を入れてしまえば壊れそうな程に脆かったのを覚えている。
「何をやっているのだ」
「キアランか」
明るい木漏れ日の中でシフと戯れている所をキアランに見つかって、ノンビリと過ごしたのを覚えている。
「見ていて楽しいのか?」
「ふー」
剣を振っている時に興味深そうにシフが私を観察していたのを覚えている。
「雨だがシフは…」
雨の日、私の部屋の暖炉の前でシフと共に丸くなっているとキアランはシフの隣に座る。
キアランは何かとシフの事を見ていてくれた。
「シフはお前と一緒で槍は全然使えなかったな」
「いや、私は少しは槍を使える」
「嘘を言うな」
廊下でオーンスタインとそんな事を話していた事があった。任務の報告の後に楽しそうに話し掛けて来たんだったか。
留守の間オーンスタインがずっとシフの面倒を見ていた事を知ると、友の意外な一面に驚いた。
「初陣にしては上出来だな」
「俺も安心したぞ?」
「偉いな、シフ」
「くふー!」
あの陽の光が降り注ぐ森の中で、笑った事を私は…決して忘れない。
流れては消えていく情景に知らず内に涙腺が緩くなっていたのだろうか瞳から雫が溢れて落ちて行く。覚悟は出来ていても、最後となると感傷深くなってしまう。
お休み。どうか皆に、太陽の加護がーーーー
ーーーーーーーーーーーー
いつか、何時もの通りにアルトリウスが俺の所に来ると思っていた。
俺の知る顔が現れると信じて、体力を回復させる為に結界の中で大人しくしていた時に人間は現れた。
結界の周りの人間性達を消滅させると、俺の事を見てから結界の起点になっていた盾を引き抜いた。
「君がシフ?」
声からしてきっと女性だろう。
その言葉になんと返せば良いのか迷っていると、深淵の匂いに紛れて目の前の人間から嗅ぎなれた男の匂いがして来るのに気が付いた。気が付いてしまった。
その時、俺は悟ってしまったのだろう。
「アオォォォォォォォォン!!!!」
目の前の人間に意思を返す前に俺の喉からは悲痛な声が出る。
だって、目の前の人間からはアルトリウスの匂いがするんだ。あれ程帰りを待っていた男が、一番信頼する無双の騎士が倒れた。
心にポッカリと穴が開いた様な気分だ、目の前の人間の喉元を噛みちぎろうとさえ思ってしまう。でも駄目だ、アルトリウスが逝ったのは目の前の彼女の責任では無い。
深淵が、アルトリウスを飲み込んだんだから。
アルトリウスは最後まで戦ったんだろう。なら俺は、アルトリウスが最後に託したであろう彼女に協力する事に決めた。アルトリウスが果たせなかった事を、俺が代わりに果たしてやる。
それが、アルトリウスへの手向けとなる事を願おう。
悲しんではいられないのだ、せめてアルトリウスが果たしたかった事をしてから悲しもう。
泣き叫ぶのもそれからにしよう。
だから今だけは、前だけを見続けよう。
地面に突き刺さった剣を抜くと、彼女の方を見る。
兜のスリット越しで目線が交わされて、それだけで十分だった。
「よろしく、シフ」