灰の大狼は騎士と会う   作:鹿島修一

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毎回誤字修正の事本当に感謝しております。

難しい、書くのがムズイ。



第7話

走る、走る走る。

今この瞬間、この街に安全な所は無い。

 

「ーーーー」

 

兜越しにアルトリウスと視線が交差して上に跳ぶ。

 

「ーーーふっ!」

 

アルトリウスが身体を回して群がる異形の民を振り払うも次々と群がる異形の民へと真上から斬り込む。

着地膠着の瞬間に頭の上を刃が通り過ぎ飛びかかる者を切り裂き、脚を反転させてアルトリウスの背後から迫る者を切りはらう。

 

こんな事を一体どれ程続けた事だろうか、1匹に気付かれればそのまま芋づる式になって続々と異形の民が群がってくる。

異形の民が叫びをあげれば遠くからは更にその倍の数の敵が現れる。休む暇も無く群がり続ける異形の民ではあるが、救いとなっているのは皮肉にも元が市民だからだろう。

辛く感じるのはその尋常では無い数であり一人ーーー1匹の強さは其処まででは無い事だろう。

 

「戦い難い、少し進むぞ!」

 

その言葉でアルトリウスの腕が引かれて一瞬だけ隙を作り出す、その隙を埋める様に剣を振り払い、アルトリウスが大地を踏みしめた。

元々神族の様な巨躯の者が踏み締める様には出来ていない地面が足型に砕けてアルトリウスが飛び出す。

 

右腕、大盾を持つ方を前に向けて群がる異形へと大盾から打つかる。

その踏み込みを止める事は誰にも出来ず触れた者から吹き飛ばされて行き一筋の道を作り出した。

 

飛び抜けた先は広場になっていて此処でなら満足に動く事は出来そうだが。

辺りを見渡せば数が減った様には見えない異形の民達で埋め尽くされている。

一体この攻防が何時まで続くのか、そう考えるだけで気が滅入ってしまう。

息を切らす事は無いが、終わりの無い攻防程精神力が削られる事は無い。せめて何百何千でも構わないから数が分かればまだ心が持つと言うのに。

 

「アオオォォォォォン!!」

 

ーー何を考えていたんだか。そんな弱気になっていてはアノール・ロンドにいる者達に笑われてしまう。

それにアルトリウスと共にいる時に無様な姿は見せられない。

今の遠吠えでスッと心が落ち着いて頭の中が空っぽになる。アルトリウスはまだ何も言わない、それなら戦い続けるだけだ。

 

「シフ、後ろの敵は無視するぞ。このままだと時間だけが過ぎるだけだ、なら元凶を一気に叩きに行く。押し通るぞ?」

「オンッ!」

 

任せろと吠えて、アルトリウスの背後に陣取る。

さっきと同じだ大盾を前にして駆け出すアルトリウスの後ろに着く。ただし今回は直ぐに止まる事は無い、アルトリウスが止まろうと思わない限り走り続ける。

 

それなら背中を任せられた俺は確りと護らなくてはな。

走るアルトリウスに横から迫る異形に刃を振るい背中を護る、前は気にしなくても良かった。

前から向かってくる者はアルトリウスの盾に触れた瞬間に身体がひしゃげて地面を転がるか、運良く生き延びた者もアルトリウスに身体を踏み砕かれて絶命していく。

俺はアルトリウスの作る一本道の背後から迫る者を冷静に対処すれば良い、それも下手に刃を振るわなくても良かった。

やはり知能が低いのか転がる死骸に脚を取られた者から押し寄せてくる者に押し潰されて行くのだから。

近付けた者だけを処理すれば良い。

 

しかし背後からは同じ様に異形が押し寄せてくる。

これでは進んだとしても、そう考えた所で横合いから黒い炎が飛び出して異形を焼き払う。

 

「魔術師かっ!?」

 

走る俺達に当たる事は無かったが魔術師がいるなら尚更止まれない、脚を止めたら直ぐに魔術が降り注ぐ。

 

「こっちだ」

 

アルトリウスのすがたが視界から消えていく、それに続いて民家の屋根へと飛び跳ねて行く。

これで異形の民は追ってこれないのか着いて来る事は無くなったが、直ぐ後ろの地面を炎が焦がす。

 

「オーーーオオォォォォォォォォ!!」

 

鈍い粉砕音でアルトリウスが上空に舞い上がり、魔術師が乗る屋根の上へと到達。ミシミシと屋根が悲鳴をあげながら瓦解していき大剣が魔術師の頭を砕いた。

 

そのまま上へと飛び上がるアルトリウスを目指して俺も屋根の上を飛び跳ねる。

屋根の上、そこで立ち止まると小さく息を吐くのが分かった。一瞬だけ辛そうに見えたのは幻なのか、直ぐに持ち直したアルトリウスが指を指す方。

 

変哲も無い建物だが闇が深い、何かを引きずった様な跡が多く見られた。其処だけ妙に色彩が暗く感じられた所だった。

まるでその先は闇がある様な感覚だ、心が騒つくと言うか怯えている。

無意識の内に其処へ行きたくないと身体が訴えている。

 

「大丈夫か?」

 

ポンと、背中に手が触れて身体が跳ねる。

放心でもしてしまっていたのだろう、情け無くなって顔を見られずに大丈夫だと首を縦にする。

 

「なら、行こうか」

 

屋根から飛び降りるアルトリウスに続いて俺も降りて行く。

この元凶の元に近付いたからだろうか異形の姿はまばらで、それ程苦労をせずに進む事が出来た。

それとも、街の人々は生活したままあの姿に変わっていったのだろうか。

意味の無い疑問を消してからアルトリウスの後ろをついて行く。

 

 

 

建物の中にも異形はいた。

赤い眼光を光らせて彷徨くその姿は不気味で、ダークレイスの比では無いほどに心への不安感を募らせる様な感覚。

 

隣に佇むアルトリウスにどうすると視線で投げ掛ける。

 

「兎に角進むしか出来ない。私がーーー」

 

私が先に進もう、そう言いそうなアルトリウスの前に出て異形の者達に向かい歩く。

キアランに教えて貰っただろう、教えて貰った事を思い出し、呼吸を少しずつ止めていき暗闇に紛れる様にして行く。

 

その姿にアルトリウスは黙って見送る。暗闇なら自分よりもシフの方が上手くやってくれる事を知っているからだ。

 

変化が起こったのは直ぐの事だ、アルトリウスから見てもシフは完全にその気配を断つ事が出来ていた。息遣い、足音、自分ですら察知出来ないシフならと思ったが。

急に一匹の異形が歩き始めた。

 

 

 

俺の目の先の異形を見るとそいつは動かずにいるだけだったのに、急に辺りを見渡し始めると真っ直ぐに俺の元に近寄ってくる。

 

ーーー馬鹿な。暗闇の中でならアルトリウスすら察知出来ない隠密をこの異形が見破ったのかと思うと立ち止まってしまう。

 

いや、気付かれていないのか?

確かに目の前に立った異形は爪を振り回すが俺の上を行くだけだ、場所は合っているし攻撃する事は其処に俺がいると分かってはいるのだろう。

なら、ならなんで察知出来たのか。

 

まさかとは思うが、こいつら俺のソウルに反応したのか?

噂ではソウルに反応する様な化け物もいたと言うのは聞いた事があるが、いやそうでなくては訳が分からない。

 

だが俺の明確な場所までは分からない様だ。

憐れだ、ただ感じるままに誰かを傷付けないと生きて行けないなんて。せめて楽にしてやる。

 

剣で首だけをスンナリと切断、次に見えた異形の首も同じ様に断っていく。

 

 

5分くらいだろうか、目に見える範囲の者達に剣を通してからアルトリウスの元へと戻り、先へと進む。

 

 

それにしても、本当に暗い。

夜目の効く俺でもマトモにその先が見えなくなってきていた、夜の様に単純に光が無いのでは無くて。光が闇に食われている。

ふと、明かりが目に入った。

 

建物の更に奥から小さく伸びた光の先には異形が一匹。

まるでその先を護るかの様に佇むそいつの背中には何か突き刺さったのか柱の様な物が生えている。

 

「私がやろう」

 

アルトリウスに気が付いたのか異形が走る。

走る度に背中の突起が邪魔なのかフラフラと危うい歩行で近寄り、アルトリウスに身体を裂かれた。

一瞬だ、手間取る事も無い。一対一でアルトリウスと向き合った時点で勝ち目なんか無いのだ、理不尽な数だろうと力と技術で突破するのだから。

 

崩れ落ちた異形を一瞥して、異形が護っていたその先を調べると。一つの昇降機を見つける。

 

「シフは、着いてくるか?」

 

その言葉の意味が分からずに一瞬固まる。

まさかとは思うがアルトリウスは弱気になっているのだろうか、それなら尚更俺は一緒に行かないといけない。

 

「グルル」

 

だって俺はお前の背中を護りたいんだから。

 

「すまない、変な事を聞いた」

 

そう小さく笑みが零れたアルトリウスは何かに気がつくと、躊躇った様に腕を彷徨わせると背中のマントを引き千切った。

 

「グウィン様から貰った物だったんだがな。ボロボロになってしまった・・・そうだ、少しジッとしていてくれ」

 

アルトリウスが俺の後ろにしゃがみ込むと、難しいななんて呟きながら俺の尻尾を弄る。

 

「ボロボロになった物だが捨てるよりはシフが付けていた方が良いだろう?」

 

尻尾には群青色のマントーーースカーフの様な物が固結びされていた。相変わらず変な所で不器用な奴だ、固結びくらいもう少しスムーズに出来るだろうに。

 

「わふ」

 

こんな所でも嬉しく思えてしまう自分に呆れてしまう。なんとも気の抜けた男だよ、お前も俺も。

こんな所でこんな事をする様な奴なんて普通いないぞ?

 

まあ、良いか。さっきから動揺の連続で今一頭が働いていなかったのだ、少しだけでもリラックスが出来た今は頭が働く。

 

それじゃあ、進むとしようかーーー。

 

 

 

 

 

 

黒より黒く、闇より深い。

そんな言葉が不意に頭に過ぎる、昇降機を降りて抜けた先は闇が広がっていた。

 

視覚からの情報が少なく、鼻につく臭いは気持ち悪く、異形の声が反響して辺りに響いた。

心臓に刺す様な気持ち悪さと違和感を抱えながらも目の前の闇に動じず歩いて行くアルトリウスに続く。

 

地下に造られた洞窟なのか、元からあった物なのかは分からない空間には赤い眼光が揺らめき、彷徨う人間性が大量にいた。

 

遠くからでも見える白黒の絨毯がゾロゾロと動き、まるで一つの巨大な生き物の様にさえ見えた。

 

「先に行こう」

 

今日のアルトリウスは妙に急かしてくる。

何時もならばもう少し様子を見るなりするのだが。いや、何も言うまい。

アルトリウスがそう言うのなら俺は従うだけだった。

 

アルトリウスが弾丸の様に飛び出して赤く揺らめく眼光の元へと駆けて、叩き潰す。

 

 

 

 

 

その変化はなんだったのか?

アルトリウスの呼吸が乱れ始めた。

その焦燥は何なのか?

まるで先の無い命を燃やす様に苛烈だった。

 

俺がアルトリウスの変化に気付いたのは直ぐの事だった。

彼は闇の洞窟に入ってから、少しずつ呼吸が乱れていた。

何処か胸を締め付ける焦燥感が俺を急かした。

何故なら彼が明らかに平常では無かったから。

 

視野も狭くなっていたのか彼の大剣に乱れが出ていた。

一度で切り裂けた異形を二度、横合いから殴りつける異形の対処ミス、仕切りに頭を振っている。

 

その度に吠えた、友を護る為に自分の傷は厭わない。

異形にタックルもした、目の前の敵を無視して後ろの敵を倒した。

 

何処で綻びが出たのか分からない、俺はただ友を護る為に全身を捧げて彼に飛びついた。

 

其処から先の記憶は、ない。

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 

私の目の前で闇の炎に包まれた友を見つめて、私は漸く落ち着いた。

身体に纏わりつく嫌な物を振り払って、私は走る。

倒れた友の身体を左手で抱えながら身を隠せる様な所へと急いだ。

 

 

 

 

目の前で横たわる友を護る為に大盾を地面に突き刺し、交友のあった魔術師の霊体を其処に呼び出す。

 

「友を、シフを見ていて欲しい」

 

彼女は何を言うでも無く私の願いを聞き届け、見つかる可能性を低くする為に幻の壁を作り上げた。

弱々しくも横たわる友の姿を見て、感情が揺れる。

 

自分の身体を見て、思い出が溢れ出る。

 

キアランとシフ、二人とも私の大事な友だ。

その大事な友が倒れているのに私の心に響くのは怒りでは無いのがどうしようも無く虚しくさせる、慣れたくもない事に慣れた。

 

深淵に触れた私にはもう後は無い、浄化も出来なければ後はソウルを変質させていくだけ。私もあの異形の様になるだけだ、それを理解できてしまった。

 

兜に手を掛けて素顔をさらす。

 

きっとシフと会うのはこれで最後やも知れないと思うと感傷深くもなってしまう物だな。思えば運命だったのかも知れない、あの雪の降りしきる夜に出会えたのが。

 

健やかな日々だった、充実した日々だった。

 

「もう少し、成長を見守りたかったのだがな・・・」

 

理想を言えばシフが大きくなる姿を見ていたかった、この子は些か私への親愛が強いからな。私が居なくなった後が心配だ。

キアランに頼めば引き受けてくれそうだが、会えないなら言えもしない。

 

最後にシフの頭を撫でてから立ち上がる。

 

生還が望めないなら私はそれでも良い。

だが、この深淵の奥に潜む魔物を外に出す訳にはいかない。ここで殺さないとならない、私が私で居られる内に行かなくては。後はシフを助けてくれる人が現れるのを待つしかない。

 

最後に振り向くと、シフは目を開けていたのかも知れない。

背中に確かな視線を感じると私の腕にはいつも以上に力が篭る。

 

 

我等が王よ、どうか見ていてください。

歩き出したわたしは不意に天井を見上げた。

 

ーーーー太陽が見たくなった。

 

 

 

 

 


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