灰の大狼は騎士と会う   作:鹿島修一

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アルトリウス=アーサー。


第3話

俺は駆けていた。

走り慣れた裏庭の森の中を疾走して獲物へと近づくと爪を突き立てる。

小さな獲物を手で捕まえるとそのまま首に牙を突き立てて噛み砕く。バキリと口の中で骨の砕ける音がすると口から離して骨だけを残して全て胃の中へと消えて行く。

 

「けふー」

 

俺よりも小さな小動物を胃袋に収めると口からは満足した様に息が漏れる、このまま満腹感の余韻に浸っていたかったが身体には血がこびり付いている。

これがまた気持ち悪いなんて事は思わなくなっては居たが、自分の身体から血の匂いがするのは好きでは無く小さな池に身体を漬ける。

 

洗い流された血がブワーッと広がり一瞬にして小さな池は赤い液体へと変わっていく、鉄臭さが広がっていく鼻が効く為に毎回嫌になってしまう。

 

 

軽く血の匂いを消してから池から出るとブルリと身体を揺らして水気を一気に払い落とす。こんな事をやっていると自分も随分と狼に慣れてしまったとすら感じるが、そもそも俺は人間であった事しか思い出せないのだから自分の種族なんてどうでも良かった。

子供と一緒だ、慣れてしまえば楽しいと言うだろう。俺は今の生活が好きだから問題は何も無かった。

 

 

とは言え、誰も来ないのは暇だ。

アルトリウスは今城には居ないし、キアランはいつ来るのかは分からず唐突に現れる事が多い。

最初にあったオーンスタインなんかは毎日忙しいのだろう、アレから殆ど顔を合わせては居ない。

 

 

うむ。とても暇である。

食休みに散歩でも構わないのだが今はそんな気分でも無いし、裏庭に俺が知らない所は今や殆ど無いと言っても良いだろう。となるとそこら辺に丸まって暇を過ごすという事も出来るがそれは先日もやったので何かあれば良いのだが。

 

そう考えていると何とも都合が良いのか甲冑を外した状態のオーンスタインが裏庭に訪れた。

この来訪には俺も驚く、なんせオーンスタインは四騎士の長であり彼自身も常にそう言った態度を崩す事は無く全ての騎士達の筆頭として恥じぬ振る舞いを見せる男であるからだ。

何気にオーンスタインが甲冑を外しているのはレアなのもあるのだが。

つまりそれ程彼が訪れた事に驚いたのだ。

 

「此処にいたか」

 

どうやら俺の事を探していたらしく、俺の姿を見つけるなり近寄ってくる。

はて、オーンスタインが俺に用事とは珍しい。そもそも狼の俺に用があるのに驚いている。果たしてアルトリウスの居ない今、彼の用事とは何なのだろうか?

 

「俺の言葉が分かるか?」

 

勿論分かるか。一度オーンスタインの前で自分の名前を書いた事もあるだろうに。改まって一体何なのだろうか。

 

不思議に思いながらも首を縦に振ってその意を伝えると、彼はアルトリウスの様に俺の横に腰を下ろした。

その姿にも目を開くが、一体どんな風の吹きまわしかと疑う。彼は厳格な人物だ、アルトリウスとは違い部下達の事も考慮して常に言動も行動も変わらないと言うのに。

 

アルトリウスなら気づいたのだろうが、彼は俺がこんな事を思考しているなんて事は気づかずに口を開いた。

 

「シフ、武器は振れるか?」

 

一瞬、何を言っているのか分からなかった。

武器?

まさかとは思うが俺に武器とは、疲れて頭でもおかしくなったのだろうか?

 

言葉を伝える為に地面へと爪を立てれば彼は静かにそれを眺めた。遅いと言う事も無くジッと待ってシフの伝える言葉を待った。

 

「待て、俺の頭は大丈夫だ。良いお世話だ、武器は振れるのか?」

 

確かに俺からの心配など良いお世話だろう。しかし武器か、そんな事を考えると必然的に頭に浮かんで来るのはアルトリウスの動きであり、模範的な動きならば確かに出来るかも知れない。

しかし、武器となるとまた勝手が違っては来ないだろうか。

 

ー分からない、持ってみなくては。

 

仮に俺が武器を持てたとしても、一体どんな動きなら出来るだろうと考えると。確かに一度はやってみても良いかも知れないと思う。

 

「ふむ、確かに一度持たねば分からんか。少し待ってろ」

 

そう言うと彼は立ち上がって城に戻っていってしまった。

その様子を眺めながら一体何なんだと頭を捻らせてみるも一向に答えが出る事は無かった。

 

オーンスタインが戻るまでゆっくりしてようと、その場に身体を丸めて目を閉じる。

言動から察するに俺に武器かなんかを持たせたいんだろう、それならと頭の中でアルトリウスの動きを思い出していく。

自分に出来そうな動きは、少ししか無さそうだ。

後は実際にやってみないと分からないのもあった。

 

「〜〜〜」

 

太陽の光が気持ち良くて欠伸をつくと、ガチャリと音を立ててオーンスタインは戻って来た。

 

「すまない、待たせたな」

 

悪びれもせずにそう言う彼の背中には何時も輝く黄金の十字槍と、両手には銀色の剣と槍を持っていた。流石に俺には弓は無理だろうと弓は無い様で心なしかホッとする気持ちだ。

 

「何方か、好きな方を選べ」

 

その言葉に悩む物があった。俺としては剣が使いたいのだが、オーンスタインが持って来たからには槍を使いたいと言う気持ちもあった。寧ろ剣を選ぶのは失礼なのでは無いかという気持ちすらある。少し悩むと、俺は槍の方を口にしていた。

 

「・・・剣だと思っていたが」

 

それにはオーンスタインは何処か思わせ振りな事を言う。彼としては本当に何方でも良かったのだろう、寧ろアルトリウスのつかう剣を選ぶとばかり考えていたのだ。

地面には、試しだろうと書くと納得して剣を近くの木に立て掛ける。

 

「俺が相手をする。好きに打ってきて良い」

 

彼は片手に槍を構えると特に構えも見せずにいた。

俺は初めて持つ槍に苦戦していた、口に咥えながら悩む。槍が長過ぎて重心が取りにくいという事も有るし、槍の強みである突きの出し方に悩んでいた。

 

しかしまあ、あくまでも試しだ。彼には一度も当てれないだろうがやってみるだけやらないといけない。

そう考えると心が軽くなる。

 

良いか?と言う視線を打つけると珍しくその視線が伝わったのか彼は好きにしろと、首を縦にした。

それには何処かおかしく思う、さっきまで分からなかったのに槍を持つと分かるのかと。それとも案外俺の眼は分かりやすいのか。

 

心の中でだけ笑って、俺は彼に向かって地を駆けた。

 

 

 

 

結論。槍は駄目だ。

彼と打ち合って五分と経たずにそんな結果が出て来た。何が問題かと言うと重心が取れないのが一番の問題だろう。

両手で持つなら違うかも知れないが、そもそも口なのだ。

 

槍の長所である長さと、間合いの取り方もままならないと言う結果になった。

槍を振る度に身体を持っていかれてよろける、やけくそ気味にアルトリウスの動きを真似してみれば槍の矛先が地面に強く突き立ってプラーンと俺の身体は宙に浮いた。

 

地面から空に向かって真っ直ぐに伸びる槍を口に咥えた狼がぶら下がると言う、彼の顔も心なしか引き攣っている様に見える。

何時までも宙ぶらりんは嫌だと手足をバタつかせると彼は我に帰り、俺の身体を持って槍から離す。

 

「俺もこんな事は初めてで少し驚いた、クッーーー」

 

やはりおかしかったのだろう、俺を地面に戻すなり彼の口からは珍しく小さな笑いが出て来た。これが俺以外なら彼も笑うのかと見つめていたが、その原因が俺だと何とも言えない気持ちになる。

 

「オン!」

 

今のを直ぐに忘れたくて立て掛けてある剣の側で強く吠えてやった。

そうすれば、悪かったと笑いながら槍を構える。今に見てろよ、俺は剣なら使えるんだと願望を心に持ちながら銀の剣を口に咥えて、顔を横に振って準備を終わらせる。

 

剣がシックリと来た様な感じがした。

 

 

 

ーーーーーー

 

 

目の前の狼、シフがプラーンと宙に浮くのを笑いを堪えながらも地面に戻してやると。俺は堪え切れずに口の端からは小さな笑いが出てくる。

おかしくて堪らない、まさかこんな事に成るなんて思いもしなかった為に意表を突かれた。

 

アーサーの奴は何処か戦闘以外は抜けていると思っていたが、まさかこの狼まで抜けているとは思わなかった。

そう思うとこの案も悪くは無い、シフに武器を持たせる理由はこの狼がアーサーに着いていけないかと試す為だ。

他の銀騎士は離れる事が出来ない、黒騎士達も駄目となるとアーサーの奴は基本的に1人になる。

別にそれは構わないし強さも信頼している、問題は狩る対象がダークレイスであり。移動を繰り返すアーサーの奴への負担を少しは削れるかと思いやってみたが、これは駄目だったか。

 

先程の槍を見ているとシフには期待が出来そうも無かったが。

 

(本当に似た者同士か)

 

成る程、キアランの言葉も聞いといて良かったな。

シフが剣を持つと、その隣にアーサーの姿を幻視する。そう言えば狼騎士なんて名前で言われてたと思うと、言い得て妙だ。

でも確かに、これは期待出来るやも知れんと思うと知らず内に槍を握る手に力が篭った。

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

「グルルァ!」

 

馴染んだ、口に咥える剣は槍とは違い酷く身体に馴染む。まるでもう剣が身体に一体化する様な感覚すらある。

 

ブォンと振られる剣が槍とせめぎ合い、この場合はどうするのかとアルトリウスの動きを思い出すと身体が勝手に動く。

オーンスタインの突きを払い除ける様に下から剣で弾くと狼の俊敏性を活かして脚が後方へと向かう。

 

「アルトリウスの動きか」

 

彼も何か感じたのだろう、今の動きは確かにアルトリウスが行なっていた動きなのだから。

しかしオーンスタインは今だに槍を片手で持ち、余裕を持った姿をしている。構えすらまともに取らないのがそれを強調させる。

 

行くぞと力強く瞳で訴えると、脚で大地を蹴る。

アルトリウスはこれを突きでやっていたが、残念ながら口で咥える俺にはそれが出来ない。一気に懐にまで飛び込むと横に薙ぐが上手く流される。

 

ザリ、ザリリーーー。

 

強く踏み込み過ぎたのか大地を踏みしめる脚が滑り、身体を前に持って行く。どうすれば良いのか、模範していたアルトリウスはどうやって身体が滑るのを対象していたか。

確か、無理矢理どうにかしていた。

 

地面に爪が食い込み始めるとギチギチと爪が音を立てて、確かに滑るのでは無く大地を踏みしめたと感じて身体を反転、もう一度オーンスタインへと剣を振り下ろす。

 

それすらも十字の部分で押さえつけられ、さっきと同じで無理矢理後方へと飛び跳ねる。

 

 

出来ている、今確かに俺はアルトリウスの剣技を模範できていると感じると堪らなく嬉しさが胸を打ち付けていく。そして何より、楽しかった。

 

 

「早いな、それにアーサーの剣技も噛み合っている。だが俺も四騎士としての誇示がある、それにーーー騎士最速は俺だ」

 

初めてオーンスタインが槍を両手で持ち、視界から身体がブレた。

 

ガオン!

身体の真横を通過する風が耳を叩いて、衝撃が身体を走る。

おっかなびっくり隣を見ると黄金の騎士が真横に立っていた木を槍の一突きで粉砕した姿があった。

 

初動が全く読めなかったし、その速さに俺の眼はついてこなかった。

負けを認めるしかなく、剣をポトリと地面に落とすと。

 

「くぅーん」

 

俺は力弱く鳴くしか無かった。

 

 

 

 

 

 

上機嫌で去っていく彼の後ろ姿を見ながら、今日は新しい発見が出来たと満足していた。

新しい発見、オーンスタインは負けず嫌いである。

 

多分、俺が翻弄しているかの様に見えたのが気に入らなかったのだろう。あんな口上を述べながらあんな突きを放つとは思わなかった。俺が剣を振れるか確かめる為では無かったのか軽く問いただしたい。

 

まあでも、オーンスタインが満足そうで此方も良かった。

 

後、アルトリウスを略してアーサーとは。何処かの王様を思い出してしまう。

 

・・・はて?

アーサー王なんて俺の記憶には無いが?

不思議な感覚ではあるが、別にどうでも良いか。

 

倒れた木の上で身体を丸めて目を閉じた。

 

 

 


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