灰の大狼は騎士と会う   作:鹿島修一

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第2話

俺がアルトリウスに拾われてから一年が経った。

俺が住む事を許された裏庭は広く、流石はあれだけの城を作った事だけはあり俺が不自由する事は無かった。半年かけて漸く森の地理を把握しきれたのを考えると本当に広い庭だ。

 

「ふっ、はっ!」

 

俺が小さく丸まる所の近くではアルトリウスが大剣を振るう、素振りだろうかそんな事を繰り返している。

その動きは力強く、素人の俺にさえその躍動感を感じさせる程だ。豪快にして痛烈、強烈にして鮮明にその動きは俺の脳に刻まれて行く。

今ならその一部の動きを繰り返す事だって出来る様になった、その一部は騎士が使うよりも俺達の様な獣が使うに相応しい様な荒々しい攻撃的な動きだ。

それでもアルトリウスの動きは獣よりも洗練されてより獣らしい動きだ、狼騎士の異名は伊達ではない。俺を世話する様になってからアルトリウスは狼騎士なんて呼ばれる様になったが、成る程と感じられる程に彼の剣技を見るたびに思う。

 

恐らく人や同型を相手にする事は余り無かったのだろう、何方かと言うと自分よりも大きな物を相手にする時の破壊力と機動性に満ちた動きだった。

 

 

ドサリと俺の横に腰をついた彼に良いのかと視線を送る。庭に腰をついてしまってはアルトリウスの服が汚れる、騎士鎧では無くて絢爛な服装だからだ。

 

「なに、構わんよ。私は余りこの服が好きでは無いからな、下の者に示しが付かないと言われてな」

「オン!」

 

土が付いてれば其方の方が示しが付かないだろうと思いながらも彼を眺めていると、背後に誰かが立っていた。

 

「お前はまた、そんな服で座っているのか?」

「んっ?ああ、キアランか」

 

仮面を着けた彼女はキアラン、周りに誰もいない事を確認すると仮面を外す。其処には美しい女性の顔がある、人間と同じ大きさの彼女だった。

 

「どうした、シフ?」

「フー」

「・・・」

 

アルトリウスの膝下に転がり込んで優雅に前足を揃えると、キアランにドヤ顔を向ける。彼女は少なからずアルトリウスに好意を持っている、だからからかうのが面白い。そして彼女は俺がちゃんと思考しているのを知っている、だから顔は変わらないのに腕に力が込められる。

ぐぬぬ・・・、とでも言いたそうな顔が面白くなる。

 

まあまあ、そんな顔をしないでくれよ。

 

近くに佇むキアランの足元をちょんちょんしてから、座るアルトリウスの膝下に導く。

 

「どうすれば良いんだ、私は?」

「座れば良いではないか?」

「しかし・・・」

「何か問題でもあるのか?」

 

この通りアルトリウスは天然入ってるから余り気にしないのだ、渋々といった風にアルトリウスの膝下に座り込むキアランの膝下に俺が丸まる。

 

実を言うと俺はこの様な時間が好きだ。

アルトリウスは忙しい時は全く城にいる事は無いし、キアランも目にする事は余り無い。

だからこの様に偶には穏やかな日々を過ごす事が大切で、俺はこの2人といるのが大好きだった。

アルトリウスの事が俺は好きだ、キアランの事も同様に。

俺から見ても、優しい人達が多い。

 

「お前は本当、賢いな」

 

キアランもきっとこの様な時間が好きなんだろう、優しく俺の事を撫でてくれる。アルトリウスと違ってゴツゴツとした手では無くて柔らかく優しく撫でてくれる。キアランの撫で方が一番好きだ、アルトリウスの手も好きだが些か小さな俺には強く感じる。オーンスタインは苦手だな、彼はガシガシと俺を撫でる。嫌いでは無いし優しさも伝わるのが拒否できないから苦手。

ゴーは触れた事が無い。

 

そしてだ、実は時折グウィンの王様も俺を撫でに来る時がある。厳ついオッサンだが太陽の様に暖かな手は俺を祝福してくれる様であり、王は何処か太陽の様に感じる。

他にはグウィンドリンかな。

 

 

いつの間にかキアランの手は止まっていて、上を見上げると2人は目を閉じて眠っていた。

調度太陽の陽が当たっていて暖かかったのもあるんだろう、キアランの顔を見られるのは不味いと思ってアルトリウスの持っている布を2人にかけてやる。

アルトリウスは半分も入らないが人間サイズのキアランはスッポリと被さってしまう為にその存在は悟られない。

 

俺は、少しだけ離れていようか。

離れて見守っていよう。アルトリウスの銀の髪が太陽を反射させて輝いて、整った容姿は太陽に照らされてとても穏やかな感じだ。

一枚の絵にするんだったら布をとってしまえば銀の騎士と象牙の髪を持つ綺麗な女性、とても絵になっているな。

 

「ふむ、中々絵になるな。試しに絵にでも残してみるのはどうだろうか?」

 

隣には何時から居たのか王冠を着けるオッサンがいた。紛う事無きグウィン王であり、2人の事をまるで父親の様に優しく見守っている。

 

「どうだ、筆でも取ってみるかのう?」

「フー」

 

王はまるで四騎士の父親の様にすら感じる程に普段は穏やかな人だ、公務となるとまた変わるが。本当に太陽だ、何時も照らしてくれている。

小さく笑う王はやはり、本当に父親の様だ。

それと狼に筆を持たせても何も出来はしないと言っておこう、流石の俺でも絵は無理だ。

 

「・・・あの2人は何をしているのだ?」

 

同じく何時の間にかオーンスタインも来ていた様で眠る2人を呆れた様に見ている。

 

「そう言うで無い。偶にはこの様な時間も良いだろう」

「そうですが、王の前です」

「オーンスタインは相も変わらず硬いやつじゃな。もう少し公務以外では柔らかくせんか」

 

はあ、と言うオーンスタインは苦労人である。王は意外とお茶目である、そしてアルトリウスは天然である。オーンスタインも苦労しているよ、俺は構いはしないのだが。

 

オーンスタインは兜を脱ぐと赤い髪をしたイケメンである、素顔は如何にも真面目そうなキリッとした顔つきである。てっきり金髪な物かと思っていたら赤髪であった。

それでも服は何方かと言うと金が多い。

 

後もう1人巨人が加われば大王とその四騎士が勢揃いである。誰もが武の極みにあり、その長であるオーンスタインは良くやる。実際長としてその勤めを果たしている、お堅いのが偶に傷だが。

良い感じにバランスは取れていた。

 

 

今や裏庭には近衛騎士も誰1人来ない、誰も好き好んで四騎士と大王がいる庭には近寄らないだろう。お陰でこうしてキアランもアルトリウスも下の者にこんな姿を見せる事は無いのだけれど、毎回王には頭の下がる思いだ。

部下の為に憩いの場まで作ってくれるのだから、実を言うと王命でアルトリウスが裏庭に行くと一般騎士は近寄らない事になっている。王もアルトリウスの性格を良く理解してらっしゃる。

 

そのお陰でこうして俺は王とも顔を合わせてられるのだけれども。

 

 

まあ、穏やかな時間は嫌いじゃない。

 

 

 

 

 

ーーーーーーー

 

 

 

 

私が其奴と会ったのは偶然だった。

職務の関係、私は余り人目につく様な場所は好かない。

 

城でも気配を絶って歩く、仕事柄、騎士達とは余りソリが合わない事もあって気軽に話す様な人物は少ない。

その中にはアルトリウスがいた。

 

誠実な男であり、何処か抜けた男だ。

そんな男だからこそ私ともマトモに話せるのだろう、彼は私の仕事を尊い物と言った。騎士達は私の事を好かないが、四騎士達は私を肯定する。

 

だからアルトリウスが最近よく居る裏庭を歩いて居る時だった、私の前に小さな狼がいる事に気がついた。

裏庭には良く来る、だから裏庭に狼など居ただろうかと疑問に思いながらも私は其奴に近づいて頭を撫でた。

 

私の手が当たると狼はビクリと震えて距離を取った、最初は何故かと思ったが。良く考えれば気配も無く触れられれば驚く物だと気がついた。

なのに狼は私の事を見ると大人しく近寄ってきて頭を差し出す、狼とはそんな生物では無いと知りながらも私はその狼の頭を撫で回した。

 

人懐こいと思った、もしや普段から誰かと接して居るのかと思うと仮面をしていて良かったと思う。顔を隠すのは仕事柄顔が割れるのが不味いからであり、私の素顔を知るのは少ない。

 

「お前は不思議な狼だな」

 

狼の目には知性が宿っていて尚、気配の読めない私に近寄って来ると気がつくと普段から甘い人に育てられたのだろうと思う。

 

暫く撫でていると、誰かが近寄って来るのに気が付いた。私が良く知る気配である。

 

「キアランか。シフの事を見ていてくれたのか?」

 

シフ?一体誰の事なのかと思うと、直ぐに気が付いた。そうか、このシフと呼ばれた狼はアルトリウスが拾ってきた狼か。確かにそんな事を聞いた覚えがあったなと思う。

 

「んっ?シフはキアランが気に入ったのか?」

 

アルトリウスには分かったのだろう、私には分からないが狼の様子を見るとそんな事を言った。良くわかる物だと思いながら見ていると、狼は驚く事をした。

 

爪で地面を引っ掻くと確かに其処には文字が書き込まれていく、狼が文字を操るのにも驚いたがそこまで賢いのかと驚愕する。

 

”優しい人”

 

一瞬、誰の事を指しているのか分からなかった。

 

「ああ、シフの言う通りだとも。キアランは優しいのだぞ」

「ーーーんなっ!?」

 

まさか私の事だったのか!?

私が優しいなんて狼に思われているとは思わなくて驚いていると、狼は私の手を抜けるとアルトリウスの腕の中に飛び込んだ。

 

・・・優しいと言いながらも私よりアルトリウスのが良いのか。

 

「アルトリウス、その狼はーーー」

「シフだ」

「・・・そのおお・・・シフは嫌に警戒心が無いぞ。そんなんでは狩りも出来ないだろう?」

 

 

純粋な進言をしたつもりだった。少なくとも狼なら狩りをしなくては食料も取れないだろうとの言葉だったのだが。

アルトリウスはキョトンとした顔を見せると、直ぐに顔には笑みが浮かんだ。

 

「シフはちゃんと狩りをする。穏やかなのは私とキアランの前だからだろう、シフはとても賢い」

「そうなのか・・・」

 

この狼も狩りが出来るのか。一見警戒心も見せずにのんびりと過ごす狼と言うよりも犬や猫に近いと感じるのにだ。

しかしアルトリウスが言うなら本当なのだろう、ただ普段は牙を隠しているだけなのやも知れない。

 

「その、もう少し触らせてくれないか?」

「ああ、構わないぞ。シフが嫌がらないのなら好きに触るといい」

 

 

シフは気持ち良さそうに目を細めて大人しく触られる。

毛並みが美しく、偶然アルトリウスの髪が目に入ると、毛色が同色なのかと思う。

 

狩りは出来ると言ったな。

何処かアルトリウスとシフは似ているな。普段は何処か抜けている様に穏やかなのに、戦闘になるとしっかりするのは飼い主も狼も同じとは。

 

「ありがとう。満足したよ」

「むっ、行くのか?」

「私は暇では無いからな」

 

最後に一撫でしてからアルトリウスの横を抜けて城に向かう。言った通り私はそこまで暇では無いのだ。

 

「しかし、暇があれば今後も裏庭に行くのも悪くない、な」

 

今度はシフの狩りが見て見たいものだ。

 

 

 


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