灰の大狼は騎士と会う   作:鹿島修一

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なんか、申し訳ない。
いや、本当に申し訳ない。

次回は時間を飛ばします。私に戦闘とか無理です、どう書いたら良いか分かりません。



第17話

月明かりに照らされた剣が煌めいて空を走った。

 

目の前のかつての私を前にしていて思う事は不思議と無かった。

 

大剣が地を割り、一合打ち合うだけで腕には強烈な衝撃が加わる。

 

正面から打ち合うなど無い、そんな事を私が思うのかと笑ってしまう。大剣での力比べなら誰にも負けないと自負していた物だが、そんな私が力比べを諦めて受け流す事に集中し始めている。

 

人間からして見れば、神族の私とは此処まで理不尽な存在だったかと再確認しても後退はしない。

 

 

私より非力である人間が打倒出来たのだ、私が出来ないとは言えんだろう。本当に人間には尊敬の念を禁じ得ない。

 

 

「おおおっ!」

 

今の私には決して出来はしない動き。そもそも目の前の私に攻め方など考える事が出来るのかは疑問だが、私に出来ない動きをされてしまうと少しだけ心に来るものがあるな。

ついそんな笑いが出て来てしまう、だがまあーーーそれでも諦めれない事がある。そもそも諦めるなんて思考は存在しない。

 

 

「ふっ!」

 

地面に突き立った大剣を支柱にして身体を浮かせれば激しい衝撃が腕を襲う。

脚を狙った斬り払いが地面の突き立つ大剣を弾き、身体が回る。

相手が私だからこそ出来る行動の先読み、そうして相手の力を組み合わせての回転斬りは容易く弾かれ身体が吹き飛ぶ。

 

片手で受け身を取りながら立ち上がった時には目の前には黒い切っ先が見える。

 

「ーーーっ!?」

 

咄嗟に身体を逸らして合間に剣を差し込むと同時に腕に重い衝撃。

必死に上体を逸らして頭の上を通過して行く大剣を見て大きく後退する。

 

 

ああそうだとも。相手が私なら動きの先読みも対処も出来はする、現に今の場所に留まっていればもう一回この身を襲う刃によって致命的な隙を晒し出す事になってしまったのだろう。

 

仮に、仮にだぞ。私の身体が神族のままであったのならば決着は早く着いていた事だろう。手に取る様に分かる行動、互角の身体能力。それなら先読みが出来る私が一方的に勝利を掴む事が出来ていた。

 

人間の非力な身体で、一体彼女はどれ程の困難を乗り越えて来たのか。一体どれ程の挫折を味わったのか、絶望を、心折れる時を、過ごしたのか。

 

「余計に、負けられんっ!」

 

思えば戦闘中にこんなにも思考を巡らせたのは初めての事かも知れない。

 

不謹慎にも、私の顔には笑みがある。

打倒するのは私、敵対者はシフ。

もしもシフを相手にしたならこんな感情は湧かなかったのだろう。

 

総合的な能力で負ける戦いは初めての事だ。深淵の魔物はそもそも土俵に立てすらしないので計算には入れない。

竜を相手にした時ですら此処までの緊張は無かった、あの時は隣に立つ仲間達がいたが今は1人。

 

 

懸命に剣を逸らしていく、上にそらせば次には振り下ろされ、下に弾けば次には回転斬りが襲い。少しだけ身体を離せば兜割りで飛んで来る。

 

まったく、我ながら本当に獣の様な動きをしている物だ。

いや、それは自覚しているから何とも言えない所だが相手にするとこうも面倒な物なのかと驚愕する。

 

「だがっ!」

 

隙を付けるだけの所はある。

 

「ーーーっ!?」

 

渾身の横振りを剣の持ち手によって防がれる、両手のほんの少しの間に剣を合わされて身体が膠着する。

獣の様な反応速度に加えて本能的な防御はそんな事まで行うのかと思うと同時に視界が吹き飛んで行く。

 

いや、私が飛んでいるのか。

 

浮遊感を覚えて月が少しだけ近く感じる、急いで相手を視界に入れると奴は跳んでいた。

 

私の真上にまで跳躍して、剣は真っ直ぐに自分を捉えて離さない。

 

 

「ぐ、ぬっ…オオオオオオオオオオオオォォォ!!」

 

中途半端な姿勢で剣を切っ先に押し付けて身体を貫くのだけを防いで見せるが、奴の勢いのままに地面へと叩き付けられる。

 

口から溢れ出る血が兜の内側を濡らして、頬に当たる。

揺れ動く視界の真ん中には相手が何やら動いている様にも見えるが、余りにもボヤける世界では見にくい。

それでも何をされるかは分かった、地面に倒れる私と直ぐ目の前に腕を振り上げる姿。ならば行動に移す事はガードだと今だにボーッとする脳が思考をして、腕を動かした所で強烈な衝撃が身体を突き抜けていく。

 

 

「ーーーッ!?」

 

 

声にもならぬ呻き声が喉から絞り出され。ガン、ガンと鉄を力任せに叩きつける音と同時に腕に込める力が強くなっていく。

 

マウントを取られて一方的に剣を叩きつけられる現状、全力で持ってその攻撃を防いでいると何処か苛立っているのが伝わって来る。

徐々に失われていく腕の力が剣筋が雑になっている事を伝えてくれている、しかしどうにも抜け出す事が出来ないでいる。

 

これ以上は不味い、覚悟を決めて次の打撃を待った。

 

振りかぶられる剣、それに合わせて身体を捻り剣を滑らせる。

上手く力を反らして滑らす事で剣が右の地面にくい込み、上体を起き上がらせながら剣を一閃。

 

「ーーーおおお」

 

相手の鎧を砕いて右肩へ吸い込まれた剣が止まり、脚でしっかりと地面を掴みながら力を爆発させる。

 

「オオオアァアアアアアアアアァァァァ!!」

 

渾身の一振りを止める物が無くなりその勢いそのままに身体が振られて地面へと剣が刺さる。

 

不味い、後先考えずに行動しすぎた。

確かに右腕は持って行ったが刹那の膠着を狙われれば対抗手段が無い、剣を手放す事も出来るが一時凌ぎにしかならない。鎧で覆った敵を何の技術も無い拳で打倒など出来るわけが無い、つまりは私の負け。

 

 

せめて最後はと視線を向けるがーーー動いていなかった。

 

「ぐる・・・」

 

いや、無くなった右腕を見詰めながら頭を抑えている。

聞こえてこなかった呻き声すらも鮮明に聞こえてくる。まさか、私は途轍も無い事をやらかしてしまったのでは無いだろうか?

 

「ぐるるおおぉーーー」

 

そう、まるで抑圧された獣の鎖を断ち切ってしまった時の様な不安感が私を襲う。

そして見えてくるその異常、まるで水が沸き立つ様に黒い波紋が出来上がり。

黒く染まった身体へと黒いソウルが集まる様にして吸収されていくのをただ見詰めていた。

 

 

「オオオオオオオオオオオオオオオッッ!!」

 

 

耳を劈く程の天へと向けた咆哮と同時に大気が弾ける。

 

騎士の周りを陽炎の様に揺らめく黒いソウル、人間味の無くなった様にダラリと下げられた大剣が肩に置かれて、ユラリと顔が私に向けられる。

 

その瞬間に感じた身を焦がす程の防衛本能が功を成したのか、身体が瞬時に反応した。

 

早く、鋭い剣へと自分の剣を当てがう。

 

「ーーーっなあぁぁぁ!?」

 

一寸の抵抗も出来ずに身体が吹き飛んだ。

早く重い、たったの一撃。

 

剣を斜めにして流す様に捉えた筈だった、身体から無駄な力を抜いて力を逃した筈だった。

それなのにアッサリと吹き飛ばされた、技術を凌駕した力に、理不尽な程の剣戟。

 

 

バチャリと水の中に身体が沈み、内側から弾けた血液が口から吐き出されて視界を赤く染めた。

今のだけで肩が外れた、倒れた姿勢で無理矢理にでも肩を嵌め、震える脚を剣を支えにする事で立ち上がる。

 

「ぜぇ、ぜぇ・・・」

 

痛みで脂汗が滲み出し、肩で息をする程の動揺を隠さないでいる。

 

立っているのもやっとな状態で前を見据えて、支えの剣を震える手で持ち上げて構え直す。

 

「まだ、終わりでは無い」

 

私はまだ生きている、だから終わりでは無いのだと身体に力を込めれば不思議と震えは治まっていた。

 

吹き飛ばされた所存で空いた距離は役五メートル、神族の私からしてみればなんて事は無い距離だろう。

だからこそどんな挙動も逃さない様に見据えて、次は受けるのでは無くて避けて見せると何時でも動ける様に常に踵が少しだけ浮いて前のめりになっていた。

 

たったの一撃、そう思うと途端に心臓の音が煩く聞こえる。

ドクン、ドクンと脈動する音が嫌に耳に入り、気付かぬうちに汗が頬を伝う。

 

何処からでも来ると良い、そう思った相手は急に方向を変えて走り出した。

 

 

「なっ、ーーーッ!?貴様あああああぁぁぁ!!」

 

 

自分でも思わず出てしまった怒りの声、走り出した奴に追いすがる様にして全力で駆ける。

 

今の1秒が嫌に遅く感じた、今程人間のこの身を恨んだ事は無い。

 

向かう先はマシュ嬢とリンクス殿のいる所、真っ直ぐに駆けていても差は広がり、奴は走りながら剣を突き出して一気に大地を踏みしめた。

奴の先にいるリンクス殿が気が付き、咄嗟に剣を盾にする。

 

 

思わず、右腕が伸びた。

この手で掴みたいからか、間に合わないのに必死に腕を伸ばし続けた。

 

 

ーーーーパキン!

 

 

金属の砕ける音が辺りに響いた。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 

 

こんな中で、雰囲気も何もかもが一般的な物を纏う彼女に疑問が出て来た。

 

指示に従いながらゆっくりと剣の類を抜いていき、必死に怪我を塞ごうとしている彼女に。

 

「なあ、少女よ」

「藤丸 立花です」

 

こんな中でも呑気な物で名前を告げる。そんか返しが来るとは思ってもいなかったから一瞬だけ呆けてしまう。

 

「立花は、何故戦うんだ?」

「理由・・・」

「言っては悪いが、立花には力が無い。一般人と何ら変わらないだろう、なのに何で戦えるんだ?」

 

一目見て分かった。彼女に力は無い、剣を十全に振れるかと言われれば出来ない。魔術を修めているかと思いきや、魔術も最低限なもの。

そんな彼女がなんで今も戦っていられるのか、それが俺には分からない。

 

今も半身と戦っている盾の少女を見ても、不死の友、アルトリウスの事を見てもそうだ。何かしら戦いに向ける物がある、何処となく感じられる物が戦う者にはある。

盾の少女は自分に似た気持ちを抱えているのも分かってしまう、鼻は良い方なんだ。

 

 

「理由、かーーー」

 

小さく呟いた言葉には何やら複雑な思いでもあるのだろう。

 

「貴方は、何の為に戦ってたの。こんなに傷がついてまで?」

 

質問を質問で返されてしまった。

しかし、俺が戦う理由。そんなものはとっくの昔に消えてしまっていた、そう思うと長く生きすぎたと思うな。

友もいなかったと言うのに、苦笑と共に傷が開いて血が滲み出る。こんな身体で、よくも立ち上がろうと思った物だと自分でも思う。

 

1つだけ、思いつく物があるけれどコレは戦う意味では無いな。

 

「俺が、そうしないと生きられないからだ」

「墓を、護るのが・・・?」

「そうだとも」

 

情け無い奴だと笑うなら笑って貰っても構わない。

いや、自分が情け無いとすら思っている。何かに、友に縋らなければ生きる事さえ出来ない我が身を自分で笑いたい。

 

「ーーーどうして?」

「・・・友が、眠る場所だから。安らかに眠り続けさせる為に」

 

眠り続ける友に縋るしか出来なかった。

それ以外にしたい事も、出来る事も俺には無い。アルトリウスとキアランが寄り添って眠れる所だ、俺が護らないといけい。違うな、2人から離れたく無かっただけか。

 

「貴方は凄いね」

「俺がか、馬鹿な・・・」

 

自嘲する笑みが溢れて、それを否定する様に立花は首を振る。

真っ直ぐと見据えられた目は、本当に俺の事を尊敬する様な眼差しをしていた。

 

「私は貴方みたいに戦えない。私は生きていたいから歩き続ける、それに貴方みたいに1人じゃない。ただのサーヴァントなら駄目だった、私が歩き続ける事が出来たのはマシュがいたからなんだ。1人じゃ何も出来ない私に寄り添っていてくれた私のサーヴァント、マシュがいなかったら旅はとっくに終わってた」

「マシュの為にも止まる事が出来ないし、私が生きる為に止まる事はしたく無い」

 

俺には、立花の方が余程尊敬に値するよ。

生きる為に戦うなんて出来なかった、屍の様に墓を護り続ける内に感情が削ぎ落とされて行くのが怖くなった。

だから、深淵に手を伸ばしてしまった自分が情なくて如何にか此処で留めていた。それも結局は助けられる形になってしまった。

 

「シフは1人で何百年も此処を護り続けた、それは私達には出来ない事だから。私達にはシフがとても尊い者に感じられる、シフがどう思っていても」

「そうか、そうなのか・・・」

 

目線1つで、其処まで考えが違うのかと思ってしまう。

ただひたすらに墓を護って来たのを自分は情け無いと思っていたと言うのに、立花から見ればそんな俺の姿もまるで英雄の様に見えていたのか。

 

「感謝する、その言葉だけで少しは誇れる。俺は人からそう思われていたのだと胸を張る事が出来る」

 

「ーーーーー」

 

その言葉に立花は何も言わずに、少しだけ照れた様に顔を下げて傷を治していく。

ゆっくりとではあるが血の流れは止まって来ている、顔色が悪いのは血を流し過ぎた事からだろう。

 

常人ならばこの時点で命の灯火は消えていた、一重にシフがまだ目的を遂げていないと言う思いだけで繋ぎとめられる命でもある。

 

 

「もう大丈夫だ、それ以上は君が不味い」

「でもっ!?」

「いい、いいんだ。それ以上は君が駄目だろう」

 

 

治療の手を止めさせて、彼女の頭に手を乗せようとして止める。俺の手には血がこびり付いているから彼女にも付いてしまう。

 

俺の命の灯火はどっちにしろ此処で消える、それは覆せない事だろう。自分の身体だから誰よりもそれが分かる、立花はそれを察しているんだろう。

 

背中にひんやりとした墓の感触を確かめて、過去を思う。

 

思えば余り良い人生だったとは言えない。

良い事も多くあったのは事実だが、それ以上に辛い事の方が多過ぎた。

 

だがまあ、良き友達に恵まれたのだから良しとしよう。

 

 

身体に力を入れて、剣を支えにして立ち上がる。

 

此処で何もせずに死ぬのは許せそうに無い。

 

立ち上がるだけで息の途絶えそうになる我が身を打って、しっかりと両の足で大地を踏みしめて直立する。

 

「君には本当に感謝している。俺はこうしてまた友を助ける為に剣を振る事が出来る」

 

目の前でいなくなる者を守る事が出来る、それだけでこうして生きていた意味があった。

今ほど剣を振る事に意味を感じさせる事など此処数百年無かった事だろう、だからこそ無理できる。

 

 

 

「貴様ああああああぁぁぁ!!」

 

 

剣を取り、足を踏み出そうとした時に滅多に聞く事の出来ない友の怒声が響いた。

直ぐに顔を向けて、気がつけば大地を蹴っていた。

 

盾の少女達に向かい駆ける姿を目にして走り出した。

 

 

なんでこうなるのか、運命がそう定めているのだろうか?

 

だけどまあ、大切な者を護れるならこの命捨てようとも誇る事が出来そうだ。

 

深淵の騎士の前に躍り出て剣の腹を前にして両手で押さえつける。

切っ先が打つかり、身体を貫く衝撃と共に頼りにしていた剣が真ん中からへし折れて大剣が身体を貫いた。

 

背中に打つかる感覚と共に投げ出されて大地に転がる。

 

 

 

何やら聞こえてくる怒声が耳に入っては来ないが、今も鳴り続ける剣戟の音が心地よい。

 

頭上に輝く月が綺麗で、不思議と雪の夜を思い出させた。

 

今度は俺が守る事が出来たのだろうか。

 

「ーーーなあ、半身?」

 

深淵の騎士が狙ったのは狼の身体だった。

自分の様に身体に穴が開いてはいるが自分よりは簡単に立ち上がる事が出来る様に、深い傷を受けた訳でも無い。それでも致命的だったのは、信頼していた者に攻撃されたと言う事実。

 

 

深淵の騎士にとって半身の事などどうでも良かったんだろうなと直ぐに思いつく事だろうに、本当に仕方の無い半身だと呆れてしまう。

 

「な、ぜ…? 友が私を、そんな筈がーーー」

 

当の半身は未だに何があったのか分からずに、呆然と呟いている様子だ。

それに溜息が漏れて、本当に仕方の無い狼だと苦笑する。

産まれた時から共に居続けた半身の癖にまだ分からないのかと呆れ半分、そんな所も可愛いのだがと可愛さ半分。

今はその可愛さが致命的過ぎたんだけどもと、身体の向きを変えて狼の顔に顔を近付ける。

 

「どうだ、友に裏切られた気分は?」

 

自分でも何と意地悪な質問かと思ってしまう。

 

「何故、何故私を助けたのだお前は? お前は私のーーー」

「俺が俺を助けて何が悪い、俺たちは産まれたその時から一緒にいる存在だろう。双子の様にくっ付き、同じ存在だっただろう」

 

ああ、兎に角伝えたい事を伝えないと。

何だったかと回らない頭を動かして口を動かす。

 

「今味わった感情が、お前が友に味合わせた感情だよ」

「私が、友にーーー?」

「背中を預けた友に、信頼していた者に裏切られた気分をーーーお前はアルトリウスに味合わせたろう」

「・・・わ、私は」

 

そんなに心細く泣かないでくれ、俺も辛くなってきてしまう。

 

「頼みがある。俺はもう出来ない、だから俺に頼みたい。友を、アルトリウスを護って欲しい」

「む、無理だ私は、今更どう友に顔向けしろと言うのだ」

「俺に少しでも罪の感情があるなら、剣を取れ、立ち上がれ、護ってくれ。俺のソウルを託す。そんな汚い剣ではない、俺が護っていた俺達の剣も彼処にある、だからーーー」

 

 

身体がソウルに溶けていき、狼の傷口から体内へと入って行く。

それに比例して人の形が崩れて行く。

 

 

「俺にもう一度、友の背中を守らせてくれーーー」

 

 

狼はーーーシフは暖かくなる身体と心を受け入れて立ち上がった。

本当に今更、これ程までにアルトリウスに謝罪したいと思った事は無いと思い。同時に半身に対して感謝を思ったことも無かった。

 

深淵の汚染も不思議と半身が私の身体に入ってからは止まっていた、本当に今更だと思う。

 

ただそう、立たないといけないのだ。

半身が私の事を愛して止まなかった様に、今の私は半身の事を大切に感じている。全ては遅過ぎた事だと終わった後に罵倒の言葉も聞きいれよう。

 

だからどうか、私がもう一度アルトリウスの為に戦う事を許して欲しい。

 

半身の願いを、私の願いを叶えさせて欲しい。

 

 

悲痛な面持ちの少女が私の事を見続けている直ぐそばで、私は剣を口に咥えて引き抜いた。

 

「少女よ、終わった後にどんな罵倒も受けよう。すまない」

「シフは、貴方の半身は・・・」

「本当に、すまない」

 

泣きそうな少女にそれだけしか言葉が出ずに、横を通り過ぎようとすると尻尾を掴まれた。

 

「無事に帰ったら一発殴るよ」

「受けよう」

「それが終わったら、ーーー私達と手を取り合おうよ」

「・・・きっと」

 

 

それは、なんと甘美な誘いであったのか。

こんな私が人と手を取っても良いのだろうかと思い、同時に納得も出来た。

 

ソウルに刻まれた私の半身が、彼女の事を認めて、尊敬の念を抱いた事を。

 

誰よりも弱いのに、誰よりも人間らしく、優しいその少女を。護りたいと思ってしまった半身に同意しよう。

 

そうだな、少しだけ考えれば分かる事だった。

私は正気では無かった、なんて言い訳を言うつもりは無い。

深淵に呑まれているアルトリウスに私を認識する事が出来るはずも無いのだ。私を狙った攻撃、アレは私からソウルを奪うのが一番簡単だったから行った事なんだろうと思う。

 

 

口に咥えた剣、久しく感じていなかった様な感覚を確かめながら確かに頭の中には考えが反響して行く。

一度分かれてしまったからこそ頭の中で聞こえる声に、安堵した。

 

 

ーおかえり、愛しの半身。

 

「ただいま、大切な半身」

 

 

ニヤリと笑っている人間の私が指を指す方には深淵の騎士がいて、その顔付きは人間だと言うのに獰猛な獣。狩りをする狼の様な顔付き、ああやはり半身だと思うと私は空に向かって吠えた。

 

 

雪の日の様に天高く。

でも助けを求めた声では無く、獲物を見つけた様な、これからお前を狩るぞと言う意味の遠吠え。

 

 

さあ行こう、今日は死ぬには良い日だーーーそう思うだろう?

 

ーああ、死ぬには良い日だ。

 

 

アルトリウスの背中に焦がれて私は大地を蹴りつけた。

 

 

 

 

 


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